至高の一玉はこうして生まれる——山梨がはぐくむ、桃と「桃ソムリエ」

日本の桃の3個に1個は、山梨で生まれる。
いわずと知れた、日本一の桃の産地だ。
そんな山梨が、「桃ソムリエ」という制度の創設に乗り出している。
桃の魅力を伝え、付加価値を高めるための取り組みだ。
普段、何気なく食べている桃。生産現場をのぞいてみると、実に奥が深かった。

■この記事でわかること
✔ 夏の果実、桃は冬場の丹精込めた作業が重要だ
✔ 創設される「桃ソムリエ」が、消費者に桃の魅力を伝える役割を担う
✔ 食卓に並ぶ桃は、選びに選び抜かれた一玉だ

■おすすめ記事
・夏休みの宿題がコンビニ商品に 「地域の誇り」を広げる、桃花台学園×ローソンのコラボパン
・“無花果の華”が咲くまで——若きパティシエの挑戦
・マンガでわかる 「カーボンフリー農業って私でもできる?」 未来の畑で育つサンシャインレッドとは

「夏の果実」は冬から育つ。桃づくりの現場

 2026年1月。山梨県果樹試験場に、栽培部の佐藤明子さんと上嶋幸輝さんの姿はあった。

 冷たい空気に包まれた桃の畑は、立っているだけで地面から冷気が伝わってくる。上嶋さんは厚手の上着のチャックを一番上まで上げ、佐藤さんはニット帽で頭をすっぽりと覆っている。吐く息が白い。

整枝剪定作業をする上嶋幸輝さん

 この日、行われていたのは「整枝剪定」と呼ばれる作業だ。桃の枝が、ちょっと驚いてしまうほど、バッサバッサと切られていく。

「1本の樹が供給できる養分・水分には限りがあります。それを配分する先が多くなってしまうと、一つの果実にまかなえる量が減り、桃の品質が下がってしまう。あらかじめ余分な枝を減らしておくことで、樹が過度に成長しすぎないようにコントロールするんです」(佐藤さん)

 整枝剪定の目的は、管理作業が効率的に行えるように作業性をよくすることと高品質な果実が安定生産できるようにすることにある。

「この辺りに実がなるというイメージで作業を進めます」と話す佐藤明子さん

——桃づくりって、こんなに寒いころから作業を始めるんですね。

 取材陣がそんな声を漏らした。

 すると、佐藤さんは「うーん」と頭をひねらせてから、こう答えた。

「桃は永年作物のため、秋の施肥(基肥)と土づくり、冬の剪定、春以降の摘蕾、摘花、摘果、袋かけ、新梢管理、除袋、収穫、お礼肥、秋季剪定と年間を通じた管理作業があります。安定的に高品質な果実を生産するためには、適正な樹勢に保つことが非常に重要になります。これらの作業を年間通じて行うことで、樹勢をコントロールしています」

「桃に限ったことではありませんが、果実を育てるのは本当に休む間がないですね。開花や収穫の時期が取り上げられますが、常に何らかの作業に追われています」(佐藤さん)

日本一の産地が抱える課題

 あまり知られていないが、桃には多くの品種がある。

 たとえば、山梨県内だけでも、80を超える品種が栽培されている。「白鳳」や「浅間白桃」といった代表的なものに加え、県オリジナルの「夢桃香」や「夢みずき」など、新たな品種も増えている。

 収穫の時期も一様ではない。

 6月中旬の「ちよひめ」に始まり、8月中旬から下旬に収穫される「幸茜(さちあかね)」「さくら」にかけて、品種を変えながら出荷が続いていく。それぞれに甘みや食感、果汁の多さといった違いがある。

 2025年、県内で生産された桃の収穫量は3万2200トンにのぼった。これは、全国の総生産量の32%にあたる。山梨は、1960年代から、60年以上にわたり生産量全国1位を守り続けている。

山梨が誇る桃。右は新品種の「夢桃香」(画像は県提供)

 量も、質も、日本の中心にある。

 しかし、店頭に並べば、消費者が品種の違いを意識して選ぶ機会は決して多くない。

 2025年9月の定例県議会で長崎知事は「『桃は桃』とひとくくりにされる傾向がある」と述べた。

 赤や緑といった粒の色や大きさで特徴がわかるブドウと比べ、見た目の差が小さいこともあり、どれも同じように捉えられてしまうからだ。

 そうしたことから、山梨県は2026年度「桃ソムリエ」の立ち上げを決定した。

 具体的には、桃に関する幅広い知識を有し、広く発信していただける方を桃ソムリエに認定し、観光農園や果物小売店、飲食店、SNSなど、それぞれの立場で消費者に桃の魅力を伝える役割を担ってもらう。

「桃ソムリエ」の認定事業を担当する販売・輸出支援課の(右から)田邉英理子さん、石川寛人さん、今村有希さん

 2026年夏ごろから認定試験の申込受付を開始する。7月から8月にかけて、認定希望者を対象に県内の果樹試験場での学習会も予定されている。品種ごとの特徴や食べごろを理解するために、複数の品種について説明を受け、試食も行う。

選りすぐりの一玉を育て上げるために

 同年3月。山梨県果樹試験場で、桃栽培の奥深さの一端を垣間見た。

 佐藤さんと上嶋さんは再び畑に立っていた。つぼみの状態を確かめながら、親指でなでるようにして一部のつぼみを摘んでいく。この「摘蕾(てきらい)」という作業も、桃づくりに欠かせない工程だ。

「整枝剪定の次は、枝についたつぼみの量を調整していくんです。こちらも整枝剪定同様、余分な花に養分が浪費されるのを防ぎます。甘く、大きな桃に育てるために欠かせない作業です」(佐藤さん)

「この位置に大玉を実らせる」——そうした計算のもと、摘蕾では凍霜害の被害を受けにくく、袋かけの作業がしやすい横向きもしくは下向きの蕾を残しておくようにする。

親指でなでるようにして一部のつぼみを摘んでいく作業をする佐藤さん

 4月になると、果樹試験場一体は桃の花でピンク色に染まる。しかし、ゆっくり花を愛でている暇はない。摘蕾ができなかった場合は花を摘んでおく。「摘花(てきばな)」と呼ばれる作業だ。

 同時に、人工受粉も進めていく。「川中島白桃」など花粉をもたない品種は、他の品種の花粉を一つひとつめしべにつけて受粉させる。

 上嶋さんは「一つの桃ができるまで、時間も、作業量も膨大です。けれども、そうした苦労の末にいい結果が出たときはうれしいですね」と語る。

 それを聞いた佐藤さんは「よかった」と、顔をほころばせる。理由を尋ねると「最近、上嶋くんは調査で桃を食べすぎちゃっていて。そろそろ桃が嫌いになるんじゃないかって、心配していたんですよ」と、今度は大きく笑った。そう話す間も、二人は作業する手を止めない。

 5〜6月になり、桃の花が散ると、次第に小さな実がふくらんでくる。ここでも、余分な実を除去する「摘果(てきか/てっか)」作業を行う。

「霜の心配があった年には、多めにつぼみを残していることもあります。そうしたものを、摘果で取り除いていくんです」(佐藤さん)

 受精していない果実、変形した果実、病気や害虫の被害にあった果実、着果位置の悪い果実……という順に実を落としていく。摘果は「予備摘果」「仕上げ摘果(本摘果)」「見直し摘果」の計3回に分けて、慎重に実施する。一度に最終着果量まで摘果すると、幼果が急激に肥大して核割れ、変形果、生理落果の発生が多くなる。予備摘果の段階で、最終的に収穫する桃の1.5倍〜2倍の数まで果実を減らしておき、あとは樹や果実の状態を見て、仕上げ摘果、見直し摘果で調整していく。

 最終的に、10センチ程度の小枝の場合は、5本に1果、20~30センチほどの枝には1果という目安で、果実を残す。

 最後の作業は、袋かけだ。光を遮断することで、果実の地色(幼果のとき、桃は緑色をしている)を抜くのだという。

 その後、収穫7~10日前を目安に袋を外していく。ここで桃の実は初めて太陽の光を受け、次第にあの鮮やかな赤みを帯びていく。

 樹の下にも反射シートを敷き、下からも光を当てることでムラなく着色を促進させる。黄桃のように着色させず仕上げたい桃は最後まで袋をつけたまま収穫を迎える。

 私たちの食卓に彩りを与えているのは、こうしたすべての工程を潜り抜け、選び抜かれた一玉というわけだ。

桃ソムリエの使命!

 日本一の桃の産地である山梨は、長年にわたり桃づくりの技術を磨き続けてきた。

 その結果として生まれたのが、数多くの品種と、桃それぞれの個性豊かな味わいだ。

 上嶋さんは「気候変動の影響もあり、同じことを続けていても今後、収穫が難しくなってくる可能性もある。そうした温度変化への対策も検討していきたい」と未来に向けた思いを語る。

 しかし、こうした取り組みや山梨の桃の魅力は、現状、十分に認知されているとは言いがたい。

 たとえば、県内では人気の高い歯ごたえのある食感の桃は、消費地では「硬い=未熟」と捉えられてしまうことも少なくない。品種それぞれの特性が正しく広まっていないがゆえに、本来の価値が適正に評価されていない現実もある。

「夢桃香」は、硬くて甘いのが特徴だ(画像は県提供)

 だからこそ、求められているのが「伝える力」だ。

 山梨県が創設をめざす桃ソムリエは、その担い手となる。品種ごとの特徴だけでなく、その背景にある栽培の工程や、生産者の技術までを理解し、消費者に広めていく。まずは、パティシエやシェフ、有識者、インフルエンサーなどのなかから桃に関する知識や経験値を十分にもち発信力のある方を「名誉桃ソムリエ」にも委嘱し、今年の桃シーズンから活動を開始する予定だ。

 ひとくくりにされてきた桃に、違いがあること。
 その違いが偶然ではなく、積み重ねられた技術によって生まれていること。

 山梨が始める桃ソムリエという試みは、「甘い」「みずみずしい」といった言葉では表現しきれない価値を届けていく、桃の見方そのものを変えていく挑戦だ。

*肩書などはすべて取材時のものです。

文・土橋水菜子、写真・山本倫子

関連記事一覧