県職員は「命がけで登りたいですか?」 歴史的瞬間 富士山登山規制スタートの舞台裏
2024年7月1日から、富士山吉田ルートの登山規制が始まった。
富士山で登山規制が行われるのは初めて。まさに、歴史的瞬間だ。
当日は、風速30メートルを超える強風が吹き荒れた。
規制ゲートが設置された5合目の現場には、懸命に対応する県職員の姿があった。
◼️この記事でわかること
✔ 山梨県は、2024年7月1日から、登山者の安全を確保する目的で、富士山吉田ルートの登山規制を開始した。
✔ 過度な混雑の緩和や弾丸登山の防止のため、5合目登山口にゲートを設置して規制を実施。また、通行料徴収に伴う混乱の回避と登山者の利便性向上のため、通行予約システムを導入した。
✔ 強風の中でも通過しようとする登山者が何組かいたため、県職員が思いとどまるよう説得した。
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富士山 開山の瞬間
「午前3時になりましたので、ゲートを開門いたします」
建物が揺れるほどの強風の中、富士登山対策チーム松本哲明さんの声掛けにより規制ゲートが開門した。
登山規制を行う初めての登山シーズンが、始まった。
山梨県は、2024年7月1日から、登山者の安全を確保する目的で、富士山吉田ルートの登山規制を開始した。過度な混雑の緩和や弾丸登山の防止のため、5合目登山口にゲートを設置して規制を実施。併せて、通行予約システムを導入した。登山者数を1日4000人に、5合目のゲート通過時間を3時から16時までに制限(いずれも山小屋の予約者を除く)。また、通行料2,000円を登山者に課し、以前からあった任意の協力金1,000円もそのまま残した。規制は、開山期間最終日の9月10日まで行われる。
強風の中、ゲート突破しようとする登山者も
3時のゲート開門後、最大瞬間風速は30メートル以上にもなった。大人が前かがみになって歩いても、簡単に吹き飛ばされてしまいそうなほどの風だ。そんな中、5合目に宿泊していた登山者が強風をおして登り始めようとして、県の職員が止めに入る緊迫した場面があった。
松本さんが「命をかけてまで行きたいですか」と語りかけ、外国人登山客への通訳を担当した同チームの中込瑞樹さんが「We don’t want you to die!」と懸命に登山中止を説得する様子は、テレビでも放送され、反響を呼んだ。
対応した松本さんは、「こんな強風の中で登山をしたら、命が危険にさらされるということをなんとか伝えなければという気持ちでした。せめて明るくなり、風が弱まるのを待ってくださいと。強制はできないものの、実際に登山を開始すれば事故になりかねない状況でしたので、必死でした。結果として少し待つと言ってもらえて良かったです」と語った。
中込さんは「初めて富士山にいらっしゃる外国人の方は、風が強く荒天であることが通常だと勘違いされていると感じました。登山には危険な状況だと、きちんと伝えなければいけない」と自らに言い聞かせるように話していた。
規制に対する登山者の思い
麓(ふもと)と5合目をつなぐ唯一の道路である富士スバルラインは、前日22時から強風のために通行止めになり、開通したのは1日の9時前。その後、登山者が続々と5合目に到着し、一気ににぎわいを見せた。
今年から始まる登山規制について、登山者はどう受け止めているのだろうか。
千葉県在住の70代の男性は「若いころに父親と頂上まで登ってから、40年以上、毎年開山日に富士山に登ってきました。5合目や登山道の景観もずいぶん変わりましたね。吉田ルートの登山規制や通行料の負担に関してはいろいろな意見があると思いますが、自分は反対ではありません。通行料・協力金が環境保全や整備に使われることを考えれば、仕方のないことだと思っています。自分自身がこれからも富士山に登り続けたいですから」と語った。
富士山登山経験がある登山者は、規制に肯定的な人が多い印象だ。
今回が3回目の富士山登山だという茨城県在住の20代の男性も「規制は仕方のないことだと思っています。昨年のピークシーズンに登った際にも、非常に混雑していました。自分が宿泊した山小屋にも、予約していない登山者がつめかけていました。トイレにまで寝泊りしている人がいて、とても驚いたのを覚えています。そうした状況を見てきたので、規制についても納得しています」と理解を示した。
責任者不在の中、現場では
スバルライン通行止めの影響で、多くのマスコミ関係者に加え、責任者である富士山保全・観光エコシステム推進監の岩間勝宏さんや管理職の職員は、開門時にゲートまで上がってくることができなかった。やっとの思いで5合目に到着したのは午前9時過ぎ。
そんな中、臨機応変に対応したのが、事前に現場入りしていた富士登山対策チームや広聴広報グループの若手の職員たちだ。
富士登山対策チームの中込さんは当時の状況について、「岩間推進監が現場に来ることができないと分かったとき、すでに現場入りしていた職員が集まり、夜間はこのメンバーでなんとかやり切ろうと話し合いました。やはり、登山を強行しようとする方をとどまらせる夜間対応が非常に大変でした」と振り返る。
風の音が大きく近くの声もかき消されるような状況の中、よく通る声で、規制ゲート付近を取り仕切ったのは、広聴広報グループの依田貴司さんだ。
「合唱団に所属しておりますので、歌で鍛えた声が活きる形になり、良かったです。ただ広報担当としては、ほとんどのマスコミの皆さんが麓で足止めされたことが、大変気がかりでした。開門の様子など現場の写真や映像などを我々で撮影し、情報提供する形で臨機応変に対応できたことは良かったと思います」
スバルラインが開通してから現場に駆け付けた推進監の岩間さんは「通行止めは天候の影響ですのでやむを得ない部分もありますが、責任者である自分が現場に行けず、はがゆい気持ちでした。電話で逐一5合目の情報を確認しながら、職員とコミュケーションを取り、指示を出していました。自分がいない中、職員達は本当によく対応してくれたと思います」と語った。
急きょ整備した通行予約システム
富士山登山の4ルートの中で、最も登山者数が多いのが山梨県側の吉田ルートだ。規制実施による影響も、その分大きい。
2月議会で富士登山に係る条例が可決されてから、担当職員たちは急ピッチで準備を進めてきた。「通行予約システム」は、整備のための十分な時間が確保できないため、今年度導入する予定はなかったという。
推進監の岩間さんは「もともと、通行予約システムについては、昨年度の段階では今夏は導入しない計画になっていました。それが4月になってから再度オペレーションを検討した結果、規制をする以上、今夏から予約システムは不可欠との結論に至り、一転、導入することになった経緯があります。そのため、我々は何とか7月1日の開山に間に合わせなければと必死にやってきました」と舞台裏を明かす。
松本さんは「通行予約システムの導入や規制ゲート設置にあたり、短期間で準備を進めることができたのは、岩間推進監のリーダーシップのおかげだと思っています」と話す。
松本さんは、通行予約システムを導入しておいて正解だったと振り返る。
「受付が非常にスムーズに進むだけではなく、開山期間全体の登山者数の見通しが立ちました。事前に予約者数を確認できることから、混雑日の予想を立てやすく、職員の配置といった対策を検討することができるようになりました」
中込さんは「当日、長い列ができることなく、オペレーションがうまくいったことは良かったです。ただ、様々なケースを想定して準備を進めてきた一方で、課題も数えきれないほど見つかりました。そのうちの一つは受付を終えた登山者に渡すリストバンドの問題です。装着しにくいと指摘がありましたし、装着時にはがすシールのごみが飛ばされていくこともありました。こうした課題を一つひとつ解決していきたい」と話す。
歴史的瞬間となった富士山登山規制のスタートには、県職員ら多くの関係者の思いがこもっていた。シーズンが終わる9月10日まで、気の抜けない日々が続く。
文・三郎丸彩華、写真・三郎丸彩華、山口一臣