データ活用し収量2倍、3倍へ 動き始めた「山梨版・農業革命」
九州ほどの国土面積で農産物輸出額が
米国に次ぐ2位の国があるのをご存じだろうか?
その国はオランダ。
「デ―タ農業」を展開して小さな国が高収益を上げている。
そんな成功例を山梨県が黙ってみているわけがない。
長崎幸太郎知事の「わが県でも、このような取り組みができないか」
という一声で始まった試みが実を結ぼうとしている。
目次
高齢化や異常気象を「データ農業」で克服せよ
農業生産に気象や生育・収量などのデータや情報をフル活用し、高い品質を維持しながら生産性の飛躍的な向上を図るのが「データ農業」だ。
山梨県は、恵まれた自然条件や大消費地に近い地の利も生かして、生産量日本一を誇るブドウ、桃、スモモをはじめ、野菜の栽培も盛んだ。しかし、近年では農業従事者の高齢化などにより、担い手が不足している。さらに、大雨や台風、猛暑などの異常気象の影響により、果樹や野菜の生産量を頭打ちにしていることもあり、「データ農業」の取り組みを進め、こうした事態を打開したいという狙いもある。
ハウスでの栽培は、これまでも行われてきた。データ農業と従来のハウス栽培では、一体何が違うのか。山梨県農政部農業技術課の新技術推進監・武井森彦さんはこう説明する。
「これまで、ハウスのことは『温室』と呼ばれてきました。これは、温度管理がハウス栽培における主な目的だったからです。しかし、データ農業先進国のオランダが研究したことによって、温度も重要であるが、さらに重視すべき条件があることがわかりました。それが『光』です」
データ農業先進国・オランダの研究はハウス栽培の考え方を根底から変えた。
植物は光合成をして、葉から実に糖を蓄える。収穫量や甘さの源は、すべて光合成によって得られる。データ農業の核心は、光の効果的な利用や、光合成に必要な炭酸ガス、水の適切な管理をすることにある――ということに変わったのだ。
山梨県は、実は施設栽培に適していて、データ農業を展開するのに有利な土地だということもわかってきた。
「山梨県は日照時間が非常に長いという特徴があり、十分な光が得られますので、ハウス内部の環境を整えることさえできれば、光合成が盛んに行われ、安定した生産が期待できるんです」(武井さん)
データ農業を活用することで、山梨県の優位性をさらに活かし、高品質かつ多収な農業が実現するのだろうか。その実証を進めている山梨県の2ヶ所の試験研究施設を訪ねた。
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つるがグルグル、キュウリが増産
甲斐市にある山梨県総合農業技術センターでは2022年度からデータセンシングを活用した施設キュウリの増収技術の確立に向けた試験を実施している。現在行っているのは、施設内での養液栽培だ。土の代わりにロックウールを培地としたものや、培地を使わない水耕栽培など、さまざまな条件で試験栽培を進めている。養液の管理やCO₂の施用方法、栽培方法の改良、品種の選定など、増収に向けた試みは多角的だ。
養液栽培と言えばトマトが有名だが、技術がある程度確立したため、栽培面積が増えて出荷量も増加。近年では価格が下落する傾向がある。
「養液栽培が全国的にほとんど行われていないキュウリであれば、安定した価格で出荷できると考え、キュウリの養液栽培にチャレンジしています」(総合農業技術センター・栽培部の研究員・志村貴大さん)
これまでキュウリの養液栽培が行われてこなかったのには、理由がある。キュウリはトマトと違い、根が浅く広がる性質をもつため、養液の量や施設の大きさに制約のある養液栽培には適していないとされていたのだ。しかし、さまざまな試みによって、この問題をクリアしつつあるという。
「まず、養液栽培に適したキュウリの品種を見つけ、導入することとしました。また、主枝を摘心し、子づるを横に広げていく従来の栽培方法(摘心栽培)ではなく、子づるを主枝として、ハウスの軒高を活かし、上方向に伸ばす栽培方法(蔓下ろし栽培)により、高密度でキュウリを植えることができるようになりました」(総合農業技術センター・研究管理幹の赤池一彦さん)
この栽培方法では、親づるを摘心したのちに出てくる子づる2本を主枝として上へ伸ばし、孫づるは摘心する。一方で、育ったつるは斜め下に下ろしていく。すると栽培を続けるうちに、下ろしたつるが栽培装置を取り囲んでいくようになりながら、次々と収穫されるという不思議な光景が現れる。
従来の摘心栽培は、子づるや孫づるを程よく育成させるため、どのつるや葉を残してどれを剪定するかといった選別眼が必要になる。一方、つる下ろし栽培は、こうした目利きを必要ないため、一般の農家にも導入しやすい。
収量アップの技術を県内の農家へ伝えたい
従来のハウスは、頑丈な一方で柱や梁が光を遮るため、光の透過率は最大でも65%だと言われている。しかし、最近のデータ農業で使用されるハウスは、柱や梁を細くし、ハウスの軒を高くし採光性をアップさせている。
また、ビニールシートなどの使用資材も光を透過したり反射したりする素材のものが使われ、ハウス内は非常に明るい。
このように、時代とともにハウスの技術は大きく進化している。
「とはいえ、現場の農家では、軒が低いハウスでの土耕栽培が多く、全ての農家がすぐに軒の高いハウスの導入とはならないため、試験場で得たデータを実際の農家さんの設備で活かせる形にして技術提供していくことも、今後の課題です」(赤池さん)
県内でのキュウリ施設栽培では年に2回作付けが行われている。県全体の平均収量は10アール(1,000㎡)あたり年間16トンだが、環境制御や栽培方法の改善などを通じて、年間50トンにまで引き上げるのが目標値だ。
「この目標値は、あくまでもどこまで収量を伸ばせるか、という値です。個々の農家のみなさんにはそれぞれの経営方針や事情があります。県が何をどうすればどこまで収量が上がるのかを把握したうえで、その中から、それぞれの農家のみなさんに取り入れられる技術をお伝えし、できる範囲で収量アップをしていただきたいと思っています」(赤池さん)
総合農業技術センターでの2023年の収量は、県平均収量の約2.8倍の44トン(10アールあたり)を確保した。目標値50トンは現実味を帯びてきた。
シャインマスカットは倍増なるか
一方、山梨県が誇るシャインマスカットでも「データ農業」を活用した増収が期待されている。
県内のシャインマスカットは露地栽培が主流だが、データ農業の取り組みでは、ハウス栽培にも注目しているという。
現在、山梨県の施設栽培のシャインマスカットの年間平均収量は約1.3トン(10アールあたり)だが、倍増を目標にしている。6月中旬に山梨市の果樹試験場を訪ねると、試験栽培されたシャインマスカットが収穫までもう一息という状態で実っていた。果樹試験場研究管理幹の曽根英一さんはこう話す。
「昨年からデータ収集を始め、まずは3年分のデータを蓄積することにしています。シャインマスカットは果樹の中でも、食味良好で食べやすいことなどから、消費者から絶大な人気を誇っています。輸出の主力品目でもあり、世界的に高品質だと評価されています。
農家のみなさんには、品質の高いものを安定的に多く収穫し、国内市場だけでなく積極的に世界市場に進出していただきたいと考えています。」
ハウス栽培は、温度調節によって収穫時期を早める栽培ができる。露地栽培より早く市場出荷できるため、高い価格での取引が期待できる。しかし、冬にブドウを育てるには、夏に栽培するのと比べて日照時間が問題になってくる。
シャインマスカットに太陽の光は欠かせない。晴れた条件下で良い品質のブドウが収穫できる。しかし、本来の生育期ではない冬に育てると、植物のホルモンや日照時間の短さなどの影響で、果粒が小さく糖度が上がらないなど、さまざまな障害が起こりやすくなる。
「これらの課題を解決することができれば、収量が大きく向上します。夜間に光を当てる『電照栽培』の手法を取り入れ、果粒を大きくする試験にも取り組んでいます。まだ試行錯誤の段階ですが、環境条件をモニタリングしながらベストな方法に近づけるよう取り組んでいるところです」(果樹試験場栽培部の主任研究員・宇土幸伸さん)
収量だけでなく品質も研究
シャインマスカットは日本で育成された品種で、全国の都道府県で栽培が可能だ。農林水産省の統計によると、露地栽培は全国のほとんどの都道府県で行われており、ハウス栽培では山梨をはじめ岡山、長野、山形、島根などが主要産地として知られている。
「果樹は野菜と比べ、品質に大きな差が出やすい。収量だけでなく品質でも、山梨県が上位に立てるようにしたいと考え、研究に取り組んでいます」(曽根さん)
「第一に重要視しているのは、やはり味です。現在、糖度18度以上を目標にしています。成熟期が梅雨にあたるハウス栽培では、ブドウの糖度が上がりにくいという課題があるのですが、これに対して一定の水分ストレスをかけつつ、ハウス内の過剰な湿度を低下させる、マルチ敷設・ドリップかん水栽培方法を試験し、高糖度化できることを明らかにしました。
また、高価な果物ですので外観も重要です。サイズ、形状、粒揃いなど、さまざまなポイントがありますが、なるべく多くの良質な果実を生産できるようにしようと努力しているところです」(宇土さん)
果樹試験場での2023年の収量は、県平均収量約1.5倍の2トンを確保した。施設シャインマスカットも目標値の2.6トンが現実味を帯びてきている。
露地栽培でもノウハウや経験を「見える化」
施設栽培に加え、露地栽培のシャインマスカット、ナスについても篤農家(とくのうか※)の匠の技術を見える化するため、データ農業に取り組みを始めている。
収量をアップさせるためには、いかに1枚1枚の葉にしっかり光を当てられるかが重要になってくる。これは、ハウス栽培に限らず、露地栽培にも言える。
「露地栽培でも、葉がしっかり光合成することがとても大切です。葉の数に対して実がどのくらいつけばいいか、また、光合成能力の高い新しい葉が効率よく出てくるためにどう管理すればいいか、篤農家は経験で知っています。そのノウハウを数字化・見える化するために、篤農家に協力していただいて、記録を取っているところです」(武井さん)
※篤農家:高い技術や知識を持ち、熱心に取り組む農家のこと
2022年度から始まった「山梨版・農業革命」。そのチャレンジの成果は、2024年度には明らかになる。
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文・稲田和絵、写真・山本倫子