農業、教育、観光、エネルギー…姉妹都市提携でクアンビン省とWinWin関係へ
ぶどうの輸出解禁に向けて
大きく前進した今回のベトナム視察は、
もう一つ狙いがあった。
人材や文化など幅広い交流を実現していくことだ。
政策2本柱のひとつ「開(かい)の国」づくりが
また一歩、動き始めようとしている。
目次
シャインマスカットの甘さが結んだ縁
長崎幸太郎・山梨県知事らベトナム視察団は、5月3日に同国中北部に位置するクアンビン省(省は日本の県に相当)に向かった。
なぜクアンビン省なのか――。話は2022年9月にさかのぼる。
ぶどう輸出解禁に向けた交渉の舞台裏を書いた記事で触れたが、当時、来日を予定していたベトナム政府の訪問団の動きを知った長崎知事は、国際戦略監の羽田勝也さんに、「ただちにベトナム政府の訪問団を山梨県に招くように手配してほしい」と指示した。羽田さんは素早く動き、一行の県果樹試験場とぶどう園の視察を実現させた。
「ちょうどぶどうの最盛期だったので、訪問団の皆さんにぶどう狩りを体験してもらい、もぎたてのシャインマスカットをその場で食べていただきました」(羽田さん)
シャインマスカットのおいしさに感動した一人がチュオン・ティ・マイ越日友好議員連盟会長だった。そのマイ会長が「ぜひ私の出身地であるクアンビン省に来てほしい」と提案してきた。県担当職員は早速、今年2月にベトナムを訪問、それがきっかけとなって今回の知事のベトナム視察が実現した。
ベトナムの「やまなし」で“昇仙峡”を発見!
クアンビン省はベトナムでも有数の観光地だ。フォンニャ・ケバン国立公園はユネスコの世界自然遺産に2度(2003年と2015年)にわたり認定されている。温泉保養地の開発も進む。そして風力や太陽光による再生可能エネルギー開発にも熱心だ。
あれ? どこかと似ているような……。
視察団がまず向かったフォンニャ・ケバン国立公園でのこと。切り立った崖と渓谷を見た県職員から思わず、「昇仙峡によく似ている」との声が沸き起こった。
国立公園内にある「天国洞窟」は観光名所としても知られる。全長は30キロ以上にも及ぶ。洞窟の入り口にたどりつくまでが勾配のきついつづら折りの急坂で、一行は入り口に着いてから一旦休憩しないと洞窟の中に入れないほどだった。
「洞窟内の地下へ降りて、帰り道は急な階段を登るんです。ずっと汗びっしょりでした」(羽田さん)
そんな視察団を案内してくれたクアンビン省当局の人たちと認識を共有したのは「いかに環境を保全しながら観光資源として生かしていくか」だったという。
クアンビン省は山梨県と共通点が多い「ベトナムのやまなし」。長崎知事は国立公園の管理部長に、「富士山より先に世界遺産に認定されて、観光資源の環境保全について多くの知見があると思うので、自然との共生について、ぜひお知恵を貸してほしい」と話しかけた。
朝6時からの散歩で始まった相互理解
その日の夜、クアンビン省首脳との夕食会が開かれた。「体を動かすのが好きです」と話す長崎知事に、クアンビン省トップで同省共産党委員会のヴ・ダイ・タン書記が突然、「明日の朝、一緒に散歩しませんか」と提案してきた。タン書記は朝のウォーキングを日課にしているという。
そして翌朝。タン書記は朝6時に、知事が泊まるホテルに迎えにきた。
川沿いにある魚市場で、庶民の普段の暮らしぶりを眺めながら2人で歩く。すると、大型の乗用カートが待ち構えていた。言われるままに知事が乗り込むと、カートは橋を渡り、川向うにある開発中のリゾートマンションの建設地に着いた。タン書記は「ホテルも建てています。周辺一帯が一大リゾートになる予定です」と紹介した。
7月に特別チーム派遣、中高生が相互に訪問する教育プログラムも
朝のウォーキングが終わり、正式な会談の場でタン書記は、「自然に優しい産業を発展させること」を方針に定めていることを説明した。さらに、自然環境の保護に配慮した農業、林業に取り組んでいることも強調した。
とくに、カーボンニュートラル実現に向けた再生可能エネルギーの開発分野で風力発電に注力していることから、余剰電力の活用のために山梨県が誇るP2Gシステムに強い興味を示していた。タン書記からは「自然保護と経済発展の両立も難しいし、伝統文化の維持も大切だ。山梨県と幅広い分野での協力関係を構築していきたい」という話があった。
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・水素エネルギー社会の実現
ベトナムから帰って最初の会見となった5月12日、長崎知事はクアンビン省と「姉妹友好県省」を締結するため、農業、教育、産業、観光、人材、再生可能エネルギー、環境、林業など幅広い分野で協議を進めることで合意したと述べ、急きょ、県庁の関係部局から高い専門性を持った職員による「特別チーム」を編成し、7月にもクアンビン省に派遣することを発表した。
協議する内容は、
・クアンビン省のフォンニャ・ケバン国立公園で進んでいる自然環境保護と観光の両立の知見を富士山にも活用する
・東南アジア最大級の風力発電王国へ、本県P2Gシステムの活用を働きかける
・ベトナムの優秀な人材を山梨県に受け入れる体制を整備する
など多彩だ。「若いうちから外を知ることが大切」という知事の意向で、山梨県の中高生をクアンビン省に派遣する教育プログラムも検討中だという。
突然の「会いたい」コールで急きょ…
知事ら一行は、あわただしい日程の中、5月6日にはハノイから車で約3時間のタインホア省を訪ね、日越友好議員連盟やベトナム外務省、タインホア省などが主催する「ベトナムと日本をつなぐタインホア会議2023」に出席した。ここでは日本政府観光局(JNTO)や新潟県などと並び、ベトナム政府の要人らを前に長崎知事が山梨県の魅力をプレゼンテーションした。
5月6日の夜、全日程を無事に終え、翌日にはハノイに戻って帰国の途に就くというタイミングだった。突然、一行に連絡が入った。
「どうしてもお会いしたいので、時間を作ってほしい」
連絡してきたのは、ベトナム中部高原地域にあるダクラク省外務局の担当者だという。
想定外の事態が続いた視察だったが、この突然の連絡には一行も慌てた。知事はスケジュールが詰まっていて時間がとれない。そこで、大久保雅直農政部長が急きょ対応することになった。
すると、朝4時の飛行機に乗って、ダクラク省クロンナン県の人民委員会副委員長ら地方組織の高官らがハノイまでやってきた。ダクラク省のメンバーは「農業分野での技術交流・人材派遣を、ぜひお願いしたい」と話した。
詳しく話を聞くと、ダクラク省では、開発が進むにつれてごみ処理や排水処理などの手立てが急務になっているが、ノウハウがないのだという。環境保全につながるノウハウを持つ山梨県との交流を熱望していた。2時間にも及んだ会談の末、環境や観光の分野で今後協議を進めていくことになった。
想像を超えた山梨県への期待
長崎知事は「実際にベトナムを訪問してみて、山梨県への関心や期待の高さは想像をはるかに超えたレベルだと実感した。成長著しいベトナムの活力を山梨県に取り込んでいく一方で、山梨県の持つ高いポテンシャルをベトナムの発展に生かしていただくための道筋をしっかりとつくっていくことで、“やまなし”を外に開き、県民の皆さんの豊かさ実現につなげていきたい」と話す。
山梨とベトナムの関係は今後、単なる交流の域を超え、共生や共創を視野に入れた新たなフェーズに入っていく。
文・大野正人、写真はクレジットがあるものを除いて山梨県提供