「暑さに強くて、おいしい」と三つ星料理人も太鼓判 山梨県産「にじのきらめき」を全国へ売り込め!

「本当においしいんですよ。正直なところ、欠点が見つからない。愛をこめて、『にじきら』と呼ぶこともあります」
そう語るのは、「ミシュランガイド東京」で7年連続三つ星を獲得した経歴を持ち、
現在は山梨県内で日本料理店「八ヶ岳えさき」を営むシェフの江﨑新太郎氏だ。
著名な料理人が激賞する食材とは――。

■この記事でわかること
✔ 主要農作物奨励品種に昨年から指定された「にじのきらめき」は、暑さに強くて倒伏しにくいコメだ
✔「にじのきらめき」は三つ星シェフも推奨するほどの良い食味
✔ 一方で、「コシヒカリ信仰」は根強く、栽培面積はなかなか広がらない。ブランドのPRが急務だ

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倒伏しない短くて強い稲が良米を生む

 一面の稲穂が、光と風を浴びてなびいている。穂は垂れ下がっている。

 江﨑シェフは9月18日、韮崎市で「にじのきらめき」を育てる農家、田辺利彦さんが手塩にかけた田んぼを訪ねた。着くなり、江﨑さんと田辺さんは語り合い始めた。

江﨑シェフ いい時に来ました。収穫はいつですか?

田辺さん コシヒカリの収穫は始まっています。にじのきらめきは、あと2~3日で収穫です。にじのきらめきの収穫までの積算温度は約1100~1200℃で、コシヒカリよりも100℃高いので、少し遅めに刈り取ります。

江﨑シェフ にじのきらめきは、ずいぶん粒が大きいですね。

田辺さん そうですね。粒が大きい分、稲も太いので、重さに負けて倒伏しません。収穫量も多いんです。

 田辺さんは4年前から、「にじきら」を育て始めた。猛暑が続き、コシヒカリの品質が落ちたため、暑さに対応した米を栽培したいと思っていた。そんなときJAの提案を受け、にじきらを知った。

刈り入れ前の田んぼで語り合う江﨑新太郎シェフ(右)と田辺利彦さん

県の指導で軌道に乗った米作り

 1年目は手探りで栽培した。育ちすぎて倒伏しないよう肥料を控えたところ、収穫量は予想より少なかった。県の普及指導員に教えてもらいながら経験を積み、米作りが軌道に乗ってきた。

「大きな病気もなく、品質も良い。肥料はコシヒカリと比べて3割増ですが、収穫量が15~30%多く、刈り取りの適期も長い。大変なことに変わりはありませんが、にじのきらめきを育てて良かったと思っています」(田辺さん)

 江﨑シェフは遠くの田んぼを見ながら、田辺さんに話しかけた。

江﨑シェフ あの稲は完全に倒れてしまっていますね。コシヒカリですか。

田辺さん はい。あの田んぼは早くからグラグラしていました。一方、にじのきらめきはコシヒカリよりも20㎝ほどかん(稲の茎)が短くて強い。稲が倒れてしまうと、起こしてから刈り取りを行うので時間がかかり、適期での収穫が難しくなります。また、穂が水に浸かると品質が落ちる原因にもなります。良質な米を育てる上で、倒伏しないのは、とても重要です。

短くて倒伏せず、暑さに強い「にじきら」。田辺さんは「周囲の米農家から、にじのきらめきの様子を聞かれることが増えました」と話す。

三ツ星シェフ「本当においしい。欠点が見つからない」

 江﨑シェフは、新米の時期になると産地に出向き、様々な米を食べている。「かつては魚沼産コシヒカリの天下と言われていましたが、今はもう、そう言えないほど、各地の農家さんが工夫しておいしいお米を育てています」。江﨑シェフは昨年、初めてにじきらを食べた。「初めて食べたとき、あまりのおいしさに驚きました。ふっくらとして粒が大きく、噛めば噛むほど甘みがでてくる。食感も良く、本当においしいです。味の面で欠点はないと言い切れます」と話し、こう付け加えた。

「正直なところ、私自身、つい最近まで『にじのきらめき』という品種があることを知りませんでした。こんなにおいしいお米なのに、知られていないのはもったいない。多くの人に伝われば、すぐに人気が出ると思いますよ」

江﨑シェフ

 江﨑シェフによると、粒が大きい分、少し多めの水加減で炊くといいという。冷めてもおいしいのでお弁当にも向いている。冷凍も試してみた江﨑シェフは「味はそのまま。炊いたお米を冷凍する家庭も多いですから、そうした意味でも良いお米です」と話す。

暑い地域でも品質を保つために生まれた米

 山梨県総合農業技術センターによると、出穂後20日間の平均気温が27度以上の高温が続く場合、白濁した「白未熟粒」が増えるという。米粒が白濁すると外見が悪く、品質が落ちてしまう。山梨県で作付面積の7割を占めるコシヒカリは、寒さには強いが暑さには弱い。

 にじのきらめきは、暑さが続いても品質が落ちない米として、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が開発した。高温耐性に優れた「なつほのか(西南136号)」と、「北陸223号」を交配して育成され、2018年に品種登録された。

 山梨県内では、総合農業技術センターでの試験、さらに田辺さんの水田をはじめとした12か所の圃場での実験的な栽培を経て、昨年から主要農作物奨励品種に指定されている。

「非常に暑くても良品質を保てるのが、にじのきらめきの強さです」と、山梨県総合農業技術センターの農業革新支援スタッフ 主幹、久津間啓幸さんは語る。にじのきらめきを普及するため、農家への栽培指導を行っている。

久津間啓幸さん

「暑さに強く倒伏しない、育てやすい品種なのに、県内で栽培している農家はまだ少ないです。山梨県のコメ作付面積4,590haに対し、にじのきらめきは35ha程度にとどまっています」

 本格的な普及活動は、まだ始まったばかりだ。

「昨年から県の奨励品種となり、種もみの提供が始まりましたが、まだ作付面積が少なかったことから、農協での荷受け(収穫した稲を乾燥させ、玄米にしてから出荷する作業)ができなかったため、自身で乾燥などの作業が行える農家に限定していました。来年から、農協での荷受け体制も整う予定ですから、栽培できる農家も増えるはずです」と期待している。

栽培農家に根強い「コシヒカリ信仰」

 農協での受け入れ体制が整う一方で、懸念材料もある。

 全国的な知名度が低く単価が高くならないことだ。コシヒカリに比べて1割ほど単価が安いといわれる。美味しい、暑さに強い、というだけではダメなのだという。

「やはり、農家の中では『コシヒカリ信仰』は根強い。暑さに強い、品質が良いといくら言っても、無名で安い米のままでは、普及が難しい面もあります」(久津間さん)

着々と進む「東京デビュー」

 ミシュラン三つ星シェフが「おいしい」と認めるコメが知られていないのはもったいない。江﨑シェフは「県外にもっとPRしてブランド価値をあげれば、にじのきらめきの単価が上がり、栽培農家も増えるはず」と、東京駅や新宿、渋谷に出店している「おいしさと健康の融合」をコンセプトにしたお弁当専門店で、「にじきら」を使う計画を立てている。

「一度食べれば、その味は伝わるはずですから。早く東京デビューさせたいです」

 山梨県農政部の食糧花き水産課の課長、大澤一仁さんは「山梨県でにじのきらめきを積極的に普及していく中で、江﨑シェフから高い評価を得られたことは非常に心強いと思っています。まだ供給量が少ないですが、生産者にも消費者にもにじのきらめきのおいしさを知っていただき、生産拡大につなげていきたい」と語る。同課の課長補佐、五味亜矢子さんも「県内では『梨北米』というブランドは知名度がありますが、実は県外の一般の消費者にはあまり知られていない。PRの重要さを痛感します」と話す。

 県はPR施策の一つとして、県内のホテルと連携し、宿泊客に「にじきら」のおいしさを知ってもらう企画を準備中だという。

食糧花き水産課のみなさん。左から五味亜矢子課長補佐、大澤一仁課長、石川寛人課長補佐

 山梨県は『おいしい未来へ やまなし』のキャッチフレーズで、県内の農・畜・水産物をPRしている。今後、「にじのきらめき」も生産量が高まるにつれて全国に紹介されていくことになるだろう。温暖化に強い品種が消費者の心をつかめるか。県内で栽培する農家を増やせるか。これからが正念場だ。

文・三郎丸彩華、写真・今村拓馬

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