「みんなのいばしょ」で多文化共生 外国ルーツの園児に「日本語は楽しい」の土台を

外国にルーツのある子どもたちが、
楽しく過ごしながら日本語を身に付けられる場所を――。
その想いから生まれたのが、小規模認可保育園「みんなのいばしょ」だ。
発起人は、多文化リソースセンターやまなし代表理事の加藤順彦さんと、
施設長を務める元山ビアンカさん。
2人の情熱と行動力が、日本の保育の現場に新しい風を吹き込んでいる。

説明文

 2025年度から、新コーナー「in depth プラス」を始めます。

 登場するのは、皆さんの身近で活躍するミライ思考の人たち。幅広い人たちにじっくり話を聞き、その息吹をお伝えします。

■この記事でわかること
✔ 小規模保育園「みんなのいばしょ」が生まれた背景
✔ 施設長・元山さんが保育へ至った経緯と日本語教育の工夫
✔ 生活習慣や保護者との関わりまで含めた支援の形と、今後の展望

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“支援の穴”となった子どもたちに、日本語教育を

 お昼寝から目覚めたばかりの園児たちが、両手を広げて駆け寄ってくる。挨拶がわりのハグ。国籍や母語は違っても、その温かな体温と無邪気な笑顔はどの国の子も同じだ。

「じゃあ、『りんご』はどれかな?」

 職員が果物や野菜の絵が描かれたカルタを広げると、子どもたちが指をさしてカルタを取り合う。遊びの中で、絵と日本語を結び付けているようだ。「りんご、好き!」「わたし、いちご!」と、短い日本語を口にする子もいる。

果物や野菜の絵が描かれたカルタで園児たちは日本語を学ぶ

 山梨県中央市にある小規模認可保育園「みんなのいばしょ」。0〜2歳児が対象で、現在は外国籍の子ども12名が通っている。ポルトガル語やスペイン語など、バイリンガルの職員を配置し、ときには園児の母語で接しつつ、原則として日本語で保育するのが特徴だ。3歳から日本の公立などの保育園へスムーズに移れるよう、日本語や日本の文化、生活習慣に慣れるための橋渡しの場にもなっている。

 発起人は、多文化リソースセンターやまなし代表理事の加藤順彦さん。もともと日本企業の駐在員としてブラジルで約30年暮らし、帰国後はポルトガル語を生かして相談対応や日本語教育、通訳・翻訳に携わってきた。県の委託事業で外国人住人に日本語教室を開いたこともあるが、あくまで大人向け。その家族、特に幼い子どもへの支援が追い付いていない現実を、目の当たりにした。

 日本語を学ぶ機会のない未就園児は、保育園や小学校への入園・入学段階で、言葉の壁にぶつかりやすい。授業についていけないだけでなく、いじめや不登校のリスクも背負う。

「日本に来た外国人には『3つの壁』があると言われます。言葉の壁、制度の壁、心の壁です。日本語が身に付き、言葉の壁を取り除ければ、あとの2つの壁も越えやすくなる。逆に、幼稚園や小学校で日本語につまずくと、そのあともずっと響きます。外国にルーツを持つ子どもの高校進学率は、いまだ低い。困っている子がたくさんいて、まだ誰もやっていないなら、自分がやるしかないと思いました」

 そんな決意で、加藤さんは保育園の制度の仕組みや運営のノウハウを一から学び、2015年、主に外国籍の子どもを対象とした小規模保育所を立ち上げた。それが「みんなのいばしょ」だ。

多文化リソースセンターやまなし代表理事の加藤順彦さん

 最初の2年は認可外で実績を積み、小規模保育の制度の中で認可へと進んだ。「日本語が分からない外国人家族は、予想以上に多かった」と加藤さんが言うように、常に定員が埋まるほどの需要があり、南アルプス市に2園目の「イノヴェ学園」が誕生。こちらも2019年4月に認可を受け、行政と連携しながら運営している。

転機は、ブラジル食料品店での出会い

 加藤さんに声をかけられ、「みんなのいばしょ」の施設長に就いたのが元山ビアンカさん。日本語やポルトガル語など4か国語を操り、加藤さんから「なかなかいない人材」と一目置かれる聡明な女性だ。

 彼女を突き動かす原動力は、「自分が苦しんだことを、あとの世代に繰り返させたくない」という願い。その根には、幼少期の経験がある。

 日系ブラジル人3世の元山さんは、親の都合で8歳のとき来日。ブラジル人学校を経て、小学5年生の途中で公立校に編入した。祖母からひらがなは教わっていたものの、日本の小学校に入って分かったのは「ひらがなが読めても、会話にはならない」という現実だった。

 ほぼゼロからの学習で、卒業までの約1年半の期間に6年分の学びを詰め込まなければならない。不登校になった時期もあったが、一念発起して猛勉強を始めた。

 学びを支えたのは、「苦しい中でも、どうすれば楽しくなるか」を探すことだった。例えば漫画『ONE PIECE』から、漢字や言い回し、擬音、ドアを叩く音まで、コマに詰まった情報を吸い上げた。

 当時、小学校では毎週100問の漢字テストがあった。覚えるのは至難の業。それでも「自分が今、苦しいということは、同じように苦しむ人がいる。その人のそばにいたら、私はどう教えるだろう」と考え、覚えにくい漢字ほど、形や意味をパズルのように組み立てて覚えたという。

 教える側を想像しながら身に付けた日本語。だからこそ、元山さんは自然と「将来は日本語教師になろう」と志し、公立の中学、高校を卒業した。その後は専門学校の学費を貯めるため、ブラジル食料品店でアルバイトを開始。ただ、本人は「半分は夢を諦めかけていた」とも語る。

施設長の元山ビアンカさん。加藤さんとの出会いは偶然だった

 加藤さんとの出会いは、その店だった。時折買い物に来るようになった加藤さんは、明るく接客する店員の元山さんと、やがて世間話をする仲に。最初はポルトガル語で話しかけていたが、あるとき、棚に日本語で書かれた説明書きを見付け「これ、誰が書いたの?」とたずねた。

 それらは、すべて元山さんの手で書かれたものだった。もともと店内の商品名やポスターはポルトガル語表記で、日本人客には商品や特売のタイミングが伝わりにくかった。そこで「日本人のお客さんが入りやすい空気を少しでも」(元山さん)と、商品名や説明を日本語のカードにして添えたり、「特売」と漢字で書いたポスターを窓に貼ったりと、工夫を重ねたのだ。

 その出来事をきっかけに、元山さんが日本語を「書ける、読める、話せる」人材だと知った加藤さん。自ら考えて動ける気遣いと、苦労して日本語を習得した経験を活かしてもらえると考えて、通訳や日本語教室のアシスタントとして事業を一緒に進めるようになった。

 加藤さんは「保育園を作るとなったときも、任せるならば元山さんしかいないと思いました。彼女がいなければ、保育園は始められなかった」と語る。

楽しく日本語に触れる

 外国にルーツを持つ0〜2歳の園児に、日本語をどう教えるか。元山さんにとってそれは、毎日の挑戦であり、喜びでもある。

「大人のように、教材に沿った教え方は通用しない。だからこそ、園での生活の中で『耳で聞く』ことから始めます」

 例えば、分かりやすい基本的な日本語で話しかけ、長い文は短く分けて伝える。特に「投げる」「取る」「のぼる」「降りる」といった動詞は、動きとセットにして体に覚えさせ、とっさに口から出る言葉にする。日本語の歌や、いろいろなゲームの中で簡単な単語を繰り返し、散歩の際には「赤い花」「パリパリ」「冷たい」など、目にする物や色、感触などを簡単な言葉に結び付けるそうだ。絵合わせカルタや絵本など、園内には遊びながら日本語に触れられる教材がそろう。

 元山さんが大切にしているのは、「日本語を“苦しいもの”にしないこと」。それは彼女自身、日本語を習得する際に「難しい、苦しいと思うのではなく、どうすれば楽しく学べるかと考え始めたら、知識がどんどん広がった」という経験があるからだ。

「私自身、日本語を覚えるのに最初はすごく苦労しましたし、友達もあまりいなかった。でも、だからこそ、園で預かる子どもたちには『日本語を話すのって楽しい!』『国籍を問わず、友達を作るのって楽しい!』と思ってもらいたいんです。自分が学校で味わった苦しさを、子どもたちに味わってほしくないですし、自分が歩けなかった人生を経験してほしい、という思いが強いのかもしれません」

 そうした「楽しい」が、その子の人生の土台になってほしいと元山さんは語る。

「生まれてから3歳になるまでの1000日間は、その子の土台になる時期です。この頃の習慣や学びが、将来にも残って人生に影響する。記憶力がぐっと伸びるのは3歳以降なので、ここで学んだことを誰が教えてくれたのか、その人の顔は忘れてしまうかもしれない。でも、体に身に付いた習慣や学びは、その子が一生持っていくもの。たとえ忘れられても、すごく価値があり、責任のある事業だと思っています」

「楽しい」が、その子の人生の土台になってほしいと元山さんは語る

保護者とはOne on One 

 園では日本語教育だけでなく、日本の食事や生活習慣に慣れさせることにも力を入れている。ただ、多国籍の家庭が集まる中で、保護者の教育方針とのすれ違いがないわけではない。シャワーや食事の習慣、生活リズムなど、文化が違えば「普通」も違うからだ。元山さんはこう語る。

「日本のように毎日お風呂に入る習慣がない文化の家庭もありますし、朝食を軽く済ませる文化の家庭もある。でも、保護者が『自分もこうして生きてきたから』と悪気なく子どもに同じことをさせ、それで日本に馴染めず苦しむのは子どもです。自国の文化を大切にする気持ちは分かりますが、その現実を理解してもらうために、時には私が保護者を呼んで意見を伝えることもあります」

 日本の集団生活の中で、子どもだけが不利を背負わないよう、保護者の視点も一緒に動かしていく必要がある。その理解を促すため、元山さんは大事な話はメールや電話ではなく、直接会って目を見て話すそうだ。4か国語を操るのも、齟齬のない直接的なコミュニケーションを図るため。入園の説明会も、グループではなく家族ごとに、長い時間をかけて行う。

 文化が異なるからこそ、「一人一人と真剣に向き合う必要がある」と元山さん。家族ごとに少しずつ理解を深め、信頼関係を築くことが、子どもの教育を支える上で欠かせない。

 各家庭と密な関係を築くがゆえに、卒園後も子どもや親から「運動会に来てほしい」「うちの子のテストの点数を見てほしい」と、連絡が届いたり道で話し掛けられたりするのだと元山さんは笑う。「学校がつらい」といった暗い声はほとんどない。それこそ、保育園で「日本語を話すのは楽しい」「友達を作るのは楽しい」と学んだ子どもたちが、卒園後も前向きに日本に溶け込んで暮らしている、何よりの証拠だろう。

「地球市民賞」を受賞、でもまだ道半ば

 2025年度、「みんなのいばしょ」を運営する一般社団法人多文化リソースセンターやまなしは、国際交流基金の「地球市民賞」を受賞した。山梨県では初の快挙だ。

 受賞の背景には、事業の独自性と継続性への評価があるが、それは代表理事・加藤さんの「誰もやっていないこと、自分にしかできないことをやる」という理念とも重なる。

国際交流基金の「地球市民賞」を受賞した。山梨初の快挙だ

 今後に向け、加藤さんは現状に満足せず、夢を広げている。「保育園も含め、学習塾やデイサービス、簡易宿泊所、遊び場など、いろいろな施設が同じ建物内に入り、日本人家庭も外国人家庭も自然と集まれる一体型の施設を作りたい」。実現にはハードルが多いが、持ち前の情熱と行動力で道を切り開こうとしている。また、現在の園は0〜2歳児が対象だが、今後は3〜5歳児向けの小規模保育園の設置も目指すという。

 一方の元山さんも、現場に立ってこそ見える課題の解決を目指し、歩みを止めない。今後、特に目指したいのが「行き場のないお母さんたちの居場所を作ること」だ。日本語が分からず、不安や困りごとを抱える母親たちから、日々多数の相談が寄せられている。言葉の壁を取り除き、彼女たちが「雑談できる場所、相談できる場所をもっと増やしたい」と元山さんは言う。

 ブラジル食料品店での出会いから動き出した、多文化社会に根ざす保育園事業。情熱を分かち合う2人とともに、小さな保育園が、壁を越えようとする子どもたちの未来を照らしている。

文・中村麻衣子、写真・山本倫子

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