止まらない人口減少 山梨県庁の若手職員は自分の職場づくりから始めてみた

テスラのCEOイーロン・マスクは2022年1月、
「出生率の低下による人口崩壊は、文明にとって地球温暖化よりも遥かに大きなリスクだ」
とポストした。

その大きなリスクに立ち向かう動きが山梨県で始まった。
2023年10月、山梨県で「人口減少危機対策本部事務局」が発足した。
年度途中で各部局から職員を集める大幅な組織改編は、きわめて異例だ。

きっかけは長崎幸太郎知事が、
社会保障や人口問題を扱う内閣官房参与・山崎史郎氏の著書に感銘を受けたことだった。

人口減少についてはこれまでもさまざまな施策を打っている。
ところが、県の出生率が上がる気配はない。

真の原因は何なのか?
県庁の若手職員は、自分たちの足元から考え始めた。

◼️この記事でわかること
✔ 山梨県庁に新設された「人口減少危機対策本部事務局」には人口減少危機対策企画グループと、人口減少調査研究グループがある
✔ 今回、県庁内に設立された人口減少危機対策本部若手職員専門部会には、出会い結婚・妊娠出産・子育ての3グループがある
✔ 子育てグループの若手職員の合言葉は「共に支え合う職場づくり、働き方の追求」。すなわち「まずは、自分たちの働く環境を変えよう」
✔ 子育てグループは「インターバルシフト制度」「庁内応援制度」の2つの提言をまとめた
✔ 人口調査研究グループは、①働き方改革 ②プレコンセプションケアの推進 ③地域力向上 の3本柱を追究している
✔ 職員が人口減少問題を“自分事”として考えられるようになった理由

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日本消滅?まずは当事者意識を持つことから

 山梨県は、2023年6月に「人口減少危機突破宣言」を、7月には企業や市町村などと共に「やまなし人口減少危機突破共同宣言」を出した。危機感を共有し、「オールやまなし」で取り組むのが狙いだった。「共同宣言」を出した7月には、山崎内閣官房参与も招いてセミナーも開催した。

 8月に県庁内に設立された人口減少危機対策本部若手職員専門部会は、全員で19人。推薦と庁内公募で集まり、メンバー全員で「出会い結婚」「妊娠出産」「子育て」の3つのテーマを決めた。若手の自由な意見交換と当事者意識を期待する本部事務局は、あえてテーマやゴール設定、チーム運営の方針を示さなかった。

 自ら手を挙げて「子育てグループ」に参加した雨宮俊祐さん(38)は、人口減少危機対策企画グループと、山梨県感染症対策センターのグリーン・ゾーン推進グループを兼務する。

ライフスタイルの変化が大問題を考えるきっかけに

 雨宮さんは4月に待望の第1子を迎えた。そして2週間の育児休暇を取得した。しかし山梨県庁では2023年7月から、男性職員の3ヶ月の育休取得を推奨している。なぜ2週間だったのだろうか。

「育休を取得すると、誰かがその分の仕事を引き取らなくてはならず、残される人の負担が増えます。加えて、自分の仕事は自分がやらなくては、という気持ちもありました」

 雨宮さんはそう話す一方で、子どもが生まれてからは、働き方を変える必要があるとも思っていた。夫婦2人なら、それぞれが自分中心の働き方をしていても許される。しかし、ケアする対象ができれば、そうもいかない。

 ライフスタイルの変化が、雨宮さんと人口減少問題をリンクさせた。

「実効性のある提言をめざしました」と話す「子育てチーム」の雨宮俊祐さん

大問題を身近な問題として考える

 子育てグループは週に一度、対面で集まった。ゴールは実効性のある提言を行うこと。人口減少は「放置すれば日本消滅」とまで言われる大問題だが、壮大な絵空事をぶち上げても実効性はない。

 そこでグループの合言葉は「共に支え合う職場づくり、働き方の追求」。すなわち「まずは、自分たちの働く環境を変えよう」になった。大きすぎる課題を、足元から見つめなおそうという発想だ。県庁が変われば、県内の市町村や民間企業も変わっていく。議論を重ね、この「共に支え合う職場づくり、働き方の追求」を実現するための施策として2つの提言をとりまとめた。2024年2月に長崎知事にプレゼンテーションをする予定だ。

提言①仕事を「中抜け」できるようにしよう

 提言の1つは「インターバルシフト制度(中抜け制度)」。

 これまでも短時間勤務や、早出遅出の制度はあった。しかし、短時間勤務では周囲の人の負担感が残る。職員個人にしてみれば収入が減ることや、キャリア形成に支障が出ることは大きな痛手だった。

 早出遅出制度も、子どもの朝夕の送迎や日中の保育園や学校行事への保護者参加といったプライベートの予定との両立を可能にするものではない。

 とりわけ雨宮さんにとっては、自身の実体験がこの提言の背景にあった。

 雨宮さん夫妻は不妊治療を受けていた。仕事をしながら不妊治療を行うのは決して簡単ではない。月経周期に合わせて1ヶ月に複数回の受診が必要で、治療は数年にわたる。

 問題は、勤務が連続したものと考えられていることだと気づいた。勤務時間の長さを変えずに中抜けできる制度を作れば、朝夕の送迎や行事への参加もかなうし、治療を続けることもできる。用事が済んだ後、再び働くといった働き方ができたら、仕事とプライベートの両立が可能になるのではと考えた。

提言②:人手不足をワークシェアで乗り切ろう

 2つ目は「庁内応援制度」。部局をまたいで、正規職員が兼務する環境を作ることだ。

 これまで育休中の欠員は、非正規の職員(会計年度任用職員)がカバーしてきた。子育てグループは議論を進める中で、今後、山梨県が推奨する男性職員の3ヶ月の育休取得が進めば、任期が数ヶ月の非正規職員の募集が増加することを想定した。しかし、数ヶ月の短期であれば仕事を覚えたころに任期満了になってしまい、正規職員の業務削減にはつながりにくい可能性がある。さらに、働く側からしても数ヶ月で終わる仕事には応募しづらく、募集のタイミングで適材適所の人材が現れるケースは少ないのではとも考えた。

 山梨県は7月から、正規職員の育休取得による欠員が出た際、業務をカバーした職員に勤勉手当での手当金が支給される育休業務応援手当制度を設けた。この制度について雨宮さんは次のように話す。

「今までは金銭的なフォローがなかったので、今回制度ができたことはありがたいですし、助かる人も多いでしょう。しかしながら、一方で子どもが小さいうちは、早く帰宅することを求められている人もいるはずです」

 人手不足と、育児などで一時的に仕事をスローダウンしたい人の両方の課題を解決するにはどうしたらいいかを考えて、兼務・ワークシェアを行う「庁内応援制度」にたどり着いた。

 日頃から兼務・ワークシェアする環境があれば、他の部局の業務を担う正規職員を確保できる。周囲への申し訳なさから育休を取れなかった人も、正規職員に業務を引き継ぐことで安心して休みを取れるようになる。また、同じ担当の職員も応援に来た正規職員に仕事を割り振ることで、職場内で育休を取得する職員が出たとしても現状より負担の軽減につながる。

部局を超えた仕事経験はキャリア形成に役立つ

 この制度は兼務・ワークシェアで応援する側にもメリットがある、と雨宮さんは考えている。

 県庁では2〜3年ごとに人事異動があるが、どこに希望を出せばよいかわからないことは多い。また「知らない」業務に対する職員の不安やストレスも決して小さくはない。

 その点、日常的に他部局の業務を経験する機会があれば、異動への心理的ハードルは下がる。さらに雨宮さんは、他部局の業務経験は職員の能力開発やキャリア形成にもつながると期待している。

 実際、今回の人口減少危機対策本部若手職員専門部会への参加は雨宮さんにとって学びの機会でもあった。

「チーム内に、プロジェクトマネジメント能力に優れた先輩がいたのですが、この方の仕事の進め方は勉強になり、数年後にはこうなりたいと感じました。この経験から私も30代後半になり、若手に”こうなりたい”と思ってもらえる職員をめざしたいと思うようになりました。同じ県庁でも部局や職員によって業務の進め方は違いますから、庁内で多様な経験ができることはプラスになるはずです」

かつてない規模の大調査を計画

 人口減少危機対策本部事務局には、人口減少危機対策企画グループのほかに施策に必要な調査や分析を担う「人口減少調査研究グループ」が設置されている。

調査の柱は3つ。

  • 働き方改革
  • プレコンセプションケア(将来の妊娠を考えながら女性やカップルが自分たちの生活や健康に向き合うこと)の推進
  • 地域力向上

 人口減少調査監の中嶋正樹さんは「国も県も人口減少対策事業をやってきたが、結果が数字に表れてきません。業種ごと、あるいは地域ごと出生率を調べ、この山梨県で国や地方自治体、企業、地域などが取り組む、各種の少子化対策がいかに出生率の向上に効果があるのか、その有効性を検証していきたい」と話す。県は、県内の民間企業などに協力を呼びかけ、かつてない規模の詳細な調査を検討している。

人口減少調査研究グループの人口減少調査監の中嶋正樹さん(右)と日原智香さん

「自分には関係ない」から意識が変わってきた

 人口減少調査研究グループの日原智香さんは、この担当になって、自分も新たな“当事者”になりつつあることを感じている。日原さんにとって、子育てや子育て支援について考える機会は多くなかった。ところが人口減少対策にかかわるようになって、女性の妊娠・出産のことを調べたという。

「私たちは、将来の妊娠・出産に備えて、自分自身で健康管理を行うことが重要だと気づきました。そうした時に、若い世代が子育てをしやすい環境を作れるよう、自身を含め社会全体がもっと寄り添って行くべきだと感じました。」

 2023年11月度の総務省統計によると、日本の人口は約1億2400万人 。そのうち妊娠・出産が可能な15歳〜44歳は全国で約4000万人、女性に限ると2000万人。全体の3割でしかない子育て世代の施策には、独身者や子どものいない人など当事者でない人からすると、距離感がある。

 しかし、日原さんは次のように続ける。

「子育て世代と括ってしまうと幅が狭く「自分には関係ない」と思う方もいるでしょう。しかし、現状の人材不足から見ても、人口減少は社会全体についてプラスではない。子供を守り育てられる環境は、社会にとっても必要であり、協力していくことで自分事として参加していく・・・それは意義があることだと思います」

大問題を自分ごとに引き寄せるキーワードとは

 人口減少危機対策本部若手職員専門部会の「子育てグループ内」の2つの提言をまとめると、「働き方を選択できる職場づくり」ということになるだろう。それぞれがライフステージに合った働き方ができれば、子育てや介護など仕事をセーブする事情がある人も、がんばりたい人も、独身の人も、そして子どもがいない人も共存できる。

 日原さんは強調する。

「人口減少問題は大きすぎて当事者意識が湧きにくい課題です。『このままでは日本が消滅する』と言われたって、自分が生きているうちには起こらないでしょうから。正直言って、私も少し前まで他人事でした。けれど、みんなで問題を共有しあう必要がある。そう考えているうちに、他人事だった人口減少問題が“自分事”に感じられるようになりました」

 山梨県庁が「共に支え合う職場」を真に実現したとき、それが「人口減少危機突破」の第一歩になるのかもしれない。

*文中の年齢は取材当時のものです。

文・筒井永英、写真・今村拓馬

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