武田信玄生誕500年の記念ドラマ、あえて主人公は「逆臣」/「信茂と勝頼」15万回再生突破!

郷土の英雄、武田信玄公の生誕500年を記念するYouTubeのドラマができた。
主人公は、小山田信茂。
武田二十四将の一人で郡内地域を治めた武将だが、武田家を裏切った人物との評もある。
なぜ山梨県は信茂を「記念ドラマ」の主人公にしたのだろう。

信玄公生誕500年記念イベントのトークショーで、山梨県の長崎幸太郎知事は「歴史が変わりそうな予感がします」と語った。

「信茂を取り上げる必要があった」

「郡内」と「国中」。山梨県内でおおっぴらに語られることはあまりないが、観光客の流動が大きい郡内と、盆地を中心とした国中の気質とが生んだ「すれ違い」は山梨県に横たわる大きな課題のひとつだ。

 信玄公の生誕500年を2021年に迎えるにあたり、山梨県は2020年、県内すべての27市町村、各市町村の観光関係団体・経済団体などとともに「信玄公生誕500年記念事業実行委員会」を立ち上げ、異例の「自治体制作ドラマ」を発表することにしていた。ドラマの主人公を誰にするのか−−。これが焦点だった。

山梨県観光資源課の鈴木理奈さん

「オール山梨を実現するには、あえて小山田信茂を取り上げる必要がありました」

 制作の実務を担った山梨県庁観光文化部観光資源課の鈴木理奈・主任は、そう話す。

 一説によると、小山田信茂は武田信玄の嫡子である勝頼が戦で退却した際に自らの城に入れず、武田家を滅亡に導いた原因となった人物だとされており、こうした小山田信茂の評価が地域間の微妙な感情の遠因とも言われている。一方で、歴史研究が進んだことに伴い、そうした人物評に異論も出ていた。

「近年の研究では、小山田信茂の行動は領地や民を守るためのことで、逆臣説の見直しがされてきています」(鈴木さん)

 反対意見は県庁内からあがらなかったのだろうか。

「小山田信茂を取り上げるとなったとき、確かに反対する人はいました。武田信玄公を愛している人たちからすると、500年記念のドラマなのに信茂が主人公というのはふさわしくないと。そうした中でも、『小山田信茂をぜひとも主人公に』との声は大きかったです」

 長崎知事も「信茂を」と願う一人だった。今年4月に開かれた冒頭のトークショーで、長崎知事はドラマにかける思いをこう明かした。

「400年から500年、山梨のみなさんに刺さっている『トゲ』を抜きたかった」

 主人公が決まれば、制作が始まる。まずは脚本家を誰にしたらいいか。県は、山梨県出身で「ワイン県」の副知事でもある作家・林真理子さんにドラマ制作の相談を持ちかけた。

林真理子、中園ミホ両氏による「三谷包囲網」

 5話からなる記念ドラマの脚本を担当したのは、三谷昌登さん。NHKの大河ドラマ『西郷どん』(2018年)で脚本の中園ミホさんの協力を務めたことで知られる。NHK朝の連続テレビ小説や「ドクターX ~外科医・大門未知子」など多くのドラマに出演する俳優でもある。

 県庁と林さんの話し合いが始まった直後の2020年9月、三谷さんのスマホに、中園ミホさんからLINEが届いた。

「山梨県が小山田信茂のドラマをやるから、林真理子さんがあなたを脚本家として推薦した」

『西郷どん』の原作者として、大河ドラマ制作にかかわっていた林さんは、三谷さんを推薦、起用が決まったというわけだ。西郷どんを機に知り合って以来、京都出身の三谷さんは、「京都好き」の林さんから「三谷どん」と呼ばれる仲になったという。

 ところが、そんな話を三谷さん本人はぜんぜん知らない。三谷さんは当時のことを苦笑交じりに振り返る。

「中園先生のLINEが来てまもなく、今度は林先生からLINEが来て、『知事との会食をセットしたから』と。ぼくがアワアワと戸惑う暇もなく、話はどんどん進んで……」

 翌10月、「常盤ホテル」の客室で向かい合った三谷さんに、長崎知事が語りかけた。

「オール山梨を実現するためには、小山田信茂への誤解から生まれる地域ごとのわだかまりを解決しなければならず、新しい解釈の見方を県が示さなければならない」

 三谷さんは「熱い思いがビンビン伝わってきた」と脚本を引き受け、すぐに配役に着手した。

怪演のイッセーとフレッシュなジャルジャル後藤

 小山田信茂役にお笑いコンビ「ジャルジャル」の後藤淳平さん。そして、物語の語り手は俳優のイッセー尾形さんと決め、2人から快諾を得た。

「脚本を書き始めるにあたって、まず、語り手は絶対にイッセーさんと決めていました。イッセーさんと言えば、日本を代表する一人芝居の大家で、ぼくの書き上げた初稿にも、どんどんダメ出しをくださり(笑)……。イッセーさんと話し合いながら、脚本をともに作り上げたという感覚です」

左が信茂役の後藤さん。右は勝頼役の植木祥平さん(県提供)

 主役の信茂役にジャルジャルの後藤さんを起用した狙いを三谷さんはこう語る。

「時代劇は固くて難しいと言われますよね。年齢層が若めの人は見ない傾向が強いですから。オール山梨を実現するには、若い人にも見てもらわないとあかん。そうすると、テレビやYouTubeに留まらず、SNSでも若者に人気がある人を主人公にしないといけない。そう考えて、後藤さんしかいないと思い、依頼をしました」

 出来上がったドラマを観て、三谷さんは、
「完成した作品は100点を超えて180点だと思っています。後藤さんをはじめ、俳優陣がいい。そして、演出スタッフは、予算の制約があるにもかかわらず、びっくりするような工夫をしてくれて、脚本をより効果的に見せる仕掛けをしてくれました。完璧な演出だったと思います」
 と話す。

イッセーさんはいろいろな役で登場します(写真は織田信長バージョン)=県提供

三谷さんが最後まで迷ったこととは…

 2021年に行われる予定だった信玄公生誕500年記念イベントは、コロナ禍の影響で2022年に延期された。「信茂と勝頼」(全5話)の公開も延期され、公開が始まったのは3月から。第1話(2022年3月16日公開)は3万8千回再生を超え、5話の総再生回数は15万回を超えた(2022年9月12日時点)。「地域間のすれ違いを解消したい」という制作側の思いが詰まったドラマは、2023年3月15日までYouTubeで無料公開される。

※信茂と勝頼「第一章 その男 小山田信茂」(YouTube)はこちら

 信玄公生誕500年記念事業のクライマックスである信玄公祭りは10月28日〜30日に行われることになり、信玄公役は後藤さん、勘助役は三谷さんに決まった。

 ドラマ公開後、観光資源課の鈴木主任のもとにはさまざまな声が届いている。

「若い女性の方から『歴史に興味がなかったものの、ジャルジャルさんのおかげで知ることができた。楽しかった』などの声が多く届きました。また『そうだったのか。こんな歴史解釈もあるのか』という声が届き、このドラマによって小山田信茂の新しい側面を伝えられたのかなと思います」

 三谷さんは、信茂を描くにあたって、歴史研究で判明していることを整理して脚本を書き進めた。

「歴史にウソをつかない。判明している事実をねじ曲げることはしない。この2つを徹底して考えました。脚本の構成は結構早く思いつきましたし、県庁の皆さんからダメ出しされることもほとんどなかったので順調でした。ただ、残念だったことと迷ったことがありました」

 知事からは「松姫のことも描いてほしい」と頼まれていた。松姫は、織田信忠(信長の長男)に嫁ぐことが決まっていた武田勝頼の妹。しかし、織田と武田が戦になり、嫁ぐことができかった「悲劇の姫」だった。

「信忠と松姫は、ずっと文通をしていて、2人の純愛はいまでも語り継がれるほどドラマティックなので、脚本に盛り込んだら、ドラマは5話完結どころか10話になってしまうかもしれません(笑)。作品の中で、チラリと松姫役の女の子を登場させるのがやっとでした。今回は残念でしたが、松姫のストーリーはぜひ書いてみたいです」

 そして迷ったのは、信茂と勝頼が最後に登場するシーンだった。三谷さんの頭の中には2つの案があり、最後まで迷いに迷ったという。

「オール山梨という県庁の皆さんの思い、そして、歴史上判明している信茂と勝頼の関係性を考えに考えた末、決断しました」

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 ぜひ、俳優陣の熱演をご覧のうえ、三谷さんの思いを受け止めてください。

(肩書は記事公開時のものです)

※「信茂と勝頼」動画一覧はこちら

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文・大野正人、写真・今村拓馬(冒頭のイベントと提供写真除く)

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