山梨県、スタートアップ絶賛応援中!「完全バックアップ」の理由

山梨県がスタートアップ企業を応援している。
どんな応援体制なのか。
県にメリットはあるのか。
当事者の思いをたどっていった先に、
山梨県の未来像が、すこし見えてくる。

共通点が多い2つの医療系スタートアップ

 株式会社ヘッジホッグ・メドテックとアイリス株式会社。

 この2つの会社には共通点が多い。本社はそれぞれ、文京区と千代田区、東京の真ん中にある。代表取締役CEOが医師、つまりどちらも医療系の会社だ。そして山梨県リニア未来創造・推進課の齊藤浩志課長補佐(ビジョン推進・未来創造担当、冒頭の写真)とSlackでつながっている。この共通点を束ねているのが「TRY! YAMANASHI! 実証実験サポート事業」(以下、「トライやまなし」)だ。

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 リニア開通を見据えて山梨を選ばれる県にするため、社会課題の解決に取り組むスタートアップ企業を応援しようというプロジェクトだ。アイリスとヘッジホッグ・メドテックは3期目に選ばれた7社のうちの2社(応募は44社)で、2022年9月から23年2月まで実証実験を山梨県内で行っていた。

「うちの社員」みたいな県庁職員

 このプロジェクトの目玉は、1社につき最大750万円(補助率3/4)の資金援助だろう。Facebookでこの山梨県の事業を知って応募したというヘッジホッグ・メドテックの石坂洋旭CFOも「2021年創業の小さい会社ですから、助成金をいただけるのはすごくありがたいことでした」と振り返る。

 だが、実際に山梨県と付き合うようになって思うのは、資金より大きな「援助」があったことだという。「山梨県庁のリニア未来創造・推進課のメンバーが、まるでうちの社員であるかのように県内企業への働きかけに動いてくれた」(石坂さん)というのだ。

 ヘッジホッグ・メドテックは「治療用アプリ」を開発する企業だ。幾つかある事業のひとつとして、働く世代に多い「片頭痛」をターゲットにアプリなどのサービスを開発している。病院に行かずにやり過ごしている人も多いとされる片頭痛は、企業にとっても生産性を下げる要因になる。そこで従業員の片頭痛を的確にとらえ、治療に結びつけようというサービスで、山梨県ではそのためのデータ収集を行なった。

左から石坂さん、CEOの川田裕美さん、CSOの諸岡健雄さん。(写真は石坂さん提供)

※ヘッジホッグ・メドテック について詳しくはこちら

「単独なら1%」が、3ヶ月足らずで協力企業は3社に

 データ収集といっても、企業の社員にスマホを使って2週間、毎日簡単なアンケートに答えてもらうだけだが、協力してくれる会社に謝礼を出すわけではないので、スタートアップ企業にとっては、相手探しが至難の業だ。石坂さんはこう話す。「我々のような歩み始めたばかりの会社の場合、100社以上にお願いして、1社が協力してくれればいいほうだと思います」

 だが、今回は3ヶ月足らずで、株式会社アルプス、株式会社フォネット、豊前医化株式会社という山梨県内の協力企業が決まった。石坂さんが「片頭痛は若い人、そして女性に多い病気なので、そういう社員が多い会社だとありがたい」と説明をしたところ、すぐに候補となる会社が複数リストアップされた。が、それで終わりでないのが「トライやまなし」のすごいところで、県庁職員が会社に直接出向き、実験内容を説明し、了承を取り付けるというところまで助けてもらえたという。

「県庁の皆さんのプライベートのネットワークも含め、私たちとつないでくださった。仕事だからというのでなく、スタートアップ企業の事業に魅力を感じてくださっている。そんな県庁の方々と出会え、本当にありがたかった」

 3社約300人のデータが集まり、40人ほどの頭痛経験者がわかった。データをもとにサービスを改善するだけでなく、川田裕美CEOの学会発表にも活かしていきたいそうだ。

医学的調査に適している山梨県

 そして、アイリス。こちらは2017年に創業した。咽頭の画像を専用カメラで撮影、画像と問診情報などからインフルエンザの兆候を見つける「nodoca(ノドカ)」というAIシステムは22年に薬事承認を得ている。医師や患者からの信頼や納得感を高めるために、病院での使用時のnodocaの性能や課題を検証する場を求めていたそうで、山梨県職員と知り合いの社員から「トライやまなし」のことを聞き、すぐに応募した。

 アイリスは、新しい医療機器を作っている会社の責任として、データ集めをしている。東京から日帰りできる距離で、山梨県は人口構成が若者にも老人にも偏っていないから医学的な調査にとても適している――という説明をしてくれたのは、アイリスのPublic Relations担当の塩田祥大さんだ。

アイリスの塩田さん(手に持っているのがnodoca)

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夜遅くのMTGにも同席

 nodocaは、県内でも最大の基幹病院である山梨県立中央病院の救急・発熱外来と小児科で使ってもらえることになった。塩田さんは「医学的条件の良さはもちろんですが、それ以上に、十分以上のバックアップ体制でした。日常での熱意あふれる対応にとても感謝している」という。

 救急外来でnodocaを使っていると、ときにはトラブルが起きてしまうことも。毎週の病院とのミーティングは診察が終わった遅い時間になりがちだが、県の担当者が同席の上、ミーティング終了後も作戦会議。社員が現地に入る際にも同席し、夜まで作業に付き合ってくれた。そんな日々だったという。

県庁職員がSlack使うとは…

 そして、塩田さんが教えてくれたのがSlackだった。山梨県の担当者が全員使っていることに感動したという。冒頭でさらりと紹介したSlackはビジネス用のメッセージアプリだが、それを県庁職員が使っている「感動」を塩田さんの言葉で説明する。

 いわく、メールは「○○様 いつもお世話になっております」から始まる手紙文化。送る前に上司が確認する会社もあるぐらいで、送るにも返信するにも時間がかかる。その点、Slackはチャット文化。会話するように書き込み、誤字脱字も気にしない。お金がなく、時間が唯一の財産であるスタートアップは、スピード重視のSlackを使うが、県庁など長い歴史の大組織はそうではないはずなのに――。

「とにかく我々と同じスピード感で県庁の皆さんが反応してくださった。すごいスピードで実証実験が進んだのは、Slackで頻繁に意思疎通できたことが要因のひとつだと思います。コミュニケーションツールひとつをとっても、我々に寄り添ってくれる。そういう点にも熱意を感じました」(塩田さん)

山梨県にどんなメリットが?

 最後にリニア未来創造・推進課の齊藤さんに会った。すぐに、「齊藤さんのSlackには、いくつのチャンネル(ワークスペース)がありますか?」と聞いてみた。チャンネルというのは、相手ごとの専用スペース。答えは「50くらいはありますね。アクティブなのは、そのうちの十数個ですけど」。

 もうひとつ。ヘッジホッグ・メドテックとアイリスが東京の会社だということも尋ねた。両社からとても感謝されていることは、書いてきた。だが、山梨県にとって東京の会社を応援することが、どんなメリットになるのだろう? その疑問がずっとあった。

「イノベーション関係人口」増でブランド作り

 齊藤さんは「いろんな見方があります」と言って、そこから一気に答えてくれた。これまで、何度も尋ねられてきたからかもしれない。

「世の中の課題を解決するための新しいビジネスには、土台づくりが必要だ」

 まず齊藤さんはそう言って続けた。

「その土台作りのために、どこかの誰かが手伝うことが必要なら、その役割を山梨県が担うことには意味があると思っている。手伝った会社が来年、本社を東京から移すかといえば、そういうことにはならないかもしれない。だけど何もせずにリニアの開通を迎えたとして、山梨に拠点を作ろうという会社はないと思う。だからこの『トライやまなし』から成長した企業が増えていけば、『山梨県が挑戦させてくれたから』という評判が広がる。それがブランド作りにつながると考えている」

 齊藤さんの論は明解だ。さらにこう付け加えた。

「僕は『イノベーション関係人口』と勝手に呼んでいます」

 語源は総務省が提唱している「関係人口」。地域活性化を長い目でとらえて生まれた概念なのだろう。移住者でもない観光客でもない、地域と多様にかかわる人を指すのだそうだ。「トライやまなし」でつながった企業が大きな輪になって、山梨の活力がいずれ必ず上がる。

「だって、何も関係性のないところに行く企業がありますか?」

 齊藤さんは、私にそう尋ねた。その問いの答えは、石坂さんと塩田さんの言葉にあるのだと思う。

文・矢部万紀子、写真・今村拓馬

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