山梨の酒といえば……ワイン? いやいや、日本酒もGIを取得して追い風に乗っています

山梨県は全国で初めて、2種類の酒で地理的表示GIを取った。
ワイン。そして日本酒。
県は「美酒美県やまなし」というキャンペーンを始めた。
山梨県には上質でおいしい酒がいろいろあるよ、と情報発信し、
国内はもちろん、海外からの観光客を引き寄せ、
山梨で造られたワインと日本酒のブランド価値を向上させ、
販路を拡大しようという試みだ。
今回は、日本酒のGI取得をめぐる
“日本酒のドン”と県庁担当職員のストーリー。

ここでクイズです。「山梨のお酒と言ったら?」

 山梨県で有名なお酒と言ったら? テレビのクイズ番組でこんな問題が出たら、回答者はほぼ全員が即答するはずだ。「ワイン」と。が、実はワインだけじゃない。山梨の日本酒、実はすごい。だって山梨、「美酒美県」なのだ。

 ということで、2023年2月1日に山梨県が開設した「美酒美県やまなし」という公式ホームページを開いてみる。<太陽と水に恵まれた美酒の産地「山梨」>とあり、次に来るのが<地理的表示GI 全国初!ワイン・日本酒ともにGI指定>という文字。これが「美酒美県」のきっかけだ。

※「美酒美県やまなし」についてはこちら

 そもそも「地理的表示GI」とは何かを簡単に説明するなら、シャンパンだ。「シャンパン」と名乗れるのはフランスのシャンパーニュ地方で生産されたものだけ、という話はご存じの方も多いだろう。その日本版が地理的表示GI。地方と強く結びついた特別に良いものを認定する制度で、酒類は1994年から国税庁が管轄している。

ワインに後れをとって発奮した

 全国にさきがけて、ワインでGIの指定を受けたのが「山梨」だった。2013年のことで、8年後の21年に日本酒もGIの指定を受けた。ワイン・日本酒ともにというのは山梨が初めてで、これを受けて「美酒美県」キャンペーンがスタートしたというわけだ。

 この8年の差、山梨県の酒蔵にとっては悔しい日々でもあった。

 2019年8月、山梨県は「ワイン県」を宣言し、ソムリエの田崎真也さんと作家の林真理子さんを「ワイン県副知事」に任命した。県は「日本一のワイン産地」を生かした「ワイン県」宣言をすることをきっかけに、山梨を訪れる観光客らにワインだけでなく日本酒などのあらゆる山梨県のお酒を楽しんでもらいたいという狙いがあった。

 しかし、当時を振り返り、「何くそと思いましたよ」と表現したのは山梨県酒造組合会長・山梨県酒造協同組合理事長の北原兵庫さんだ(冒頭の写真)。日本酒「七賢」の12代蔵元であり、山梨銘醸株式会社の会長でもある。

 ワインを発奮材料に、日本酒の酒蔵がGI取得に動いたのだ。

GI取得の準備中に起きたコロナ禍

 県酒造組合・協同組合に行くと、GIへの思い入れが部屋の壁にあった。「国税庁長官による地理的表示『山梨』の指定について」という東京国税局長名の認定証が額に入れられ、掛けられているのだ。

県酒造組合・協同組合の1階奥の部屋に認定証が飾ってあった

「GIを取った記念が何かないかと地元の税務署長さんに言ったら、これをくれました」と北原さん。「これまで、歴史があるうまい酒を作っているのに、知名度が低いために飲んでいただけない悔しさがありました。酒造組合中央会のみなさんが各地でGIを取っていらっしゃるのを見て、『これだな、取らなきゃいけないな』と思いました」と話す。

 申請に向けて動き始めたのと前後して、日本中を覆ったのがコロナ禍だ。アルコールを取り巻く環境が厳しくなりましたよね、と尋ねると、「その代わり、考える時間がたくさんできました」と北原さん。考えたのは、山梨と日本酒を結びつけるものは何かということ。山梨でできる日本酒はなぜおいしいのか、それが地域とどう関係しているのか。それが明確でないとGIは取れない。

6つの水系に12の酒蔵

 考え抜いてたどりついた結論が、「水」だった。山梨県は富士山をはじめ、3000メートル級の山々に囲まれている。そこに降る雨や雪が地中深くに浸透する。それが時を経て、花崗岩や玄武岩などの地層で濾過され、ミネラル分を含んだ伏流水になる。そして、その水が山梨県のおいしい日本酒を作っている。

 そしてGI「山梨」の日本酒の特徴は全国で唯一、水系を限定した仕込み水へのこだわり。南アルプス山麓、八ヶ岳山麓、秩父山麓、富士北麓、富士・御坂及び御坂北麓。6つの水系ごとに酒蔵がある。

「水は『あるもの』と思っていたけれど、それぞれの酒蔵の歴史を振り返るなどするうちに、『水だね』となりました。確かにどの酒蔵も近くに水を汲む場所があり、酒蔵を訪ねる人は蔵の水を飲むと『おいしい』と言うんです」と北原さん。GIを取得し、「美酒美県やまなし」のキャンペーンを県が始めたことを「ああ、ワインと同等に扱っていただける。そのことをひしひしと感じています」と語る。

日本酒売り上げアップ作戦

 GI取得まで、そしてGI取得後、これまでの道のりをもう1人、ひしひしというかしみじみというか、噛み締めているのが山梨県産業振興課課長補佐の㓛刀智之さんだ。産業振興課に着任したのが20年4月。3月までは財政課で、地場産業の現場と直接かかわる仕事は初めてだったので、着任当初はとにかく組合の集まりには顔を出したという。

 GIは国税局の管轄なので、県として直接かかわるわけではない。だが、コロナ禍で苦しむ業界の売り上げアップに少しでも貢献しようと、県職員を対象に2回、県産ワインと日本酒の販売会を企画した。結果は、「2回目の12月には日本酒で70万円ほど売り上げた記憶があります」と㓛刀さんは話す。

 ワインはどれくらい売れましたかと尋ねると、「日本酒よりだいぶ多かったと思います。ただ1回目に比べると日本酒の売り上げは格段に伸びました。日本酒の魅力を知ってもらおうと、飲み方や特徴をわかりやすくPRしたことが売り上げアップにつながったと思います」と語る。

ひと悶着あった「美酒美県」ポスター

 その翌年3月に日本酒がGIを取得、そこから「美酒美県やまなし」キャンペーンになっていく。㓛刀さんが奮闘したことの一つにポスター作りがある。

県産業振興課課長補佐の㓛刀智之さん

 県が掲げる「ハイクオリティやまなし」の理念に基づき、写真撮影からこだわった。被写体は器に入ったワインと日本酒で、それぞれ別に撮る。撮影現場に立ち会い、これぞと思った写真が酒蔵関係者から不評で再撮影した。最終的には良い写真が撮れたが、問題はその後。縦長のポスターに収めるとなると、ワインと日本酒でどちらかを上にしなくてはならない。

 上になったのは、ワインだった。そのポスター案を㓛刀さんは北原さんのところに持っていった。案の定、北原さんは開口一番、「なぜワインが上なのか」と聞いてきた。「空からの太陽の恵みがもたらすぶどうと、地下から湧き出る水の関係で配置しました」と㓛刀さんは答え、なんとか納得してもらった。が、北原さんは今も「日本酒が上とワインが上、両方作ればよかったんだ」と笑いながら話す。

国境を越えて世界にキャンペーン中

 とはいえ県の予算もつき、日本酒は県境を越え、そして日本国境をも越えて世界にキャンペーン中だ。

 2023年2月には香港から19人のバイヤーを招待し、井出醸造店(富士河口湖町)と笹一酒造株式会社(大月市)、山梨銘醸株式会社(北杜市)、萬屋醸造店(富士川町)で実際の酒造りを見てもらった。2023年度は、中国からもバイヤーを招く計画で、「最近はワインの組合の皆さんから、県は日本酒ばかりに力を入れていると文句を言われることもあります」と北原さんは話す。少しうれしそうだ。

さてもう1回クイズです。「山梨のお酒と言ったら?」

 ところで㓛刀さんだが、以前はビール党だったが産業振興課に来てからは、日本酒とワインそれも県産酒を飲むことがほとんどだという。「クラフトビール、ウイスキーも含めて、山梨の美味しいお酒は山梨の美しい自然から生まれる。これこそ『美酒美県やまなし』です。造り手の方々から、酒造りへのこだわりや思いをうかがうと試したくなって、自然と飲むようになりました」。

 北原さんと㓛刀さんのお話を聞いていると、山梨の日本酒が飲みたくなる。おちょこ片手にテレビを見て「山梨県を代表するお酒は」というクイズが出されたら、大きな声で答えよう。

「はい、日本酒です」

(肩書は2023年3月末時点のものです)

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文・矢部万紀子 写真・今村拓馬

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