めざすは「スーパー看護師」/感染症対策の最前線に立つための挑戦

山梨県で初となる「感染管理認定看護師」を養成する教育課程が、2023年開講した。
県内13病院から看護師14人が志を持って、新たな道を歩んでいる。
高度な専門知識を身につけるため、履修時間は800時間にも及ぶ。
次の新興感染症がいつやって来るか、予想はできない。
あのツラい毎日を繰り返さないため、備えはすでに始まっている。

感染症対策に欠かせない存在

 ポリ袋で、使い捨ての防護服をつくる。

 病院内や施設内を「レッドゾーン」「イエローゾーン」「グリーンゾーン」に区分けして、患者・入所者を、医療現場・高齢者施設等を感染症から守り抜く。

 新型コロナウイルスが猛威をふるう中、ウイルスに対する知識も、物資も不足していた2020年初頭。

 いったい、誰がこのようなアイデアを発案し、実行していたのだろう?

 県福祉保健部医務課で看護指導監を務めていた飯島俊美さん(現・富士東部保健福祉事務所)はこう話す。

「山梨県内の病院や高齢者施設等で新型コロナウイルスのクラスターが発生し始めた頃は、防護服やマスク、消毒薬なども不足していました。その中で、ポリ袋の防護服や感染者の発生状況に応じたエリアの区分けなど、感染管理認定看護師に助言いただきながら対応しました。感染管理認定看護師は、感染症対策に不可欠な存在なんです」

 認定看護師とは、日本看護協会が定める一定の条件をクリアした看護師のこと。19ある認定分野の中でも、感染対策において高度な専門知識や実践力をもつと認定された看護師を感染管理認定看護師と呼ぶ。2023年現在、山梨県内には25人の「感染管理認定看護師」が勤務しているという。

風評被害や感染リスクを越えて

 これまで、山梨県内には感染管理認定看護師の教育機関がなかったことから、感染管理の資格を取得しようと思うと、県外に学びにいかなければならなかった。病院や看護関係者からは、県内で受講できる体制を要望する声が多く寄せられていたが、山梨県内に新たに感染管理認定看護師教育機関を開設するためには、同時に特定行為指定研修機関の協力も必要となる。

「そのため、教育機関として山梨県立大学、感染及び特定行為の実習機関として山梨大学医学部附属病院、山梨県立中央病院に協力を仰いだところ、感染管理認定看護師の県内での養成に理解を得ることができたため、2023年の開講がかないました」(飯島さん)

 学ぶ環境を整えるだけでは終わらない。看護師を送り出す病院としては、必要性は感じているものの不安もある。飯島さんら県職員は病院に出向き、看護管理者に説明するなど、理解を求めて奔走した。また、教育課程の受講に必要な入学料・受講料・県外実習旅費を全額県が補助する手厚い仕組みも用意した。

 2023年度の履修生の一人が、山梨県南巨摩郡身延町にある飯富病院の看護師、望月結衣さんだ。

 望月さんはこれまで、三重県の伊勢赤十字病院、山梨県のしもべ病院、山梨県立中央病院など、さまざまな病院で経験を積んできた。看護師歴は産休・育休期間を除いても12年以上にのぼる。飯富病院には、2022年から勤務している。

今年度履修生の望月結衣さん。飯富病院の病棟内で(冒頭の写真も)。

「感染管理認定看護師を志したのは、飯富病院の看護部長に『挑戦してみないか?』とお声がけいただいたことがきっかけです。飯富病院に来て、まだ半年くらいしか経っていなかったので、『どうして、私が?』とびっくりしました。でも、夫や子どもたちに相談したら大賛成で、次第に『やるべきなんだ』と考えが変わっていきました。両親は、当初は少し反対していました……」

 感染症が発生した際、感染管理認定看護師は第一線に立つことになる。

 当然、自身が感染するリスクにさらされる。また、新型コロナウイルスの感染爆発が起きていた時期には、医療従事者への差別や風評被害もあった。

 心配する両親に、望月さんは「これは、正しく感染症対策をするための、自分の身を守るための勉強なんだよ」と説得した。すると、両親も「やれるだけやってみなさい」と、理解して応援してくれるようになった。

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認定までの高いハードル

 認定看護師になるには、5年以上の看護師経験と、「感染管理」「緩和ケア」「認知症看護」といった19の認定看護分野から、取得を希望する分野での実務経験が通算3年以上必要となる。それらの要件を満たしたうえで、600〜800時間の認定看護師教育を受講し、認定看護師認定審査に合格することで初めて、資格が取得できる。

 望月さんは4月から飯富病院には勤務せず、教育課程を受けている。

「認定看護師教育は、自宅のeラーニング学習と約2か月間の感染に関する講義、県内の大きな病院での医療実習によって行われます。eラーニングの受講日は、私の場合、朝の7時30分から夕方17時まで勉強しています。『まだ、足りないな』と思う日は、そこからさらに、夜の19時から22時ごろまで費やしたり、土日も勉強したりしています」(望月さん)

 認定看護師教育の中でも、望月さんは「特定行為」という診療補助ができるようになる教育課程を学んでいる。

 感染管理の特定行為は、脱水症状がある人に輸液を行い、輸液量を調整したり、感染の徴候がある人に薬剤を投与したりすること。通常、これらの行為は医師の指示に基づいて行うが、特定行為研修を修了した看護師は、患者の状態に応じて、あらかじめ医師とともに作成した手順書に従い、自分の判断でタイムリーに薬剤投与や輸液の調整を行うことができるようになる。より高度な知識が必要となるため、特定行為を含む認定看護師教育課程は800時間に及ぶ。

 受験資格や学習時間といったハードルの高さ、その過程を経て身に着く専門性から、認定看護師は病院内で一目置かれる存在となる。

送り出す病院側の思いは…

 認定看護師の教育課程は長いものでおよそ1年を要する。その間、朝から夜まで修学することになるため、基本的に病院での勤務はできない。

 病院側からすると、受講期間中はその看護師のポジションを補填しなければならない。認定看護師を増やしていくためには、病院の理解と協力が不可欠だ。飯富病院の近藤幹雄事務部長はこう話す。

「私たちは、教育課程にあたる1年を『研修に行ってもらっている』と考えています。望月さんのような方が、さらに専門性を高めて今後、個人としても病院としても飛躍していければと思います」

望月さんが勤務する飯富病院(南巨摩郡身延町)

あのとき、私は無力だった

 望月さんにとって、忘れられない出来事がある。

 2022年12月4日、飯富病院内でクラスターが発生した。

 6床あったコロナ病床は、瞬く間に埋まっていった。

 望月さんらは、病院内の看護室を「グリーンゾーン」、廊下を「イエローゾーン」、すべての病室を「レッドゾーン」と区域分けすることで、感染拡大を防ごうとした。だが、一部職員にも感染が広がり、代わる代わる欠勤者が出ていた。

「当時、私は院内の感染対策チームICTに所属していました。少ない職員では手が回らないうえに、防護服の着脱にも時間がかかります。コロナ以外の患者さんからのナースコールがあってもすぐに駆けつけられず、スタッフも疲弊していました」(望月さん)

「手に負えない……」。いかに自分が無力か、痛感した。

 飯富病院は、県に感染管理の専門家の派遣を要請し、隣町にある富士川病院(南巨摩郡富士川町)から感染症看護専門看護師が派遣された。混乱する現場を目にした専門看護師からの「ある指示」に、望月さんは感服した。

*患者本人だけでなく、家族などに対しても質の高い看護を行うために、特定の分野の知識や技術を備えたと認められた看護師。現場の人材育成や調整といった仕事にも加わる

「『クラスターが発生している状況だから、病棟フロアの廊下をすべて、レッドゾーンにしてみたら』と助言いただいたんです。そうすれば、防護服のままで廊下を行き来できるので、ずいぶん手間が省けます。使う機材も1ヶ所にまとめておくことができますし、職員を感染から守ることもできます。すごくシンプルなことなのですが、目の前の感染を食い止めることに手一杯で、組織を運営する視点は持ち合わせていなかった私にとって、ハッと驚く意見でした」(望月さん)

 もちろん、最善はクラスターを発生させないことだ。けれども、望月さんにとって「知識と技術があれば、どのような状況でも対策はとれる」と、感じられた出来事だった。

「この一件から、より一層勉強するようになりました」(望月さん)

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感染症に強靱な地域をめざして

 いま、山梨県は病院を中心とした地域の医療機関等に一定数の感染管理認定看護師がいるような環境を目指している。

「ただでさえ、どこの病院も人手不足です。新型コロナウイルスが大流行していたころ、派遣をお願いできる看護師さんが、いつも同じ5〜6人の方に絞られてしまっていました」。当時、看護指導監として、認定看護師派遣の調整に携わっていた飯島さんは、綱渡りだった日々をそう振り返る。現場の状況を把握するため派遣先まで認定看護師に同行していた飯島さんだけに、「理想は、施設それぞれに、利用者さんや患者さんの特性を理解している認定看護師がいることだと思うんです」と語る。

 今後、認定看護師を増やしていくにあたって、どのような課題があるのか。

「コロナ禍で感染対策に追われる医療現場では看護職員の離職が増えてしまったと聞いています。看護を高度化していくためにも、まず看護職員の働きやすい職場環境を整えることが欠かせません」と話すのは、山梨県医務課看護担当課長補佐の名取浩樹さんだ。現在、山梨県看護協会と連携しながら、看護職員の確保・定着に向けた取り組みを進めているという。

 同課で現・看護指導監を務める松井理香さんも続ける。

「山梨県は、各病院の看護管理者の方々とのつながりをとても大切にしています。そのネットワークを活かしながら、仮に、離職してしまっても、県内のどこかで看護師として再就職してもらえるように紹介しあえる関係づくりを進めています」

左から、山梨県医務課の看護指導監の松井理香さんと前看護指導監の飯島俊美さん

山梨に骨を埋めるつもりで…

 山梨県は現在、やまなし感染管理支援チーム(YCAT)を運営している。所定の研修を受けた医師や看護師、認定看護師のほか、薬剤師や臨床検査技師も在籍している。クラスターが発生した際は、要請に応じて該当施設に派遣される。平常時には、感染症に関する情報の交換や研修、訓練を通じて「顔が見える関係」を構築している。2023年現在、メンバーの総数は45人で、うち21人は感染管理認定看護師だ。来るべきパンデミックへの備えは厚い。

「看護師のみなさんは、自分の仕事にとても誇りを持っていらっしゃいます。そんな意欲のある方が、ずっとやりがいを持って働き続けられるように、安心して受講に臨めるように、今後も病院への周知と連携を図りながら進めていきたいと思います」(飯島さん)

 望月さんに、これからのことを尋ねてみた。

「夫の転勤が多くて病院を転々としてきましたが、飯富病院に、山梨県に骨を埋めるつもりです。マイホームを建てましたから! 長崎幸太郎知事も『山梨県を感染に強靭な地域にしたい』とおっしゃっています。私が認定看護師になったら、まずは自分の病院を感染に強い施設にしていきたい。そして、地域全体、やがては山梨県全体のケアを向上できれば、と思っています」

 取材時、望月さんが久しぶりに飯富病院に顔を出すと、ナースステーションの全員が作業の手を止めて声をかけた。

「元気?」

「頑張って」

「待っているからね」――。

 望月さんは照れたように笑い、手を振り返していた。

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文:土橋水菜子、写真:今村拓馬

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