美術館とアート市場との“ビミョーな関係”への挑戦! アート返礼品実現の裏側

2023年10月、山梨県では現代美術作家のたかくらかずきさんによるNFTアートと絵画(キャンバス)のセットがふるさと納税の返礼品として出品され、1ヶ月で寄附額100万円を超える反響があった。

って、え? ふるさと納税? シャインマスカットじゃなくて?と、驚くのは早い。

ごくさらっと書いたが、アートをふるさと納税にするという道はそう簡単ではない。
これは2022年3月からプロジェクトチームが始動、実現にこぎつけた話である。

アートをふるさと納税と結んだ中心となったのは、県立美術館学芸員で文化振興・文化財課と兼務している小坂井玲さんと、文化振興・文化財課員で農政部も兼務している竹井杏奈さん。2人の主任の歩みを対談形式でお届けする。

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 コロナ禍の22年、「やまなし文化立県戦略」策定に向け、知事が座長となった10人ほどの若手勉強会があり、その勉強会に私も小坂井さんも参加していました。

 それが終わった3月に2人が知事室に呼ばれ、知事と青柳正規美術館長直轄の「美術館プロジェクトチーム」の指名を受けました。「新たな『価値』を生み出す美術館を実現してほしい」ということで、アイデアを出し合い、1週間で提案書を仕上げたんだよね。

 検討する事業として、最初に「現代美術(NFTを含む)×ふるさと納税事業」と書いていますね。知事がその方向を希望していたことを踏まえてのことだったと記憶しています。

 知事の構想の中心は、地域の文化的な活力を実現するために、NFTアートをメタバースのギャラリーに展示し、そこから経済的な価値を生み出す、というものでした。しかしながら、美術館が直接的に作品の売買に関与すると受け取られるような内容では、美術館のコンセンサスを得られないと感じました。というのも2018年、当時の安倍首相が座長となった「未来投資会議」で出た「リーディングミュージアム構想」が頭にあったからです。アート市場への美術館の積極的な関与を促す内容でしたが、全国美術会議がはっきりと「反対」の意思を表明しました。

 リーディングミュージアム構想について、調べれば調べるほどに今私たちがこの山梨県で実行しようとしていることが国の構想の縮図のように思え、公立美術館がこのリスクを抱えきれるのか、と感じました。

 美術館が市場的な価値を生み出すためだけの装置になり下がってしまうのではないか。それが一番、大きな懸念点でした。

 知事との議論を重ねていくと、やはり知事はふるさと納税という仕組みを使い、文化芸術振興や芸術家の育成支援をする「循環サイクル」を作りたい。その仕組み自体は素晴らしいことですが、県庁と美術館との間ではまだその方法が整理できていない。でも形にしなければならない。

 通常、私たちは「主任」という立場で、知事と直接話す機会は基本、ほとんどありません。管理職が知事に説明する横で必要な情報を伝えるくらいですから、知事と会えば緊張します。小坂井さんは美術館の職員でもあるが故に知事にぶつかっていく姿勢はすごいですし、自分も、きっと知事もそれを楽しんでいるところはありました。知事と青柳館長と協議を繰り返しながら、実施に向けて県庁と美術館における役割を整理していきました。

竹井杏奈さん

 美術館が文化的、社会的な価値を創出し続けるためには、経済的な価値創出に取り組む必要がある、という知事の問題意識を共有しながら、美術館職員としての立場を踏まえて、本件に取り組んでいました。

 NFTの活用を含め、新たな事業に挑戦するには課題、目的、あるべき姿などを整理する必要があります。結果的にふるさと納税を実現できたのは「山梨県立美術館ビジョン」の策定が大きかったと思っています。その作業に入ったのが22年の6月、2028年に県立美術館が50周年を迎えることも見据え、1年かけて策定しました。

 取り組みの柱として「文化、社会・経済的価値を創出し、芸術家の活動支援や館活動への還元を実現」という文言を入れました。同時に「現代美術への取り組み」や「レストラン、ショップ、デザイン分野への取り組みを強化」なども入っています。従来の良さを引継ぎながら、様々な観点で、新しい価値を生み出す美術館を目指すような内容となっています。

 この作業と同時に進めたのが、ビジョンを先行させる形でメタバースギャラリーをプレオープンさせること。NFTの分野で活躍している旧市川大門町出身の現代美術作家たかくらかずきさんに依頼し、11月開催に漕ぎつけた。その過程で「ふるさと納税」への活用も内諾を得ていた。

 公立美術館として美術市場に関わることにならないかという点は当初から小坂井さんが指摘されていましたが、問題はそれだけではありません。NFTアートが投機の対象になっている面もあり、返礼品が暴落するというリスクもありました。デジタルデータですから、改竄などセキュリティー面での問題も想定されます。「転売はしないでほしい」旨を依頼することとし、セキュリティー面ではプロの知恵を借りました。

小坂井玲さん

 与えられた課題の中で、公立の美術館としてどのような価値を創造しうるか、様々な角度で考え続けました。山梨出身の新進気鋭の作家を打ち出すのは、県立美術館の使命の一つとなり得ます。また、美術の文脈を守りながら、メタバースや、NFTといった新しい分野に一般の方が触れられ、楽しめるような機会をつくることも、事業の目的となり得ると考えました。ふるさと納税については、展示作品自体を返礼品としない、美術館ではなく県庁が実施主体となる、そして、寄附の使途を文化事業や作家への支援とすることで、理解が得られないかと検討しました。

 ふるさと納税の実施を知事が発表したのは、2023年9月。発表資料には「文化芸術振興事業スキームイメージ図」が添付されている。事業の主体は山梨県であり、美術館はふるさと納税の活用先という立場だと明記されている。

 青柳館長が一貫して言っていたのが、ふるさと納税を行う業務と美術館の活動が分かれている、そのことを明白にしなさいということでした。知事はメタバース空間は美術館とは別なところにあるのだから、十分に分かれているという考えでしたが、県立美術館のメタバース空間なのだからそれでは分かれたことにならない。それが館長の見解でした。イメージ図にあるようなスキームで了解が得られたことで、前に進むことができ、実現できました。

 また、作家が県出身というだけで、総務省の定める「地場産品」の基準にあっているかという指摘もありました。たかくらさんには、展示と返納品の双方を、山梨県にゆかりのある道祖神をテーマに作っていただきました。

 作家にふるさと納税の返礼品の作品制作の協力を依頼することは作家のビジネスやライフワークにおいても非常に繊細な話ですので、事業趣旨も含め丁寧に説明し、お願いしました。

 作家は、優れた作品を制作することを、何よりも重要視しています。夏に依頼をして、11月には展示プレオープンという短い制作期間にも関わらず、たかくらさんが本事業に参加してくれたのは、ふるさとへの貢献に賛同してくださったことが大きいと感じています。

たかくらかずき氏の返礼品

 今回のプロジェクトに関わる中で、アートの力の可能性、見える世界が大きく広がりました。知事は学芸員の方々の「審美眼」という表現をよく使っていますが、これからも美術館にはその審美眼やネットワークをもって県事業にご協力いただきたいと思います。さらに、今回の経験は、「文化行政」のあり方を考えるきっかけになりました。文化芸術における総合的、専門的な知識を持ち、事業に反映できる行政職員の必要性を感じています。

 また、このスキームを基盤に、美術館から県全体に新たな価値を生み出していく、そういう流れにもっていけたらいいと考えています。私は農政部も兼務していますが、農業とアート、福祉とアートなど、他部署と連携して、新たに文化的、社会・経済的価値が作れるのではないかと思うんです。その役割を私たちが担っていけるのではないかなと思っています。

 作品やアーティストを中心に、鑑賞者、そして地域の様々な担い手が交差し、現実に横たわる様々な課題を解決するような大小のきっかけを生み出す場となりうる、そんな美術館の可能性を強く信じています。この2年間、知事は今回の取り組みを、実験的な事業だとおっしゃっていましたが、ここまでの我々の試行錯誤は、そのための端緒であると認識しています。

取材・構成:矢部万紀子、写真:今村拓馬

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