ふんわり香る燻製ビールが金賞受賞 “仕掛け人”は山梨県のSDGsフォーラムだった!

山梨県小菅村の醸造所が手がけた燻製ビールが、
歴史ある審査会で金賞を受賞した。
原料の麦芽は桃とさくらんぼの剪定枝チップでスモーク。
ふんわりと淡く優しい香りがするこのビールは、
実は異業種のコラボレーションで生まれた。
しかも、そのきっかけは、
山梨県がスタートしたSDGs推進事業だったという。
どういうことなのだろうか。

◼️この記事でわかること
✔︎ なぜ山梨で燻製ビール?
✔︎ クラフトビール会社と燻製会社がコラボした理由
✔ 燻製会社がチップの作り方を企業秘密にしないわけとは?
✔︎ SDGsって地方創生に役立つのか…

◼️ほかのおすすめ記事はこちら
・地球環境にやさしくて「複雑な味」のワインができた! 炭素を土に埋め込む「4パーミル」のトップランナー・山梨の現場を行く
・山梨県、スタートアップ絶賛応援中!「完全バックアップ」の理由

燻製ビールをつくりたいんだけど…

「燻製ビール・アルカディア」は、小菅村のビール醸造所「Far Yeast Brewing(以下、ファーイーストブルーイング)」と、南アルプス市の燻製店「響」との協業で誕生した。和紙でできた淡い桃色のラベルからは、今にも甘い香りが立ち上ってきそうだ。その名前は、ギリシャ語で「理想郷」を意味し、薄桃色の花が一面に広がる春の甲府盆地の光景になぞらえた。

 コラボレーションのきっかけは、山梨県が主催した「YAMANASHI SDGs FORUM 2023(以下、フォーラム)」だった。県はSDGsをキーワードに、地域企業と協働した地域課題の解決と、持続可能な地域づくりに注力している。このフォーラムに出展した2社が偶然隣り合わせのブースになった。そこで以前から燻製ビールに関心を持っていたファーイーストブルーイングが、響に話を持ちかけた。

「日本に輸入される燻製麦芽は、燻製香が強くついた製品。 私たちが今回めざしたのは、個性的でありながら食事と合わせておいしく飲める、飲み疲れない優しい香りのビールでした。ただ、当社はあくまで醸造所。燻製のプロではないので、誰が燻製を研究するんだということで、話が進んでいなかったんです」

アルカディアに使った麦芽を手にする若月香さん

 そう話すのは、ファーイーストブルーイング広報担当の若月香さん。近年、消費者のより公平でフェアなものを消費しようとする傾向(エシカル志向)も目立つようになっている。飲食店や小売店との間を取り持つ卸業者から伝えられる要望にも「製品のストーリー性」を重視するような変化が起きていた。

電子部品のメーカーだけど…

 一方、響の母体は電子部品や光学部品を製造するマステックという企業。県内にはワイナリーのほか、ウイスキーの蒸留所やクラフトビールの醸造所も増えているが、酒の肴がほとんどないことが燻製事業を立ち上げた理由だったという。

「せっかくなら、地域性があるものを」と、山梨県で生産量が多い桃やブドウの剪定枝を燻製チップにしようと思い立った。

 燻製チップは普通、桜の木が使われ、果樹の燻製チップがほとんど流通していない。果樹の産地近くに燻製所がないことが理由とわかり、山梨県で燻製を始めるなら、果樹の燻製チップをつくることが自社の強みになると考えた。

 自社だけでなく、地元にもメリットがありそうなこともわかった。

 剪定枝は肥料にして再利用できるが、高齢化と担い手不足の進む地域では、野焼きされることも珍しくない。燻製チップとして活用すれば、資源の有効活用につながるのではないか。

 響の燻製事業と、ファーイーストブルーイングの燻製ビールに対する思いが噛み合った。

光学部品や電子部品をつくるマステックから響は生まれた

酒の肴が酒づくりにも役立った

 そうして生まれた燻製ビール・アルカディアは、販売後数ヶ月で完売。今年10月、1996年から続くInternational Beer Cup2023で、Bottle/Can 部門:Bamberg-Style Helles Rauchbierの金賞に選ばれた。

 このコラボレーションは、コンペティションでよい評価を得た以上の意味合いがあったという。エールビールが主体だったファーイーストブルーイングにとって、燻製ビールという新たなジャンルの開拓に成功したからだ。

「燻製ビールの実績がない中で、うまくいくか心配でした。でも、アルカディアの成功で、社内ではいい空気が生まれています」(若月さん)

この麦芽をスモークしてアルカディアが誕生した

 響にとっても今回のコラボレーションは、新鮮な驚きを伴う体験だった。酒の肴のために始めた燻製が、酒づくりにも活かせることがわかったからだ。

「お酒を飲む人は多くても、燻製のおつまみを食べる人は限られています。年代ごとにバラつきはあるもののビールを飲む人は多いので、そこにアプローチできたのがよかったです」

 と代表取締役オーナーの手塚建斗さんは話す。商品のバリエーションが広がったこと、ファーイーストブルーイングと自社の双方が持つ販路や顧客層を活用できる可能性ができたことは、大きな成果だという。他の酒類やビール会社とのコラボレーションも持ちかけられていると満足げだ。

響のオーナー手塚健斗さん。背後にあるのは、母体会社で使う石英を精密に切断する機械

 アルカディアに使った麦芽を燻製する作業に加わった響の手塚裕介さんは、「何パターンもスモークして、選んでもらいました。1週間くらいぶっ続けで燻製したでしょうか」と製造当時を振り返る。

自社の成長とシンクロする住みやすいまちづくり

「自社の成長だけでなく、地元経済に貢献したい」との思いは両者に共通している。

 もともと、ファーイーストブルーイングは東京の企業だった。醸造所の操業を機に、2020年に小菅村に本社を移転。それ以降、地域に目を向けるようになった。これまでも、地域で生産したものの、さまざまな理由で出荷されない果物からビールを作ったり、耕作放棄地を再生する地域の若者を手伝ったりしてきた。燻製ビール・アルカディアも、同社が2020年からはじめた「山梨応援プロジェクト」の一環だ。

「今やビールは“おいしい”だけでは選ばれなくなっています。その意味で、アルカディアは山梨のことや、農業のことを知ってもらうきっかけづくりにもなると思います。これからは事業を通じて、小菅村を住みやすいまちにしていきたいです」(若月さん)

 ファーイーストブルーイングが小菅村に移転したことで、地域に働く場が生まれた。若月さんはじめ社員数人は移住組、八王子市や相模原市から通う社員もいる。

 日本全体の人口が減る中で、定住人口を増やすのは簡単ではない。通勤のような形で、日常的に人が行き来する状態をつくることの方が現実的なのかもしれない。

 観光では人を呼び込む仕掛けも重要になる。進行中の道の駅の複合施設建設計画にはファーイーストブルーイングもかかわっている。工場見学や、試飲コーナー、農業体験コーナーなどの構想があるという。

ファーイーストブルーイングの工場で麦汁を分離中。麦芽かすは、牧場に引き取られるという

「博多の明太子をめざします」

 一方、響の手塚健斗さんは「山梨県からおつまみ文化を創造したい」と意気込む。さらに、燻製チップの販売は、生産者にとっても新たな収入源につながる可能性がある。桃やブドウなどの果物は収穫時期が限られているが、燻製チップなら通年販売もできるだろう。そんな考えから、手塚さんは農家に無償でチップづくりのノウハウを伝授している。

 独自のノウハウをオープンにしちゃっていいんですか? と尋ねると、手塚さんは笑って言った。

「明太子を考案した人は製法を隠さなかったと言われています。だからこそ、博多に明太子文化が根付いたんだと思います。私もその考えです。“博多の明太子”のように、山梨県に燻製文化が広がって、名物になってほしいんです。果物とワインのイメージが強いと思いますが、ゆくゆくはそこに燻製が肩を並べるようになるのが、私の夢です」

燻製作業に携わった響の手塚裕介さん。燻製器は手作りだ。

SDGsは日常のとなりにある

 山梨県は2023年5月、内閣府が主催する「SDGs未来都市」と「自治体SDGsモデル事業」にダブル選定された。めざすのは、「SDGsを突破口に、企業と連携して地域課題解決や企業価値向上を実現し、地方創生を達成する」ことだ。

※山梨県のSDGsの取り組みについて詳しくはこちら

 この動きに先立ち、2022年9月に「やまなしSDGs登録制度」をスタート。現在、登録企業は552社に達している。そして、SDGsの推進を地方創生につなげようと2023年2月にフォーラムを開催し、ファーイーストブルーイングと響が出会うきっかけとなった。

 このようなSDGsをキーワードにした異業種交流を促進するため、登録企業が参加する連携セミナーを定期的に開催しているほか、現在、マッチングした企業同士が事業化を検討できる仕組みを整備している。

 そこで疑問。地方創生とSDGsを結びつけて考えるのはなぜなのか。

 ⼭梨県政策企画グループの深沢健さんはこう説明する。

「SDGsを進めることには我慢を強いられる。そう思っている人もいると思います。しかし、経済と環境と社会、この3つが密接につながって循環するのが本来のSDGsです。SDGsをキーワードに異業種の企業がつながることで、ある企業の課題が、実は他企業にとっては『宝』であるなど、シナジー効果が生まれるかもしれませんし、企業の人財やリソースを他の分野で活用することでイノベーションが創出されるかもしれません」

「SDGsは地域課題の解決につながるはずです」と語る⼭梨県政策企画グループの深沢健さん

 そうか――。ファーイーストブルーイングと響のように、地域資源を活用したコラボレーションで新たな販路開拓につなげたり、地域課題の解決に活用したりすることもSDGsなのか。

「県としては、企業間連携によるイノベーション創出、その先の地方創生を狙っているので、今回の2社の取り組みは、ロールモデルとなると考えています」(深沢さん)

 最後に、印象的だったファーイーストブルーイングの若月さんの言葉を紹介したい。

「SDGsをやるぞといって始めたわけではありません。山梨県のSDGs推進企業に手を挙げたのは、すでにやっていた活動が当てはまっているかなと感じたからです。小菅村に来て、地域の方々に多くのサポートをいただきました。私たちはこれからもローカルを大事にしていきます。地域の存続と、私たちの存続はつながっているのですから」

 この世は猫も杓子も「SDGs」。ちょっと食傷気味だった言葉が、以前と違って生き生きした意味合いの言葉に聞こえた。

いいトコ山梨【#43 小菅村池之尻】 ファーイーストブルーイング特集回

いいトコ山梨【#109 南アルプス市下今諏訪】 「響」特集回

文:筒井永英、写真・今村拓馬

関連記事一覧