「全国の自治体初!アニマルウェルフェア認証制度」でブランド力アップと畜産農家の高付加価値を/富士山ふもとの養鶏場を訪ねた

アニマルウェルフェア。
耳馴染みのない言葉だ。でも簡単。
卵を産むトリや、私たちの食卓を彩るウシやブタが気持ちよく、健康に育てられること。
育つ過程で環境に与える負荷は少ない。できる食べ物もおいしい。

山梨県は2021年度、全国の自治体初となる「アニマルウェルフェア認証制度」を創設。
高付加価値の生産物を流通させ、山梨のブランド化、観光資源の多様化を狙う施策だ。

アニマルウェルフェアの導入を決めた畜産農家に話を聞きたくなり、富士山のふもとにある忍野村に車を走らせた。

鶏舎5つのうち、3つは空っぽ

 村の中心部から数分、フロントガラス越しに富士山が迫ってくる。デカい。勇壮。そんな大自然の中に、田辺養鶏場はあった。

 創業50年以上の歴史を持つこの養鶏場を営む田辺竜太さん(43歳=冒頭の写真)は「元々は父親の代で廃業にする予定だった」という鶏舎を、6年前に引き継いだ。先代が亡くなり、離れて暮らしていた竜太さんが戻ってきて事業を続けている。

 父親の代には300羽を放牧していることで全国テレビにも取り上げられたこともあった。だが、放牧は家畜伝染病のリスクがあることなどから、その後はケージでの養鶏を続けていた。

 その田辺養鶏場では今、5つある鶏舎のうち、3つを空けたままにしている。理由は「アニマルウェルフェアを導入するため」だ。

「(先代が)廃業を見据えて規模を縮小していたので、鶏舎が空いていました。鶏舎も古くなっているので、どうせ補修をするならば差別化を考えていかないといけないと思い、アニマルウェルフェアの導入を決めました」(田辺さん)

アニマルウェルフェアとは

 アニマルウェルフェアは、国際機関の勧告で「動物の生活とその死に関わる環境と関連する動物の身体的・心的状態」と定義されている。簡単に言うと、「畜産動物を快適な環境で飼育すること」である。また、屠殺(とさつ)する場合にも可能な限り痛みを伴わない方法を取ることなど、いくつかのポイントがある。

 養鶏の場合、日本では小さいケージを並べて、その中で満足な運動もできないまま卵を産み続ける光景をよく見かける。しかし、消費者が社会課題の解決を考慮し、課題解決に取り組む事業者を応援する消費行動をする「エシカル消費」が定着する欧米では、「平飼い」をする鶏卵業者が一般的になりつつある。鶏が一定のスペースで自由に動くことができるだけでなく、止まり木など鶏の習性に合わせた設備を整えることが求められている。

 飼育法の違いを人の生活にたとえて表現するなら、部屋に閉じこもっていないといけないのがケージ飼いで、平飼いは家の中を自由に動けるものの屋内限定。家の外の庭に出て日を浴びたり風を感じたりできるのが「放牧」、とイメージしてもらったらわかりやすいかもしれない。

 田辺さんは一部放牧を取り入れていた父親の影響もあり、「継いだ当初から頭の片隅にはアニマルウェルフェアのことがあった」というが、まずは母親らこれまで養鶏の仕事をしてきた人たちから作業を学ぶことで精一杯だった。

消費者の意識変化と環境負荷、そして子どもの声が決め手に

 そんな中、アニマルウェルフェアへの取り組みを決断したのは、業務を習得してきたことに加え、いくつかの出来事がきっかけだった。

 一つは消費者の意識の変化を感じ取ったことだ。忍野村は東京都杉並区と交流があり、田辺さんも杉並のマルシェに出店したことがあるという。

「そのときに、『ここの卵は平飼いですか?』とか『餌はどんなのを使っていますか?』と聞かれることが多かったんです。消費者の意識がすごく高いことに驚かされました。実際、黒富士農場さんの卵は単価が高いけどよく売れています」

 黒富士農場とは県内の鶏卵業者で、日本のアニマルウェルフェア分野でトップランナーとも言える存在だ。田辺さんは、黒富士農場が長年かけて培ったノウハウを学んでいるという。

現在は鶏舎で飼っているが、田辺養鶏場ではすでに平飼い・放牧の準備が始まっている

 もう一つは子どもたちからの指摘だった。

「地元の小学生たちが見学に来たとき、小さいケージに入って卵を産むだけの鶏を見て『かわいそう』という率直な感想が聞こえてきました。子どもたちの純粋な意見を直接聞いたこともアニマルウェルフェアを導入しようという決断を後押ししてくれました」

 また、環境面でもアニマルウェルフェアは優れていると語る。

「養鶏場ではどうしてもフンの臭いやハエが大量に出るなど近隣に迷惑をかけてしまいますが、平飼いにすることでその環境は大幅に改善できます。ケージ飼いだと定期的にフンの処理をしなくてはいけないし、特に夏場は鶏も水を多く摂るのでフンも水っぽくなり臭いがキツくなります。しかし、平飼いではフンをバクテリアが分解するような環境を構築することができるので、臭いをかなり抑えられ、ハエの発生も防げます。フンの処理も大幅に楽になるので、平飼いにすることのメリットは大きいと思います」(田辺さん)

 もちろん、いきなり全てを変えることは難しい。まずは3つの鶏舎をアニマルウェルフェアに対応していく予定だ。

「この状態(上の写真)から設備を導入して、鶏を入れて生活習慣を学習させます。実際に卵を出荷できるのは年明け以降になるでしょう。そこで軌道に乗ったら残りの鶏舎も替えていき、10年かけて全部の鶏舎を変えていきます」(田辺さん)

コスト増をブランド力でカバー

 しかし、いいことばかりではない。田辺さんによれば、1羽あたりの設備投資はケージであれば5千円程度なのに対し、平飼いだとその3〜4倍かかるという。いまは、1つの鶏舎で4千羽飼っているが、平飼いにするとこの半分くらいしか飼えないという。
 つまり、卵がこれまでの数倍の単価で売れなければビジネス的には成り立たない。アニマルウェルフェアを導入するには、高付加価値商品として認識され、ブランド価値を出すことが欠かせないのだ。

 そのためには販路を自分で開拓していくことが必要となる。

「アニマルウェルフェアの導入でブランド価値を高めるために、今はSNSでも導入までの過程や、自分の鶏卵に対する思いなどを発信しています」

 生産者サイドだけではなく、消費者の意識が変わる必要もある。そこで山梨県は、生産者に導入を促すだけでなく、それにブランド価値を生み出すべく制度の導入を始めた。アニマルウェルフェアを導入して生産された商品に対して、県が独自の認証マークを付けて販売するというものだ。

※やまなしアニマルウェルフェア認証制度の概要はこちら

AW商品が高価で売れるサイクルめざす

 山梨県農政部畜産課の藤尾桜子さんは語る。

「いきなり高度なアニマルウェルフェアを導入するとなるとハードルが高すぎて普及しないことが懸念されました。完全でなくても少しでもアニマルウェルフェアの方向に行くことが望ましい。そこで、認証マークは3段階にしました。認証マークが山梨県産の畜産のブランド価値を上げることにつながることを期待しています」

※やまなしアニマルウェルフェアの認証基準はこちら

 乳用牛、養豚、採卵鶏など育てる動物の種類ごとに認定基準が9〜11項目あり、5割クリアで一つ星、7割クリアで二つ星、9割以上クリアで三ツ星が与えられる。

 認証制度の立ち上げ時の坂内啓二・県農政部長(現・農林水産省報道室長)は狙いについてこう語っていた。

「酪農は約20年で6割が離農した。これまでの大規模化・効率化だけでは畜産業は成り立たない。SDGsの考えを取り入れ、家畜も人も健康に暮らし、畜産農家が規模拡大しなくても収益を上げられるようにしたい。認証マークをつくることで生産者と消費者の距離が近づき、エシカル消費が促進され、県産畜産物全体の価値が底上げされることを期待している」

 田辺さんもこの認証制度を利用する予定で、「われわれ生産者にとって一番の悩みは販路です。量産するメーカーに価格で対抗することはできません。だから、ブランディングがとても重要になります。認証マークがそのブランディングの一助になればいいなと思います」と話す。

県畜産課の渡邉聡尚課長(左)と藤尾さん

 県はアニマルウェルフェアの認知度を高めるため、生産者向けの講習会や、消費者への認知度を上げるため関心があるメディアに現場を見てもらうことも計画している。

「アニマルウェルフェアへの理解を深めてもらうことを通じて、山梨県産の畜産のブランド価値を上げていくにはどうしたらいいか、知恵を出し合っています」(藤尾さん)

来春にも認証マーク付き農産品が流通へ

 こうした高品質・高付加価値の農産物は山梨県の観光資源にもなる可能性を秘める。田辺さんの頭にはその先の夢がある。

「飲食店もやっていますが、それを拡大して加工品を販売することを考えています。忍野村は観光客も多いので、もっと町全体でもできることはあるかなと考えています」

 田辺さんの鶏舎では夏から秋にかけて平飼い仕様の設備が作られ、そこから鶏を入れていくという。ここでは平飼いだけでなく、鶏舎の外にも出られる放牧も取り入れる。来年の春には新しい鶏舎で産まれた卵が店に流通していく予定だという。

 今後、県内にも認証マーク付きの農産品が流通していく。消費者としてもこうした取り組みに注目していきたい。消費者のエシカル消費が生産者の取り組みを支えることにつながる。

※山梨県のアニマルウェルフェア についてはこちら

文・小川匡則、写真・今村拓馬

関連記事一覧