「個々の力」から「オール山梨」へ。挑戦者を孤立させない「やまなし地域おこし協力隊ネットワーク」始動!

地域おこし協力隊の任期は最長3年。
山梨県は定住率75.9%(全国6位)という輝かしい数字を誇る。
一方で、「隊員や自治体がそれぞれに活動している」という実態も否めない。
多様な支援策が存在しても、点と点で分断されたままでは現場に届きづらい。
そこで、活動する隊員が孤立せずに自治体や支援機関とつながる媒介役として
「やまなし地域おこし協力隊ネットワーク」が設立された。

■この記事でわかること
✔ 高い定住率の裏に潜む、隊員と行政が抱えるリアルな課題
✔ 手厚い支援策が現場に届かない「情報の分断」という壁
✔「挑戦者を孤立させない」新ネットワークの役割

■おすすめ記事
・若手料理人とつくる「美食の地、山梨」――グルマン・エコノミーへの挑戦
・小さな子どもからお年寄りまで「縁」をつなぐ
・アイスクリームが降ってくる! 「未来の物流」が山村の空で始まった
・「丹波山村の日常は、都会の非日常」 関東で一番小さい村に全国から子どもが集まるワケ

結びつきのない環境が生む、3年後のリアルな不安

「リアルな話をすると、3年間で事業を作らなければ、『そのあと、飯を食う銭がない』のが現実です。シンプルに人生がかかっています。安定したお給料が3年後になくなる恐怖の中で、どうやって自分で事業を作り、生活できる収入を生み出していくのか。私自身も頭を悩ませました。初めて起業する人にとって、特にそのハードルは高いのではないでしょうか」

 元・韮崎市地域おこし協力隊OBの片上隆三さんは、隊員たちが抱える最大の不安を、生々しい言葉で代弁した。

ネットワーク設立フォーラムで壇上に立つ片上隆三さん(右から2人目)

 2026年3月3日、山梨県立スタートアップ支援センター(CINOVA Yamanashi)で協力隊ネットワークの設立フォーラムが開催された。第1部のクロストークでは隊員や元隊員らが、現場でしかわからない実情を訴えた。

 ファシリテーターを務めたネットワーク代表で隊員OBの小川悟さんは、会場に向けてこう語りかけた。

「定住率75.9%。素晴らしい数字ですよね。ただ、この数字からは見えてこない課題があるということに、2年間かけてアンケートや研修会を行う中で気づいたのです」

 小川さんは、都留市で活動していた自身の苦い記憶を打ち明けた。

「赴任した当初はすごく悩みました。地域にはいろいろな先輩方がいらして、『オガワくん、オガワくん』と面倒を見ていただき、教えを乞う機会はたくさんありました。でも、都留市などにも本当に親身に支えていただいていたからこそ、かえって『自分の将来のキャリアや事業計画』といった超個人的でシビアな話は相談しづらい部分があったんです。すごく大事なことなのに、気兼ねなく相談できる場所がなかったんですよね」

様々な課題が話し合われた設立フォーラム

 山梨県では、これまで多くの地域おこし協力隊を県外から呼び込み、2024年度には19の自治体で111名の隊員が活動している。その甲斐あって、山梨県における地域おこし協力隊の直近5年間の定住率は、全国平均の約69%を上回る75.9%(全国第6位)だ。数字だけを見れば輝かしい実績だ。しかし、その裏側には、隊員や自治体担当者らが抱える深い課題が潜んでいた。

 そこで発足したのが、県内の全市町村、および全協力隊員(OBOG含む)を支援対象とした「やまなし地域おこし協力隊ネットワーク」だ。

用語解説|地域おこし協力隊

都市部の住民が人口減少や高齢化が進む地方へ移住し、地域の活性化に取り組みながら、その地域への定住・定着を図る総務省の制度

「情報の分断」が現場を孤立させる

 隊員たちの悩みの背景には、支援と現場の間にある「情報の分断」がある。山梨県内には手厚い起業・就業支援の施策が存在するにもかかわらず、有機的なネットワークがないため、各地に点在する現場の隊員にまで情報が届いていないのだ。

「県には、地域課題解決型起業支援や新事業共創プラットフォームなど、素晴らしい施策がたくさんあります。県の担当者も熱意を持って発信してくれているのですが、現場の隊員にはなかなか伝わっていなかったり、存在すら知られていなかったりするんです」(小川さん)

有機的なネットワークの必要性を訴えマイクを握る小川悟さん

 こうした課題を解消し、情報発信やネットワーキング、相談、育成の場を包括的に整えるために立ち上がったのが、今回のネットワークだ。任期終了後の生計に対する不安を抱え込まないためにも、知っていれば活用できたはずの支援を見落とさないためにも、「事業計画書の作り方から学べるような場が、任期1年目から必要」と片上さんは力を込める。

「途中で『この事業では食っていけない』と気づいて方向転換を決断することって、一人ではすごく難しいんです。自分のやりたいことと社会のニーズがマッチしているのか、客観的に壁打ちできる相手が欲しいと悩む隊員は山ほどいます」(片上さん)

 しかし、着任して間もない隊員に、「3年後の自立」を見据えた計画性の重要性を伝えるのは容易ではない。さらに、協力隊の「3年後の出口」は決して一つではない。隊員が地域で暮らし続けるための幅広い進路を選び取れるよう、任期中から必要な情報や支援にアクセスできる環境づくりを進めていくことも、ネットワークの大切な役割となる。

「私はキャリアコンサルタントとしても活動しておりますが、研修でこの話をすると、会場がシーンとなってドン滑りするんですよね(笑)。耳の痛い話だからこそです。でも、だからこそ私たちが伴走して支援していく必要があると考えています」(小川さん)

担当者自身も制度を理解しきれていない

「情報の分断」が起きる背景には、県と隊員をつなぐ結節点となるはずの自治体側もまた、深い悩みを抱えているという実態がある。募集や採用方法での悩み、ミッション設定の難しさ、異動に伴う隊員把握、隊員との関係構築などが課題となっているのだ。

 自治体アンケートで担当者の最も多い悩みが「自分自身が協力隊制度の基本を理解できていない(41%)」という結果を踏まえて、山梨県市町村振興課の志村和哉主任は、行政側の深刻な現状を明かす。

「市町村で協力隊業務を主に行う職員は、平均わずか1.8名で多くが兼務です。制度のインプットに割く時間がなかなか取れないというだけでなく、半数以上の自治体が『他自治体との情報交換を全く行っていない』という現状があります」

 身延町産業課で隊員支援を担当する渡辺将太主査も、現場の手探り状態を率直に打ち明ける。

「行政は2、3年で異動があり、隊員との関係性を築いても人が変わればゼロからのスタートになりがちです。また、移住してくる隊員は人生をかけて来てくれていますから、画一的なマニュアルでは拾いきれない個別の事情があります。どこまでが地域協力活動でどこからが私的な活動なのかといった線引きも、日々話し合いながら手探りでルールを作っているのが現状です」

 こうした行政の疲弊や課題に対し、片上さんは「だからこそ、僕らのネットワークの出番です。行政の皆さんの労力を少しでも下げ、本当に必要な支援にパワーを注いでもらえるようサポートしていきたい」と力強く応じた。

点と点を結び、有機的な連携を生み出す「ハブ」へ

 点と点を結びつけ、有機的な連携を生み出す。その好事例として身延町の取り組みが紹介された。

 町の特産品「あけぼの大豆」の生産現場では、鳥獣被害に悩まされていた。そのお悩みの解決に一役買ったのが、一人の地域おこし協力隊員だった。

 彼は、行政とドローン専門業者、鳥獣被害の専門家との協定を実現し、ドローンを活用した鳥獣被害対策事業を進めている。

 彼がなぜ「ハブ」として機能することができたのだろうか。要因は、大きく2つある。一つは、彼自身が「やまなし地域おこし協力隊ネットワーク」のコアメンバーになったことからわかるように、「隊員が地域と外部を繋ぐことで、有機的な連携が生まれる」という意義を深く理解していたこと。もう一つは、地域に暮らす「住民」としての顔と、行政側に立つ「協力隊」としての二つの顔を併せ持っていたことだ。

「連携を生み出すマインド」と「独自の立ち位置」があったからこそ、彼は外部の専門業者と行政の間に立ち、両者の関係性をスムーズに繋ぐことができた。結果として、それぞれの強みが有機的に結びつき、一気に4者協定という具体的な事業化へと話が進んでいった。

フォーラムでは身延町の成功事例も紹介された

 今回発足した「やまなし地域おこし協力隊ネットワーク」は、隊員を地域と結びつけるだけでなく、より大きな支援の枠組みである県の事業や、日本政策金融公庫などの連携団体へと円滑に繋ぐ「広域のハブ」として機能することが期待されている。

「前も後ろも上も下もなく、全方向で繋がりを持ち、さまざまな支援機関の方々と連携を取りながら、必要な人へ支援を届けていく。これがネットワークの本当の役割になるはずです」(小川さん)

「オール山梨」で挑戦する人を一人も孤立させない

 クロストークの熱気を受け、出席していた長崎幸太郎知事からも、自治体の垣根を越えた画期的な方針が示された。

「受け入れる側が『3年後の出口』を念頭に募集することは大前提ですが、隊員の途中の方向転換も真正面から受け止めるべきです。もし活動内容が変わったのなら、市町村の枠に縛り続けるのではなく、行政間のネットワークを通じて『今の活動なら、こっちの村の方が合っているよ』と県内でマッチングし直すような柔軟さも必要です。オール山梨で、挑戦する人を一人残らず応援する体制を作っていきたい」(長崎知事)

盛況のうちに終了した設立フォーラム

 切実な本音が飛び交ったこの日の熱いクロストークは、山梨県の地域創生が「オール山梨」での取り組みへと進化していく、確かな第一歩となった。

文・黒川なお、写真・篠塚ようこ

関連記事一覧