東京から一番近い「農ある暮らし」の始め方 山梨で農業やりたい人、必見の新サイト

9年連続で300人超え−−。
山梨県の新規就農者の数字だ。「フルーツ王国」であり、
豊かな農産物を誇る土地は、多くの人を惹きつけてやまない。

ただし、農業の現実はそんなに甘くはない。
2025年10月に県が開設した新サイト「START!やまなし農業ライフ」。
このサイトが目指すのは、単なる情報の羅列ではない。
農業という荒波を生き抜くための「生存戦略」の提示だ。

■この記事でわかること
✔ 新サイトの核となるのが「就農スタート診断」だ
✔ 診断は、「スタイル」と「適性」の二段構えで構成される
✔ 県は理想と現実のギャップで挫折しないよう、厳しい情報も明示し伴走する

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「山梨で農業を始めたい」。そう考えたとき、多くの人の脳裏に浮かぶのは、宝石のように輝くシャインマスカットや、芳醇な香りの桃ではないだろうか。「フルーツ王国」での華やかな成功を夢見て、県の窓口を訪れる相談者は後を絶たない。その一方で、高齢などを理由に離農するケースも多く、農業にたずさわる人は年々減少の一途を辿っている。

 山梨県の農業を支える人材の確保は待ったなし。そこで期待が寄せられるのは、新規就農者だ。

 山梨県ではこれまでも、オンラインによる就農相談会や就農を希望する人を対象にバスツアーを開催し、県のホームページでも農業を始めたい人に向けて情報を発信してきた。

2024年夏にあった就農希望者向けバスツアーの様子(撮影・今村拓馬)

「これまで、山梨県ではユーザー目線に立って就農希望者に情報を届ける手段があまりありませんでした。これから新しく農業を始めたい方を呼び込むために必要なことは、それぞれのユーザーが本当に必要な情報にアクセスできて、山梨県の農業に魅力を感じてもらうことのできる環境作りです」

 こう話す担い手・農地対策課の向山雄大さんが、就農への門戸を広げるため開発に取り組んだのが新サイト「START!やまなし農業ライフ」だ。

新規就農の「ハードル」を下げる動線設計

 農業を志して、最初にぶつかる壁は「何から始めればいいかわからない」ことだろう。もちろん、これまでも県はホームページ等を通じて多くの情報を発信してきた。しかし、それらは必ずしも利用者の視点に立って体系化されておらず、各所に散在していたきらいがあった。

「これまでは、見たい情報にアクセスすることが難しく、自分で探さないといけない状況でした。特に若い世代が就農に興味を持つ上で、こうしたハードルを取り除きたいと考えました」

向山雄大さん(撮影・篠塚ようこ)

 新サイトのねらいを向山さんはこう語る。最大の特長は、ユーザーを導く「動線」が設計されている点にある。その核となるのが「就農スタート診断」だ。

 診断は大きく分けて、「就農スタイル診断」と「就農適性診断」の2つで構成されている。

 まず「就農スタイル診断」では、

・独立・自営就農を目指したい
・農業法人等に雇用されて働きたい
・まず農業体験からはじめたい

といった、就農の入口となる方向性を整理する。

 就農と一口に言っても、その形はさまざまだ。

 いきなり独立する人もいれば、雇用就農から経験を積む人、移住を見据えて段階的に関わる人もいる。

 この診断は、そうした選択肢の中から「今の自分に合ったスタイル」を可視化する役割を担っている。

「就農適性診断」は、体力面、経営意識、情報収集力、地域との関わり方など、農業を続けていく上で必要な要素がどの程度備わっているかをチェックするものだ。

 診断結果では、単に「向いている・向いていない」を示すのではなく、「今は情報収集段階」「まずは体験を重ねる段階」「就農準備の最終段階」といったように、現在地(ステージ)が示される。

 そして重要なのは、その結果に応じて、体験事業、研修、相談窓口、資金制度など、次にとるべき具体的な行動につながる情報が開示される点だ。

「何から始めればいいかわからない」
「情報は多いが、自分に必要なものがわからない」

 そんな就農希望者が迷子にならないよう、診断を起点に必要な情報へ自然につながる“動線”が設計されている。

「その人に合った、その人に必要な情報へうまくアクセスしてもらえるようにしたこと。それが、『START!やまなし農業ライフ』のポイントです」

 向山さんが強調するように、新サイトは就農に向けた具体的なステップを整理し、利用者を迷わず次の行動へと導くためのガイド役なのだ。

草刈りから始まる信頼関係

 独立・自営就農を目指す場合、最大のハードルは「農地の確保」だ。たとえ社会経験を豊富に積んだキャリアがあっても、大切な農地を簡単に貸してもらえるケースは稀だ。ここでモノを言うのは何か?

「信用です。その方が農地を維持していけると思われなければ貸してもらえません。アグリマスター(篤農家)のもとで、草刈りを含む地道な作業を繰り返して地域の信頼を得ていく。そうした地道なことをしっかりやって初めて、地域の方から声をかけていただき農地が確保できるのです」(向山さん)

 県は「あぐりゼミナール」などの研修を通じ、地域の篤農家である「アグリマスター」への弟子入りを斡旋している。師匠のお墨付きを得て、地域コミュニティにとけ込むことこそが、就農への最短ルートとなるからだ。

二刀流、大歓迎

 就農のきっかけは、必ずしも「農業一本で生きていく」というすべてを懸けた決意だけではない。

 山梨県は首都圏からのアクセスが良く、移住や二拠点居住の候補地としても人気が高い。実際、移住相談会の中で農業をテーマにしたセミナーを開催すると、非常に集客が多く、関心の高さがうかがえるという。

就農希望者向けバスツアーでも桃の産地巡りは人気のコース(撮影・今村拓馬)

 ここで注目したいのが、都市部との近さを活かした柔軟な働き方だ。山梨県では「パートナーがテレワークで東京の仕事を続けながら、本人が新規就農する」といった、新しいライフスタイルも生まれている。

 完全にキャリアを断絶させることなく、それぞれで役割分担をしながら自然豊かな環境で子育てや農業に取り組む。そんな現実的な選択肢を描けるのも、山梨県ならではの地理的優位性と言えるだろう。

厳しい現実も赤裸々に

 だが、このサイトが取り上げるのは、こうした希望に満ちた姿だけではない。「START!やまなし農業ライフ」には、美しい田園風景だけでなく、厳しい現実も掲載されている。「初年度の経費だけで500万円近くかかり、手元にはほとんど残らなかった」という先輩就農者の生々しい声だ。

サイトで紹介されている先輩就農者の声。

「『今はシャインマスカットが売れているから簡単にできる』と思って入ってきても、それが離農の原因になってしまうこともあります。大変なところは包み隠さず伝え、それでも『実際にやっていけます』という部分を紹介していきたい」(向山さん)

 理想と現実のギャップで挫折しないよう、サイトではあえて厳しい情報も明示している。その上で、覚悟を決めた者には全力で伴走する構えだ。

 もしあなたが農業に興味があるなら、まずは「START!やまなし農業ライフ」のサイトを訪れてほしい。リンクはこちら

 そこに描かれているのは甘い夢物語ではない。しかし、診断ボタンを押した先には自分の足で歩み出すための確かな「地図」が広がっているはずだ。

文・筒井永英

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