
「丹波山村の日常は、都会の非日常」 関東で一番小さい村に全国から子どもが集まるワケ
人口500人に満たない、県の最北東に位置する「丹波山村」。
山に囲まれ、甲府からは車で1時間30分。
隣接する東京・奥多摩行きのバスは1日4、5本。
決して便利とはいえない小さな村だ。
にもかかわらず、全国から山村留学の希望が寄せられている。
なぜ丹波山村が注目されるのか?
2025年度から、新コーナー「in depth プラス」を始めます。
登場するのは、皆さんの身近で活躍するミライ思考の人たち。幅広い人たちにじっくり話を聞き、その息吹をお伝えします。
■この記事でわかること
✔ 丹波山村への移住相談件数は、過去最多を更新する勢いだ
✔ 村では、ドイツ発祥の「イエナプラン教育」に注目している
✔ 「人を育てる」が村のモットー。「就学就労応援基金」も整備されている
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村役場に集まってもらった4人は、いずれも2022年に村内有志で立ち上げた丹波山村移住定住推進協議会のメンバーだ。村で長く暮らしている人、最近帰ってきた人、都会から移住して来た人……。
それぞれのバックグラウンドは違えども、丹波山愛は共通だ。「やっぱり丹波山村が好き!」な4人の対談からその秘密に迫る。(文中敬称略)
魅力は「言葉にできない」
──2025年1月に人口500人を割り、「関東で1番小さい村」と言われる丹波山村に、山村留学や移住の希望者が絶えません。皆さんは、丹波山村のどんなところが魅力だと感じますか?
嶋﨑:魅力かぁ。よく聞かれるけど、その質問が一番困るんだよね。俺はずっとこの村に住んでいるから、どう表現したらいいのか難しくて……。
嶋﨑 竜馬(しまざき・りょうま)
1984年生まれ/自営業
〈こんなキャラクターです!〉
実家のガソリンスタンドで働きながら、学校運営協議会や消防団、スポーツ推進委員など多方面で役職を任され、あいさつでは笑いを取る努力を怠らない。顔の広さは村長以上(?)な、村のムードメーカー。1男1女の父。
小川:私は息子の山村留学がきっかけで東京から移住してきました。都会目線で見ると丹波山村には魅力がいっぱいありますよ。
小川 晶子(おがわ・あきこ)
1968年生まれ/一般社団法人タバヤマベース代表
〈こんなキャラクターです!〉
息子の山村留学をきっかけに、東京のど真ん中から丹波山村に移住して10年。子どもたちが安心して過ごせるサードプレイスとして、放課後子ども教室「丹波っこくらぶ」を村教育委員会から受託し、運営。都内で学生生活を送る息子のもとと村とを忙しく往復する、年中不休のみんなの母。
嶋﨑:小川さんが村に来て10年目? 小学生だった子が、もう高校3年か……。
小川:私が仕事で忙しい時に、酒井さんたちがよく息子を畑や川に連れて行ってくれたよね。今息子は東京で生活してるけど、夏に村に帰ってきた時に「お盆は最高だね」って言ったの。
酒井:なんで?
小川:「村のみんなに会えるから」って。丹波山村が故郷だっていう気持ちが強いみたい。
酒井:ハハハ。それはうれしいね。
酒井 隆幸(さかい・たかゆき)
1982年生まれ/村議会議員
〈こんなキャラクターです!〉
大学卒業後アウトドアガイド勤務を経て村にUターンし、幼馴染と一緒に起業。ある時は村の特産品「原木舞茸」の生産、ある時はキャンプ場の運営、さらには早朝の新聞配達までこなす、マルチワーカー議員。末っ子の娘には甘い3男1女の父。
矢嶋:丹波山村の良さは、やっぱり“人”だと思います。私も学生時代は都会のキラキラした世界が魅力的だったし、村に帰って来る気はありませんでした。でも、コロナ禍で生活が一変し、都会での子育てに疑問が出てきたんです。
矢嶋 澄香(やじま・すみか)
1988年生まれ/丹波山村役場地域創造課副主査
〈こんなキャラクターです!〉
コロナ禍をきっかけに2022年にUターンし、役場職員に。移住促進や企業連携などを担当。新聞記者やライターの経験を地元に還元し、丹波山村の魅力を広める「歩く広報」として機能。子煩悩な16歳年上の夫に2男児を託し、各地を飛び回る。
──コロナ禍で?
矢嶋:仕事も完全リモートで、保育園からは登園自粛を求められたり、モヤモヤすることが多かったんです。丹波山村では普通に登校して、給食もみんなで食べるし、当時住んでいた埼玉から丹波山村まで2時間の距離なのに、この差はなんなんだろう?と感じて……。都会の方がすれ違う人の数は多いのに、関わる人はすごく限られていました。
小川:わかる。村では地域のみんなで面倒を見てくれるから、子育てで孤独を感じることが少ない。
矢嶋:ここでは日常的に歩いていると声をかけてくれる人たちがいるので、「ああ、やっぱりいいところだな」と実感します。
山村留学成功の秘訣は……
──小川さんは丹波山村に来てどんなことが変わりましたか。
小川:私は「丹波山村の日常は、都会の非日常」だと思っています。畑仕事、薪割り、木の伐採や鹿の解体……。村の人には当たり前のことも、私にとっては人生初の経験ばかりで、毎日ワクワクしていました。
──え、鹿の解体も?
小川:息子が小学3年の時に狩猟のイベントがあって、息子と一緒に見学に行きました。普通は温かい肉に触れることってないじゃないですか。衝撃でした。命が食物になる過程を見て、これがリアルな食育だと自分の中で腑に落ちたんです。丹波山村でのリアルな体験は、子どもたちの心に何か残るものがあると思う。
──そうした思いから、現在の活動につながったんですね。
小川:自分がさせてもらった素敵な体験を都会の子どもたちも体験してもらいたくて、酒井さんたちと一緒にジャガイモ掘りツアーとかシャワークライミングツアーを企画しました。
酒井:小川さんは「やってみよう!」ってグイグイくるから。あっという間に村に溶け込んじゃった。
小川:だって楽しいんだもん!
嶋﨑:子どもはもちろんだけど、まずは親が楽しむことが一番だよね。
酒井:本当に親が辛そうだと子どもも楽しめないから、大人も一緒に村暮らしを楽しんでほしい。
矢嶋:それが山村留学を成功させる秘訣なんじゃないかな。

丹波山ならではの「ゆるイエナ」教育
──丹波山村では、ドイツ発祥の「イエナプラン教育」に注目していると伺いました。年齢の違う子どもたちが遊びや学習を通して共に学び合う、オープンモデル型の教育です。
嶋﨑:長野でイエナプランを実践している学校には年間30人の子どもがその教育を受けるために移住して来ていて、すごいなと思って。じゃあイエナプランでどんなことをしているのか?と調べてみたら「これ、もう丹波山村でやってることじゃん」って感じたんです。
──具体的には?
嶋﨑:今年度から中学校の一部教科で自由進度学習を取り入れているし、「丹波っこくらぶ」では毎回サークル対話をしています。
小川:サークル対話は子どもと大人が一緒に丸く座って、今日の“良かったこと”について話します。子どもの前に大人が立って話すより、自然とフラットな意見が出てくるんですよ。

嶋﨑:他にも、イエナプランにはワールドオリエンテーションという、一つのプロジェクトをみんなで実践する授業があります。これも「みんなで舞茸を育てよう」とか、「舞茸祭に参加しよう」というイベントを通して実践していました。
酒井:“丹波山村ならでは”のイエナプランはほぼ完成している。ならば、これをブラッシュアップしていけばいいのではと……。
──急激に変えるのではなく、今まで丹波山村で積み重ねてきた教育をベースにしているんですね。
小川:はい。イエナプラン教育のエッセンスを、できる範囲で緩やかに取り入れていくアプローチとして「ゆるイエナ」と呼んでいます。
嶋﨑:教育が魅力あるものになれば、山村留学の希望者も増えるはず。丹波山村の「ゆるイエナ」の方針を確立していこう!
酒井:すでにかなり良いことしてると思うんだけど、なかなか知られないんだよな……。
小川:もっと多くの人たちに知ってもらえるように広報していきたいですね。
立ちはだかる「住宅」と「教員」の壁
──丹波山村移住定住推進協議会に寄せられる移住相談は、年間50件以上だと伺いました。
矢嶋:オンラインや電話での相談に加えて、2025年度から東京・有楽町のふるさと回帰支援センターで月1回の出張相談も始めました。こうした新しい取組も加わり、相談件数は過去最多になる見込みです。
──丹波山村の人口の2割以上に当たる約100人は移住者で構成されています。
嶋﨑:でも、課題もあります。村の住宅が不足していて、せっかく移住希望者が増えても全員を受け入れられるわけじゃありません。
──2024年度には短い工期で建設できる「モバイル建築」で住宅が完成しましたが……。
嶋﨑:それでもまだ3軒です。2026年度に受け入れの山村留学の説明会に17家族が参加し、10家族から申し込みがありました。受け入れられる家族の数は住宅の空き状況に因るので、お断りせざるを得ないケースもありました。

──住宅問題は急務ですね。
矢嶋:そうなんです。空き家のリフォームにもお金がかかるし、こればかりは村だけでなんとかするにも限界があります。
──2025年10月に長崎知事と丹波山村の皆さんで意見交換が行われました。
嶋﨑:知事には、住宅の建設などを県でも支援してほしいと伝えました。
矢嶋:もう一つ、大きな課題は教員です。これまでは2年のサイクルでほとんどの教員が異動で村を離れてしまっていました。「丹波山村で長く働きたいと希望する先生には、残ってもらえる制度にしてほしい」と意見交換会の際に知事に伝えると、「すぐに対応する」とお返事をいただきました。

お互いにハッピーであるために
──山村留学では、理想と現実のギャップもあると思います。
小川:もちろん移住にはいい面だけではないので、希望者には初めにきちんと説明するようにしています。
──どんな注意点がありますか?
小川:都会では、子どもの発達や子育てに関する悩みや困りごとがあれば小児精神科を受診したり教育相談ができますが、村の近くにそうした施設はありません。療育などの支援を受けている人は、そのつながりを絶対に切らずに来てくださいとお願いしています。
矢嶋:支援が切れてしまうと、もう一度つなげるのはものすごく大変なので……。
小川:こちらもできるだけフォローをするつもりですが、都会では当たり前のことも、ここではリソースがありません。ミスマッチにならないように、村でできること・できないことを正直にお伝えしています。
矢嶋:せっかく来てくれるなら、お互いにハッピーでありたいですからね。

最初の1人が帰ってくる村に
──丹波山村の全人口は過去10年間で96人減っていますが、平均年齢は下がり続けています。9歳以下、20代、40代の人口は2015年より増加。高齢化率は47%から44%に低下しています。
矢嶋:そうですね。丹波山村の山村留学事業は30年以上前から続けています。これまで地道に続けてきたからこそ、“人口構造が若返る”という普通じゃないことが今起きているんだと思います。
──昨年度から、丹波山村では子ども1人につき、年間8万円を村で積み立てる事業も始まりました。小学1年生から中学3年生までの最長9年間を丹波山村で過ごした場合、中学卒業時に最大80万円を「就学就労応援基金」として渡すというのは、すごい取り組みですね。
矢嶋:村の財政はかなり厳しいですが、やっぱり子どもは大事ですから。保育所も給食費も無料だし、小学校入学時に必要なものをほとんど公費で揃えるなど、支援は手厚いです。この村が一番大事にしているのは、人なんです。
嶋﨑:あとは山村留学を終えて出て行った子どもたちが、誰か1人でも帰ってきてくれたらなぁ……。
酒井:ほとんどが高校進学のタイミングで家族ごと村から出てしまうから。村に残っている小川さんはレアケース。
小川:息子に「丹波山の家を守ってくれ」って頼まれてるからね。
矢嶋:丹波山で育ってよかったと思ってくれる子どもが、いつか大人になって帰ってきてくれたらうれしい。そのために、今できることを、一つ一つ積み重ねています。

丹波山村には、暮らしそのものが学びになる環境がある。そして、前向きに村の将来を話し合う人たちがいる──。
そんな“言葉にできない魅力”が詰まった小さな村で、新しい地方創生のモデルが生まれているのだと感じた。
インタビューと構成・北島あや、写真・今村拓馬


