
春なのに盆踊り? バズる「盆ジョヴィ」、山梨で初開催
2026年3月22日、甲斐市サクラまつりのステージから爆音が鳴り響く。
「みんな声出して、踊ってー!!」。浴衣姿のDJにあおられて、盆踊りタイム。
集まった人が手を上げ、声を合わせて歌う。
SNSで大バズりした「盆ジョヴィ」が山梨で初開催された。
実現させたのは、若者たちの熱意だった。
■この記事でわかること
✔ 静岡でひと目見て「盆ジョヴィは人と人をつなぐイベントだ」と若者は思った
✔ 若者のチームが3週間で協賛金80万円を集めた
✔ PRには甲府工業高校TikTok部も参加した
✔ 施策には直接関係ないのに、県庁職員はなぜ若者の挑戦を後押ししたのか
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盆ジョヴィに魅せられた2人
2018年、東京・中野の盆踊り大会がSNSでバズった。アメリカのロックバンド「Bon Jovi(ボン・ジョヴィ)」の楽曲に合わせた盆踊り、だから「盆ジョヴィ」。ボン・ジョヴィ公式SNSがリプライしてさらに大バズりし、人気はいま、日本全国に広がっている。
NPO法人「トップファンやまなし」代表の高村大夢さんが初めて盆ジョヴィを見たのは、2025年9月に開催された静岡県富士市の「田子浦みなと祭り」だった。
「盆踊りなのにフェスみたいな雰囲気で驚きました。子どもからお年寄りまでみんなが楽しんで踊っていて、僕らが求めているのはこれだと思いました」

100人規模の学生と若手社会人で構成される「トップファンやまなし」は、地域社会への貢献と若者たちの自己実現を目指す活動をしている。自分たちの手で地域を動かし、人と人とのつながりを生み出す。その理念と盆ジョヴィが持つ空気はどこか通じるものがある。そう高村さんは感じた。
盆ジョヴィを見る直前の8月、トップファンは、将来の山梨の姿を描く県主催のアイデアコンテストに参加した。コンテストが終わった後も、メンター役として派遣された県高度政策企画イニシアチブ・深澤正弘さんを毎週のミーティングに招き、「山梨をもっと活性化するにはどうしたらいいか」を議論する中で、盆ジョヴィを山梨で開催しようという話が出てきた。
高村さんは深澤さんとの出会いを今も鮮明に記憶している。
「一言で言うとエグかったです。視野も視座も熱量も、何もかもが、これまでに出会ったことがないほど圧倒的でした。だけど、地域の最前線で活躍するためには、深澤さんに何としても食らいついていかなければいけないと、本能で感じました」
深澤さんは「彼らは本当に真剣だったので、私も真正面から本気でぶつかりました」と振り返る。高村さんと一緒に静岡の盆ジョヴィを見に行き、そこで見た光景が胸に刺さったという。
「昨今、人のつながりが希薄になっていると感じます。世代を超えて楽しめるイベントを開催することで、共助の大切さを再認識してもらいたいという気持ちが湧きました」
盆ジョヴィを山梨で開催したい。2人の心は決まった。
サクラまつりで開催へ
深澤さんは県内の市町村に掛け合い、甲斐市の「サクラまつり」に目をつけた。サクラまつりは2019年に誕生した甲斐市の新しいイベントだ。2025年度は市内外から1万2千人が来場した。大勢で盛り上がれる盆ジョヴィにはうってつけだった。

2026年1月、正月休みが明けるとすぐに盆ジョヴィ開催に向けて動き出した。
80万円の現実
だが、事はそう簡単に進まない。
イベントを開くには、80万円かかることがわかった。この額を集めないと、盆ジョヴィは開けない。
さらに追い打ちをかけたのが時間との闘いだった。協賛企業はパンフレットに載せるため、協賛金の締め切りは1月末。残された時間はわずか3週間しかなかった。
トップファンは2020年5月に学生団体として発足し、2025年4月にNPO法人になったばかり。これまでに手がけてきたプロジェクトで集めた協賛金は多くても20〜30万円で、80万円は経験したことがない高い壁だった。
つながりのある企業に電話をかけ、頭を下げて1社ずつ丁寧に説明した。だが、壁を乗り越えられる気配はなかった。
璃子ちゃんが、やった!
「これは無理かも……」。メンバーがそう思い始めていた1月中旬、トップファンの最年少メンバー、高校生の青柳璃子さんは後輩の家に遊びに行った。石材店を営む後輩の父親に「トップファンの活動、がんばっているそうだね」と声をかけられ、思わず声が出た。
「盆ジョヴィを開きたいんです。協賛金を出してもらえませんか」
すると、「出すよ」と答えが返ってきた。チームが使っているメッセージツールSlackで、「協賛金もらえました!」と高村さんあてにDM(ダイレクトメッセージ)を送った。

DMを受け取った高村さんは、すぐにチーム全体に知らせた。すると、「えー!璃子ちゃんが!」「すごい!」と衝撃が走った。
「高校生が成果を出したことで、大学生や社会人メンバーも奮起しましたね。企業に声をかけよう、とにかく電話してみようと、トップファン全体に火がついたんです」(高村さん)
結果的に十数社からの協賛を積み上げて目標の80万円を達成した。
青柳さんは「協賛金をいただけたときは自分でもびっくりしました。先輩たちが苦戦する姿を見て、自分も力になりたいと思っていたのでうれしかった」と話した。

SNSと法被で客を呼び込め!
資金はできた。でも、ここで喜んでいる場合ではない。プロジェクトに携わってくれた多くの方々の期待、協力してくれた企業に恩返しするためにも、1人でも多くのお客さんを呼ばなくてはならなかった。
有泉一葉さんはトップファンに入って5年。FM八ヶ岳のラジオ番組でパーソナリティを務めるなど、人前で表現することが得意だった。「絶対私が役に立てると思ったし、チャンスが来たと思いました」と話す。盆ジョヴィをPRするための動画制作を始めた。
インスタグラムの広告動画を研究し、動画を作った。こだわったのはカメラ目線だ。情報を伝えるパートは淡々と、「一緒に盛り上がろう」と呼びかける場面では、カメラを真っ直ぐ見据え声を張った。
甲府工業高校のTikTok部にも協力を頼み、コラボ動画も実現させた。
「高校生との距離が縮まらなければいい動画はできません。一緒にアイデアを出し合いながら、何度も撮り直しました」(有泉さん)
TikTok部の望月夏希さん(3年)は「SNSのコメント欄に『盆ジョヴィ行くよ』と反応がきた時は『やった!』と思いました」と話す。
盆ジョヴィのアピールはSNSだけではない。当日は、トップファンが揃いの法被を着て「盆ジョヴィうちわ」を配り、ドリンクサーバーを背負った「盆ジョヴィガール」たちが来場者に無料で麦茶を振る舞った。
会場ステージではお笑いライブやサンリオのキャラクターショーなど催しが続く。盆ジョヴィはステージラストの目玉だ。
やれることは全部やった。あとはどれだけお客さんが来てくれるのか――。

ついに盆ジョヴィの幕が上がる
ステージに登場したDJのCelly(セリー)さんが「山梨サイコー!みんな楽しんで踊って!」と観客を煽った。1曲目は有名なディスコソング『Y.M.C.A.』。おなじみのメロディが流れると、集まった人たちが体を揺らし始めた。舞踊家の鳳蝶美成(あげは・びじょう)さんの踊りに合わせて、手に持った桜色のうちわを振り回した。
ステージから送り出される曲は、ロック、J-POP、昭和ヒットソング、アニメソングとジャンルを駆け巡る。アニメ『ドラゴンボール』の主題歌では、Cellyさんの「かめはめ波――!」に合わせて両手を突き出す振り付けで、大盛り上がり。

遠くにいた来場者たちも「なんだなんだ?」と集まり始めた。初めはおとなしく見ていた若いカップルも、飛び跳ねて踊り出した。子どもを抱いたお母さんも、左右に揺れながら声を出していた。
最後、待っていましたとばかりにボン・ジョヴィの『Livin’ on a Prayer(リヴィン・オン・ア・プレイヤー)』で締めくくると、アンコールの声が湧き上がった。


担当者は知らなかった盆ジョヴィ
甲斐市の市民協働推進課でサクラまつりを担当する大西亮太郎さんは、トップファンから企画提案があるまで盆ジョヴィを知らなかった。「今回、トップファンのみなさんが入ることで、自治体の職員が知らない流行や情報があった。市民が喜ぶ企画をつくるには、民間の力が必要だとあらためて感じました」と話す。

また、挑戦したい!
ステージが終わり、最前列でライブを盛り上げていた高村さんは「本当に楽しかった!子ども、若者、年配の方が一緒になって盛り上がる、まさにこういうのがやりたかったんです」と話した。早口で時折声が裏返っていた。
高村さんは少し落ち着いてから、こう話した。
「協賛してくれた会社から、『トップファンの晴れ舞台だね』と言ってもらえたことがうれしかった。地域の最前線で若者の思いを表現させてもらえる機会があるなら、また挑戦したい」
県は、若者のアイデアを具現化できるよう積極的にプロジェクトに関わる役割を担った。伴走しつづけた深澤さんはこう語った。
「真剣に取り組んでいれば応援してくれる仲間が必ず現れるものです。今回、盆ジョヴィを実現させた若い人たちが成功体験を積み上げることで、社会でも自信を持って活躍してもらえたらうれしい」

山梨の地で初めて鳴り響いた盆ジョヴィは、若者たちの心に「やればできる」という手応えを残した。DJのCellyさんが「また山梨に呼んでねー」と言ってステージを降りると、集まった人から歓声が上がった。
※記事中の肩書や学年はすべて取材時点のものです。
文・北島あや、写真・今村拓馬


