それは35年ぶりの再会から始まった
女性2人が模索する山梨版ジェンダー平等

ジェンダー平等は進めないといけない。
そうわかっていても、現実はそう単純ではない。
男女の壁をなくそうとする山梨県職員と、働く女性を実践してきた上場会社の管理職。
実はこの2人、幼馴染みだった。
偶然出会って、ともに未来を模索する2人の女性の物語。

ミーティングの帰り道「美智だよね?」

 宮下つかささんと名取美智さんに会いに行くと、2人とも資料を用意してくれていた。宮下さんはプリントアウトしたメモ。名取さんは2021年発行の社史。何となくほっこりした気持ちになったのは、2人が山梨県立峡北高校(現在の北杜高校)の同級生と知っていたから。予習して授業に臨む、まじめな女子高生が目に浮かんだのだ。

山梨県男女共同参画・共生社会推進監の宮下つかささん

 宮下さんは山梨県男女共同参画・共生社会推進統括官(これが組織の名称)の男女共同参画・共生社会推進監(課長にあたる)。名取さんは株式会社オキサイド管理本部 人事・総務グループ統括マネージャー。同社は2000年設立の単結晶・光学関連企業で、北杜市に本社がある。21年4月、東証マザーズ(現:グロース市場)に上場した。

 取材のテーマは、2人の再会。卒業以来35年ぶりだったという。つないだのは「山梨えるみん」という山梨県独自の女性活躍推進制度だ。女性を応援する制度が、官民で活躍する女性の巡り合いに一役買うって、ちょっといい話――。

 というわけで「山梨えるみん」だ。

 女性が働きやすい環境かどうかを判定する県の基準をクリアすれば認定される。2023年1月現在、山梨県内の約60社が認定され、女性の活躍推進に積極的に取り組む企業として就職説明会などで紹介されたり、県から様々な支援を受けたりしている。

「山梨えるみんに認定される会社」=「よい職場」ということなので、就活生や求職者らにアピールできる。オキサイドは上場して採用を拡大したい。だから、人事・総務の責任者である名取さんは県庁に「山梨えるみん」の話を聞きに行った。そこで会ったのが宮下さんだった。

 声で名取さんを同級生と気づいた宮下さんが、ミーティング後に「美智だよね?」と声をかけた。甲府駅まで一緒に帰る道すがらだった。名取さんは帰宅後、この再会を「ビッグニュース」と家族に報告したという。

ハローワークで目をつけた「プレハブ小屋の会社」

 名取さんは大学卒業後、大手通信会社に就職、10年勤務した。結婚を機に山梨県に戻り、すぐにハローワークへ。が、女性への求人は「パート」ばかりだった。「社員でなくてもよし」と頭を切り替え、目をつけたのが起業間もないオキサイド。英語を使える人を探していた。

オキサイド管理本部総務グループ統括マネージャーの名取美智さん

 パートとして入社したのは2003年。名取さんは当時のことを、用意してくれていた社史を見ながら楽しげに語る。「こんなプレハブ小屋でした」。1ページに写真が載っていた。小さい会社でも付き合う相手は国内外の有名企業で、ドイツからわざわざ訪ねてくる会社もあった。前職では英語は使っておらず、ビジネスレターの書き方を一から学び、近所の英会話教室にも通った。研究以外の仕事は営業も検査も何でもした。「これはしないでくれと言われたことは一度もなく、すごくやりがいを感じました」。2ヶ月ほど経って、社長からの提案で社員になった。社員番号は10だった。

「山梨えるみん」を体現する働き方

 ここで「山梨えるみん」に戻る。基準は5項目あり、3項目を満たすと認証される。項目1は「継続就業」、2は「男性従業員の育児休暇の独自取組」、3は「労働時間等の働き方」、4は「管理職比率」、5は「多様なキャリアコース」。5はAからDまであり、Aが「女性の非正社員から正社員への転換」。まさに名取さんだ。

※「山梨えるみん」認定制度 について詳しくはこちら

 実は名取さん、入社2年後に一度、退社している。妊娠後に入院、退社を選んだ。再入社したのは2011年、きっかけは社長からの復職を求める電話だった。ちょうど第二子が保育園に入ったタイミングで、とてもうれしかったという。「山梨えるみん」の5-Cは、「過去に在籍した女性の正社員としての再雇用」だ。

 オキサイドの働き方の柔軟さは、古川保典社長の考え方によるという。古川社長は科学技術庁無機材質研究所に勤務、2000年に国家公務員兼業制度の国内第1号として会社を立ち上げた人で、モットーの一つは「変化を楽しみ挑戦する」。名取さんは男性女性と意識することなく働いてきたのは大手通信会社時代からで、「ずっと1人の社員として働いています」という。

ヘトヘトになった夜に湯呑みの片づけ

 宮下さんは少し違う。県内の短大を卒業、入庁して最初の配属は財政課だった。東京事務所、教育庁などを経て、98年に配属されたのが西八代地方振興事務所。管轄町村に対して行政選挙・企画に関する指導をする仕事で、残業も多かった。ヘトヘトになって仕事を終えた夜中、待っていたのが湯呑みの片づけ。20人ほどの職員中、3人の女性で回す「仕事」だった。

 それまでもお茶汲みはしていたが、「一番下」だからと理解していた。だが、振興事務所には同年代の複数の男性がいた。配属後暫くしてから、「一緒にやりませんか」と提案したが、反応なし。そこで宮下さん、40代の女性に「おかしいのでは」と訴えたところ、彼女は振興事務所の「リーダー会議」に諮ってくれた。結果、翌週からは男性も含めての当番制になった。

「不平不満ではなく、意見として伝えれば、分かりあえる。そうわかったことが、今につながっているかもしれませんね」と宮下さん。取材のために準備してくれた「取材メモ」はこの話から始まっていたが、体験談の前に「時代背景」の記述がある。

1986年に男女雇用機会均等法が施行、採用や配置、昇進などの差別の禁止は努力義務だったが、99年の改正で禁止規定になった。「お茶汲み改革」も法律の後押しがあったという解説だ。

まだまだ根強い「夫は外で働き、妻は家を守る」

 時は流れて宮下さんは22年4月、男女共同参画・共生社会推進監に。新設された組織の課長級ポストだった。「正直、ジェンダー平等なんてもういいじゃないかという気持ちでした」と宮下さんは振り返る。考え方も浸透し、活躍している女性もたくさんいると思っていた。でも、就任して理解が浅かった、と思った。福祉保健総務課での経理担当、建設事務所での用地担当などいくつか「女性初」は経験したが、この分野は一度も担当したことがなかった。

 男女共同参画に関する県民の意識などを勉強するうちに、「夫は外で働き、妻は家を守る」といったアンコンシャス(無意識)バイアスが未だに根強いことがわかってきた。ちょうどその頃、課内で見つけたのが「平等旗」。女性の地位向上のための「国際婦人年」(1975年)に作られた、鳩を基調としたシンボルマークの大きな旗(=記事冒頭の写真)だった。広げた瞬間、引き継いできた先人たちの熱い気持ちに触れた気がし、「尊いなって、感動しました」と宮下さん。

 そんな思いをした直後、名取さんと再会した。宮下さんは「民間企業で、結婚・出産・子育てなどを経験しながら活躍する名取さんのような女性の姿に刺激を受ける女性も多いと思う。性別を意識しない働き方をしてきた名取さんのような方の活動を点で終わらせずつなげることができないかと思いました」と話す。

 県は2022年度、民間企業などで働く県内の女性約10人でつくる「ジェンダー平等ワーキンググループ」を設置した。グループのメンバーが女性をとりまく状況を調査したうえで議論した末、2022年12月に「やまなしWell-Beingアクション 政策提言書」をまとめた。2023年度に向け、提言を生かした働く女性への支援策を準備しているという。

男女共同参画に関するアンケート(県政モニターアンケート)

※性別による社会格差を徹底解消する「男女共同参画先進県」実現に向けて 取り組み断行宣言 はこちら

2人が思い描く管理職像とは

 2人には、管理職という仕事への思いも聞いてみた。女性管理職はまだまだ少数派だから、どう捉えているかに興味があった。

 宮下さんは、「共に働く人たちの健康とその人らしさを大事にしたい」と言った。今を生きる人たちが少しでも善い状態になることを目指す意義深い仕事だから、「その仕事をする職員も、その人らしくあるべきだと思っています」。

 名取さんには「現場に戻りたくなりませんか?」と聞いてみた。答えはノーだった。「マネージャーの立場になっても、自己成長や会社に貢献したい思いは変わりません。今は若い人の活躍を後押ししたい」。自分が“マネージャーという立場の人”と見られているだろうから、気軽に話しかけることを日々意識していると名取さんは言う。

 お互いへの思いも、聞いてみた。名取さんは、「宮下推進監に会った瞬間、すごく頑張っているなとわかりました。私だけじゃないと思えて、心強かった。せっかくできた縁ですから、民間企業の考えていることをどんどん伝えていきたいです」。

 宮下さんは、取材メモに「オキサイド・名取マネージャー」という項目を作ってくれていた。長いメモの一部を抜粋する。

「再会したときに、会社の沿革、製品など目を輝かせながら語っていた。活き活きと仕事をされている同級生の姿を嬉しく思った。ロールモデル的な女性であり、多くの方に知ってもらいたいので、今後さまざまな機会で連携していきたい」

 何だか似ている答えに再びほっこりしつつ、取材の帰り道にこう思った。名取さんと宮下さん、2人を多くの方に知ってもらえたらいいな。

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文・矢部万紀子 写真・今村拓馬

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