名物はミレーだけではありません。山梨県立美術館が、メタバース、始めます。

メタバース?
聞いたことは、ある。
インターネット上の仮想空間?
ああそれなら、わかる……かな? 
そんな皆さまにおすすめなのが、山梨県立美術館だ。
ミレーで有名だが、今回の話はそれではない。
2月28日から、たかくらかずきさんの新作展「メカリアル」展が仮想空間で始まる。
そう、同館が始めたメタバースプロジェクトの本格始動だ。

ドット絵の巨匠の作品が…

 2023年2月28日から始まったメタバース展示「メカリアル」に入館してみよう。スマホ、タブレット、パソコンでアクセスすればOK。VR(バーチャルリアリティー)機器をお持ちなら、館内を歩く(または跳び回る)気分が体感できる。展示作品と展示空間を制作したのは、山梨県市川三郷町出身の現代美術作家・たかくらかずきさんだ。展示作品の中には、「NFT」アートもあった。

※LABONCHI 01. たかくらかずき「メカリアル」(会期:2月28日–3月26日)についてはこちら

 NFTとは「ブロックチェーン技術を使ったデジタル資産の一種」だと、いろいろなものが説明している。画像や音楽のデータを「唯一無二」と証明し、暗号通貨で売買するそうだ。2021年の夏、小学3年生の男子がタブレットで描いた絵に80万円相当の価格がついたと話題になったが、彼の作品を最初に買ったのは実はたかくらさんだ。

11月25日に開かれた事前説明会には多くのメディアが集まった

 という話はさておき、たかくらさんはデジタルの可能性を追求している作家で、「ドット絵の巨匠」とも呼ばれている。世界最大手の取引所「OpenSea」に出品される「ドット絵」が、常に高値で取引されるからだ。ドット絵とは、コンピューターの画面上で小さなマス目に色を置くデジタル絵画。なじみのない言葉の説明ばかり。ふー。

 とため息をつくことなど、たかくらさんにはない。なぜって1987年生まれ、「windows95 が出始めた小学生の頃から、紙に描くのもパソコンに描くのも、どちらも普通にしてきた」という世代だから。大学院を卒業してからはPUFFYのCDジャケットや「天才てれびくん」(NHK Eテレ)のキャラクター作りなど大きな仕事をたくさんしてきた。コロナ禍の2021年、東京から京都に移住した。クライアントからの発注に応じる仕事に区切りをつけ、作家活動に本腰を入れようとした時に出会ったのがNFTアートだった。

日本仏教と水木しげるにハマる理由とは

 まず手がけたのが、仏像がモチーフの「NFT BUDDHA」シリーズ。今回、メタバース美術館に全作品が展示されている。移住前から日本仏教をテーマにしてきたのは、多様性だという。例えば金剛力士(仁王像)のルーツはギリシャ神話のヘラクレス。シルクロードを経て、海を渡ってきた。

「いろいろな所から来たものをゴチャゴチャにして仏像にしちゃうのが、日本文化の面白いところ。キリスト教から来る西洋美術より、東洋美術や日本仏教をベースにした現代美術がしっくりきます」

たかくらさんの作品(©2022 takakurakazuki)

 たかくらさんの仏像は、ビックリマンやポケモンのシールを思い出させる。小さい頃からビックリマンやたまごっちなどキャラクターものが大好き。「仏像には、日本のキャラクター文化のルーツが隠れていると思っています」とたかくらさん。もちろん仏像の勉強も重ね、メタバース美術館2階に並ぶ釈迦三尊像は東大寺にならって右に普賢、左に文殊。お寺と美術館の中間をイメージしているという。

 もう一つ、展示の柱になっているのが、妖怪がモチーフの「YOKAIDO」だ。水木しげるさんの作品も生き方も好きだという。「コツコツと漫画を描いて、長生きする。すごくいいなと思うんです。仏像もそうですが、『生活と共にある』ところが僕には重要かな」

たかくらさんは自身の作品を編んだセーターを着て取材に答えた

 多様性、生活。たかくらさんの言葉は、コロナ禍により響く。「努力、友情、勝利」の世代ではないと言い、「ゆっくりいいものを作っていきたい」と言う。

「新たな可能性を模索してほしい」

 ところで。先述したが、山梨県立美術館といえばミレーだ。開館の2年前、1976年に「種をまく人」と「夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い」を1億8200万円で落札した。税金なのに高すぎる。そんな批判も招いたが、美術館はミレーにこだわり、今では70点。「ミレーといえば山梨県」で定着している。そんな財産がありながら、なぜメタバース?

 始まりは、22年3月。年度も押し迫ったある日、県観光文化部の小坂井玲さんは長崎幸太郎知事に呼ばれた。用件は「メタバースやNFTについて、ちょっと考えてくれないか」。美術館が取り入れるとどういうことが起きそうか、情報を集め、提案せよ、という命題だった。

 知事がデジタル分野の新しい動向に着目し、美術館での可能性に興味を持つ理由にはわけがある。

 1985年には59万人を超えた観覧者数は、2008年度は19万8000人、18年度は19万6000人、コロナ禍で長く休館した20年度は7万5000人で、21年度も11万人。ミレーコレクションだけでは限界がある。「美術館は、これまで培ったアイデンティティを活用しながら、様々な『価値』を体感する機会を提供できる場だ。新たな可能性を模索する必要があるのではないか」というのが知事の問題提起だった。

 現在、県立美術館では、新たな価値を生み出す美術館となるためのビジョンを策定中だ。その中でも、「デジタル技術の活用」は重要なトピックとして、検討が進められている。

わずか1ヶ月でメタバース展を開催

 名画鑑賞だけではなく、体験、共感する場として、利用者1人1人にとっての「価値を生み出す」美術館。知事はそこをめざしている。提案されたメタバースやNFTも「今どきのはやりもの」ではなく、新たな美術館の可能性を探る入口。そういうミッションだと、小坂井さんは理解し、メタバースやNFTという未知の手段を、従来のミュージアム活動の拡大のため、どのように活用しうるかの検討を始めた。

左から小坂井さん、竹井さん、たかくらさん、小佐野雄介さん(文化振興・文化財課文化施設・企画担当)

 知事を囲んでの勉強会に小坂井さんとともに参加していた観光振興課の竹井杏奈さんは「クリエーターの集う山梨を国内外に発信したいという知事の熱い思いを感じた」。「幅広い来館者層が利用する山梨県の美術館として、メタバースを体感いただき、その可能性を一緒に考えていきたい」という小坂井さん。この2人に美術館を所管する文化振興・文化財課のサポート、そして「美術予備校に通ったのが甲府で、庭に彫刻の並ぶ県立美術館も好きだった。オファーは単純にすごく嬉しかった」というたかくらさんの協力が加わり、11月には、プレオープン企画の「大BUDDHA VERSE」の開催までこぎつけた。準備期間はわずか1ヶ月だった。

NFTアートと公立美術館のビミョーな関係

 めでたし、めでたし。ではあるのだが、まだ考えるべき課題が残っている。それは、美術館活動とアートマーケットの距離に関する問題だ。

 美術館が展覧会を開催したり作品を収蔵したりすると、作家や作品の市場的な価値に影響を与える。しかし美術館は、そうした作家や作品の市場価値とは距離を置き、歴史として残す価値のある作品を判断する立場をとっている。

 だから、仮想通貨と紐づいて投機的な対象と見られることがあるNFTとのかかわり方は難しい。かかわり方によっては、これまでの美術館とマーケットとの距離感が崩れてしまうのではないかという懸念があるからだ。

 一方で、メタバースやNFTを活用すれば、アーティストと鑑賞者の距離を縮めることができるかもしれない。ふるさと納税やクラウドファンディングなどと組み合わせることで、鑑賞者がアーティストを直接応援できるようになる。そうした仕組みを作って、その好循環を県立美術館の発展につなげていきたいと長崎知事は考えている。

 たかくらさんは「美術界はお金の話をするのを嫌がるけれど、アートと経済は切っても切り離せない。僕のNFTは初期に比べ7倍くらいになっていますが、今回の展示でまた価値が上がるかもしれない。そのことも、面白いなって思います」と語る。

たかくらさんの作品(©2022 takakurakazuki)

VRゴーグルを覗くと……

 2月28日、メタバースプロジェクトが本格始動する。美術図書館を情報コーナーとして改装してVR体験コーナーができるようにし、たかくらさんの新たなリアル作品も展示される。

 また、県は、3月にドイツ・ベルリンで開催される世界最大の旅行展「ITBベルリン」に今回の取り組みを出展し広く世界に情報発信することで、インバウンド(日本を訪れる外国人観光客)が山梨にやって来るきっかけづくりにしようとしている。

 メタバース空間に映し出される県立美術館は、山梨県の風景を思わせる山に囲まれた湖の上に浮遊している。入口には県立美術館の庭にあるケンタウロス像が置かれている。リアルな場を持つ美術館に、バーチャル空間はどのような可能性をもたらすのだろうか。たかくらさん、小坂井さん、竹井さんらプロジェクトメンバーが「絶賛議論中」だ。

文・矢部万紀子 写真・今村拓馬 ※作品の写真はたかくらさん提供

関連記事一覧