めざせ、郷土を支えるアーキテクト!県内初の一級建築士認定校が誕生
「未経験者歓迎」
「高校既卒者・見込みなら年齢不問」
「学費は月額9900円」
「日中、仕事OK!」
「うれしい給食付き」
こんな、夢のような条件で、一級建築士をめざせる学校がある。
山梨県立甲府工業高等学校の専攻科建築科の夜間制だ。
たくさんの夢が集まる夜間高校
「お給料がよくて、自宅から近い職場ならいい」
ずっと、そんなふうに思っていた。
だから、これまでもホテルのフロントや、スポーツジムのインストラクターなど、さまざまな職を渡り歩いてきた。
「建築」に携わるまでは――。
「昔から、ものづくりが好きだった」と話すのは、「株式会社夢や」の大河内良枝さん。2022年10月、住宅の新築やリフォームを手がける夢やに入社し、建物の設計や外観デザイン、水回りの改修提案などの業務に携わっている。
「現在の会社に勤めるまで、いろんな職種に携わってきました。もう、30代ですし、『本当は何の仕事がしたいのか?』と悩んで、ハローワークに相談したんです。面談シートで『ファッション』など興味のある分野にチェックを入れていくのですが、そのとき、ふと『建築』というワードが浮かび上がって見えたんです」
相談員に「建築関係なら、職業訓練がありますよ」と後押しされ、大河内さんは山梨職業能力開発促進センター(ポリテクセンター)に通い始めた。
ポリテクセンターでの日々は、充実していた。設計を行うソフト「CAD」の操作は楽しかったし、間取りを考えながら、そこに住む家族が団らんしている姿を想像するだけで、時間はあっという間に過ぎた。
「そんな職業訓練中に、山梨県立甲府工業高等学校の専攻科建築科の卒業生と知り合ったんです」
ポリテクセンターでの職業訓練中に夢やの面接を受けた。その際、日中は夢やで仕事をし、退勤後は甲府工業高等学校の専攻科建築科夜間制に通いたいこと、建築について、いま以上に勉強したいという思いを伝えた。
夢やの社長からの返事は「ぜひ、頑張って」。採用の返事とともに、激励をもらった。
「16時半まで働いて、夢やのある甲州市から甲府市の学校へ行って、17時からの給食を食べて、18時5分から授業が始まります。授業は21時20分まで。毎日忙しくて、だらだらできる時間はまったくありません。でも、学校には私より若くて、優秀な方もいます。私と同じように、別業種から建築を志す人もいます。一人だとめげそうになるけれど、同じ夢を持つ仲間に出会えて、刺激をもらえて、毎日が充実しています」
学生の県外流出を食い止めろ
これまで、山梨県内では一級建築士の受験資格を得られる学校がなかった。対応している学校がないのは、全国47都道府県の中でも二つだけで、そのうちの一つが山梨県だった。甲府工業高等学校建築科主任の菅沼雄介さんはこう語る。
「高校を卒業後、一級建築士の勉強をしたいと思う人は、みんな県外の学校へ進学していました。そして、そのまま就職し、居を構え、生活基盤を他の都道府県で持ってしまうのが長年の課題だったんです。一度、外へ出てしまった人は、なかなか戻ってきてくれません。高い志を持った人間を、地域の中で育成して供給できるような、そんな体制づくりが必要でした」
従来も、山梨県内で二級建築士の受験資格取得は可能だった。しかし、一級建築士に比べると、二級建築士は、設計できる建物の規模などに制限がある。二級建築士は家屋、施工監理がおもな業務対象だが、一級建築士はビルや公共施設など大型建築にも携われる。
建築に関わる者にとって、両者の違いは大きく、より高い目標を掲げる人が県外へ流出しがちだった。
「県内の企業や業界団体からも『なんとかならないか』という声が寄せられていました。そこで、2022年度のチャレンジとして、当校のカリキュラムを再編し、一級建築士の認定校になるための手続きを行ったんです。建築士法改正によって、2020年からは一級建築士の受験資格に必要だった『実務経験』も不問となり、条件が緩和されていたことも追い風になりました」
手続きからおよそ半年後の、2022年12月、認定が下り、甲府工業高等学校の専攻科建築科は山梨県初の一級建築士の認定校となった。
「これから建築士をめざす人より、すでに建築業に携わっている方からの反響が大きいですね。『2年制で一級建築士が受験できるなんてすごいね』『公立で学べるとは、お得だね』など、いろんな声をいただいています。建築を学ぼうとした際、一般的に、専門学校では2年間でおよそ250万円を要します。でも、当校の場合、月額9900円、諸経費を入れてもかかる費用は2年間で40万円です。Iターンや、セカンドキャリアを考えている都心部の方にも有効に活用していただければ」
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2023年度、甲府工業高等学校の専攻科建築科夜間制には13人の生徒が入学した。
冒頭の大河内さんをはじめ、高校を卒業後、そのまま進学した19歳の生徒や、50代の元看護師など、年齢、経歴もさまざまだ。
甲府工業高等学校に通いながら、有限会社匠建築工房で働く中村信太郎さんは、現在32歳。匠建築工房で勤めるまでは、体育の先生だった経歴を持つ。
「匠建築工房は親の会社なんです。実家が建築関連だったというのもあり、いつかは家に関する仕事にかかわりたいという思いがありました」
匠建築工房は、おもに建築などの工事現場で、現場全体の施工管理を担っている。中村さん自身、実家を建てた際の現場を父が指揮する姿も目にしてきた。
「じっとしているだけでは仕事は入りません。現場があって、初めて収入になります。ですから、単に業務をこなすだけでなく、お客様の期待以上のものを提供することが大切です。ぱっと見て美しい建築物をつくり上げるためには、細部の仕上げにも細心の注意を払わなければいけません。ひと通り、いろんなことをわかっておく必要がありますし、とても難しいのですが、毎回、学校での勉強が役に立っていると感じています」
現在は、現場でのサポート業務が主だという中村さんに、将来の夢を尋ねた。
「ひょっとしたら、教師時代の教え子たちが、いつか、山梨県内に家を建てるかもしれません。そのとき、再会したり、お手伝いができたりしたら、うれしいです」
山梨県初となる一級建築士の認定校は、多くの人に夢を与えた。
一方で、2023年度の入学者数は13人。取材で出会った学生の中には、一級建築士の受験資格が得られることを知らずに入学した人もいた。こんなにお得な教育課程なのに、なぜ? 山梨県教育庁高校教育課の柿﨑敬さんは語る。
「2022年12月に認可が出て、翌年1月にはプレスリリースしたのですが、まだまだ認知は広まっていない状態です。来年度は、もっと入学者数が増えるよう、PRに力を入れていけたらと考えています。中には、建築を学びたいけれど、県外に出る資金的な余裕のないご家庭もあるかと思います。今後は、普通科高校にもチラシなどを使って、周知していきます」
これまで、山梨県は隣県の長野県や静岡県と比較したとき、事務所の数や、技術者の人数も劣っていた。甲府工業高校の菅沼さんは「山梨県から一級建築士を輩出することで、県内の建築文化を底上げできたら」と期待する。
「山梨県は県土のおよそ78%が森林で、そのおよそ半分は県有林です。森林大国なんですよ。一方で、県産材を活用した住宅は、あまりつくられていません。今後は、地域で木を育て、その木を使い、住めば住むほど価値が上がっていくような、住宅を『街とともに一緒に育てる』感覚を持つ建築士が生まれたら、と思っています。建築は、そこに住む人、そして、街にとっての財産になるんですよ」
甲府工業高等学校から、郷土を支えるアーキテクトが誕生するのを、関係者は待ち望んでいる。
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文:土橋水菜子