各知事から絶賛された全国知事会議 山梨県初開催、会議の舞台裏に迫る
2023年7月、全国の知事が一堂に会して議論する全国知事会議が、山梨県で開催された。
山梨県での開催は初めてだ。
会議のスムーズな運営を図りつつ、県の自然や特産品もアピールしたい……。
さて、その結果は――。
◼️この記事でわかること
✔ 知事会の開催に向けてどんな準備をしたのか
✔ プレイベントで山梨県は何をアピールした?
✔ 実はギリギリまで決まらなかったこと
✔ 福井県知事に叱責された理由は?
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すべて初めて、すべて手探り
「みなさん、本当によくやっていただきました。素晴らしい知事会議でした。ありがとうございました」
3日間にわたった全国知事会議の会場となったロイヤルホテル八ヶ岳(北杜市)のロビーで長崎幸太郎知事が県職員にねぎらいの言葉をかけた。前例のないイベントをやり遂げた関係職員の脳裏には、これまでの苦労がよぎっていた。
「来年はよろしく」先輩から託された任務
山梨開催のきっかけは、それより1年以上さかのぼる。
2022年5月当時、まだ知事会議を開催したことのない県は、青森・群馬・栃木・埼玉・福井・静岡、そして山梨のわずか7県だった。
全国知事会長の平井伸治・鳥取県知事は、長崎幸太郎 山梨県知事に近づいて、こう言った。「来年はよろしく」。平井知事は、長崎知事の開成高校時代の先輩だ。先輩から直々の指名を受けるかたちで、2023年に山梨県にて全国知事会議が開催されることが決まった。
全国知事会議の運営という前例のない仕事に取り組むこととなった知事政策局。そこへ政策企画グループ主査として異動してきたのが、篠原岳夫さんだった。
「2022年の5月に翌年の山梨開催が決まり、6月に知事政策局へ配属となりました。それからというもの、全国知事会議の運営担当者として、駆けずり回っていましたね」
開催までのカウントダウンはすでに始まっていた。
まずは会場を押さえなくてはならない。知事全員が車座になれる広さのホールがあるか、セッション用の会議室は確保できるか、部屋数は充分かなどを考慮し、4つの会場が候補に残った。その後、図面確認、現地調査によって絞り込んだ。
「最終的には、自然豊かな環境が決め手となって、主会場はロイヤルホテル八ヶ岳に決定しました」(篠原さん)
異動した翌月の2022年7月、奈良で開催された全国知事会議を視察した。会場設営、進行、運営、一つひとつを目に焼き付け、気づいたことは全てメモした。9月に再び奈良を訪問し、関係者を質問攻めにした。そのとき、最も強く言われたアドバイスが「とにかく何もかもが、なかなか決まりません」だった。
「その時は『そんなものか』くらいに感じていたのですが……」(篠原さん)
篠原さんは、奈良県のアドバイスを、後でイヤと言うほど思い知らされることになる。
ちょうどその頃、あるシャツの試作品が知事の元に届いた。これは、山梨の機織り文化を継承する新しい特産品として開発を進めてきたテキスタイルを使ったものだ。
「なかなかいいですね。これを、知事会議の公式ウェアにしましょう」(長崎知事)
こうして、知事会議の運営業務に、公式ウェアの製作という大きな仕事が加わった。
テキスタイル事業を推進している産業振興課の助けを借りながら、織物業者と打合せを重ね、デザイン決定、試作、製作と、進めていく。
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2023年1月にイベント会社と旅行会社を選定し、2月、3月と打ち合わせを繰り返し、詳細を詰めていった。
4月には、プレイベントの内容を決定。ワイナリーを巡るコースと、次世代エネルギーシステム研究開発ビレッジ「Nesrad」を見学するP2G(Power to Gas)コースの、2つを用意した。
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予想をはるかに超えた申込者数
5月に開催概要を各県に配布して、いよいよ申し込みが始まった。申込み期間はわずか2週間だったが、400人以上の申し込みがあった。
「部屋は300名分も用意すれば充分だと言われていたんです。でも、蓋を開けてみたら、はるかにそれを超えている。さすがに焦りました」(篠原さん)
あわてて各県に連絡し、協力をあおいだ。
「最初はツインルームもお一人でご利用いただくつもりだったのですが、そこに2人で泊まっていただくとか。和室を複数人でご利用いただいたケースも。いまどき出張で相部屋とかあまりしないと思うのですが、皆さん快くご協力くださいました」(篠原さん)
中には、甲府に自分たちで宿をとり、朝、電車で会場まで移動してくれる人まで現れた。
「予想をはるかに上回るお申し込みがあったというのは、それだけ期待も大きいということ。励みになると同時に、身の引き締まる思いでした」(篠原さん)
その後も、参加者の人数変更や問い合わせが相次ぐなか、なかなか決まらなかったことの一つが、総務大臣の出欠だった。大臣となると複数の公務の日程が錯綜するうえ、SPによる警備も必要になる。「出席する」「時間を変更して出席する」「やっぱり欠席する」と変更の連絡が入るたびに、警察と警備体制の見直しを繰り返した。
「警察からは『最終決定してから、結果を教えてください』と言われてしまいました。でも、私たちにもどれが本当の最終決定なのか、わからない状態で……。『これが最終決定です』と言われた翌日に、『やっぱり変更します』と言われたことが何度もありました。奈良で『なかなか決まりません』と言われた記憶をありありと思い浮かべました」(篠原さん)
細かな調整を重ね、ついに迎えた開催当日。篠原さんは司令塔として、ホテルの会議室に設営された事務局本部のモニターで、会議の様子を見守った。
「入ってきたのは、細かな問い合わせばかりでした。それこそ、コンセントの場所だとか、喫煙所はあるかとか。それは、言い換えれば、大きな問題なく、滞りなく会議が進んでいるということでもありました。バタバタしてはいましたが、安心できるバタバタでしたね」(篠原さん)
「困るじゃないですか!」。想定外の叱責に、会場が沸いた
全国知事会議では、夕食会を兼ねた意見交換会が行われる。この意見交換会に参加できるのは各都道府県の知事のみ。随行者の同席は許されない。
初日はリゾナーレ八ヶ岳(北杜市)、翌日はロイヤルホテル八ヶ岳で意見交換会が開かれた。
両日ともに、何か月も前からホテル側がグループの総力をあげて夕食会のメニューを検討。ワイン県副知事として山梨ワインの発信をしている世界的ソムリエの田崎真也さんも加わり、料理とワインのペアリングが組まれていた。
例年は、和やかで穏やかな晩餐となるということなのだが、今回はどうも勝手が違う。扉越しに廊下まで話し声が響き、ときどきドッと笑いが起こる。「コロナ禍が明けて黙食しなくていい会合に戻ったからということもあったようです」(篠原さん)。
思いがけない叱責の言葉が飛び出したのは、2日目の意見交換会の終盤、次年度開催地である福井県の杉本達治知事の挨拶だった。
「私は怒っています。こんなに素晴らしい知事会を開いてくれて、どうしてくれるんですか。来年、困るじゃないですか」
この言葉に、会場は再び沸いた。
そして、すべてが無事に終わって長崎知事から県職員への感謝の言葉があったわけだが……。
篠原さんは「知事からねぎらいの言葉があった、という話は聞きました。私は不測の事態に備えて事務局で待機していたので、その場にはいなかったんです。裏方ですから。無事に終わって、皆さんが喜んでくれたなら、それが一番です」と笑った。
文・稲田和絵