あなたを『シンデレラ』にはしない 「やまなし女性Miraiクエスト」が始動
「自治体が、企業と協力して直接女性を育て、活躍を本格的にサポートすることは珍しい。山梨県らしい柔軟な取り組みだと感じます」
そう語るのは、「やまなし女性Miraiクエスト」で講師を務める宇佐川邦子さん。
リクルートのジョブズリサーチセンター長として、多くの企業とかかわってきた彼女にとっても斬新な試みだという。
山梨県が今年度から始めたこの「クエスト」は、女性が管理職として登用される環境を整備するための実践の場。
18人の女性たちが、互いに切磋琢磨し、羽ばたいていこうとする姿があった。
■この記事でわかること
✔「やまなし女性Miraiクエスト」は、女性が管理職として登用される環境を整備するための実践の場だ
✔ 企業と連携して、参加する女性には研修と同時並行で社内プロジェクトを推進してもらう
✔ 参加者に共通していた思いは、「どうしたら管理職になれるのか、何をしたらいいのかがイメージできなかった」ということだった
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「カボチャの馬車」にしない
「今までも、働く女性向けの研修やセミナーは多く行ってきました。しかし、せっかく研修で学んでも、会社に戻れば何も実践できず元通りという『シンデレラ状態』の方が沢山おり、解決しなければいけないと感じていました」と県男女共同参画・外国人活躍推進課長の入倉由紀子さんは「やまなし女性Miraiクエスト」の意義を説明する。クエストは、企業と連携し、研修と同時並行で社内プロジェクトを推進してもらう実践の場にすることにした。冒頭の宇佐川さんには、セミナーの講師にとどまらず、参加者が社内でプロジェクトを遂行するための相談役も務めてもらっている。
同課課長補佐の菊嶋雅代さんも「研修を、いっときの『カボチャの馬車』にしない』ことが大切なんです」と強調する。
厚生労働省が取りまとめた2023年度雇用均等基本調査によると、課長相当職の管理職の女性の割合は12.0%。全国的に見ても、まだまだ管理職の女性は少ない。そんな中、山梨県はなぜ「管理職候補者」を対象とした取り組みを行うのだろうか。
「事業を行う中で、女性も働きやすい環境を作るには、意思決定層、つまり管理職にも女性がいないと実現が難しいと分かったんです。国が女性管理職の割合を増やすことに取り組んでいるのも、これを意識してのことだと考えています。そのため、今回は県内企業において『女性管理職を増やす』ことを明確に打ち出し、そのための具体的な取り組みを検討してきました」
そう話す入倉さんは、過去の事業の経験も踏まえて、今回のクエストでは女性社員を送り出す企業側と、ある約束をした。女性活躍の必要性について理解し、社内プロジェクトのバックアップ体制を整備することだ。これを実現させるため、クエストの初回には経営者・管理職層への研修も組み込まれた。
管理職への不安を取り除く
県内に本拠地を置き、2025年度中の女性管理職登用を目指す企業を募集したところ、製造業やIT企業、マスコミ、サービス業など幅広い業種から手が挙がった。各企業から18人の女性管理職候補者が推薦され、研修に参加している。
女性管理職候補者は、数ヶ月にわたる研修で管理職の役割やプロジェクト推進の知識を学ぶ。同時に、その女性がリーダーとなって社内プロジェクトを実際に推進させることで、学びながらプロジェクトマネジメントを実践することができる。
県は参加者に伴走して知識・経験を増やしてもらい、管理職に就くことへの不安や障壁を解消することを促していく。
「効果を具体的に、目標は数値化する」
「成果・効果をとことん具体的に、数値目標化してくださいね。いつまでに、何をどの状態にするかを明確にすれば協力を得やすいですよ」
「体制図に記載したチームメンバーには、具体的にどんな役割を担ってもらうのか、明記しておきましょう。『自分が全てやらなくてはいけなくなる状況』を防止するだけでなく、メンバーが業務遂行しやすくなり、チームの一体化、モチベーションアップにもつながります」
9月4日、やまなし女性Miraiクエストの第3回研修では、講師の宇佐川さんがテキパキとした口調で参加者にプロジェクト遂行のツボを伝えていた。
1、2回目目の研修は、管理職としてのマインドセットや、自身の強みを活かしたコミュニケーション方法が中心の内容だった。3回目の研修では、4つのグループに分かれて各自が始動したプロジェクト内容を発表しながら、お互いに気づいた点をアドバイスしあった。
研修では、学び・意見交換の時間はもちろん、自分の状況に反映させて考える時間がたっぷりと設けられる。忙しい参加者たちにとって、自身とプロジェクトに真正面から向き合う空間となっているようだ。
「覚悟を決めてこい」
会社に推薦されて参加することになった彼女たち。どんな思いで取り組んでいるのだろうか。
「現在、女性の管理職は0人。今回、管理職としてマネージメントを行うにはどうすればいいのか、具体的なことを学べている実感があります。また、実際に会社にバックアップ体制を要請してもらえていることで、少しずつ道が見えてきました」
そう語るのは旭陽電気株式会社で検査グループのリーダーを務める清水千佳子さん。「女性が輝く現場作り」プロジェクトを社内で推進している。
株式会社昭栄精機経営企画部の佐藤文香さんは、上司から「覚悟を決めて来い」と送り出されたという。職場の「やりがい創造プロジェクト」を発案した。
「研修に参加する中で、マネージメントとは、チームメンバーの評価やモチベーションについても気を配ることだと学びました。自分にとっても、チームメンバーにとってもいい形にするため、どうすればいいのかアドバイスを仰ぎながら模索しています」
医療法人 久晴会 甲斐リハビリテーションクリニックで、リハビリテーション部統括主任を務める荒井望さんは「現在は患者さんと接する現場の仕事が多いのですが、管理職になると業務が全く異なるため、そのギャップに不安を感じていました。研修に参加して、プロジェクトマネジメントやコミュニケーションについて学べたことはもちろんですが、自分の強みや課題を見つめることで、自己理解が深まったようにも感じます」と語った。
荒井さんは、研修実施後も講師の宇佐川氏に個別相談をしていた。推進している社内プロジェクトは、企業合併に伴う「有機的な人事評価・教育システムの整備」。県の「社会保険労務士やアドバイザーの派遣制度」を利用することなど具体的なアドバイスを受けていた。
彼女たちが「やまなし女性Miraiクエスト」に参加する理由は、「管理職になりたいと思って努力をしてきた」や「管理職になる想像ができなかった」、「管理職になりたくはなかったがなることになった」など。そのバックグラウンドは様々だ。ただ、共通するのは、「どうしたら管理職になれるのか、何をしたらいいのかがイメージできなかった」ということ。やまなし女性Miraiクエストを通じて知識・経験を獲得し、前進しようとしている。成功の鍵を握るのは、企業側がどう後押しできるかだ。
本人の成長を企業の成長につなげる
研修は予定を1時間近く延長し、約3時間に及んだ。宇佐川さんは、終了後も受講者の個別相談に応じ、プロジェクトを熱心に後押ししていた。
「本人が成長したとしても、企業の成長につながらなければ、やる意味がないですから。そのために、企業の課題を解決するプロジェクトを推進してもらっているわけです。経営者に向けての研修では、女性が学んできたことを聞く時間を業務内に必ず設け、役に立つことからどんどん取り入れてくださいと伝えています。アウトプット、周りへの共有があるだけで、学びの定着率、実業務への接続度合いは段違いにあがります。企業にとっても、研修内容をすぐに活かせることは好ましいですよね」
宇佐川さんは、女性たちがなりたい自分になろうとすることが大切だと感じている。
「女性たちには、自らが進めるプロジェクトを通じて自信を持ってもらいたいし、やりがいを感じてほしい。やりがいや価値観を大切にできているという内的動機を持つことができれば、大きな原動力になるはずです」
当たり前に女性がいることを目指して
男女共同参画・外国人活躍推進課長の入倉さんは、事業終了後に参加女性と企業から「どんな障壁があり、どう乗り越えたか」をヒアリングした内容をまとめる予定だ。次年度以降の事業や、同じように女性管理職登用を目指す企業にとって、強力な参考資料となる。
「今はまだ『女性活躍』『女性管理者候補』という言葉を使っていますが、いずれは『女性○○』という表現が使われなくなるくらい、様々な場面に当たり前に女性がいることを目標にしています。様々な意見が反映されることが、結果として多様な人材がいきいきと働きやすい環境につながると信じています」
「女性が活躍する社会」のその先を見据えた探求は続く。
※「やまなし女性Miraiクエスト」についてはこちら
文・三郎丸彩華、写真はクレジットのあるものを除き県提供