
障がいのある人とない人が一緒に汗を流す、パラスポーツセンターがオープン!
東京パラリンピックを観戦した人はいても、
自分がパラスポーツをやろうと思う人は少ない。
「障がいのある人たちがやるんでしょ」なんて言うのはちょっと待って。
パラスポーツは誰もが楽しめるもの。
そう体感できる施設が、この春オープンした。
■この記事でわかること
✔ やまなしパラスポーツセンターは、全ての人の可能性に対して開かれた「開の国のシンボル」だ
✔ 障がいのある人が「ふらっと来て身体を動かせる」ことを目指して施設がつくられた
✔ 施設内には、バリアフリーのための様々な工夫が散りばめられている
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車いすが吹っ飛ばされた衝撃
2025年3月1日、甲府市内に「やまなしパラスポーツセンター」が開所した。
パラスポーツセンターは障がいのある人とない人が一緒にパラスポーツを楽しめる「共生社会のシンボル」というべき施設だ。そのオープニングイベントには障がいの有無に関わらず、子どもから大人まで多くの人が集まった。
サッカーJ2「ヴァンフォーレ甲府」の選手3人と県内ブラインドサッカーチーム「オガルリーブレ」による「ブラインドサッカー対決」や、「車いすバスケットボール対決」のエキシビションマッチで白熱した後、パラスポーツ体験会が行われた。
特別ゲストとして登場したのは、県出身で車いすラグビー日本代表強化指定選手の横森 史也さん。一般参加者を相手に車いすタックルを披露した。
競技用の車いすは種目ごとに形状や乗り心地が違う。車いすラグビーの座面は後ろに深く沈みこんでいて、落下しないようにベルトでがっちり固定する。
車いすの前に付いたガードが、ぶつかるたびにガチャンと大きな音を立てる。その迫力はラグビーより激しいと言われることもある。
県のスポーツ振興課でパラスポーツを担当する穴水史彦さんは、車いすタックルを初体験した。「横森さんから『普通に座っていると危ないから膝に手を置いて突っ張ってください』と忠告されたのですが、それほどでもないだろうと油断してしまった。今は後悔しています……」と振り返る。
横森さんが猛スピードで突進すると、穴水さんの車いすが吹っ飛んだのだ。
「いやいや、ものすごい衝撃でした。次の日は少し首が痛かったです」
2021年に開催された東京パラリンピックの追い風もあり、近年は障がいのない人が車いすに乗ってパラスポーツに取り組むケースも増えているという。
しかし、県内でのパラスポーツ普及率はまだまだ低い。
「パラスポーツは奥深くて面白い。誰でも楽しめるスポーツだという認知を広めて、もっと普及していきたい」(穴水さん)
2人の体育教師が奔走
県は2022年度から「パラスポーツ担当」を新設し、障がいのある人たちがスポーツに参加しやすい環境を推進している。
穴水さんは2024年4月、教育委員会から異動してきた。もとは体育教師として様々な県立高校に赴任していた。得意種目はサッカー。パラスポーツセンターの開設事業に関わるまで、障がい者スポーツの知識はほとんどなかったという。
もうひとりのパラスポーツ担当である小池淳一さんは、特別支援学校の体育教師だった。大月市のやまびこ支援学校に5年、富士河口湖町のふじざくら支援学校に13年務め、障がいのある子どもたちを指導してきた。
それでも「体育の授業では体力強化のための運動が中心で、競技としてのパラスポーツをする機会は少なかったです」と話す。
体育教師でも馴染みがなかったパラスポーツ。どうすれば利用者が安心して楽しめる施設にできるのか――。

“ふらっと立ち寄れる”体育館
穴水さんが2024年7月、東京・北区にある東京都障害者総合スポーツセンターを視察すると、そこには施設の理想となるかたちがあった。
「障がいのある人が1人でふらっと来ても運動ができる体制が確立されていて驚きました。これを取り入れたいと考えました」(穴水さん)
たとえば、パラスポーツは障がいのない人のスポーツに比べて道具が多い。しかし、障がいのある人がたくさんの荷物を抱えて来るのは難しい。
そこで、ロッカーの棚の一区画をパラスポーツ協会団体に貸し出して、パラスポーツの道具を施設内に置いておけるようにした。道具を持参しなくても、空いた時間に個人練習ができる。
センターの備品購入を担当した小池さんは「棚を無償で貸し出す代わりに、団体メンバーにはイベント事業にボランティアとして協力してもらうことをお願いしています」と話す。
「山梨県障害者スポーツ協会」に加盟している競技団体は知的バスケットボール、車いすバスケットボール、ボウリング、グランドソフトボール、フライングディスク、知的サッカー、ブラインドサッカー、サウンドテーブルテニス、精神フットサル、ボッチャの10競技11団体で、約200人いる。
今後はセンター主催のパラスポーツ教室に団体メンバーも加わり、直接指導しながら競技の面白さを伝える。月に1、2回の開催を予定しているという。
また、穴水さんは「全国的に見て、障がいのある人とない人が一緒に利用できる施設は珍しい」と話す。
多くの障がい者スポーツ施設は障がいのある人専用で、付き添いなど特別な理由がなければ障がいのない人は使用できない。一方、やまなしパラスポーツセンターは障がいのある人が優先ではあるが、障がいのない人も同じように利用することができる。
偶然に出会った人々の中で「一緒にボッチャでもしませんか」と交流が生まれる可能性もある。
床と壁の色が違うワケ
小池さんは東京、神奈川、大阪など多くのパラスポーツ施設を視察して運用方法を学んだ。同時に県内のパラスポーツ団体などにヒアリングを行い、要望をセンターの設計に反映した。
やまなしパラスポーツセンターには、障がいのある人に優しい工夫がたくさん。そのポイントを紹介する。
ポイント1
廊下は壁が白色で、床が黒色。反対に、体育館内は壁が黒色で、床が明るい色になっている。これは弱視など視覚障害のある人にとって、壁と床の色が同系色だと距離感が掴みづらいからだ。壁にぶつかって転倒するなど、怪我を防ぐためにはっきりとコントラストが付いている。
床は張り替え可能なシートを敷いているため、車いすの車輪でキズがついてもすぐに修復できる。
ポイント2
トイレの個室内は車いすが回転しても十分な広さがある。だれでもトイレには、壁に折り畳みの台が付いていて、荷物台としても腰かけ椅子としても使用できる。
ロッカー室には、車いす用に下が空洞になったロッカーを設置。また、肢体不自由の人が補装具を入れられるように、一般使用のロッカーは縦長になっている。
ポイント3
車いすでも入れるシャワールームを完備。高い位置にシャワーヘッドがあると手が届かないという意見を反映した。両側のアームが低い位置に延びて、椅子に座りながらでも全身にシャワーを浴びることができる。
ポイント4
入り口に視覚障害者のための音声案内や点字がある。聴覚障害者向けに防災機器と連携したフラッシュライトを設置。非常時にフラッシュライトが点滅して危険を知らせる。
駐車場は障害者等用6台、一般車用7台の駐車スペースがある。通常、一般車用は横幅2.5mのところを、乗り降りしやすいよう3.5mに広げている。乗降場所には屋根がついていて、雨に濡れずにセンター内に入ることができる。
「バスケと卓球と、バドミントンも!」
これまで地域のミニバスケットチームなどの団体利用はあったが、in depthの取材日に初めて「体を動かして遊びたい」と個人の利用予約が入った。
放課後等デイサービスに通う、発達障害のある中学2年生と小学5年生の兄弟だ。
遊び始めたのはバスケットボール。2人はドリブルで体育館を駆け回り、連続シュート。兄が大きく振りかぶってボールを投げると、見事にスリーポイントシュートが決まった。それまであまり表情を変えなかった彼が、喜んではしゃぐ姿があった。

デイサービス職員の女性は「いつもは公園に行くのですが、雨天だと遊べないし、敷地も狭くて思い切り走ることができません。ここは屋内で気兼ねなく体を動かせるので、本当に助かります」と話す。
しばらくするとバスケに飽きたのか、兄弟は「次はバドミントンと卓球がやりたい!」と言う。
受付に頼みに行くと、若い男性スタッフが2人出てきた。
施設の施設管理者はプロサッカーチーム「ヴァンフォーレ甲府」を運営する「株式会社ヴァンフォーレ山梨スポーツクラブ」。常駐するスタッフのうち必ず1人はパラスポーツに関する知識と技術を持つ「パラスポーツ指導員」の資格者がいる。
バドミントンのネットを張り、さっそくダブルス対決が始まった。兄弟と一緒にラケットを振る男性スタッフたちは、パラスポーツ指導員を目指して資格の勉強中だという。
体育館に楽しそうな歓声が響いていた。「ふらっと来て、スポーツを楽しむ」。そんな理想のかたちができつつある。
※パラスポーツセンターの詳細はこちら
※肩書きは取材時のものです。
文・北島あや、写真・今村拓馬