「フルーツ王国」が「スイーツ王国」にも。山梨とあの名門パティスリーがコラボレーション!

木の上で完熟した桃やシャインマスカット──。
これまでは、山梨県内でも限られた地域でしか口にできなかった。
熟れきった果実はやわらかく、流通に乗せられないためだ。
そんな「幻のフルーツ」を全国に届けるために、
山梨県と洋菓子の有名ブランドが手を組んだ。

■この記事でわかること
✔ 名門洋菓子ブランドの「アンリ・シャルパンティエ」と「C3(シーキューブ)」が山梨のスイーツを開発した
✔ 市場に出回らない「完熟」のフルーツが原材料だ
✔ スイーツ開発プロジェクトで、山梨県は観光消費額の拡大と、果物の新たな需要創出を目指す

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産地の味を閉じ込めた焼き菓子

 びっくりしました。本当に、びっくりしました──2026年3月27日、山梨県の長崎幸太郎知事は、報道陣を前にこんな声を漏らした。

 この日発表されたのは、山梨県産の完熟シャインマスカットと桃を使った焼き菓子だ。高級洋菓子ブランド「アンリ・シャルパンティエ」と「シーキューブ」が開発を手がけた。

 アンリ・シャルパンティエから発売されたのは、「ゴールデン富士シャインマスカットマドレーヌ ~山梨・ワイナリー仕立て~」。黄金色に完熟した、県産シャインマスカットのピューレをふんだんに使ったマドレーヌだ。しっとりとしたマドレーヌ生地の中に、「果汁感」をそのまま閉じ込めた。

発売された「ゴールデン富士シャインマスカットマドレーヌ ~山梨・ワイナリー仕立て~」

 シーキューブからは「FRUTTIMO, FUJI-SAN-PO〈樹上完熟 ピーチ 山梨県産〉」が発表された。こちらも、市場には出回らない木の上で完熟させた桃を使った焼き菓子で、桃農家も驚くほどの香りとみずみずしさが特徴だ。焼き上げた後に甘酸っぱい桃のシロップを注入する独自製法により、焼き菓子でありながら桃をかじったようなフレッシュな香りを両立させた。

「FRUTTIMO, FUJI-SAN-PO〈樹上完熟 ピーチ 山梨県産〉」

「これはですね、産地としても自信をもってみなさんにおすすめできるスイーツです。このお菓子をもってすれば、『フルーツ王国』の山梨県が、『スイーツ王国』にもなれる。そんな期待も感じています」(長崎知事)

市場に出回らない”完熟フルーツ”の正体

 きっかけは、シャインマスカット農家のこんなひと言だった。

「いちばんおいしいのはね、木の上で完熟した “黄色いシャインマスカット”なんだよ」

 シャインマスカットと聞けば、「みずみずしい黄緑色」を想像する人は少なくない。実際、市販されている県産のシャインマスカットは、ほとんどがエメラルドグリーン色だ。

 なぜ、シャインマスカットは「黄緑色」になったのか。これは、流通が大きく関係している。

 シャインマスカットに限らず、果物は収穫から店頭に並ぶまで、一定の期間を要する。そのため、消費者の手元に届くころに「食べ頃」を迎えられるよう、早めに収穫を行う。バナナやメロンなど、フルーツのなかには日を追うごとに追熟するものもあるが、ブドウは収穫後、糖度も上がらなければ、粒の色も変化しない。

 とはいえ、完熟を待って収穫するのも、実質不可能だ。熟した果実はやわらかく、輸送に耐えられないからだ。トラックで運ぶ途中のわずかな衝撃でも傷がつき、商品として扱えなくなってしまう。

 桃についても、同様のことがいえる。そのうえ、熟れきった桃は、表面にゴマのようなまだらな模様がつき、消費者から敬遠されることもあるという。

 こうしたことから、「完熟フルーツ」は基本的には市場に出回らない。

 産地でしか食べられないおいしさを、全国へ届けられないか。そんな問いが今回のプロジェクトの出発点だった。

日本一のフルーツを全国へ

 山梨県はブドウや桃、スモモなどの生産量日本一を誇る、国内有数の果実産地だ。四季を通じて多様なフルーツが楽しめることから、かねてより「フルーツ王国やまなし」として魅力発信を続けてきた。

 そうしたなか、近年新たに掲げたのが、「スイーツ」という切り口での価値創出だ。

 観光振興グループの河西沙織さんはこう話す。

「旬の時期に、現地でフレッシュなフルーツのおいしさを知っていただくことは大切です。けれども、それだけでなく、スイーツに加工することで年間を通して楽しめる形にする。その両方があってこそ、山梨のフルーツの価値がより高まると考えています」

観光振興グループの河西沙織さん

 こうして、山梨県は県産果実を活用した「やまなしスイーツプロジェクト」による「スイーツ王国」のブランド確立に向けて動きはじめた。

 2025年度、山梨県はスイーツ分野でのビジネスモデルについて、あらゆる角度から可能性を検討した。そのなかで、連携先となる洋菓子ブランドについても選定を行った。

 地域ブランドグループの西子直樹さんは振り返る。

「山梨の果物の価値をしっかり引き出し、それを全国に広げていけるパートナーが必要でした」

 調査のなかで浮かび上がったのが、「アンリ・シャルパンティエ」や「シーキューブ」を展開する株式会社シュゼット・ホールディングスだった。

 シュゼット・ホールディングスが展開するアンリ・シャルパンティエは、2019年に創業50周年を迎えた名門菓子ブランドだ。2026年現在、シーキューブと合わせ国内外に150店舗以上を展開している。

 2023年には世界最高峰の洋菓子大会「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」で、同社のパティシエが日本チームのリーダーを務め、強豪・フランスを抑えて日本を16年ぶりの優勝に導いた。知名度、実力ともに業界を代表する存在だ。

 菓子の品質の高さだけでなく、素材の持つ魅力を引き出す技術力、そして今回の取り組みに対する共感。そうした要素が重なり、連携が決まった。

 シュゼット・ホールディングス代表取締役社長の蟻田剛毅さんは、「山梨のフルーツは、品質がトップクラスであることはすでに知られています。それをさらに磨き、お菓子に加工することで、より多くの人に届けたいという思いに強く共感しました」と語る。完熟するとやわらかくなり、流通に乗せられない果実も、菓子に加工することで新たな価値を持つ。そこに、洋菓子ブランドとしての役割があると考えたという。

シュゼット・ホールディングス代表取締役社長の蟻田剛毅さん(左)と長崎知事

 こうしたことから、シュゼット・ホールディングスとの連携は補助金を使った事業ではなく、“ビジネスパートナー”としての協業が決まった。西子さんは「こうした事例はあまりないので、内心ドキドキしていましたが」と当時を振り返る。

「ですが、『補助金を使って、一度きりで終わる』ような事業に絶対にしたくなかったんです。お互いがwin-winになるようなビジネスをつくりたい、その一心でした」(西子さん)

香りを殺さない──パティシエたちの格闘

 流通に乗せにくい完熟フルーツを、広い地域へ届ける。その手段として、焼き菓子という形が選ばれた。

 しかし、“完熟の味わい”を焼き菓子で表現するのには、超えるべきハードルがたくさんあった。「ゴールデン富士シャインマスカットマドレーヌ ~山梨・ワイナリー仕立て~」を担当したアンリ・シャルパンティエの森日香里さんは、こう話す。

「焼き菓子にすると、どうしても果実の香りが弱くなってしまうんです。特にシャインマスカットは、鼻に抜ける香りが特徴なので、それをどう再現するかが一番の課題でした」

 一般的に、マドレーヌなどの焼き菓子は高温のオーブンで一気に焼き上げる。だが、そうしてしまうと、フルーツの持つ「芳醇な香り」が飛んでしまうのだ。

「オーブンの温度の立ち上がりから焼成時間まで、つぶさにコントロールをするようにしました」(森さん)

 シーキューブの「FRUTTIMO, FUJI-SAN-PO〈樹上完熟 ピーチ 山梨県産〉」も一筋縄ではいかなかった。

 開発を担当したパティシエの地引奈津子さんは、「この商品は、シャインマスカットのマドレーヌとは異なり、桃のピューレを焼成後に注入しています。焼きを入れない分、香りは残しやすかったのですが、生地に水分を入れることになるので、食べたときの食感が重たくなってしまって。粉の配合や油脂の量など、根本から見直しました」と語る。

 さらに、シュゼット・ホールディングスの製造拠点に「新鮮な完熟果実」を届ける必要もあった。

 それを担ったのは、山梨県立博物館敷地内の「Museum café Sweets lab 葡萄屋kofu」を運営している株式会社プロヴィンチアだ。果実をそのまま届けるのではなく、収穫したフルーツを一度ピューレにすることで、完熟果実の運搬を実現した。同社の代表取締役の古屋浩さんはこう話す。

「完熟した果実は、実がついていた位置などで味わいや香りに個体差があります。ピューレの風味に直結してしまうので、収穫後は特定の温度で一定期間管理し、品質の“ムラ”をなくすようにしています」

今回のプロジェクトでタッグを組んだ西子直樹さん(左)と古屋浩さん

 さらに、今回使用したシャインマスカットには、もう一つ特別な背景がある。「ワイナリー仕立て」と呼ばれる栽培方法だ。

 山梨県は1300年にわたるブドウ栽培の歴史を持ち、その中でワイン用のブドウを育てる技術も磨かれてきた。ワイン用のブドウはあえて実を小さく育てるという。

「果実が小さいほうが、皮や種の周りまで味がぎゅっと凝縮されるんです。そして、そのシャインマスカットの実をほとんど丸ごと使う。おいしくないはずがありません」(古屋さん)

 今回のマドレーヌに使われているシャインマスカットは、その考え方を応用して育てられたものだ。 完熟かつ凝縮された果実を皮ごとピューレにすることで、焼き菓子になっても失われない、強い風味が生まれた。

「フルーツ王国」の次のステップへ

 今回のスイーツ開発プロジェクトには、大きな目的が二つある。観光消費額の拡大と、果物の新たな需要創出だ。西子さんはこう語る。

「仮に、港に観光に訪れたら、刺身だけでなくお寿司や焼き魚、干物などさまざまな選択肢がありますよね。それなのに、なぜ山梨の果物は生食だけなんでしょう」

 この問いを投げかけたのは、古屋さんだったという。山梨のフルーツは圧倒的においしい。だからこそ、生食だけにとどめるのではなく、スイーツという形で新しい価値を加える。そうすることで、果物の魅力をより広く、より長く届けられるのではないか──そんな考えが、このプロジェクトの根っこにある。

発表会では、スイーツへの加工が山梨の果樹農業発展にも貢献することが説明された

 目指しているのは、商品のヒットだけではない。農家が育て、加工業者が磨き、パティシエが新たなかたちに仕立てる。そうした営みが、地域の産業としてきちんと循環していくことだ。

「フルーツ王国」は、「スイーツ王国」にもなれる。焼き菓子をきっかけに山梨を知り、そして実際に訪れてフルーツそのものも堪能する人が増えていく。そんな循環の先に、山梨が思い描く新しい風景がある。

※肩書などは取材時のものです。

文・土橋水菜子、写真・山本倫子

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