新たな投資を呼び込む第一歩! 山梨県が県有地の貸付料適正化に踏み切る事情
山梨県は県有地の貸付料を見直すことを決めた。長年土地を借りてきた側の反発は必至。
しかし、あえて踏みこんだのには切実な理由がある。県は県有地を貸して賃料をもらい、施策を実行するための費用に充てている。
県は、県民の財産を有効に活用し、新しいサービスを提供したい。そのためには、県内外から新たな投資を呼び込む必要がある。
その第一歩として、県有地の貸付料について、公正・公平で妥当なルールをつくるのだという。
県有地の適正利用に向けた取り組みを追う。
賃貸料が16倍に値上がり!
東京有数の観光名所である浅草寺。雷門から寺に向かうまでの仲見世商店街には多くの観光客が集う。2018年5月、その仲見世商店街の家賃が約16倍に値上がりすることが決まった。
それまでの家賃は10平方メートルあたり月額1万5千円という破格の安さ。それを段階的に引き上げていき、8年後には25万円になるという。土地は浅草寺が所有する一方で、建物を所有する東京都が格安で店子に貸していた。ところが、浅草寺が建物を買い取りこれまでの賃貸料を見直すことにした。
仲見世商店街のように慣習の中で決められてきた賃料がそのまま続いてしまうという事例は珍しい。というのも、民間であれば路線価の変動など、市場価格に合わせて改定されていくのが普通だからだ。
仲見世商店街は江戸時代から始まる歴史を持つ。もともと浅草寺が土地も建物も所有していたが、戦時中の混乱で国や東京都の所有に代わるなどの変遷があった。それまで建物を所有していた東京都もこうした複雑な事情から賃料の変更を言い出せなかったのだろう。
長年続いてきた賃貸料が大幅に上がってしまうと経営が立ち行かなくなるという店も当然出てくる。一方で、周辺の賃貸料は30〜50万円と言われており、25万円でも依然として安いという見方もある。
浅草寺は、ずっと慣例に従って設定されていた賃貸料の「適正化」を図った。
では、これが県有地である場合はどうだろうか。山梨県は、県有地の貸付料について算定方法を明確化する方針を決めた。
山梨県林政部森林政策課の小澤浩課長はこう語る。
「県民からお預かりしている財産なので、地方自治法の規定に従い適正な価格で貸さないといけない。適正ではない価格になっている土地があるのであれば、それは是正すべきだと考えています」
地方自治法にのっとって適正な価格で貸し付けるべきだという県の主張は、公平性の観点からだけではない。
自主財源がなければ独自政策は何もできない
自治体が独自財源を生む手段として脚光を浴びたのが「ふるさと納税」だ。ふるさと納税での寄付金に対する返礼品は、「地場産品」が基本とされていた。にもかかわらずAmazonギフトカードや電化製品なども出現するほど自治体間の競争が激化。総務省が是正に乗り出す事態となったのは記憶に新しい。
それでも毎年、年末が近づくとテレビではふるさと納税サイトのCMが大量に流され、寄付金総額は6700億円(2020年度)にまで増加している。なぜこんなに自治体が必死になるかというと、地方財政においては独自の財源を生み出すのが困難で、国からの地方交付税に頼る構造になっているからだ。
総務省が発表している「財政力指数*」によると、2019年時点で山梨県は0.41で全国平均の0.52を大きく下回る。東京都がダントツで高く、愛知や神奈川など大都市圏を中心に数値が高い。当然ながら、都道府県で独自の財源を確保している自治体の方が新しい取り組みを実行する予算を捻出することができるのだ。
「国からの地方交付税は住民に対する基礎的なサービスに使われます。県が山梨県固有の課題に対応した住民サービスをしたければ自主財源を確保する必要があります」(小澤課長)
県は、地方自治法にのっとった取扱いとすることで県有財産から生まれた新たな収入を、公立小学校の25人学級の推進や介護待機者ゼロといった教育や社会福祉などの県民サービスに充てていくことにしている。こうした独自施策を進めるため、山梨県は「県民の財産を有効に活用すること」に、焦点を当てたのだ。
独自財源は少ないが、稼ぐ力もない自治体の苦悩
山梨県のように財政力の弱い自治体は独自財源を生み出す努力が求められる。しかし、自治体には厳しい現実があると小澤課長は語る。
「山梨にはJリーグのヴァンフォーレ甲府があります。そのホームスタジアムのネーミングライツ(命名権)で年間2000万円の収入を得る、ということもやっています。しかしこれもいろんな自治体がやっていることで、正直に申し上げると、県が自分たちで『稼ぐ』というのは簡単ではない。それに、我々には収益を得ていくビジネス的なノウハウがないのも現実です」
自主財源がないと県独自の政策は打てない。しかし、収益を上げるのは本来自治体に求められる役割とは異なる。ここにジレンマがある。
その状況のなかで、山梨県が踏み出した第一歩が地方自治法にのっとった県有地の貸付料の適正化だ。冒頭の浅草仲見世通りのように、地方自治法上の根拠なく慣例的に格安で貸してしまうことを防ぎ、そのときの市場価格に応じた適正な賃料で貸し付けることをしっかりとルールに定めようとするものである。
このように県が動き出すきっかけとなったのが、山中湖畔別荘地の貸付料をめぐる住民訴訟だった。
(肩書は取材時のものです)
財政力指数
自治体が行政を行う場合に必要な一般財源額(基準財政需要額)のうち、どの程度を地方税収などの独自財源(基準財政収入額)でまかなえるかを示したもの。「収入 ÷ 需要 = 指数」なので、0.41の山梨県は、半分以上を地方交付税などに頼っていることになる。
文・小川匡則 写真・長谷川晋吾