若い世代が紡ぐ、甲府の記憶。高校生の探究が「山梨ふるさと記憶遺産」に

山梨県教育委員会が進める「山梨ふるさと記憶遺産プロジェクト」は、
県内各地域固有の歴史や文化、人々の体験など、
地域を築いてきた先人たちの記憶や物語を、
図書館が核となって記録し、保存・活用していく取り組みだ。
2025年度の記憶遺産プロジェクトのテーマは「甲府市の伝統産業品・伝統芸能」。
山梨県立甲府第一高等学校の5人の生徒が3年間取り組んできた宝石産業についての探究学習が、記憶遺産の記録に加わることになった。

■この記事でわかること
✔ 甲府一高探究科のチーム「Carat(カラット)」が3年間かけて宝石産業を研究し、記憶遺産プロジェクトに採用された
✔ 山梨の宝飾産業は「卸売が98%、小売が2%」という産業構造で、身近に感じられにくい
✔ 高校生が提案する「身に着けジュエリー」で、若い世代から宝石産業への愛着を育む 

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図書館が核となって、地域の記憶を未来へ

 これまで記憶遺産プロジェクトでは、甲斐市や富士河口湖町など、さまざまな自治体の記憶遺産を取り上げてきた。毎年作成される冊子は、県内の図書館に配架され、地域の記憶を学ぶ教育資源として、また地域への愛着を育む資料として活用されている。

 2025年度は、甲府市にスポットを当てた。甲府市の伝統産業品や伝統芸能を中心に、地域の歴史や文化を掘り下げた。

 この取り組みの中で注目されたのが、甲府第一高校の探究学習チーム「Carat」の存在だ。藤本果子さん、岸本一穂さん、遠藤朋愛さん、増澤幸咲さん、伴野朱香さんの5人で構成されるチーム「Carat」は、3年間にわたり「山梨の宝石産業でまちづくり!」をテーマに探究学習をまとめ上げた。報告書には、「宝石のまち・甲府」への愛着を深めた彼女たちの未来への提案が盛り込まれている。

「宝石のまち」への違和感から始まった探究

 彼女たちの探究は、1年生の秋、「山梨の伝統産業」という大きなテーマから始まった。

「甲府は『宝石のまち』と呼ばれているにもかかわらず、その実感が湧きませんでした」

 この違和感が、彼女たちの探究の出発点だった。

 甲府駅南口にあるリングをモチーフにしたモニュメント「ゆめ・きら・リング」の存在も、メンバーの多くは知らなかった。

「写真で見たとき、『そういえば、駅前にこんなのがあったかも』という程度でした」と岸本さん。

岸本一穂さん

「宝石のまち」と言われても、宝石の魅力が伝わってこない。そこに疑問を感じた彼女たちは、テーマをより具体的に「山梨の宝石産業でまちづくり!」へとシフト。そして、チーム名を宝石の重さの単位「Carat(カラット)」と名付けた。

体験を通じて知った、職人の技と情熱

 探究を進める中で、「Carat」のメンバーは、山梨県立宝石美術専門学校で研磨体験をする機会を得た。実際に石を削り、磨く作業を通じて、彼女たちは職人の技術の高さを肌で感じることになる。

「すごく難しかったです」と伴野さんは言う。「宝飾産業従事者の皆さんは、いとも簡単にやってのけますが、実際に研磨してみると、まっすぐ削ることもできません。職人さんの技術の高さに驚きました」

伴野朱香さん

遠藤さんは、音で削り具合を判断する職人の技に心を動かされた。「石を削る際に、自分が削りたい面がきちんと削れているかどうかを、音で判断しているそうです。長年その仕事に就いてきた職人さんにしかできない技だと感じました」

遠藤朋愛さん

伝統的な手法での研磨に感動を覚えたと話すのは増澤さんだ。「檜の板を回して磨くのですが、私たちがやっても全く削れないのに、職人さんは当たり前に削っている。山梨県には世界で唯一の技術を持っている方がたくさんいる。山梨県のジュエリー産業には”価値しかない”と、感動しました」。

見えてきた産業構造

 探究学習を通じて、「Carat」のメンバーは山梨の宝石産業について、さまざまな調査を重ねた。ミュージアムや甲府市内外のジュエリーショップ、昇仙峡などを訪れ、ジュエリー作品を見たり、宝石の歴史や宝石産業、ジュエリー産業に携わる人の話を聞いたりした。

 そして、山梨の宝飾産業は「卸売が98%で、小売はわずか2%」という産業構造になっていることを知る。

「探究を始める前まで、宝石産業の魅力が私たちにまで広く伝わってこないのは、産業自体が衰退してしまっているからだという先入観を持っていました。しかし、山梨の宝石産業は卸売が主な事業形態であり、小売として私たちの手元に直接届く機会が少ないだけなのだと知りました」(遠藤さん)

 さらに印象的だったのは、甲府で製造したジュエリーを銀座などで売る際に、「山梨県産」ということを表に出さずに販売しているという話だった。

「なぜなのか尋ねたところ、『山梨県産』と表示すると、ブランドとして少し安く見えてしまうからだ、とおっしゃっていました。こんなに素晴らしいものなのに、山梨のものだと名乗れないなんて、残念に感じました」と岸本さんは語る。「『山梨県産』だと胸を張って誇れるくらい、魅力的な場所になる必要があると強く思いました」

「身に着けジュエリー」という提案

 3年間の探究活動を経て、チーム「Carat」は一つの提案にたどり着いた。それが「身に着けジュエリー」だ。

「高校1年生の時はパンフレットを作ろうという話になっていました。でも、それなら誰にでもできます」と藤本さんは振り返る。

 研磨体験をしたり、宝石産業従事者の話を聞いたりする中で、彼女たちはある確信を得た。

「『宝石に触れる』『自分が身に着ける』という体験こそ、山梨の宝石産業に愛着を持ってもらう上で重要だと気づきました」(藤本さん)

 彼女たちの提案は、甲府市内の高校に通う高校生全員に宝石を身に着けてもらうというものだ。学校内外問わず、制服の襟のあたりに身に着けることで、若い世代からまず宝石に親しんでもらう。そして、「宝石のまち・甲府」への愛着を育んでいく。

「甲府の宝石産業に誇りと愛着を持つことが、『宝石のまち』として甲府全体への誇りと愛着につながる。それが、私たちが目指す『山梨の宝石産業でまちづくり!』の形です」(藤本さん)

藤本果子さん。5人はそれぞれ好きな石を制服の襟に着けていた

世代を超えた対話が紡ぐ、産業の記憶

 記憶遺産プロジェクトの一環として、山梨県ジュエリー協会の柳本力理事長と、チーム「Carat」のメンバーによる座談会が開かれた。

 座談会の冒頭、柳本理事長はチーム「Carat」の報告書を読んだ感想を語った。

「まず、歴史をこれだけよく調べていることに感心しました。皆さんがおっしゃった『卸売が98%、小売が2%』という構造も、まさにこの業界の特徴です」

 そして、この産業構造が生まれた背景について説明を続けた。

「流通の構造上、製造業者が直接消費者に販売することが長く許されず、それが知名度の低さにも繋がっていました」

 山梨県産を謳わないという慣習も、この流通構造と深く関わっていた。東京や大阪の大都市のブランドが、OEMで甲府に製造を委託する。甲府の技術は高く評価されているが、それが「山梨」の名前として消費者に届くことはなかった。

「これは私たちが長年抱えてきた課題です」と柳本理事長は語る。

山梨県ジュエリー協会の柳本力理事長(右)と対談するCaratのメンバー

変わりゆく業界の風景

 しかし、状況は少しずつ変わってきている。

「最近はインターネット販売が増え、流通の形も大きく変わってきました。県や市も知名度向上に力を入れ、東京ガールズコレクションでのPRなど、若者にジュエリーを広める動きが出てきています」

 柳本理事長の言葉に、高校生たちも頷く。彼女たちも探究活動の中で、「やまなしJEWELRY Week」や「Beauty girls Marche」などのイベントに参加し、業界の新しい動きを肌で感じてきた。

 実際、甲府市も近年、宝石産業への振興に力を入れている。インバウンドを対象としたツアーの開発や、新生児に誕生石を贈る取り組みなど、「甲府が100年先も宝石の集積産地であり続ける」ことを掲げたさまざまな施策が計画されている。

若い世代が感じる「身近さ」の重要性

 座談会の中で、高校生たちは自分たちの提案である「身に着けジュエリー」について説明した。

 岸本さんは言う。「最初は、宝石産業が有名だという事実しか知らず、高価なものというイメージから、縁遠い気持ちがありました。しかし、探究学習を通してその魅力を知っていく中で、『こんなに身近なものだったんだ』と改めて感じることができました」。

 伴野さんも続ける。「例えば山梨県で有名なものと言えば、桃やぶどうが挙げられます。なぜ有名かといえば、山梨県民で桃を食べたことがない人は、まずいないからです。何度も手に取ったことがあるから、有名だと知っている。だから、ジュエリーも桃やぶどうのように、県民の皆さんが気軽に手に取れるものになれば、もっと有名になっていくのではないでしょうか」

「本当の意味で『宝石のまち』になるためには、ただ有名だと知っているだけではなく、『山梨の宝石産業はすごいよね』『良いものを作るよね』と、県民が価値を認めることが大切です」(増澤さん)

増澤幸咲さん

これからの「宝石のまち・甲府」

 柳本理事長は若い世代へのメッセージを語った。

「この業界は独立性が非常に高く、技術を身につければ独立できる可能性が大いにあります。若い人にこの業界で夢を見つけてもらうためにも、知名度の向上や山梨ならではのブランディングを実現していきたいですね」

5人の高校生がまとめた探究学習の成果

 そして、藤本さんは探究を通じて見えてきた未来を語る。

「宝石産業に誇りを持つことが、『宝石のまち』としての愛着につながります。それが、私たちが目指す『山梨の宝石産業でまちづくり!』の形です」

*肩書や学年はすべて取材時のものです。
*「山梨ふるさと記憶遺産 甲府市」は今秋にも県内の主要な図書館に収蔵予定です。

文・稲田和瑛、写真・今村拓馬

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