きつい、危ない、でもハマる? 林業女子を魅了する「山を守る仕事」とは

山奥でチェーンソーのエンジンを吹かし、木の幹に刃を食い込ませる。
木屑が飛び散る。慎重に切り進めていくと、バリバリバリバリ……ドーン!!!!
アカマツの大木がバッタリ倒れた。

チェーンソーを握っていたのは、ひとりの女性だった。

山梨は県土の約78%を森林が占める。
だけど「林業」について知る人は驚くほど少ない。
昔ながらの木こり?
違います。山の中で何をしてるのか、覗いてみましょうか。

■この記事でわかること
✔ SNSでは「きこりちゃん」というキャラを演じて、林業の魅力を発信中だ
✔ 過酷な現実、生命の危機もあったが「山好きにはたまらない仕事」
✔ Z世代も林業に飛び込んでいる。県立農林大学校森林学科の就職率は100%だ

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林業インスタグラマー「きこりちゃん」

 山の中でチェーンソーを振るい、ときにコミカルな動画で林業の現場を発信する「きこりちゃん」。SNSでそう呼ばれる彼女の正体は、山梨で林業に従事する田尻愛海さんだ。

 ピンク色のヘルメットがトレードマーク。SNSのコメント欄に「女性が使うには大きすぎる」と書かれても、パワー重視で7kgのチェーンソーを愛用する。いつも明るく元気なキャラクターだ。

 とはいえ、林業を仕事にするのは実際どうなの?

「ものすごく大変!毎日筋肉痛だし、夏は汗だく、冬の山奥は凍えるほど寒い。トイレを探して車で30分かけて町に戻ったこともあります。あと私、虫が大っ嫌いなんですよ。カマキリとかカマドウマとか……もう無理!って何度思ったことか。作業着は地味だし汚れるけど、ピンクのヘルメットかぶってちょっとでもテンション上げてるんです」(田尻さん)

田尻さん愛用の7kgのチェーンソーは、上級者でないと扱えないサイズだ

 SNSを始めたきっかけは、林業を営む父親から「チェーンソーの使い方が下手だ」と怒られたことだった。チェーンソーを扱う自分の姿をスマートフォンで撮影して、フォームを確認しながら練習を重ねていた。その動画を友人に見せると「これ、ぜったいバズるよ」。試しに投稿してみると、全国から反響があった。

 父親や同僚たちが山奥で黙々と働く背中を見て、「世の中の人に林業の仕事を知ってもらいたい」と思いが募っていた。だから、自分で発信することにした。

「林業の厳しさを真面目に語っても、ネガティブなイメージを持たれてしまう。できるだけポップに伝えたくて『きこりちゃん』のキャラで喋っています。 普段の私とはかなりギャップがあるので、直接会った人には驚かれます(笑)」(田尻さん)

「女には無理」と言われても

 もともと林業を志していたわけではない。甲府で結婚し子育てをしていたが、夫との離婚を経て、2021年に家業の「田尻林業」に入社した。田尻さんは当時を「最初は、完全に門前払いでした」と振り返る。

 林業の現場は今も男性が中心。父親からは「林業は女の仕事じゃない」と激しく反対された。教え方も、「見て覚えろ」の一言。作業内容がほとんど分からないまま現場に行き、できることがないと追い返された。

 悔し泣きの毎日だったが、「私が林業を継ぐ」という思いで食らいついた。しかし、現実は過酷だった。

 命の危機が2度訪れたのだ。

 入社直後、「伐採したアカマツを重機で持ち上げた瞬間、重機が木の重さで傾いてひっくり返りそうになりました」。その数日後、「チェーンソーで伐採していた時、倒れる木に弾かれて5メートル吹っ飛ばされました。当たりどころが悪ければ即死でした」。この体験がトラウマになり、夜中に目が覚めるほどの恐怖に襲われるようになった。

 それでも翌朝には再びチェーンソーを握った。「ここを乗り越えないと、林業を続けられない」。田尻さんの負けず嫌いな性格は、父親譲りだ。

「辛い時でも自然の力に救われるんです」と田尻さんは語る

 正直、林業をやめたくなる日もある。しかし一方で、林業でしか味わえない楽しさも知ってしまった。

 一般には入れない林業専用道路を通れば、南アルプスの北岳をベストポジションから眺めることができる。仕事の合間に探すマツタケや山菜採りも楽しみ。何より、山の中で働くと「生きてる」ことを実感できる。

「山の木々は、どんな環境でも文句も言わずに、自分の生命力だけで生きている。そんな子たちを見ていると、私も頑張ろうと思えるんです」(田尻さん)

 どんなに辛い時でも自然の力に救われてきた。

「林業って、山好きには本当に特権ですよ」(田尻さん)

未来に向けて「森をつなぐ」

 ひとくくりに林業といっても多くの作業工程がある。苗木を植え、手入れし、成長した木を伐採、丸太に切り分け、運搬するまでに数十年かかる。

木材の運搬には重機の操作も欠かせない

 森林を人の手で管理しなければ、木が密集して日が当たらなくなり、環境が悪化する。土壌が弱くなると、土砂災害のリスクも高まる。

「いろいろな山に入ると、『ここはもう朽ちているな』と感じることもあります。地球温暖化で木が枯れる速度も早まっているように思います。林業は長いスパンで動いているので、今すぐ手をつけないと負の連鎖に陥ってしまいます」(田尻さん)

 全国的に木材の需要が減っているのも気がかりだ。木材をもっと幅広く活用する流れを作りたいとも考えている。

「いま私たちが伐っている木は、昔の人たちが森を守り続け、大切に育ててくれた木です。林業は木を伐採するだけの仕事ではありません。未来に向けて森をつないでいくことが使命だと思っています」(田尻さん)

基礎から学んで即戦力に

 未来の林業を担うため、日々学んでいる若者たちもいる。

 専門学校山梨県立農林大学校に森林学科が新設されたのは2022年。これまでの林業は昔ながらの師弟関係が一般的で、「親方の仕事を見て覚える」が当たり前だったが、Z世代にそうは言っていられない。

 副校長の小田真二さんは「現場での事故を防ぐためにも、学校で基礎をしっかり学ぶことが重要です。事業体からは『即戦力として活躍してくれるからありがたい』という声を聞く。もっと早く始めてもよかったくらいです」と話す。

県立農林大学校副校長の小田真二さん

 取材時、1年生が屋外でチェーンソーの実習をしていた。丸太に「受け口」と呼ばれる切り込みを入れる練習だ。木を狙った方向に倒すには、正確な角度で受け口を作る必要がある。

 生徒たちは狙う方向を念入りに確認してから、チェーンソーで切り込みを入れる。思ったより繊細な作業だ。お互いにタイムを測り、角度を測定する。どこか部活のような、和気あいあいとした空気で授業が進む。

豊かな自然環境の中で、チェーンソーの実習は行われていた

 現場のプロが講師になり、技術や知識を教える授業もある。田尻さんも、毎年1回講師として招かれ、生徒たちに自身のリアルな体験を語っている。

体育会系、理系、文系、関係なし

 森林学科1年の齊藤翔大さんが林業の存在を知ったのは偶然だった。高校卒業後の進路を調べていた時、たまたま農林大学校のホームページを見つけた親が齊藤さんに勧めたのだ。

「体を動かすことが好きで、機械の操縦も好き。自然の中で働けるならいいかもと思って、即決しました」(齊藤さん)

 同級生たちから「林業ってなに?」と必ず聞かれるから、林業を学んでいることは親しい友人にしか話していない。

 高齢化による人手不足や重労働などの課題もつきまとうが、齊藤さんは「林業をまったく知らなかったので、ネガティブなイメージはありませんでした。人手が足らないならむしろ歓迎してもらえるし。山の中で体を動かすのは自分に合っていると思う」と話す。

 一方、森林学科で唯一の女子学生である1年の竹田友さんは、林業系公務員の技術職を目指している。

「一番好きな授業は測量です。土地の面積に対して木を何本植えたらいいのか、システムを使って計算します。丁寧にやればやった分だけ精度が上がる。そこが好きです」(竹田さん)

 ドローンやICT(情報通信技術)を使って作業を効率化する「スマート林業」の導入が進めば、現場はもっと楽になる。

「開発者にどんなニーズがあるかを伝えるためにも、まずは現場の仕事をしっかり学びたい」(竹田さん)

森林学科で学ぶ竹田友さん(左)と齊藤翔大さん

林業のサイクルを止めない

 学科開設以来、就職率は100%。しかも毎年、学生数を上回る求人が届く。林業は売り手市場だ。手を挙げてくれる人をもっと増やしたい。

 小田副校長は「林業の認知度の低さが問題です。高校に説明に行っても『山の中でどんなことをするのかよく分からない』と言われることが多い。林業という選択肢があることをもっと周知していきたい」と力を込める。

 戦後に植えられた木がちょうど伐採の適期を迎えている。

「育てた木をきちんと伐って、木材として利用し、再び植林して森をつくる。林業の循環を次の世代につなげる、その担い手が、今まさに必要とされています」(小田副校長)

 積極的にデジタル技術を取り入れて、新しい林業の形もできつつある。初めはよく知らなくても、やってみたらハマる林業。飛び込むなら今じゃないだろうか。

*学年・肩書は取材時のものです。

文・北島あや、写真・今村拓馬

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