アイスクリームが降ってくる! 「未来の物流」が山村の空で始まった

多様な人財が交流する場をつくりたい。
雇用の場を増やし、
住む人の所得アップにつなげたい。
そう考えた山梨県がスタートアップ企業の支援を始めた。

訪ねた山村には、社会課題の解決にチャレンジする人たちが集まっていた。

空飛ぶ「クモ」

 2022年10月14日、人口666人(4月1日現在)の小菅村に人があふれていた。そこはNEXT DELIVERYのドローンデポ(デポは小型の物流拠点のこと)で、県内外からの見学者が30人ほど。会社関係者もいれればゆうに40人を上回り、もとは商店だったという小さめの事務所に入りきれず、県道にまで人がはみ出した。山梨県の実証実験サポート事業のもと、今日も活動中。そんな場所だ。

 え、NEXT DELIVERY? 実証実験サポート事業? はい、説明していきます。

 まずはドローン、クモのような形で空を飛ぶあれだが、それを研究開発する「エアロネクスト」というスタートアップ企業が東京・恵比寿にある。その子会社がNEXT DELIVERYで本社を小菅村に置き、空から村民に荷物を届けるビジネスをしている。本社=拠点=ドローンデポ。

 ビジネスはこんな流れだ。

①利用者がLINEか電話で商品を注文

②スタッフが商品(ドローンデポ内の冷蔵庫などにある在庫、なければ近隣のスーパーで購入)を揃える

③専用ドローンに搭載、飛ばす

④村内5カ所のドローンスタンドに到着

⑤スタンドにいるスタッフが利用者に渡す。

「新たな価値を生み出す企業がいっぱいある山梨県」

 荷物が空から飛んでくるこのビジネスに注目したのが、山梨県のリニア未来創造局。「リニアの通る山梨を魅力的な県にしよう」という趣旨で2021年に始まった「TRY! YAMANASHI! 実証実験サポート事業」の1社に、エアロネクストを選んだ。「新たな価値を生み出す企業がいっぱいある山梨県」をめざし、スタートアップと企業1社につき事業費の3/4(上限750万円)を助成するなどの支援をする。

 志ある人々が集まり、常に新しい価値を生み出そうとする状態を山梨県につくり出せば、結果として、「挑戦を歓迎してくれる山梨に行けば、サクセスに近づける、夢がかなう」というような評判がたつ――ということで、この事業を始めた。将来的には山梨を「あらゆる挑戦のテストベッドの聖地」に進化させたいという。

 県はエアロネクストに上限額の750万円を支援。エアロネクストはこの助成金で順調なスタートを切ることができた。

 過疎地の物流は、全国的に大問題だ。効率が悪い上、脱炭素社会にも逆行する。だからNEXT DELIVERYは注目の的で、関心を寄せる自治体や会社が後を絶たない。そこで10月14日、「ドローン飛行配送の見学&説明会」が開かれた。

事業を支えるマルチな人は元地域おこし協力隊員

 ここで森弘行さん(41)に登場いただく。NEXT DELIVERYでの肩書きは「SkyHub®️小菅村リーダー」。14年4月、地域おこし協力隊の一員として小菅村にやってきて、今ではNEXT DELIVERYの他に小菅村に醸造所があるクラフトビール会社FAR YEASTの経営室長もし、自身で立ち上げたITで村内外の事業支援をするLOCAL WORK NEXTの代表取締役でもあり、中央大学で講師もしている。

 こんなマルチな森さんがいたからNEXT DELIVERYは小菅村にやってきたし、全国から注目されるようになった。山梨県リニア未来創造局の担当者は皆、そう口を揃える。

 東京都国立市出身。理系の大学院を卒業後、システムエンジニアになった。有名な大企業のシステム設計をしていたが、東日本大震災をきっかけに「何のために働いているんだろう」と考えるようになり、ソーシャルビジネスに興味を持った。ビジネススクールやNPOなどで学び、「地域おこし協力隊フェア」で「いいな」と思ったのが小菅村だった。

「ドローン飛行配送の見学&説明会」で説明する森さん(右奥で立っている人)

 自動車なら国立から1時間半で着く近さ、それなのに都心とはまるで違う山深さ、そして大好きな温泉がある。協力隊員になったのは、起業するのに適した場所という考えもあってのことだ。それまでの経験から「移住して仕事を成立させる目標があるなら、地域おこし隊員は1日目から全力投球で取り組まなければ」と考えていた森さん。村民のスマホやパソコン周りのことをすべて無料で引き受けた。

突然の連絡から3週間で協定締結

 同時に県内のさまざまなイベントにも顔を出し、知り合ったのがエアロネクストの役員。笛吹市出身でコンサル会社も経営し、やまなし縁結びサポーターとして婚活イベントを開催していた。そこに参加したのが、協力隊員2年目の森さん。役員とFacebookで友だちになった。20年8月、その役員から突然メッセージが届く。「山梨県でドローンを飛ばす場所を探している。今からオンライン会議に参加して」と頼まれ、森さんはそのまま参加した。

 当時のエアロネクストは、ドローン技術の研究開発のため飛行実験の場として中国を考えていたが、コロナ禍で頓挫。代替地として検討したのが、山梨・丹波山村。つてがないので、隣の小菅村に住む森に役員が連絡、そこから候補地は小菅村に変わり、4日後には同社の全役員が来村。森さんのアテンドで社長と村長が面会したのが17日後。「何でもやってやろうという村長」(©️森さん)はすぐに賛同、子会社設立の協定が結ばれた。森さんにメッセージが来たわずか3週間後だった。

 翌月から村民説明会を開始、森さんは「危険性と騒音」という2つの心配事について「落ちない機械を作っていて、それが頭上ではなく山沿いを飛び、草刈機くらいの音を出す」と丁寧に話していった。21年1月にNEXT DELIVERYが設立され、4月から配送が始まった。無償だったが11月から有償に(1回300円)。以来、22年10月までにドローン配送が284便も行われた。陸路による買い物代行業もしていて、こちらは同じく731回。支えているのが森さんの人脈だ。

大学在学中に村営住宅に移住、今は正社員

 ドローンデポのスタッフ成田実穂さん(23)は、中央大学2年生の時に森さんの特別講義を受け、授業の一環で小菅村を訪ねた。将来は地元・長野県須坂市で起業したいと考えていたこともあり、スタートアップに興味を持ち、ドローンデポのアルバイトに応募したのが3年生の終わり。4年生の時はコロナ禍で授業がほぼオンラインになったので、7月からは村営住宅に住むことにした。現在はNEXT DELIVERYの正社員だ。

 ドローン配送サービスの名物が、荷物と一緒に届く成田さんからの手紙。「こんにちは!」から始まり、注文へのお礼、それからのちょっとした一言に成田さんらしさがにじむ。「家のすぐ近くまでお届けできるようになりましたがいかがでしょうか?」というのはドローンスタンドが増えた時、FAR YEASTの缶ビールに添えられたのは「まだまだ暑い日もあり、ビールのおいしい季節は続きそうですね」。

成田さんが送る名物の手紙(成田さん提供)

「外から来た人間が始めたことだから、少しでも顔が見えるものにしたくて」と成田さん。

現在、NEXT DELIVERYは福井県敦賀市や北海道上士幌町などでもドローン配送を始めている。デポの運営ノウハウを持つ成田さんは各地で引っ張りだこで、出張続きの毎日だ。

とっつきにくかったドローンが「便利」に

 もう1人の支え手は、藤木嘉さん(82)。森さんを「森ちゃん」と呼ぶ間柄。ドローンの取材があるたびに駆り出され、写真や映像にも映る。「NHKの全国放送の時は、昔の知り合いから電話が来てまいったよ」と藤木さん。

 初めてドローンの話を聞いた時の印象は、「とっつきにくいよね」。そもそも移動販売車も来るし、村営バスを使って大月市まで買いにも行けるから、免許返納した今でも買い物にはさほど不自由してない。でも、今は「(ドローンは)あれば、便利だよ」。暑かった夏に重宝したのが、遠方から運ぶと溶けてしまうアイスクリーム。何度くらい頼んだかと尋ねたら、「数えきれないよ」が答えだった。

大月の大型スーパーまで約40分かかるので、アイスクリームや冷凍食品が人気

分厚い航空法の壁

 最後に再び森さん。これからのドローン配送についてどう思っているのだろう。

 森さんが最初にあげたのが、航空法の壁だ。1台につき運航に3人が必要で、運べる荷物が5キロまでなどの決まりがある。だから1件ごとに注文を受け、配送料を得るという小菅村モデルで黒字化するのは難しい。エアロネクストはKDDIなどからの投資を受けつつ、各地で実験を進めている。そして村内でも効率化を考えている、と森さん。

森さんの自宅は、以前は旅館だったという

 たとえばキャンプ場への配送、村でひとつだけある遠く離れた地域への集約配送、そして成田さんら地元スタッフを運航技術者とする教育などで、その目処は今年度中に立てたいという。

 実は森さんが住んでいるのは、「村でひとつだけある遠く離れた地域」。ドローンデポから車で20分かかるが、上野原インターチェンジまでは30分。目の前にどーんと山が見えて部屋数は11室、家賃は格安。「もう、最高ですよね」と森さん。妻でイラストレーターの果の子さん(30)とは小菅村で知り合い、21年に長男の義弘ちゃんが生まれ、1つになった。

移住者が増えて村営住宅が足りない!

森さんと妻の果の子さん(30)、長男の義弘ちゃん

 山梨県リニア未来創造局の齊藤浩志さんは、「地域おこし協力隊から定着してくれた人は、地元活性化のキーマンになる。小菅村の森さんはその代表で、彼のような地域で核となる人材を探すのも行政の大事な仕事の一つだと思っています」と語る。

 その言葉通り村内に根を張り、協力隊員だったころの想像を超えた忙しい日々を送る森さん。気がかりなことといえば、地区の子どもが義弘ちゃんだけということ。だが小菅村は少しずつ移住者も増え、村営住宅が足りないほど。だからゆっくり考えていこう。森さんはそう思っている。

文・矢部万紀子 写真・小山幸佑


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