「半導体・ロボット × 医療機器」で山梨の産業をイノベーションする!/メディカル・デバイス・コリドー構想の現場に迫る
技術力が高い県内がもっと安定的にもうけられる仕組みをつくりたい。
そう考えた山梨県が、新しい取り組みを始めた。
「メディカル・デバイス・コリドー」。
一風変わった”才能”が働いていました。
目次
病院内を走り回るロボット
高さ140センチ、幅約70センチの自動走行型ロボットが病棟内を動き回っている。今年2月から、山梨大学医学部附属病院で始まった実証実験だ。
多くの病院では看護師らが薬を運んでいる。だが、大学病院は広く、人手も不足している。「薬剤を運ぶ」だけでも往復で結構な時間が費やされてしまう。自走型ロボットは人の代わりに薬を運んでいる。
医師がスマートフォンなどの端末から指示を出すと、ロボットは薬剤部まで指定された薬剤を取りにいく。ロボットのボックスに薬剤が収納されると施錠され、人が歩く程度の速さで病院内を走行する。多くの人が行き交っていても、センサーで人や障害物を避けて走行していき、指定された医師の待つ治療室に到着した。医師がパスワードを入力すると施錠が解除され、薬が取り出される。
なぜ、このような実証実験が始まったのか。公益財団法人やまなし産業支援機構の内藤亮新産業創造部長は語る。
「産業用ロボットを作っている会社が、新型コロナで苦しむ病院を見て、『医療現場で役に立ちたい』という相談をもちかけてきました。そこで医療現場でどういうことに困っているのか、ロボットが役に立つ場面はどこか、というニーズを聞いて回りました。その結果、薬剤搬送をするロボットが必要だということになり、大学病院に協力してもらって、現場で実証実験を始めたんです」
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メディカル・デバイス・コリドー構想とは
「メディカル・デバイス・コリドー構想」。聞き慣れない言葉だ。
山梨県の基幹産業である機械電子産業に対し、安定成長が見込まれる医療機器(メディカル・デバイス)関連産業への進出を促すことで、静岡県までつながる産業の回廊(コリドー)を構築しようというものだ。
背景には、①山梨県には産業用ロボットや半導体の製造を支える高い技術力を持った機械電子産業が集積していること、②医療機器産業は景気の影響を受けにくく安定的成長が期待できること、③医療機器産業の最大の集積地である静岡県と隣接していること、の3つの理由がある。
発案者である長崎知事はこの構想に込めた戦略をこう語る。
「国民医療費が2040年まで増加し続ける中、医療機器産業は長期的に伸び続けることが見込まれるため、この分野に参入することで県内経済に安定的な成長をビルトインできる。そうなれば働く人も人生設計が立てやすくなり、結婚や出産、家の購入などにつながる。これは人口減少問題に対する一つの答えにもなる。また、医療機器は輸入品の比率が大きいが、それは、私たちが払った医療費が国外に流出しているということでもある。この医療費を国内で循環するようにすべきだ。山梨がその大きな受け皿になることで、県民生活を豊かにしていきたい」
推進するのは、やまなし産業支援機構内に設置された「メディカル・デバイス・コリドー推進センター」で、県内の企業と、医療機器メーカーや医療現場の橋渡しをしているのが、センターに所属する専門人材であるコーディネーターたちだ。
「コーディネーターは医療機器関連産業への参入支援や臨床現場からの医療機器開発ニーズの収集など多岐にわたる仕事をしています」(内藤部長)
さまざまな仕事に対応するため、コーディネーターには多様なバックグラウンドを持つ人材が集まっている。
山梨に無縁だった広島出身のコーディネーター
赤岸敬介さんはセンター発足当初、コーディネーターに就任した。広島県出身で、それまで山梨県には全く縁がなかったという。
「まずは県内にどんな企業があるのかを知るところから始めました。1年近くかけて主な企業を把握していきましたが、地名も分からなかったので苦労しました」
最初に就職した会社では、理系だったとことを活かして開発や生産技術に携わる仕事をした。その後営業を経験して、社内で福祉関係の事業を立ち上げたことから福祉やヘルスケア業界に転じ、3社を経て、メディカル・デバイス・コリドー推進センターでコーディネーターの職についた。医療機器メーカーや医療現場から「こういうものを作れる会社がないか」という相談を受け、それに合致する技術を持った企業を探して紹介するマッチングや、「医療機器分野に新規参入したい」という企業への支援などをしている。
「医療機器メーカーや医療現場からの依頼が定期的にくるので、その案件に沿って企業を訪問したり、マッチする企業を探しながら新規訪問をしたりしています。訪ねる企業のうち、2〜3割は新規訪問という感じです。普通の営業ではないので、進め方が難しいなと感じています」
プロジェクトを始めた2020年度に366件だった相談件数は、21年度には654件と2倍近くに増えた。ただ、現在の地道な取り組みがそう簡単に実を結ぶわけではない。
県は2022年度までは基盤構築期として、県内の企業情報を収集し、医療機器メーカーや医療現場のニーズを把握する「仕組みの基礎を動かす時期」と位置付けている。そして、23年度からの2年間は成長フェーズ、25年度から30年度までは拡大フェーズとして、10年がかりで山梨県を医療機器関連産業の一大集積地にしようとしている。
メディカル・デバイス・コリドー推進計画(概要版)はこちらから
https://www.pref.yamanashi.jp/documents/93352/korido-keikaku-gaiyou.pdf
メディカル・デバイス・コリドー推進計画(全体版)はこちらから
https://www.pref.yamanashi.jp/documents/93352/korido-keikaku.pdf
臨床現場の経験を活かす元看護師・臨床工学技士
田中茉結さん(冒頭の写真の一番左)は看護師として臨床現場にいた。
「6年ほど病棟で経験を積んだのですが、違う視点で医療に携わりたいと思いコーディネーターになりました」
そんな田中さんは臨床現場を知る強みを活かした活動を展開している。
「県内の医療機関から医療機器開発ニーズの収集を行っています。アンケートフォームのQRコードを記載したアイデア募集チラシを配布して、直接センターまでご連絡いただいたり、週1日山梨大学医学部キャンパスに常駐して医師や看護師さんにヒアリングをしたりしています。
また、『幅広く健康を支える』という観点から県庁や甲府市役所といった行政の担当者からヒアリングするということもしています」
臨床現場のニーズを収集する取り組みが、開発につながる案件も生まれている。きっかけは、「薬の投与量はエクセルに入力して計算しているので複雑だ」という医師の声だった。センターでは、他の医師や専門家にも意見を聞き、類似品や市場性を調べた。
「いま、薬の投与量を計算するアプリの開発を進めています。完成すれば入力や計算が簡略化されるので、医師の労力削減とより適切な治療ができるようになります」
永峯亮一さん(冒頭の写真の左から二番目)は今年1月、コーディネーターになった。病院内の医療用機械を管理・使用する臨床工学技士をしていた。
「医療機器メーカーを経て臨床工学技士として働いたので、メーカー側と臨床側の両方を見てきました」
このように製造企業と医療現場の間で調整する仕事は、メーカー側がやろうと思ってもなかなかできることではない。センターの支援はそれだけにとどまらない。
内藤部長は「医療機器の開発には資金が必要です。そこで、使える公的な補助金を紹介し、申請のお手伝いもしています。製造が進むと、特許を申請する必要が出てくることもあります。その場合は専門家を紹介するなどしてサポートしていきます。コーディネーターの業務は幅広く、それぞれに専門性を持った上で高い調整能力が求められます」と語る。
首都圏の医療機器メーカーからの新規受注で医療分野拡大も
東京を拠点に活動するコーディネーターもいる。大森武さんは、医療機器メーカーの製品を病院に納める「ディーラー」の仕事をしていて、メディカル・デバイス・コリドーにかかわるようになった。
「東京の医療機器メーカーが新しい機器の製造をするときに、工場が手狭なので広い場所を探しているという場合があります。そういうときに山梨県内の企業を紹介して、製造委託をしてもらいラインを増やしたこともあります。こうした東京のメーカーの製造を受託することで医療分野の売り上げ拡大につながった県内企業もあります」
大森さんは山梨県には高いポテンシャルがあると感じている。
「東京はあまり大規模な工場をつくれないので、隣接する山梨県には地の利があると思います。加えて、半導体関連産業やロボット産業などで培った高い技術があります。ニーズは県内だけでなく県外にも広げて掘り起こし、その中で県内企業とのマッチングを図っていきます」
医療機器生産高トップの静岡県とも連携
山梨県はメディカル・デバイス・コリドー構想を始めるにあたり、2019年12月に静岡県と連携協定を結んだ。静岡県は医療機器生産金額が全国首位で、多くの地場産業が医療機器分野に進出した実績がある。こうした静岡県の土台と、山梨が持つ半導体やロボットの技術が連携することで、新たなイノベーションを起こしたい狙いがある。
少ない人数だが、それぞれが得意分野を持ち、それぞれのアプローチでコーディネートをしているメディカル・デバイス・コリドー推進センター。医療現場のニーズを把握し、そのニーズを新たな製品開発で県内企業の成長を促進していく。「山梨県の産業イノベーション」が始まろうとしている。
▶山梨が描くメディカル・デバイス・コリドー構想(ショートバージョン)
▶山梨が描くメディカル・デバイス・コリドー構想(フルサイズ版)
文・小川匡則、写真・今村拓馬