「移動式地域食堂」においでよ! 孤立する高齢者を「食」を通して見守る 

高齢化が急速に進み、一人暮らし世帯が増えていく――。
この静かな危機に対し、山梨県は「食」という最も身近なフックを使って、
地域コミュニティの再構築に挑み始めた。
その名も「移動式地域食堂」。
キッチンカーが運ぶのは、「温かくておいしい食事」だけではない。
地域の人が気軽に集まり、多世代が交流できる「居場所」だ。

■この記事でわかること
✔ 山梨県内では全国平均を大きく上回り、高齢化が急速に進んでいる
✔ 温かくておいしいご飯で高齢者の「心と体の健康」をサポートする
✔ 子ども食堂との連携など「多世代交流」も見据える取り組みだ

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「500円」に込められた思い

 2026年1月下旬。よく晴れた空の下、昭和町西条二区の公民館前にはキッチンカーが到着していた。「移動式地域食堂」だ。漂ってくるのは、この日の一押しメニューである「出汁カレー」の食欲をそそる香り。午前11時を回り、公民館の中で「百歳体操」をしていた高齢の女性たちが外に出てくると、キッチンカーの前に並び始める。小さな子どもを連れた近所の親子も何組か集まってきた。

 移動式地域食堂は、山梨県が今年1月から6月まで続けるモデル事業。富士川町と昭和町の二拠点で、それぞれ月2回のペースで実施する。

昭和町西条二区の公民館前で開かれた初めての移動式地域食堂

 食事代は一食500円。無料の炊き出しではなく、あえて「対価を払う」設定にしている。

 この点について、山梨県健康長寿推進課の秋山侑大さんは次のように語る。

「無料にしてしまうと、『福祉的なサービスを受けている』という特別感が出てしまい、かえって足が遠のく方もいらっしゃいます。『お金を払って食事に来ている』という建付けにすることで、誰もが気軽に参加できる場にしたかったのです」

 その狙いは的中しているようだ。会場にいた85歳の女性は、元飲食店経営者で、普段はグラウンド・ゴルフをたしなむ。そんなアクティブな彼女は、娘からこう言われたという。「地域のためにお金を使ってきなさい。500円玉を持って行ってきなさいって(笑)」 。500円という価格設定によって、かえって気負わずに参加できる効果が出ているようだ。有料にすることで、事業の持続性にもつながる。

なぜ、「移動式」なのか

 県はあえて、キッチンカーという「移動式」のアプローチを選んだ。

 背景には、山梨県特有の切実な事情がある。県内の高齢化率は31.9%と全国平均を大きく上回り、一人暮らしの高齢者は約6万8千人に達している。特に深刻なのは、今回のモデル事業地の一つである富士川町を含む「峡南地域」だ。この地域では、孤独を感じる人の割合が40.5%と県内で最も高い。秋山さんは次のように危機感を滲ませる。

「冬場は特に、山間部では車がないと移動が難しく、どうしても家に閉じこもりがちになります。この現状を打破するには、待っているのではなく、こちらから地域に入り込む必要がありました」

山梨県健康長寿推進課の秋山侑大さん

 孤立は「孤食」を生み、栄養バランスの乱れや心身の衰えを加速させる。そこで考えられたのが、キッチンカーを活用した移動式地域食堂だ。食事をきっかけに、高齢者が家から出て地域の人と言葉を交わす。ついでに保健師による血圧測定や「フレイル(虚弱)チェック」などの健康相談も受けることができる。県民の「心と体の健康スポット」になることがこの事業の狙いだ。

提供メニューは「出汁カレー」

 提供されるメニューにも工夫が凝らされている。富士川町では「豚汁うどん」、昭和町では「出汁カレー」。冬場に不足しがちな水分を補給することができ、野菜と肉がバランスよく摂れる温かいものを用意した。また、衛生管理を徹底し、食中毒リスクを回避するため、調理はプロのキッチンカー事業者に一元化した。

さりげない「見守り」

 キッチンカーの前には、食事の提供を待つ人の列ができていた。その様子を見て、秋山さんは「実はこの『並ぶ』という行為自体の効果が、発見でした」と話す。昭和町より少し前に実施された富士川町では、もっと長い列ができていたが、参加者たちは文句を言うでもなく、楽しそうに順番を待っていたという。

「5分、10分と立って待つことができるのは、身体機能が保たれている証拠です。家から歩いてきて列に並ぶこと自体が、実は良い運動や活動量の増加の機会になっているのです」

 運営スタッフや保健師は、こうした参加者の動作をさりげなく見守っている。積極的に「支援しますよ」と声をかけることはしない。その代わり、食事を受け取って席に着くまでの歩き方で「足がふらついて転びそうではないか」を確認し、食事中に「むせ込み」がないかを観察する。

 毎回同じ地域を回るからこそ、「季節に合わない服を着ている」「服装が乱れている」といった変化から、参加者の異変を早期に察知することもできる。そして、「最近どうですか?」と自然に健康相談へとつなげていく。

大人気の健康相談

「元気な人」しか来ない? 見えてきた課題と展望

 モデル事業は、あえて対照的な二つの地域で実施されている。高齢化率35.7%の山間部である富士川町と、19.7%で“県内一若い”都市部の昭和町だ。

 1月から6月にかけて、半年間の定点観測を行っていく予定だ。2か所で移動式地域食堂を始めたところ、それぞれの地域性の違いが見えてきた。

「一番の驚きは、男性の参加率の違いでした」 と秋山さんは語る。富士川町では夫婦での参加や男性単身での参加も見られた。引きこもりがちな男性が外に出るきっかけになったことは大きな成果だ。

 一方、昭和町では、男性はちらほらとしか見かけない。食事を購入した女性30人に聞くと、夫婦での二人暮らし世帯は12人いた。しかし、そのほとんどが「夫の分はテイクアウトで」と持ち帰る選択をしていた。「『俺は行かない』って言い張って。畑仕事とかには出かけるけど、なかなかこういう場には来ないんです」と79歳の女性は苦笑していた。

昭和町では参加者の大半が女性だった

「富士川町のような地域では、昔ながらの近所付き合いが濃く、知人に誘われて来る方が多い。会場でも知らない人同士で自然に会話が生まれます。対して都市部の昭和町は、ベッドタウン的な要素が強く、元々勤め人だった男性は地域コミュニティに出る習慣があまりないのかもしれません」(秋山さん)

 現場の保健師たちも、次のように冷静に課題を見つめている。

「今日来られている方々は、普段から『百歳体操』などに参加されている健康意識の高い方ばかりです。その意味では、私たちの本来のターゲットである『引きこもりがちな方』や『孤立している方』には、この取り組みはまだ十分に届いていない。元気な方は放っておいても自分で出てこられますが、本当に支援が必要な方にどうアプローチするか。それが今後の大きな課題です」

 既存のコミュニティに属さない人々をどう巻き込むか。これは行政だけでは解決できない難問だ。しかし、希望の芽はある。西条二区区長の竹中洋さんは、防災行政無線や回覧板を駆使して今回の地域食堂の周知徹底を図った。竹中さんは、次のように展望を語る。 

「将来的には地区の商工会とも連携して、『地域マルシェ』のような形に発展させたい。住民が主体となって定期的に集まれる場にしたい。そうすれば『最近、あの人見ないね』といった会話から、自然な見守りにつながっていくはずです」

地域のみんなで育てるこれからの「居場所」に向けて

 県は、モデル事業で得られたノウハウや課題を蓄積して、今年の夏頃には全県への展開に向けた報告会を行う予定だ。その後、2027年度からは、各市町村で定期的な居場所づくりが行えるよう、体制づくりを進めていく考えだ。

 そして、「キッチンカーはあくまで手段です」と秋山さんは力を込める。

「最終的には『食』を通じて、誰もが気軽に集まれる居場所を県内全域に広げることが目標です。行政の手を離れ、子ども食堂と連携したり、ご当地グルメを出したりと、地域主導で地域ごとの色を出して自走できる形が理想です」

 富士川町では春休みに向け、輪投げなど子ども向けの企画も進んでいるという。たしかに入り口は「高齢者支援」。だが、その先に見据えるのは、多世代が交流する真の意味での「地域食堂」だ。

文・黒川なお、写真・今村拓馬

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