地球環境にやさしくて「複雑な味」のワインができた! 炭素を土に埋め込む「4パーミル」のトップランナー・山梨の現場を行く

2022年7月27日、東京・銀座で山梨県産の桃が売り出されていた。
買った人は「環境にいい果物と聞いて、農家を応援しようと思って」と話した。

山梨県がここ数年力を入れている施策のひとつが「4パーミル・イニシアチブ」だ。
簡単に言うと、地球温暖化の防止を見据えて土壌に炭素を蓄える試み。
パーミル(‰)とは1000分の1=0.1%の意味。つまり、土の中に年間4パーミル(0.4%)の炭素量を増やすことをめざす。

環境に配慮した循環型農業に取り組む農家が増えている。現場を報告する。

ブドウ畑に立つ渋谷さん

ナチュラルワインの肝は「炭」

 山梨県南アルプス市の果樹園。このブドウから上級のワインがつくられている。主に赤ワインを生産しているこのワイナリーを営むのが「ドメーヌヒデ」の渋谷英雄さんだ。

「うちのワインは他とは違った味です」

 そう語る渋谷さんのつくるワインは、世界有数の国際コンクールであるDWWA(デキャンター・ワールド・ワイン・アワード)で銀賞を受賞するなど世界的に高い評価を受けてきた。

 渋谷さんがこれほどまでに高品質のワインをつくれるのには秘密がある。それは「循環型農業」によって生産される「ナチュラルワイン」であるということだ。

「化学農薬や化学肥料、動物性肥料を使用せず、純粋に植物由来の『ボタニカル循環型農業』をしています」

 その「ボタニカル循環型農業」を支えているのが「炭」である。

「果樹園で切られた枝を燃焼させて炭にします。その炭とブドウの皮を混ぜて肥料にしています。その炭があるために、化学農薬や化学肥料などを使わずに、自分の畑でできたものだけを使って育てる循環型農業ができます。こうしてできた『ナチュラルワイン』だからこそ、独自の味をつくることができるんです」(渋谷さん)

 実は、この「炭」こそが、山梨県の「4パーミル・イニシアチブ」の肝になっている。

県農政部の農業技術課は農家への普及を進め、販売・輸出支援課は農作物の販路開拓などを進めている。左から、塩野正和・販売輸出支援課主任、五味亜矢子・同課課長補佐、長坂克彦・農業技術課新技術推進監、國友義博・同課主幹

気候変動問題の解決策

 山梨県農業技術課の長坂克彦・新技術推進監はこう語る。

「枝を焚き火のように燃やしてしまうと二酸化炭素が大気中に放出されてしまいます。しかし、蒸し焼き(炭化)にすることで、酸素などは大気中に放出される一方で、多くの二酸化炭素を炭に閉じ込めることができます。それによって地球温暖化防止につながります」

「4パーミル・イニシアチブ」は以下のように定義されている。

「世界の土壌の表層(30~40㎝)の炭素量を年間0.4%(4パーミル)増加させれば、人間の経済活動によって増加する大気中の二酸化炭素(CO2)を実質ゼロにすることができる、という考え方に基づく国際的な取り組み」

 要するに、地中に貯留する炭素をわずか0.4%増やすだけで、気候変動問題を解決することができるという視点に基づく活動だ。いま、温室効果ガスの削減という点ではいかに石炭火力発電を減らし、再生可能エネルギーにシフトできるかという点ばかりが注目されているが、4パーミル・イニシアチブでは炭素自体を地中に閉じ込めて大気中に放出させないというアプローチをしている。そして、山梨県は日本国内ではその試みの先頭に立っている。

渋谷さんのワイナリーのブドウ畑に積まれている炭

国際会議で、日本で唯一スピーチした山梨県

 4パーミル・イニシアチブは2015年12月のCOP21(国連気象変動枠組条約締結国会議)でフランス政府が提案し、2022年7月現在、日本国を含む719の国や国際機関が参画している。

「山梨県は2020年4月に日本の都道府県として最初に参加しました。昨年秋のCOP 26でも同時に開催されていた『第5回 4パーミル・イニシアチブ・デー』に山梨県の農政部長が招待され、オンラインでスピーチをしました」(長坂さん)

 スピーチをしたのが、日本からは山梨県だけだったことからも、山梨県の取り組みが注目されていることがわかる。

※4パーミル・イニシアチブ について詳しくはこちら

山梨は「4パーミル効果」が大きい

 なぜ山梨県は4パーミル・イニシアチブに力を入れているのか。

 大きな要因のひとつとして、山梨県で果樹栽培が盛んなことが挙げられる。畑作に比べて、耕耘(こううん=作物を植え付ける際に土を掘り返すこと)をしない果樹栽培は土に炭素を蓄えやすい。山梨県の生産シェアは、ブドウが24%、桃が35%もある。だから、山梨で4パーミル・イニシアチブを導入すると、CO2削減効果が大きいのだ。

 4パーミル・イニシアチブの実施方法は幾つかあるが、日本では昔から、枝を炭にして肥料にする農法があった。たくさんの炭素が含まれている枝(剪定枝)は細くチップにしてもある程度の炭素貯留効果はあるが、県が試行錯誤した結果、一番効果があるのが炭化させることだった。

 炭を作るのには「無煙炭化器」という特殊な鍋を使う。底に穴が空いている無煙炭化器に1〜2ヶ月乾燥させた剪定枝を入れて炭化し、畑に散布する。

「4パーミル」が産んだ副産物は…

 渋谷さんは循環型農業を追求した結果、4パーミル・イニシアチブの導入に至ったという。実際にやってみると、思わぬ副産物があったという。

「味がさらに良くなったんです。ワインは複雑な味を出すことが大事です。循環型で炭を使うようになったことで、雑草も多様性が出てきました。土壌環境が良くなり、生物多様性が出たことにより味の複雑性が増したのです」

渋谷さんがつくったワイン

 循環型の良いところは「この土地だからこその味が出せるところ」だと語る。「外部からの肥料を使うと確かに収量や生育はよくて、収量はおそらく1.5倍くらいになるでしょう。でもその半面、画一的な味になってしまう。それに農業をやっていて感じることとして農業は環境負荷がすごく高い。それを少しでも低減させていきたい思いがありました」

 枝を「炭」にすることが、味と環境の両面にいい効果をもたらすというわけだ。

 山梨県は2021年5月、4パーミル・イニシアチブを推進するために、導入した農家の作物や加工品に対する認証制度をつくった。認証を受ける人が徐々に増えている。

 消費者に対しては、ロゴマークが貼られている商品を買って「環境負荷を低減させている」という取り組みに参加してもらうことを狙っている。エシカル消費(社会的課題の解決を考慮した消費者が、課題解決に取り組む事業者を応援する消費活動を行うこと)を促すことで、農家に恩恵があるし、山梨県産の農作物のブランド化、高付加価値化にもつながる。

 県販売・輸出支援課の塩野正和主任はこう話す。

「山梨県産の果実は品質がいい、ということは多くの皆さんがご存知だと思います。さらに今後は、『環境にもいい』という新たな価値を感じてもらいたい。まだ制度が始まったばかりですが、大都市のエシカル消費層に『山梨は4パーミル・イニシアチブに取り組んで果実をつくっている』ということを認知してもらい、山梨の果実を選んでいただきたいと思っています。そして、今後は日本全国の消費者に選ばれる果実になるよう、積極的にPRしていきたいと思っています」

 その試みが、冒頭に紹介した東京・銀座での桃販売につながっている。

 渋谷さんも消費者の意識の変化を感じている。

「ワインを飲む方は勉強熱心な方も多い。ワインのラベルについている認証ロゴを見て、『どういう意味なの?』と聞かれて、そこから環境問題の話になることもあります。ある意味では、ワインが環境問題を考える入口にもなっています」

丹澤さんの収穫は、朝5時から始まる

導入を始めた桃農家が実感する「変化」とは

 山梨市で桃やネクタリンを栽培する「興隆園」の丹澤修さんは、今年3月から枝を炭化させて土に埋めることを始めた。収量や味に変化があったかはまだわからないが、今後も続けていくことにしている。丹澤さんはこう話す。

「これまでもいろいろな栽培法を試してきましたが、炭を土に埋めることで、ふっくらした土になったのを感じます。確実に土づくりにはいい。さらに環境にいいということで、今後、作物にどんないい影響が出るのか、楽しみです」

 これからの社会はSDGsといった言葉に代表されるように、持続可能性を考慮することが欠かせない。それは生産者だけでなく、私たち消費者にも地球環境を考えた消費行動が求められているということだ。4パーミル・イニシアチブに取り組む渋谷さんのワインを飲んだり、丹澤さんの桃を食べたりしながら、地球環境のことを考えてみるのもいいかもしれない。

(肩書は記事公開時のものです)

文・小川匡則、写真・今村拓馬

関連記事一覧