人工芝グラウンドがほしい! クラファン挑戦の日川高校、大苦戦。さてどうする!?
“人工芝のグラウンドがあったらいいな”
“魅力的な学校にできたらいいな”
“クラウドファンディングで夢をかなえよう――”
なんて、現実はそんなに甘くなかった。
シビアな財政事情の中、生徒の憧れを実現しようと、山梨県や学校が奮闘している。
何がネックなのか。現場を訪ねた。
◼️この記事でわかること
✔ 耐震化などに比べて、魅力ある学校整備の予算獲得は難しい
✔ 校庭を人工芝生化する事業のため、ふるさと納税型クラウドファンディングを活用している
✔ 人工芝になれば、生徒たちの安全性が増すだけではなく、地域での活用が盛んになることを学校側は期待している
✔ 巨額の目標額まではなお遠い道のり。今後の周知活動がカギを握る
✔ 寄附のインセンティブを高めるため、県は特産のシャインマスカットを返礼品として投入することも検討中だ
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目次
人工芝は贅沢品なのか
2021年4月。県立日川高等学校の創立120周年事業として、「日川高校グラウンド人工芝生化プロジェクト」を進めようとしていた。どのくらいの寄附を募ればいいのか、学校が見積もりを依頼すると驚愕の金額が返ってきた。
土のグラウンド約1万㎡の全面人工芝生化にかかる工事費は約1億7000万円。あまりにも金額が大きすぎる――。諦めるしかないのか。
校長の橘田浩さんは、学校の施設設備に公立と私立で格差が生じている問題について、県立学校の難しい財政事情を話す。
「学校の老朽化対策や耐震化、バリアフリー化などは安全性確保のために行わなければならないことから、国からも支援があり、県も予算を取りやすい。しかし学校施設の多様化や魅力向上のための工事となると、“プラスアルファの施設整備”となり国の支援はありません」
公立高校にとって人工芝のグラウンドは贅沢品なのだろうか。
日川高校の置かれた状況は県立学校に共通する問題として、2021年12月の県議会で古屋雅夫県議が「特色ある整備が十分に行われていないのではないか」と県側の認識をただした。これに対して、長崎幸太郎知事は「経費などの問題からプロジェクトが見送られたことは大変残念なこと。県立学校の魅力を高めるためにも、県が一体となって事業を進める仕組みを検討したい」と答弁した。
「知事が“(学校が)一緒に汗をかいていく覚悟があるのなら、やりましょう”と言ってくれました。愛校心にあふれる日川高校の熱意と意欲があれば、県のリーディングケースになれると期待してくれたのだと思います」(橘田さん)
2022年3月に県と学校と同窓会の協議のもと、「県立学校魅力向上プロジェクト」の第一弾として、ふるさと納税型クラウドファンディング事業が動きだした。
逃した「花園」への切符
全国大会51回出場、8回のベスト4進出。“ラグビーの甲子園”である全国高等学校ラグビーフットボール大会、通称「花園」に連続出場してきた日川高校は、強豪校として長い歴史がある。
しかし、今年の正月を花園ラグビー場で迎えることは叶わなかった。
橘田校長は悔しさを滲ませながら、「ずっと山梨のラグビー界をリードしてきましたが、ついに花園への連続出場記録が途絶えてしまいました」と語る。
私立との差が開いた要因のひとつだと関係者が考えているのが、“人工芝グラウンド”の有無だ。
ラグビーやサッカーの公式戦は、天然芝や人工芝のグラウンドでおこなわれる。多くの私立高校が本番同様の環境で練習する一方で、山梨で人工芝のメイングラウンドがある県立高校は1校もない。
「全国大会に向けて懸命に練習している生徒たちのためにも、学校として環境設備を整えたいんです」(橘田さん)
欲しいのは、安心して走って転べるグラウンド
人工芝にするメリットは、運動部だけのものではない。
生徒たちからは「土のグラウンドで転ぶと傷口から雑菌が入りやすく、化膿してしまう」と声が上がっている。生徒の安全のためにも、怪我をしにくい人工芝にしたいと教頭の小林太郎さんと事務長の新井康友さんは考える。
試しに、10m×40mの古い人工芝をグラウンドの隅に敷いてみた。すると、普段はグラウンドに来ることのない女子生徒たちが芝生の上に座ってストレッチしたり談笑したりする姿が見られた。
「人工芝なら転んでも大きな怪我になることが少ないので、安心して思い切り走ることができます。それに、グラウンドが居心地のいい空間になれば、あまり運動をしない生徒たちが体を動かす機会も増えるのではないでしょうか」(小林さん)
いまも地元のスポーツクラブなどにグラウンドを開放しているが、もっと地域の人たちにも活用してほしいという。
「近隣の保育園や小学校が運動会をしたり、老人ホームがゲートボール大会を開催したり、芝生なら小さい子どもからお年寄りまで安心して運動できますよね」(新井さん)
青々とした人工芝が広がるグラウンド。実現すれば、日川高校が活気あふれる場所になるはずなのだが……。
期待通りに行かない現実……
2022年9月から、ふるさと納税型クラウドファンディングでの寄附受付が始まった。
工事費1億7000万円のうち、4500万円はスポーツ振興くじの助成金に申請する。残りの1億2500万円に維持管理費500万円(約10年分)を加えた1億3000万円を寄附の目標金額に設定した。
県教育庁学校施設課の渡辺祥平さんによると、個人だけでなく、企業から寄附を募る“企業版ふるさと納税”も並行しているという。
「企業版ふるさと納税は、山梨県外の企業が寄附すると最大9割の税の軽減があるので、ぜひ協力していただきたいです」(渡辺さん)
ただ、ふるさと納税の特性上、県内の個人や企業による寄附に対するインセンティブが少ないという弱点がある。協力者にはお礼として、日川高校のグラウンドに名前を記した銘板を設置することにしているが、それだけでは返礼品や減税などに比べて魅力を伝えづらい。
2024年2月時点での寄附額は、個人と企業を合わせて約2000万円。まだ目標金額の15%にしか達していない。
長崎知事も自ら東京の企業に寄附を呼び掛けるなど、手を尽くしてはいる。しかしクラウドファンディングの期限である2024年10月は迫ってきている。
「10月までに1億1000万円をご寄附いただくのは、正直かなり厳しいと思います。あとはもう日川高校の同窓生のみなさまや、地元を愛する方々にどれだけプロジェクトの意義を広めていけるのか、地道に活動していくしかありません」(渡辺さん)
PRは総力戦。生徒たちもチラシを配った
最寄りの山梨市駅で実施したチラシ配りには、日川高校のラグビー部、サッカー部、陸上部、生徒会から10人の生徒が参加した。部活動後援会や同窓会も駆け付けた。
ボランティアで参加したラグビー部員たちは2年生。人工芝化が決まっても整備に時間がかかるため、自分たちがプレーすることはできない。それでも、「チラシを見た人から応援の声があってうれしかった。後輩たちに日川高校の伝統をつなぐためにも、たくさんの人に協力してもらえたら」という。
県もSNSなどでの広報活動に力を入れており、山梨県広報番組『前進!やまなし』でも取り上げられた。
※前進!やまなし「ふるさと納税で魅力ある学校づくり」はこちら
返礼品にシャインマスカットも投入へ
県外に住む山梨出身者にもプロジェクトを広く協力してもらうため、県は4月以降の返礼品として、「切り札」を投入する予定だ。それは、県の特産品で消費者に高い人気を誇るシャインマスカットの提供だ。
県を挙げての支援体制。これは、日川高校のクラウドファンディングはリーディングケースであり、この成功なくしては、これから手を挙げようとする県立学校の挑戦への思いがしぼみかねないという切実な思いがあるからだ。
最後まで希望は捨てない
長崎知事は、2025年度にこのプロジェクトを事業化したい考えだ。予算編成が始まる24年秋に間に合わせるためには、夏までにある程度の成果を示す必要がある。
熱意だけで寄附を集めることは難しいだろう。でも、橘田校長はまだ希望を捨てていない。
「これまではコロナ禍でなかなか同窓会などを開けませんでしたが、今年度から本格的に協力を呼びかけることができるようになった。私も各所に出向いて、できる限りPRしていきます」
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※文中の肩書・学年は取材当時のものです
文・北島あや、写真・山本倫子