
夏休みの宿題がコンビニ商品に
「地域の誇り」を広げる、桃花台学園×ローソンのコラボパン
「夏の訪れを感じさせるような桃の香りがすごい。みんなに宣伝しなくては」
長崎幸太郎知事の感想を聞いた山梨県立高等支援学校桃花台学園の生徒たちに笑顔が広がった。
学校とコンビニ大手ローソンが共同開発した「もも香るデニッシュ」。
夏休みの宿題から始まった小さなアイデアが、
関東甲信越で広く販売される商品へと成長していったのか。
その軌跡をたどる。
2025年度から、新コーナー「in depth プラス」を始めます。
登場するのは、皆さんの身近で活躍するミライ思考の人たち。幅広い人たちにじっくり話を聞き、その息吹をお伝えします。
■この記事でわかること
✔ 桃花台学園の生徒たちとローソンが共同開発した「もも香るデニッシュ」が関東甲信越約4600店舗で販売された
✔ 全校生徒から集まった100近いアイデアの中から、桃ジャムを使ったパンが商品化に選ばれた
✔ 1都9県から327件の声が寄せられ、県外の人からも「山梨を思い出した」という反響があった
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創立10周年記念プロジェクトとして始動
2025年5月20日、山梨県庁で長崎知事が手にしたのは、ピンク色のデニッシュ生地が美しい一つのパン。桃花台学園の生徒たちから手渡された「もも香るデニッシュ」を口にした知事は「ひと足早く夏が来たような気がします」と絶賛した。

このパンの誕生のきっかけは、前の年にさかのぼる。
2024年5月22日、桃花台学園の創立10周年記念植樹イベントが行われた。植えられたキンモクセイの苗木は、ローソンの「緑の募金」を通じて贈られたものだ。イベントに出席したローソンの担当者との会話から、翌2025年5月に行われる10周年記念式典の目玉プロジェクトとしてパンの共同開発というアイデアが生まれた。
「山梨県の特産物を使ったパンのアイデアを出して」
夏休みの宿題として全校生徒に出されたこの課題に、1年生から3年生まで約100名の生徒たちがアイデアを出した。ぶどう、桃、ワイン、そして山梨名物の鳥もつ煮まで、生徒たちの自由な発想が紙の上に踊った。
校長賞に選ばれたのは、鳥もつ煮を使ったパンのアイデアだった。一方で、ローソンが商品化の可能性を見出したのは、農業生産コースに所属する飯久保颯士さんが考案した、桃ジャムを使ったパンだった。
ローソンという全国規模のコンビニチェーンとの協働は、生徒たちにとって想像を超える体験の始まりだった。
「山梨県の魅力って何だろうと考えたとき、いろいろな意見が出ました。なかでも、桃だという意見が多くて。そこで、桃を使ってパンの魅力と山梨の魅力の両方を伝えられるのではないかと思いました」
プロジェクトメンバーである食品加工コースの上原夢陽さんは、当時を振り返ってそう語る。生徒たちの中で、桃が山梨を代表する特産物だという認識は共通していた。その桃を使って、どうすれば多くの人に喜んでもらえるパンができるのか。生徒たちの真剣な議論が始まった。

ローソンとの協働による商品開発
元のアイデアは、シンプルだった。
「ぐるぐるにパンを巻いて、その間に桃のジャムを挟む」
このアイデアがローソンの商品開発チームに届いたとき、新たな可能性が見えた。デニッシュ生地の採用だ。生徒たちの自由な発想と、企業が持つ製造技術が組み合わさった瞬間だった。
しかし、商品化への道のりは決して平坦ではなかった。特に悩ましかったのは、桃ジャムと組み合わせるクリームの選択だ。カスタードクリームにするか、チーズクリームにするか。
ローソンから送られてきた試作品を前に、生徒たちによる試食会が開かれた。クリームチーズの大人っぽい味と酸味のバランスを評価する教員もいたが、最終的な決定権は生徒たちにある。
「多数決で決めました。ほぼ半分ずつに意見が分かれたのですが、カスタードのほうがちょっと多かったんです」
そう石合彩香さんが語る通り、僅差でカスタードクリームが選ばれた。

この試食体験は、生徒たちにとって大きな転換点となった。夏休みの宿題として始まったアイデアが、実際に食べられる商品として目の前に現れた。話に聞くだけでなく、実際に口にすることで、商品開発の実感が生まれた。
「自分たちが考えたものが商品になるという話は聞いていましたが、実際に手にとって味わうことができて、やはりみんな嬉しそうでした」
木村則夫校長は、そう振り返る。
商品の味が決まると、次の課題はパッケージデザインだ。ここでも生徒たちの創意工夫が光る。
食品加工コースの25名の生徒たちが知恵を絞り、6つのパッケージデザイン案を提出した。その中で特に生徒たちがこだわったのが、学校のマスコットキャラクター「こもも」の採用だった。
パッケージには単なるデザイン性だけでなく、現代的な工夫も施された。QRコードを印刷し、購入者が簡単に学校のホームページにアクセスし、アンケートに回答できる仕組みを作ったのだ。
一方で、生徒たちは商品開発を通じて大きな社会経験を積むことができた。ローソンの担当者が学校を訪れて授業をしてくれたのだ。生徒たちは、どんな人を対象にした商品を作るのか、色や形、味をどう決めるのか、マーケティングの基礎を学んだ。単なる商品開発を超えて、本格的なビジネス教育の場となった。
「どのような商品を作るべきか、どのような層をターゲットにするべきかを学んだことで、色や形、味などについて『自分たち高校生が食べておいしいと感じられるものを作りたい』という具体的なアイデアへと発展していきました」(木村校長)
ローソン本社の広報を通じて開発当時の状況を尋ねたところ、「生徒さんのアイデアを踏まえつつ、約4,600店舗に供給できるような商品設計を検討し、決定したアイデアについてはさらに生徒さんに試食してもらい、最終的な仕様を確定しました」と担当者のコメントを寄せてくれた。
生徒たちの得た達成感と学び
「実際に自分たちが作ったものが商品になって、多くの人の手に渡る。努力が報われた感じがしました」
上原夢陽さんの言葉には、プロジェクトを通じて得た達成感が込められている。夏休みの宿題として始まったアイデアが、関東甲信越地区約4600店舗で販売される商品になる。その事実を受け止めるまでには時間がかかった。
「学校での販売会では、地域の方や保護者の方に販売していました。でも、関東での販売が決まったときは、桃花台学園で考案したパンがそんな多くの方に食べてもらえるのかと、とても嬉しかったです」(石合さん)
このプロジェクトは、生徒たちに「社会参加」への意識をもたらした。
「色々な場面で積極的に外部へ発信することができるようになったと感じています」(木村校長)
生徒たちは自らローソンの店舗にチラシを持参し、掲示をお願いして回った。教員も保護者もいない状況で、生徒たちだけで「営業活動」を行ったのだ。
今年度、桃花台学園が掲げたスローガンは「プライド&コンフィデンス(誇りと自信)」。コラボパンのプロジェクトは、まさにそのスローガンを体現する取り組みとなった。
広がる反響と地域からの評価
「もも香るデニッシュ」の反響は、関係者の予想をはるかに超えるものだった。商品パッケージやチラシに印刷されたQRコードから、327件のアンケート回答が寄せられた。しかも、その回答は、販売された1都9県すべての県から届いていた。

「山梨にいらしたことのある県外の方が食べて、『桃の香りで山梨を思い出しました』とアンケートに書かれていたことが、特に印象に残っています」 (木村校長)
商品を通じて故郷を思い出す。それは、生徒たちが目指した「山梨の魅力を伝える」という目標が、達成されていることを示していた。
メディアの注目も大きかった。テレビニュースで取り上げられ、知事の試食シーンは県内外で話題となった。その影響は思わぬところにも及んだ。
「長らく音信不通だった高校の同級生が、Facebookで私を見つけて『テレビに出ていたね。パンを食べたけれど美味しかったよ』と連絡をくれて。とても嬉しかったです」
木村校長のこのエピソードは、商品の話題性の広がりを物語っている。教育関係者だけでなく、一般の人々の間でも「桃花台学園のパン」として認知されていたのだ。
実際の店舗での反応も印象的だった。生徒たちは自分たちの商品が販売される現場を見学し、購入者の様子を直接目にすることができた。
さらに、こんなエピソードもある。
「ローソンでたまたま店員の方が『これ、美味しいんですよね』とお客様に説明しながら販売しているのを目にしたとき、店舗の方にも商品を評価していただけているのだと実感しました」(木村校長)
発案者の飯久保さんも、「家族で何度も買いに行きました」と言う。自分のアイデアが商品となり、多くの人に愛されている。その事実を、家族と共に味わっていた。

卒業生からの反響も大きかった。6月に開催された同窓会では、参加者全員に「もも香るデニッシュ」を配布することができた。
関東地区の特別支援学校にも情報を共有し、多くの校長先生から「食べたよ」という報告が寄せられた。特別支援教育に携わる関係者にとっても、この取り組みは大きな励みとなったようだ。
広がる新たな取り組み
「もも香るデニッシュ」プロジェクトは、桃花台学園の新たな可能性を開いた。
「ローソンさんとは、食品分野での取り組みがきっかけで関係を築くことができました。今後も別の形で連携の機会があれば、積極的に取り組んでいきたいと思っています 」(木村校長)
すでに学校では、山梨大学などと連携し、VR技術を活用した農業教育も始まった。白菜の大きさを計測するVR体験や、将来的にはぶどうの剪定作業への応用も検討されている。
また、環境メンテナンスコースでは、甲府ビルサービス株式会社の協力を得ながら、ベッドメイキング技術の習得にも取り組む予定だ。観光が盛んな笛吹市の特性を活かし、宿泊業界への就職の可能性を広げる狙いがある。
そして、夢に向かって新たな挑戦が始まっている。
「特別支援学校にこそ水耕栽培を! 農業分野で活躍したい」と銘打ったプランだ。
水耕栽培ハウスなら、天候や猛暑にも左右されずに生徒たちが農業学習にいそしむことができる。デジタル技術を導入したスマート農業を実践して環境に優しい農業を実現することも期待できる。何より、軽度知的障害がある生徒たちにとって、年間を通じて何回も農作業を繰り返して経験を積むことが可能になる。
校内に設けた実験的な設備で、バジルやハーブ類、サニーレタスなどの栽培に挑み、本格的な導入を待っている。

このプランを応援したい方にお知らせがある。山梨県教育庁は、「やまなし職業系高校応援基金」を創設して県内企業に対して寄附を募っている。詳しくは、県のサイトを御覧いただきたい。
「生徒の可能性を広げるような取り組みを、これからも続けていきます」。木村校長は力強く語った。
文・稲田和瑛、写真・今村拓馬(クレジットのある画像を除く)


