「女性のわがまま」とは言わせない! 女性も男性もいきいきと働ける提言書ができあがるまで

山梨県内で働く女性10人でつくる
「ジェンダー平等ワーキンググループ」が
2022年11月、「やまなしWell-Beingアクション政策提言書」をまとめた。
女性がいきいきと働くために必要なことを議論し、提言している。
中心メンバーとして提言書をとりまとめた3人と、
県の担当者による座談会を開き、経緯や提言書に込めた思いを聞いた。
全員が熱く語る座談会から見えてくる現状と課題――。

##出席メンバー(五十音順)
菊嶋雅代(きくしま・まさよ) 山梨県男女共同参画・共生社会推進統括官職員。2022年12月の政策提言プレゼンテーションではメンバーを見守り、そして涙した

篠原友紀(しのはら・ゆき) 2009年入社。山梨トヨタ自動車、総務課。目指す未来像は「働くことを楽しむ!」

田中伊代(たなか・いよ) 2006年入社。リコージャパン山梨支社。めざす未来像は「たくさんの子どもたちが『早く大人になりたい』と思える世の中にする」

前嶋世津子(まえじま・せつこ) 建設業に入って25年。昭和建設工務課長。めざす未来像は「『笑顔』とワークライフバランス実現!」

いきなり上司から言われて参加することに…

「ジェンダー平等ワーキンググループ」のメンバーは、働く女性の活躍を、連携・協力して推進するため、経済団体・関係団体・行政など山梨県内の21団体により組織している「やまなし女性の活躍推進ネットワーク会議」の構成団体からの推薦で集まった。

篠原さん(山梨県経営者協会推薦・山梨トヨタ自動車勤務)

 上司からこの会に参加するよう言われた時、正直なところ「仕事もあるのになー」と思いました。

 私も、初会合(6月20日)で「政策提言」すると言われ、「えっ、何?」と。

 不安しかありませんでしたが、こんなに活躍されている女性が県内にいらっしゃるのかと、刺激的でもありました。

 前嶋さんは技術者として建設現場で監督をされているんですよね。

 カッコいい。

 皆さん、最初は戸惑いがあったんですね。私は「政策提言を考える」というミッションに対して、果たしてどこまで本気になってもらえるか。始まりがカギだと考えていました。担当して不安を抱えながら入った会場では、すでにメンバー同士でお互いを知るために名刺交換をしていました。その光景を見て、「あぁ、ここはしっかりと、ビジネスの場だ。これは、いける!」と思いました。

「濃密な部活」で視座が変わった

 国立女性教育会館理事長で、山梨県男女共同参画・共生社会推進統括アドバイザーでもある荻原なつ子さんが講師として参加し、「働く上での困りごと」を書いて、仕分けするという作業から始まった。

田中さん(山梨経済同友会推薦・リコージャパン山梨支社勤務)

 初対面で急に課題出し?と不安もありましたが、みんな「男性社会」に属しているから、「こういうことあるよね」と出し合うのは楽しかったです。リアルの会合は3回で、オンラインやSNSをフル活用した「濃密な部活」みたいでしたよね。

 私は、女性が1割ほどの「男性基準」が当たり前の会社だったので、「困りごとを書き出せ」と言われて初めて、特に悩んでもいなかった自分に気づきました。そういう一歩遅れた状態だったんです。

 建設現場では、「寒い」と言わない、キビキビ歩く、「女はのろい」と言われたくない、「自分に負けないぞ!」と働いてきました。ただ、「女性だから」という理由で差別的な扱いをされたとは思っていません。ワーキングに参加しながら、建設業界が男女どちらにとっても働きやすくなればいいなと考えていました。

 私は、ワーキンググループの集まりに参加して、視座が変わったと感じます。「早く大人になりたいと思う子どもを増やしたい」とずっと思ってきました。その実現に向け、世の中の抱える課題を並べるのでなく、「どうすればいいか」を語れたことがとてもよかったです。

 まず現状を知ることから始めようと思いました。課題や不満、愚痴もOK。まずは自分事として思いをどんどん出していく。次に少しだけ離れて。社会全体を見てみよう。いろいろな立場の人。女性がいて、男性もいる。そういう話を重ねていって、最後に皆さんの心の奥に残る「消せない思い」。それが「提言」になります、と。確か、そういう話を途中でさせていただきました。

(荻原)なつ子先生に「いい世の中をつくりましょう」と言われて、そこから「いい世の中って何?」「幸せって何?」ということを考えました。そこに立ち戻れるから、愚痴の言い合いにならなかった。愚痴ではなく、未来にワクワクし続ける会議ってすごいと思います。

 私は、自分の会社のことにいろいろ気付かされました。労働条件、賃金……職制もそうです。男性と同じ職制の女性にも制服が貸与され、昇格のステップに入っていない。そういうことを社内で発言するようになったので、上司は今、「うわ、なんか篠原、めんどくさくなったな」と思い始めていると思います。でも、私はこういう機会を持てたので、やるしかないな、と。

 会議に参加しながら、「シンデレラ」ってこのことだなって思いました。ワーキングで社会のことを一生懸命考え、テンションが上がります。でも現場に戻ると現実に引き戻される。例えば長時間労働は解決すべき課題ですが、一方で現場ごとに予算があり、生産性が問われるわけです。簡単な問題じゃないと知っている自分もいる。

 今、解決できなくていい、理想論でいい、となつ子先生が何度も言っていましたよね。会社員をしているうちに、「理想は語っちゃいけない」と思うようになっていたところがあったので、最初はなかなか発言できませんでした。

 確かに。そのせいか、つい「すぐに予算化できることを」と行政職員も現実路線を追求してしまいがちです。ですが、講師から「理想をどんどん語ってもらいましょう。そこから政策を見つけていくのが行政の仕事」と言われガツンと腑に落ちました。その心構えは行政職員としてこれからも大切にしたいです。

会議で議論したことを社会に広げていきたい

 政策提言書に盛り込まれた提言は、「親子で通うレッスンホール」&「学び続けるワーママコミュニティ」や、「”山梨えるみん”パワーアップ事業」など8項目。前者は前嶋さんの提案、後者は篠原さんらの意見から始まった。

山梨えるみん=女性が働きやすい職場環境づくりに努力している企業を認定する山梨県独自の制度。 

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前嶋さん(山梨県建設業協会推薦・昭和建設勤務)

 この提言は、仕事が終わるのが遅くて、子どもを習い事に連れて行ってあげられない。自分も仕事以外にしたいことはある。大人も子どもも1カ所で学べれば、と思ったところが出発点でした。

 そうでしたね。この会議の良かった点は、既婚、未婚、子どもの有無など、個人のプロフィールに関係なくそれぞれの立場に耳を傾けながら話ができたことです。「女性活躍」というと、「結婚して、子どももいて、仕事で活躍している女性」を思い浮かべる人も多い。だから子育ての話は未婚の人や子どものいない人がいる場ではしにくいなど、変な遠慮が生まれることがあります。この会議には、そうしたことを考えずに意見を言える空気がありました。

「夢のある提言をする中でも、実現可能なものを考えることも大事」という視点で調べてみたら、県には「山梨えるみん」という、女性の活躍促進などが優良な企業に対する独自の認定制度があり、私の会社でもまだ取ってないと知りました。取得メリットがもっとあれば、申請する企業が増えるはず。それで山梨えるみんのパワーアップを提案しました。働く環境が整えば、活き活き働く人が増えるし、それは離職防止につながる。今年、山梨えるみんを取得する予定です。

 私がいる建設業界も、若い人の離職が多く、高齢化が進んでいます。災害が起こった時、地域を守るのは建設業なのに、担い手が足りません。私は「けんせつ小町甲斐」という女性技術者団体の代表もしていて、この業界を選んでくれた女性たちが長く働ける環境を整えていきたいと思ってきました。今回のワーキングで考えたことを業界全体に広げていきたいと、あらためてその気持ちを強くしています。

熱い議論で「Well-Being」がキーワードに

 私は「女性活躍」と言われるたびに「今の私じゃダメなの?」とか「活躍ってどういう状態?」とモヤモヤしていたんです。だから最初の会合の帰り道に、個人のFacebookに「みなさんにとって活躍している状態とはどんな状態ですか?」と書き込みました。「#偉くなるのが活躍なの?」も付けて。そうしたら、すごくたくさんの反応があって、みんな考えているんだと心強かった。まとめた提言書に、Facebookの反応を掲載しました。

 あれ、すごく良かったです。育児、介護など、仕事との両立は本当に大変なこと。その真っ最中の状況で、さぁ次は課長に、管理職に、と言われても……と思っている女性がたくさんいる。じゃあ、社会や自分がどういう状態のときに背中を押されたら、「やってみます」と言えるのか。そしてその「状態」の基準も実はさまざまではないのか。そんな深い話につながっていきましたよね。

 なつ子先生は「幸せの定理」と言っていましたが、それぞれがめざしているものを棚卸しした結果、「Well-Being」がキーワードになっていきました。それを軸にしているので、まとまった提言書は女性のわがままではなく、みんながより良くなるためのものになっています。

※Well-Being(ウェルビーイング)=心身と社会的な健康を意味する概念のこと。満足した生活を送ることができている状態や社会的環境を意味する。瞬間的な幸せ「Happiness」とは異なり、「持続的な」幸せを意味するときに使われる。

 テレビのインタビューなどでは、家がつまらなくて、子どもとも妻とも会話がないと答える男性の声が取り上げられることがありますよね。だけど、ここで話をしているうちに、昔と違って家族といたい男性の方が実は多いんじゃないかと思うようになりました。

 そこも大事な視点でしたよね。提言書は、男性にとっても「働きやすく、生きやすい」につながる内容だと思います。
 私の会社では連休明けに制服の制度が変わることになっていて、総合職は性別を問わず制服貸与なし、一般事務職は多様性を重視された制服の貸与として、スカート、パンツ、ワンピースと選べるようになり、社内の評判はとても良いです。小さな一歩ですが、会社が変わることを期待しています。

菊嶋さん(山梨県男女共同参画・共生社会推進統括官副主幹)

 山梨県には2022年度、「男女共同参画・共生社会推進統括官」という新たな部署が生まれました。さまざまな人が山梨という地に集まり、個性を発揮できる環境を整えていかなければと考えています。
 男性も女性も、自分基準の「Well-Being」を目指し、周囲もそれを尊重する。お互いに理解が進んだ風通しの良い環境で働くことができ、幸福感が高い人は、創造性や生産性も高い、と言われています。そのことを踏まえて書かれたこの提言書を、ぜひ多くの方に読んでもらいたいです。とりわけ、組織のトップの皆様に。
 トップが動くと組織も必ず動くのです。今回、メンバーをジェンダー平等ワーキングへ送り出してくださった組織の皆様は、その意味ですでに動いてくださった方々なのだと、深く感謝しています。

 私、早速、社内で「他社はこうですよ」とか、いろいろ発言しています。「ジェンダー会議に出た篠原が言うなら仕方ない」という空気をつくっていこうと思っているんです。

 私も、会議に参加して、みんなが強くなったと思います。私自身、「人寄せパンダ」でもいいと思うようになりました。
 女性活躍という言葉は好きではないけれど、今は必要だと思うので社内で発信していきます。仲間がいるから、パンダでもいいなって思えます。

 すごい! みんなもう次に向けて動き始めている! ジェンダー平等ワーキンググループの皆さんとは、本当にともに濃密な仕事をさせていただきました。貴重な時間を割いて作り上げていただいたこの政策提言を、今後、さまざまな形で活かしていけるよう、県も頑張っていきます。
 頼もしいメンバーたちのこれからの活躍が楽しみですし、ずっとつながらせていきたいです。社会を良くしたいという熱意への感謝と感動で、プレゼン成功後にはつい涙が……(笑)。皆さんと、そして、この仕事に出会えて幸せだ、と感じた瞬間でした。

(肩書は2023年3月現在のものです)

##やまなしWell-Beingアクション政策提言とは
「やまなし女性の活躍推進ネットワーク会議」の下部組織として、働く女性10人でつくる「ジェンダー平等ワーキンググループ」がスタート、2022年6月から8月までリアル会議を3回開いた。オンラインミーティングなどを経て、12月に「働く女性が“いきいき”と活躍できる山梨」を基本理念に、地域社会への浸透、働く女性のモチベーションアップ、職場の風土改革を狙った8つの提言から成る「やまなしWell-Beingアクション政策提言書」をまとめた。「やまなし女性の活躍推進ネットワーク会議」でプレゼンテーションを行い、2023年3月、長崎知事に提言書を手渡した。提言には座談会で紹介する「親子で通うレッスンホール」&「学び続けるワーママコミュニティ」や、「”山梨えるみん”パワーアップ事業」のほかに、「早よカエルDAY」、「甲州弁チャットボット」などがある。

※やまなし女性の活躍推進ネットワーク会議 についてはこちら
※やまなしWell-Beingアクション政策提言書 はこちら

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文・矢部万紀子、写真・今村拓馬

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