伐って、使って、植えて、育てる 花粉症対策と森林資源の有効利用は進むのか

国民の約4割が発症していると言われるスギ花粉症。
2023年5月、国は花粉症という社会問題を解決するための道筋として
「花粉症対策の全体像」を打ち出した。
その主な対策は、スギ人工林の伐採・植替えを加速化することだ。
とはいえ、対策を打ち出すのが国であっても、それを実行するのは各都道府県だ。

実は、山梨県の花粉症発症率は全国No.1という調査結果もある。
県内での花粉症対策への取り組みはどうなっているのだろうか。

◼️この記事でわかること
✔ 林野庁がスギ花粉発生源対策推進方針を改訂し、山梨県はさらに高い目標を掲げて対策に乗り出している
✔ 輸入木材の価格上昇により、いまでは輸入木材より安い国産木材もある
✔ 東京圏へ山梨県から花粉が飛散していることや地理的な繋がりから、東京都との連携も検討している
✔ 山梨県では花粉発生源対策にもつながる林業のコスト削減や収益アップに取り組んでいる

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スギ花粉発生源対策

 2023年12月、林野庁では「花粉症対策の全体像」を踏まえ、スギ花粉発生源対策推進方針を改訂し、10年後に花粉発生源となるスギ人工林を約2割減少させること、30年後には花粉発生量を半減させることを目標に掲げた。

 花粉発生源対策として打ち出されたのが主に次の3つだ。

1 スギ人工林の伐採・植替え加速化

 人口の多い都市部周辺において「スギ人工林伐採重点区域」を設定し、スギ人工林の伐採・植替えを効果的・集中的に実施。

2 スギ材需要の拡大

 建築物へのスギ材利用の促進を幅広く呼びかけるとともに、国民への理解の醸成を図るための普及活動の実施。

3 花粉の少ない苗木の生産拡大

 花粉の少ない苗木の生産の拡大やその苗木が植栽されるように普及活動の実施。

「国の方針を踏まえて、山梨県では、対策の重点区域を指定し、同区域から甲府盆地や東京圏へ⾶散する花粉量を半減させることを目指し、伐採⾯積を10年間で3倍に増加させることを目標としています」

 そう説明するのは、山梨県林業振興課課長補佐の早川高志さんだ。花粉発生源対策の目標として、山梨県はかなり高い目標を掲げている。

山梨県林業振興課課長補佐の早川高志さん(撮影・今村拓馬)

木が使われなければ対策は進まない

 花粉発生源対策といっても、スギをただ切って花粉の少ない苗木に植替えればいいというわけではない。切ったものは使わなければならない。早川さんは「木材需要の拡大にはこれまでも取り組んできています。花粉発生源対策のため、さらに需要を増やす必要があり、これが最大の課題と感じています。」と悩ましげに語る。

 そもそも、戦後大量にスギが植えられたのは、次のような理由だ。戦時中から戦後の復興期にかけて、木材の需要が急増。多くの山林が伐採され、ハゲ山となった。その結果、洪水や土砂崩れなどの問題が頻発した。こうした状況を改善するため、木材としての利用しやすさと成長の早さ、そして造林技術が確立されていたスギが植林された、という歴史的経緯がある。

 現在、伐採できる時期を迎えているスギの多くは、昭和30年代に植えられたものだ。当時は外国からの木材輸入が少なく、国内市場で木材が不足していたため、売れ行きを心配する必要はなく、木を切れば必ず売れると考えられていた。

 しかし、その後の経済や生活の変化により、国内の林業は低迷し続けている。海外から大量に輸入された安価な木材も、国内林業を苦しめる大きな要因となった。

 2020年、事態は一変する。コロナ禍で家にいることが増えたことにより、北米での住宅需要が急増。輸送の停滞の影響もあり、世界的に木材が不足し、価格が高騰した。いわゆる「ウッドショック」だ。現在は収束したが輸入木材は元の価格までは下がらず、いまでは輸入木材より安い国産木材もあるという。

「国産材の製材品、合板、集成材などについては、価格面で輸入材と競争できるようになってきました。しかし、『輸入木材は安く、国産木材は高い』というイメージが定着してしまっています。国内産の木材が高くないことを周知し、広く国産木材、そして山梨県産木材の利用を呼びかけていこうと、今、準備しているところです。特に東京圏へは山梨県から花粉が飛散しているといった報告もあり、木材を使うことで花粉が削減できることを発信し、木材の大消費地での需要拡大につなげていきたい」(早川さん)

 また、公共施設についても、木造建築の良さをアピールしているところだ。目指すのは「地産地消」。建築技術の向上により、木造でも一定の高層建築が可能になってきた。

 県内では、身延町の町立身延中学校で木造の新校舎がこの3月に完成した。2016年度に久那土中学校、下部中学校、中富中学校、身延中学校の4校が統廃合して新生の身延中学校となった。地元の木材を利用した校舎で生徒たちに学んでもらいたいというのが関係者らの願いだ。

木造で建築された身延中学校

山梨県の取り組み

①花粉の少ない苗木へ転換

 木材利用の拡大のほかにも、県内では花粉の少ない森林づくりに向けて、さまざまな取り組みを始めている。

 木を伐採した後は、花粉の少ない苗木への植え替えが進められている。スギについては以前から取り組みが行われており、ヒノキについても花粉の少ない苗木の使用が始まった。

花粉の少ないスギの苗木

 花粉の少ない苗木の種を取るための、母樹(ぼじゅ)を植えた採種園がある。そこで採取された種から、花粉の少ない苗木を育て、スギ・ヒノキ伐採跡地に植栽している。いまでは、県内で生産されるスギ苗木は、全て花粉の少ない苗木だ。

②造林の低コスト化

 伐採後に植栽が行われるよう、コスト削減の取り組みとして進めているのが「低密度植栽」だ。従来は1ヘクタールあたり3000本ほどの苗木を植えていたが、その本数を半分程度に減らしている。この低密度植栽によって、苗木代のコストが半減するだけでなく、植える手間も半分になり、また、将来的には間伐の回数も減らすことにもつながることとなる。

 ほかにも、木を切って整地し、新たに植えるという流れを一貫して行う「一貫作業システム」を採用している。木の伐採と伐採後の整地をする重機を共用したり、丸太運搬用の機械で苗木を運搬したりすることなどにより、効率化とコストダウンを図る。

③山に残していた木材をバイオマス発電に活用

 また、コスト削減だけでなく、収益アップについても取り組んでいるところだ。

 いままでは主要な丸太部分だけを搬出して製品化し、先端や根元の曲がった部分は山に残していた。しかし、こうした端材についても、県内3つの木質バイオマス発電所に運んで燃やし、電気や熱に変換する取り組みが行われている。

甲斐市にあるバイオマス発電所(甲斐双葉発電所)

④都市部との連携

 山梨県から飛散したスギ花粉が東京圏にも影響を与えているといった報告があることや、多摩川流域の源流が山梨県内にあり、丹波山村や小菅村などには、東京都の水道水源林が存在していることなどの繋がりから、東京都との連携も検討している。

「まずは情報発信などから、一緒に進めていけないかと話し合っているところです」(早川さん)

 ウェザーニュースは花粉症の発症率や対策の実態を調査し、その結果を今年1月に発表した。それによると、利用者に「あなたは花粉症ですか?」と質問したところ、10,567人からの回答があり、都道府県別にみると、最も花粉症の方の割合が高かったのは山梨県で63.1%にのぼったという。

 戦後にスギを植えた時は、花粉が問題となるとは誰も考えていなかったはず。

 苗木を植えて、伐採するまでに数十年を要する林業は、長いスパンでの事業展開を構想しなければならない。そうした中で、日本の林業が、花粉症という「伏兵」のために対策を余儀なくされている。森林王国・やまなしでも、関係者の苦闘が続く。

※文中の肩書は取材当時のものです

文・稲田和瑛、画像はクレジットのあるものを除いて山梨県提供

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