人材投資と賃金向上への挑戦——スリーアップが描く次の一手
(連載:豊かさ共創スリーアップ vol.3)

社員のスキルアップが未来を変える——。
山梨県が提唱する「豊かさ共創スリーアップ」とは、
スキルアップ・収益アップ・賃金アップの好循環を目指す取り組みだ。
昨秋には知事と県民との対話の場も設けられ、学びの拠点
「やまなしキャリアアップ・ユニバーシティ」を柱とした施策の成果や課題が話し合われた。
さらなるスリーアップ実現に向け、これから打つべき“次の一手”を探っていく。

説明文

 やまなしin depthでは、「県政フカボリ!」の新コーナーを始めます。

 県が力を入れる重点施策をピックアップし、連載形式でその背景や課題、展望を県民の皆さまにお伝えしていきます。連載第二弾は「豊かさ共創スリーアップ」です。

■この記事でわかること
✔ CUU受講者と知事の意見交換会で語られた現場の声
✔ 昨年11月から一本化された「スリーアップ実践企業認証制度」の概要
✔ 知事が語るCUUの狙いや賃金引き上げへの基本姿勢

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CUU受講者が知事にぶつけた現場の声

『チーム(組織)を前向きに導くネクストリーダー養成講座』
『広報・マーケティングの情報発信に必要なスキルを学ぶ実践講座』
『現場ですぐ実践できる生きたコミュニケーション講座』

 これらはすべて、2025年に開講されたキャリアアップ・ユニバーシティ(CUU)の講座の一例だ。2023年度(2024年1月)からスタートし、講座の内容は年々ブラッシュアップされてきた。開講3年目となった2025年度は全19講座を展開。経営層や管理職層、リーダー層、一般社員層など、それぞれの職層に応じた幅広い講座が用意されている。

 昨年9月には、CUU受講者数名と、長崎幸太郎県知事による意見交換会が開催された。テーマは「社員のスキルアップが未来を変える キャリアアップ・ユニバーシティによる企業成長と賃金アップの好循環」。現場の声を直接知事に届けることで、県政の方向性を再確認する場になっている。

 参加者からは、CUUを受講した経緯や得られた成果、感じた課題など、率直な意見が相次いだ。

 株式会社マルアイの遠藤浩行さんは、CUUの魅力として「講師の先生たちのお話がたいへん興味深く、経営戦略などの難しいテーマも非常に分かりやすく説明してくれた」ことを挙げ、さらに「他業種や他社の受講生と知り合い、グループワークを通じて悩みやその対策を共有できた」ことを大きな収穫に挙げた。ほかの出席者たちも、これには深く共感している様子だった。

株式会社マルアイの遠藤浩行さん(今村拓馬撮影)

 また、株式会社吉字屋本店の宮本賢治さんは、自身がDX講座を受講するまで「DXとは何か、五里霧中だった」という。ただ、授業で自社のワークフローを可視化し、「ここが無駄なのでは」「機械化で時間が作れるのでは」との気付きを得て「霧が晴れ、進むべき方向性が見えました」と語る。一方、DX導入には多額のコストが必要になるケースがあるため、「導入費用の一部を補助するような県の仕組みがあれば、より多くの企業が積極的にチャレンジできるのでは」と知事に要望も述べていた。

株式会社吉字屋本店の宮本賢治さん(今村拓馬撮影)

 参加者たちは総じて、CUUを「低コストで、実践的な学びが得られる貴重な場」と高く評価していた。講座で知識を深められるだけでなく、グループワークや同窓会、コミュニティを通じて新たなネットワークが生まれ、異なる業種や立場の人との垣根を越えた交流が大きな財産になったと語る声も多い。中には、新しいキャリアへの挑戦に、CUUの学びが大いに役立っているという意見も寄せられた。

 一方で、さらにCUUの講座を良くしていくための要望も多数挙がった。例えば、講座の内容の活用事例の紹介や現場見学の支援があれば、より学びが実践に結び付きやすいのでは、といった意見や、公式LINEのような気軽に相談できる窓口を設けてほしいという声があった。また、女性や子育て中の方が参加しやすい講座のテーマ設定や、夕方以外の時間帯の講座開設など、より多様な層が学びやすくなる工夫を望む意見も聞かれた。

CUUの受講経験者から、さまざまな要望が上がった(今村拓馬撮影)

 これら現場の声を、真剣に受け止めていた知事や県の担当者たち。短い時間ではあったが、膝を突き合わせて意見を交わしたことで、CUUの意義や今後のさらなる発展への期待が強く感じられる場となった。

企業の取り組みを“見える化”する「認証制度」

 CUUは、働き手のスキルアップを支える学びの拠点。山梨県では、そうした働き手のスキルアップこそが企業の収益を押し上げ、その成果が賃金として還元されるという理想的なサイクル、すなわちスキルアップ・収益アップ・賃金アップの好循環「豊かさ共創スリーアップ」の実現に力を入れている。

 この動きに賛同する県内企業を支援するため、運用しているのが「豊かさ共創スリーアップ実践企業認証制度」だ。

 この制度は、スリーアップの取り組みを県の認証によって“見える化”し、企業のイメージアップや人材確保の支援につなげるのが狙い。審査対象は「①経営方針等の共有」「②意見等の尊重」「③スキルアップへの取り組み」「④収益アップへの取り組み」「⑤賃金アップへの取り組み」の5項目で、すべてを満たせば「プレミアム認証」、①〜③の3項目を満たせば「アドバンス認証」が受けられる。

 認証企業には、補助金利用の優遇(賃金アップ環境改善事業費補助金や省エネ・再エネ設備導入補助金など)や、県の制度融資、広報支援など、多様なメリットが用意されているのが特徴だ。

 なお、この制度はもともと「宣言企業→認証企業」の二段階制だったが、昨年11月から「認証企業」に一本化された。その意図について「一番の狙いは、スリーアップの好循環の“加速化”です」と産業人材課の三枝智貴さん。制度がよりシンプルになれば、手続きもスムーズになり、煩雑さの解消と実効性の向上につながる。課長補佐の三枝英之さんは「スリーアップに取り組む企業にとっては、より分かりやすく、利用しやすい制度設計になったのではないかと思います」と期待を込めた。

「スリーアップ」を担当する産業人材課の三枝智貴さん(左)と課長補佐の三枝英之さん(山本倫子撮影)

【県知事インタビュー】スリーアップに懸ける思い

 県が「豊かさ共創スリーアップ」を積極的に進める根本には、「頑張れば報われる、という社会構造をもう一回再構築する」という長崎幸太郎知事の強い信念がある。スリーアップがもたらす効果と変化について、知事の考えを聞いた。

ーーCUUという学びの場を設けた狙いについて教えてください。

 物価が上がっているのに賃金が伸びない、そうした厳しい現実が昨今、生活の実感として現れています。昔は「頑張れば生活が豊かになる」と当たり前に信じられる時代でしたが、現在は、働くことが将来の安心や豊かさにつながっていない。そうした中、働く人も企業経営者も、生産性の向上こそが今後にかかわる重要な課題です。生産性を向上させるには、大前提として働き手の努力が不可欠ですが、社内教育など経営者側の人的資本投資も必要。ただ、中小企業や零細企業にとっては、その余裕がないという難しさもあります。

 そこで私たち行政として、CUUという共通のプラットフォームを用意しました。社員の方はもちろん、経営者の方も含めて通っていただき、学んでいただく。CUUの学びをスキルアップに、そして企業の生産性向上につなげていただければと考えています。

ーーCUU受講生と意見交流の場を設けた意義は?

 CUUのような新たな取り組みは、最初から満点を取るのは正直難しいと考えています。現場で浮き彫りになる課題などがきっとある。学んだ方々、あるいは従業員を送り出した経営者の方々に、実際どういう課題があったのか、どうすればもっと良いものになるのか、ぜひご意見をいただき、それを踏まえて改善を図っていければと考えました。

 実際、意見を聞いて皆さんすごく積極的に活用してくださっていることが分かり、安心しました。改善についてもいろいろアイデアやヒントが見えた意見交換会でした。

CUU受講生と意見交流に臨んだ長崎知事(今村拓馬撮影)

ーーCUUでのスキルアップを、収益アップや賃金アップに確実につなげるためには、何が重要でしょうか。

 行政・働く人・経営者が、それぞれの立場で力を発揮し合うことが必要です。課題を解決するのは、行政だけでも、あるいは働く人や経営者だけでもない。働き手の皆さんには一層のスキルアップに取り組んでいただき、経営者の皆さんには生産性向上と人材投資に本気で向き合っていただきたい。そして行政である私たちは、その挑戦に全力で伴走します。

 その中で、行政として力を入れているのが「賃上げ」です。山梨県の最低賃金は、東京都や神奈川など周りの他県に比べても格差がある。今年の引き上げ幅64円は、大いに不満です。格差を埋めるには至らず、全く満足できる水準ではないと思っています。

 最低賃金の引き上げは、賃金水準全体の引き上げにつながる“最初の歯車”だと位置付けています。最低賃金の引き上げによって“歯車”が回りだし、賃金全体の水準が上がる。それに伴い企業や働く人々が生産性向上、収益向上を図って、県民所得が向上する構造になります。

 経営者からの反発も予想されますが、しっかりとデータに基づいた議論が必要であると考えています。『賃上げをすれば失業や倒産が増える』といった漠然としたイメージだけで議論が進んでは、本質が見えなくなってしまう。しっかりとデータをもとに論理的な議論を重ねれば、経営者も働く人たちも納得できる決定につながるはずです。また、県としても現場の声をよく聞きながら、賃上げ実現のために細やかな支援策を準備しています。

文・中村麻衣子

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