山梨県は、スポーツで稼げる !? 第一弾イベント“秘境を巡るサイクリングツアー”に250人

山梨県が新たに「スポーツ×観光」で稼ぐ取り組みに着手した。
スポーツで山梨の魅力を伝える=お金が稼げる?
第一弾は南アルプスの秘境を巡るサイクルアドベンチャーツアー。
イベント開催に至るストーリーを追い、
今後の展望を知事に聞いた。

サイクルイベントに女性が集まった理由とは

 ペダルを漕ぐ。新緑の林道を自転車で駆け抜ける。

 2023年6月17日と18日、雄大な南アルプスの絶景を自転車で巡るイベント「CYCLE ADVENTURE Tour. in Minami-Alps」が2日間にわたって開催された。

※イベントの様子はこちら

 サイクリングコースに設定された「県営南アルプス林道(通称:南アルプススーパー林道)」は20年前から一般車両や自転車の通行が規制されている“秘境エリア”だ。自転車での走行が認められる唯一の機会とあって、2日間で約250人の参加者が集まった。

 用意されたコースは2種類。初心者向けの“Fun Cruise コース”は、夜叉神駐車場から広河原のなだらかな道を走る往復28㎞。一方、中級者向けの“Alps Climbコース”は、900mのヒルクライムを含む芦安第2駐車場から広河原までの往復40㎞。自分のレベルに合わせて選べるため、小学生から70歳までと幅広い層が参加した。

 また男性中心になりがちなサイクルイベントのイメージを払拭しようと、E-バイクのレンタルやサイクリング中の荷物預かりサービスなどを実施したところ、男女の参加比率は初級コースで半々、中級コースでも女性が2割を占めた。

東京オリンピックを機に動き出した「スポーツで稼ぐ」

 このイベントの背景には、山梨県が設立した地域スポーツコミッション「やまなしスポーツエンジン」の存在がある。

 すでに欧米諸国でスポーツは巨大なビジネス市場となっている。2021年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催をきっかけに、日本国内のスポーツ産業は拡大傾向にある。そこで長崎幸太郎知事は、山梨県のスポーツ産業発展のため、動き出した。

 山梨県の自然環境や観光資源を、スポーツを通して広くアピールすることで県内産業の活性化を図ろうと、県は2021年3月に「山梨県スポーツ成長産業化戦略」をまとめ、2022年4月に「やまなしスポーツエンジン」を発足させた。

※山梨県スポーツ成長産業化戦略はこちら

(左から)やまなしスポーツエンジン事務局の近藤悠斗さん、畑野博之さん、加賀美啓さん

 山梨県は東京オリンピックで自転車競技ロードレースのコースに選定された強みもあり、スポーツと観光をつなぐビジネスの第一弾として、サイクルツーリズムの推進に力を注いでいる。イベントのコース設定をしたやまなしスポーツエンジン事務局の加賀美啓さんはこう話す。

「山梨県が世界に誇る南アルプスの魅力をより多くの人に知ってもらいたかった。富士山だけに頼らず、山梨観光の可能性を広げたい」

 そこで目をつけたのが、2014年に「南アルプスユネスコエコパーク」に登録され、約20年間自転車をはじめ一般車両が立ち入り禁止になっていた「県営南アルプス林道」だった。

「広河原まで山に向かう登山バスはいつも満員で、林道の景色をゆっくり楽しむ余裕はありませんでした。こんなに魅力的な景色なのに、ただの通過点にしてしまうのはもったいないと、いつも残念に感じていました。それで、サイクルスポーツと県営南アルプス林道を結びつけたら、きっとドキドキするような楽しいコースに生まれ変わるはずだと思ったんです」(加賀美さん)

 自然の姿をそのままに残した道。滝の水しぶきを感じながら渡る橋や、夜叉神峠の下を抜ける長いトンネル。目の前に広がるアルプスの絶景。ジブリ映画に迷い込んだような、非日常な空間を自転車で走る“冒険”を体験してもらいたい――。

追い風を生かしてできた“ドキドキ・コース”

 県営南アルプス林道は、2002年10月から2003年5月の間に大規模な崩落が発生した。安全対策工事は行われたが、マイカー規制が実施され、自転車の通行は不可となっていた。

 また、広河原から甲斐駒ヶ岳や仙丈ヶ岳の登山口へ続く林道も、2019年の台風19号で被災し、依然復旧する見込みは立っていない。現在は夜叉神峠から広河原の間を運行するバスがあるのみだ。

「今後、この状況が長く続けば、人々の間で南アルプスへの登山は長野県からのルートが主流となり定着してしまう。そうなってしまえば、たとえ林道が復旧したとしても、また観光客が戻ってくるかどうかもわからない……。登山客向けの民宿や飲食店が多くあった芦安をはじめ、山梨県にとって大きな影響が生じてしまい、このことに危機感を感じていました」と、山登り好きの加賀美さんは心を痛めていた。

「林道が全線復旧するまでの間、登山以外の来訪者に来てもらうことや、楽しみ方のバリエーションがあること、広河原や芦安地域の魅力を発信するという意味でもこのサイクルツアーが果たせる役割があると思い、今回の企画をしました」(加賀美さん)

 ところが、そう簡単に事は運ばない。イベントを実際に開催するにはさらなるハードルが待ち受けていた。

無線40個でつなぐ安全対策

 林道は舗装されているとはいえ、凸凹や穴などの危険箇所がところどころにあった。携帯電話もつながらない。イベントには子どもや高齢者も参加すると見られていた。安全に運営するにはどうしたらいいか――。

「そこで3つの安全対策を講じました」と話すのは、山梨県スポーツ振興課の畑野博之さんだ。

  • 事前に危険な場所にコーンを置き、大きな穴はマットで塞ぐなどで対応した
  • 個人ではなくグループごとに隊列となって走行することにし、ガイドスキルを身につける養成プログラムを受講した約30人のスポーツエンジン公認ガイドを各グループの前後につけ、アクシデントで取り残される人をなくすようにした
  • 衛星電波の携帯電話を持つ運営スタッフを、隊列に配置。さらにガイドやその他スタッフにも40個の無線を配り、緊急のトラブルにもすぐに対応できるようにした。

「林道の危険箇所をすべて取り除くことは難しいですが、できる限りコースの安全を確保しました」と畑野さんはコース設営の苦労を振り返る。

 安全対策がサイクルツーリズムにとって大きな要となることは間違いない。「この経験をもとに、徐々に林道をサイクルロードとして開放していけたら」と畑野さんは期待している。

“走る”だけでなく、山梨ならではの“滞在して楽しむ”も提供

 午前11時を過ぎたころ、折り返し地点である広河原にぞくぞくと自転車が到着してきた。約2時間の往路サイクリングを楽しんだ参加者たちが、出迎えるスタッフと笑顔でハイタッチを交わす。

 一般的なサイクルイベントならすぐに復路を走り出すところだが、これはサイクル“ツーリズム”だ。広河原にしっかり“滞在”してグルメやアクティビティなどの観光を楽しんでもらうことで、山梨県をPRする狙いがある。

 メイン会場の広河原山荘は、2022年にリニューアルオープンしたばかり。新たな南アルプス山岳観光の拠点として注目されている。地元の飲食店がこの日のために考案した地産地消の料理を振る舞い、その場で焼き上げる串焼きや石窯のピザなどに行列ができた。スイーツメニューも豊富で、参加者たちは興味津々でどれを食べようか迷っていた。

 食事後には、6つのアクティビティ体験を用意。自然を感じながら体を動かすヒーリングトレイルやヒーリングヨガ、最近注目のテントサウナなど、自然に囲まれた環境を生かした体験は、「実際に大自然を体感して、心も身体も晴れやかになりました」と参加者に大好評だった。

 参加者たちは午後3時、ゴールに向けて再びペダルを漕ぎだし、2日間のイベントは終わった。大きなトラブルは起きなかった。イベント後のアンケートでは参加者から、「道路の穴も所々補修されており、道にゴムマットが敷いてあるなど配慮されていて安全への意識が感じられた」「ガイドの方が非常に丁寧に案内してくださり、終始手厚いサポートのおかげで安心して走ることができました」など、立ち入り禁止区域でも安心してサイクリングを楽しめたと多くの声が集まった。

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「スポーツと経済活動を融合させたい」

 スポーツエンジンを県は今後、どう発展させていくつもりなのか。

 長崎幸太郎知事に話を向けると、開口一番、「現状にはまったく満足していません」と口にし、こう続けた。

「スポーツをビジネスにするという議論を始めると、必ず『大きな箱モノ施設をつくろう』という話になる。でも、それは違うと私は考えています。その箱モノ施設が赤字経営になったら、建設費や運営費などの負担を若い世代に押し付けることになってしまいます。無責任ですよね。そこで私は、経済活動とスポーツを融合させられないかという問題意識を持って、スポーツエンジンを立ち上げました」

 知事の頭の中には、卓越したベンチャー企業に実証実験の場を提供する山梨県独自の施策「トライ!やまなし」がある。スポーツを題材にしたあらゆるアイデアが山梨県に集まって、県内で実証実験をしてみる。その中からスポーツと経済活動が融合するモデル事業が生まれないか、と。

「“スポーツと経済活動”をテーマに、アイデアコンテストや学会を開くのも一案だと思っています。そのような試行錯誤を繰り返しながら、県のリソース(人材)は提供しつつ、民間企業の力をお借りし、最終的には民間が主導する形で発展させていけたらと思っています」

 スポーツで稼ぐ。その試みは始まったばかりで、向かおうとする方向はまだ明確には見えてはいない。

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※本イベントの前身となる、2022年10月に行ったサイクルイベント『CYCLE ADVENTURE Fest. in Minami-Alps』は、公益社団法人スポーツ健康産業団体連合会と一般社団法人日本スポーツツーリズム推進機構が主催する「第11回スポーツ振興賞」の最優秀作品として「スポーツ振興大賞」を受賞している。

文・北島あや 写真は山梨県提供

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