ついに水素ビジネスの夜明けが! 価格差支援制度に山梨県が認定

「水素の話、最近よく聞くけど難しいから後回し!」という人も、「焼き鳥がおいしくなる」「コーヒーがまろやかになる」と聞けば、少し身近に感じられるかもしれない。

2026年3月27日 、水素社会実現に向けて大きな一歩となる出来事があった。水素普及に向けた国の施策の審査が終わり、山梨県への適用が認められた。10年かけて育ててきた「山梨県のグリーン水素ビジネス」が大きな転換点を迎えようとしている。

■この記事でわかること
✔ 国の価格差支援制度に採択され、山梨県のグリーン水素ビジネスは大きく飛躍しようとしている
✔ P2Gやまなしモデルの運用ノウハウの蓄積が山梨県のアドバンテージだ
✔ インドをはじめ、山梨県が持つ水素製造技術に世界中から熱い視線が注がれている

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国の制度でグリーン水素が安くなる!?

 水素は燃やしてもCO2を出さないことから、次世代のクリーンエネルギーとして注目を集めている。だが、水素には幾つか種類がある。石炭や天然ガスなど化石燃料から作る「グレー水素」、CO2を回収しながら化石燃料から作る「ブルー水素」、そして再生可能エネルギーと水だけを使って作る「グリーン水素」などで、作り方によって、環境に与える影響はまったく異なる。

 山梨県が10年以上取り組んできたのは「グリーン水素」だ。太陽光発電で作った電力を使って水を電気分解し、水素を取り出す。このシステムを「P2G(パワー・トゥー・ガス)」と呼ぶ。発想はシンプルだが、安定的に製造・供給するには高度な技術とノウハウという壁が立ちはだかった。さらに高い壁は、化石燃料に比べて製造・運用コストが高いことだった。

「グリーン水素パーク-白州-」(北杜市)に設置されたP2Gシステム

 国は化石燃料とグリーン水素のコスト差を補填する「価格差支援制度」を始め、2026年3月、山梨県は国からの助成を受けられることが決まった。供給開始から15年間にわたって国の支援が受けられるので、水素ビジネスが安定的に展開できるようになる。

年間のグリーン水素生産量は8トンから1600トンへ

 山梨県の水素ビジネスを引っ張る宮崎和也・知事政策補佐官は「価格差支援制度に採択されたことで、山梨の水素は第2コーナーに入ります」と話す。

 確かにその言葉はうなずける。

 第1コーナーは、2025年10月、山梨県北杜市のサントリー白州工場に隣接する「グリーン水素パーク-白州-」でP2G装置が稼働したときだった。最大16MWのシステムは国内最大規模。白州工場で作られるウイスキー製造の工程で熱源として利用するため、実証実験が始まった。

 今回の価格差支援制度の採択後、白州工場のP2G装置は現在の16MWから増強する。水素の生産量は年間1607トンとなる。

「この生産量は強気と思われるかもしれませんが、売り先がほぼ決まっている手堅い計画です。今後、山梨県の水素は一気に広まっていくはずです」(宮崎さん)

 県は価格差支援制度の認定を目指して、着々と準備を進めてきた。

 山梨県とともにYHCに出資する東京電力ホールディングス、東レとの合弁会社「やまなしハイドロジェンカンパニー(YHC)」に追加出資することを予算化。宮崎さんはこう語る。「ようやく、水素社会の夜明けが見えてきました」。

山梨がすごい! トラブル克服が生んだ製造ノウハウ

「水電解装置や電源装置など1つ1つの機器は完成品です。ただし、われわれは不規則に変動する太陽光発電の電力でグリーン水素を製造するためのP2Gの総合的なマネジメントシステムを長年ブラッシュアップしてきました。その完成度の高さがアドバンテージなんです」

 宮崎さんのこの言葉に、山梨の強みの本質が凝縮されている。

 山梨県が甲府市の米倉山でP2Gシステムによるグリーン水素の製造を本格的に始めたのは2021年。以来5年間、水素製造がうまくいったときも、トラブルが起きた時も宮崎さんのスマホは毎日のように鳴り続けた。

「水素は慎重に扱わなければならない気体です。だから、小さなトラブルだったとしても、みんなで原因を究明して再発しないようにしていきました」

宮崎和也さん(撮影・今村拓馬)

 時には作った水素を買ってくれる相手がいなくても、機器の耐久性などを確認するため水素を作り続けた。ただ作るだけでなく、あらゆる状況を想定して、状況に応じてベストの生産体制を試した。

 宮崎さんは「普及を進めるためには、製造ノウハウをため込む必要がありました。米倉山で完成しないものが使えるはずがない。あらゆる生産体制を試して、徹底的にエラーを出すんだという思いでした」と話す。

 エラーを出して原因を潰すことが量産化・社会実装への唯一の道だという確信が、水素製造メンバーを支えた。県と製造メーカーとが手を携えて改良を重ねてきた。

 こうした積み重ねの結果、現在のP2G装置は5世代目。「1世代目と比べると、かなり薄型コンパクトになっています」と宮崎さんは言う。

 蓄積されたノウハウは、導入企業に伝承されていく。住友ゴム工業の白河工場に山梨県のP2G装置が導入された際も、開発段階から技術者が一緒に取り組み、トレーニングを重ねた。

 宮崎さんは「今後は、たくさんのエラーを克服してきた製造・運用ノウハウをマニュアル化して、多くの人がすぐに山梨のP2G装置を使って水素を製造できるようにしたい」と話す。

山梨がすごい!② 頭を下げまくって作ったサプライチェーン

 製造ノウハウと並んでもう一つの武器が、グリーン水素を使う企業や団体を地道に開拓してきたことだ。「サプライチェーンづくりは本当に苦労しました。誰も水素を使ってくれなかったころですからね。頭を下げまくりました」と宮崎さんは言う。

 現在、山梨県産水素の納入先はサントリーをはじめ十数社に及ぶ。この「サプライチェーンを持っている」という点で、山梨県の優位性は際立っている。

 日本国内には、山梨県以外でも水素を製造する装置を開発している企業などがあるが、水素の使い先の発掘に苦しんでいる。

 水素を作る技術力だけでなく、使う側を開拓し、需要と供給をつなぐサプライチェーン全体を組み立てたこと——山梨県が10年かけて積み上げてきた「使ってもらう側の視点」こそが、他の追随を許さない要因になっている。

インドの合弁会社がP2G装置組み立てへ

 山梨の水素への関心は、国内だけにとどまらない。県が今、急速に関係を深めているのはインドだ。

 世界最大の人口を抱えるインドは、エネルギーの多くをロシアなど他国からの輸入に依存しており、経済安全保障の観点からも、依存先を変えたいと考えている。そんな中、グリーン水素の普及に向けた優遇政策を打ち出していて、水素の販売先を開拓したい山梨県と利害が一致した。「インドの積極性は突出しています」と宮崎さんは言う。

 2026年2月、インドのウッタル・プラデーシュ州(UP州)のヨギ・アディティヤナート首相が来日した。ヨギ氏はインド・モディ首相の後継最有力者とされる人物。公式行事が相次ぐ中、合間をぬって山梨県を訪れ、米倉山を視察したほか、カナデビア(旧・日立造船)とインドのエネルギー会社がMOU(基本合意書)を締結する場に立ち会った。

 締結の場で、長崎幸太郎知事とヨギ氏は固い握手を交わした。この合意書がいかに両社にとって重要な意味を持つかがわかる。

MOU(基本合意書)締結に立ち会った長崎知事とヨギ・UP州首相=右から2人目(撮影・山本倫子)

 インドでの水素づくりはまずコンパクトな500kW規模の実証機で始まる予定。カナデビアが都留市に建設中の工場は2028年度末に完成予定で、P2G装置の心臓部(スタックと呼ばれる水電解装置)の量産が始まる。その時期に合わせ、インドでの水素生産量は2ケタMW級への拡大を見込んでいるという。

水素で焼き鳥がおいしくなる理由

 グリーン水素の使い途は、燃料にとどまらない。UCC上島珈琲が開発した「水素焙煎コーヒー」が、その象徴だ。

 水素は天然ガスと違い、炎の温度を超低温から高温まで幅広く調節できる。この特性を活かせば、豆の種類や好みに応じて、いろいろな煎り方ができる。バリスタから「味わいが華やかでやわらかくなる」と言われたこともあるという。セブン-イレブンで買えば、味わいを確認できる。

UCC上島珈琲のHPから作成

 焼き鳥や焼き魚でも、水素による調理は独特の仕上がりをもたらす。「水素は炎の中に炭素の成分が入ってない。酸素とくっついて水しか出ない。だから、鶏肉を焼くと、皮はパリッとして、肉がジューシーになるんです」(宮崎さん)。東京都内にはすでに水素で調理するレストランの営業も始まっている。

 山梨県韮崎市に工場を置くタンガロイ(超硬工具メーカー)は、金属を焼き固める工程(焼結工程)で水素を「還元ガス」として使う。金属表面の酸化膜を水素で取り除くと、純度の高い製品になるという。

「工場ボイラーの燃料だけでなく、思いもつかないようなことに水素が利用されるようになるとうれしい」と宮崎さんは言う。

やまなしのグリーン水素がオールジャパンを席巻!

  今回、経済産業省から発表された「価格差支援制度」の採択は、もう一つ山梨県にとってエポックメーキングとなる内容が含まれている。

 サントリー白州工場で製造したグリーン水素を同工場だけでなく他の工場などに輸送し利用する「山梨ハブ計画」だけでなく、YHCが福島県浪江町にあるFH2R施設内でグリーン水素を製造し、福島県内や東京都内に供給する「福島ハブ計画」もの申請が採択されたのだ。そこでグリーン水素を製造するのは、もちろん山梨県が開発したいわゆる「やまなしモデル」のP2Gだ。

 P2Gを設置するのは、同町棚塩地区にある工業団地「福島水素エネルギー研究フィールド(Fukushima Hydrogen Energy Research Field (FH2R))」の一画になるという。FH2Rでは、18万m2の敷地内に設置した20MWの太陽光発電の電力があり、この電力を利用してグリーン水素を製造する計画だ。採択された枠は年間1177トンの生産量。福島県だけでなく東京都にも水素を供給することになるという。

 長崎知事は「今回の採択により、山梨と福島とあわせ、現在の約140倍となる2700トン超を生産することになります」と3月30日の記者会見で述べた。

 宮崎さんは「日本のエネルギー政策にとって象徴的な地域での稼働により、復興支援になると同時に日本の水素社会の実現に大きく貢献することになり、名実ともに山梨県が日本を代表するグリーン水素の中心軸になります」と期待を膨らませる。

コスト対策と技術者育成で先手を打つ

 山梨県は2026年10月、北杜市で「富士ハイドロジェン・サミット」を開く。グリーン水素を推進する各国の地方政府や企業、研究者ら約1300人(オンライン含む)が参加する国際会議で、世界各国が「社会で活用している実例」を持ち寄り、これからの課題を議論する。

 サミットの場は「水素社会をリードする山梨」をアピールする絶好の機会になる。

 さらに県はカーボンニュートラル推進のトップランナーであることを内外に訴求するために、水素が社会に普及するために超えなければならない課題にいち早く着手している。

 一つは、コスト対策。国の価格差支援制度に頼るだけではなく、山梨県は独自に新たな突破口を模索中だ。

 電力は、使う量(需要)と作る量(供給)のバランスが悪くなると、最悪の場合は停電してしまう。このため電力量をチェックしている送配電会社は、太陽光など発電量が不安定な再生エネルギーで作る電力の出力を制限する。

 この出力制限された電力量は年間約58.7億kWhと見込まれ、これは山梨県内の年間消費電力量の1/3に相当する量だ。この「捨てられている電気」を水素づくりに使う仕組みをつくれば、グリーン水素のコストが下がり、競争力が高まる。

 もう一つは、技術者の育成だ。

 水素が使われるようになれば、専門の技術者が必要になる。だが、現在はそのような育成機関はない。宮崎さんは「山梨大学、山梨県庁、YHC、サントリーなど水素を活用する企業がいるうえ、水素を作っている米倉山には研修する場が整っている。人材を育成して世界に供給していけるだけのコンテンツがそろっているんです」と話す。

 水素で得た収益は山梨県の自主財源となり、小学校の少人数学級など山梨県民に役立つ施策へと還元されていく。「やまなしから世界へ、世界からYamanashiへ」。10年かけて蒔いた種が、いよいよ芽吹こうとしている。

文・大野正人

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