ブルガリで伝える「日本のストーリー」山梨の日本酒、いま海外で右肩上がり中
山梨県で造られた日本酒が、海外で売れている。
キーワードは、県庁職員では思いつかない「デジマ戦略」。
仕掛けているのは、
県内12の酒蔵でつくる山梨県酒造組合だ。
目次
ブルガリと「山梨の日本酒」の関係
高級宝飾品ブランドのブルガリは、ビジネスを手広く展開している。東京・銀座の旗艦店はブルガリ銀座タワーと呼ばれ、イタリアンレストラン「ブルガリ イル・リストランテ ルカ・ファンティン」がある。2023年4月には東京・八重洲に「ブルガリホテル東京」もオープンさせた。約400平方メートルのスイートルームが1泊400万円以上すると話題だ。
と、ブルガリの話から書いたのは山梨県と関係なさそうで、実はあるからだ。
山梨県酒造組合は2022年12月にブルガリのレストランでイベントを開催、2024年1月にはブルガリのホテルでイベントを開く予定なのだ。すごくないですか?
目的は山梨の日本酒のブランドイメージを上げること。酒蔵ごとにブースを出して、ホテルやレストラン関係者に試飲してもらったり、山梨県産の食材を使った料理とのペアリングを楽しんでもらったりする。2021年12月には皇居外苑近くの「ザ・ペニンシュラ東京」、その前年は銀座中心部の「ハイアットセントリック銀座」と年に一度、都会の超おしゃれなホテルで開催している。
「酒どころでもないのになんでそんな場所で試飲会を開けるのかと、他県の同業者によく聞かれますね」と言うのは、山梨県酒造組合の副会長、北原対馬さん。わけを尋ねると、「酒どころでない」ことが大きいのだという。
法被を脱ぎ、幟は立てない。その理由は?
日本酒のPRといえば、法被を着た蔵人が樽酒を振る舞う姿が思い浮かぶ。たいていはサラリーマンの行き交う駅前などで、幟(のぼり)が立っている。有名な酒どころの定番だが、これと同じことを山梨がしても勝てない、と北原さんは考えている。そこで選んだのが、「ファインダイニング、ファインホテル」(北原さん)路線だ。
従来の日本酒イメージとは遠い選択だが、酒造組合メンバーの意見はすぐにまとまった。山梨県内に酒蔵は12しかなく、どこの経営者も「山梨って、日本酒をつくっているんですか?」と聞かれる悲哀を、身をもって体験しているから。ターゲットを富裕層に絞った作戦なので、選りすぐったインフルエンサーを招いてのフルコースディナーにも力を入れている。ブルガリというインパクトがあれば、インフルエンサーたちは盛んにSNSに投稿してくれる。
デジマ戦略を支える山梨県
このイベントを支えているのが山梨県だ。「『美酒美県やまなし』ブランド強化事業費」として2023年度に1800万円の予算を計上している。そのうち、800万円が日本酒に使われる。
※美酒美県やまなしのHPはこちら
担当する産業振興課の眞田卓也さんは、「伝統をいかしつつも、新しい感覚でブランドイメージを上げていく。思い切ったホテルを選ぶセンス、チャレンジする姿勢、県庁では思いつきません。とても勉強になります」と話す。2022年度には、「GI山梨・日本酒海外プロモーション支援事業費」として約485万円を交付し、酒造組合が2023年1月から始めたインスタグラムの費用に充てられた。組合が専門の会社に依頼、洗練された写真に加え、コメントは日本語、英語、中国語と3ヶ国語だ。
※山梨県酒造組合公式Instagramはこちら
そんなこんなで、今、山梨県の日本酒の輸出が増えている。
酒造組合によると、2020年度(2020年7月〜2021年6月)までの輸出量は6万6000リットル、2021度年は8万3000リットル、2022年度は4月までで7万4000リットルで、最終的には前年度超えがほぼ確実という。輸出先としては、中国(全体の22%)、次いで台湾と香港(各13%)、アメリカ(10%)、マレーシア(5%)。
2023年2月には香港からバイヤーを招き、4つの酒蔵を視察するツアーも実施した。コロナ禍でオンラインが続いていたが、3年ぶりのリアル開催だった。
輸出の伸びについて北原さんは、「あくまでも各社が取り組んだ結果です。高付加価値化、国際化で攻めていくしか、山梨県の日本酒が生き残る道はないことを、各社のみなさんが知っていますから」。自身、1982年生まれの40歳。「七賢」を製造する山梨銘醸の13代目社長でもある。入社した頃をこう振り返る。「ビールはもちろんワイン、シャンパン、酎ハイ、カクテル。アルコールが多様になっていた時代でしたから、沈没しそうな船に乗り込んだという危機感がありました。バブル期を経験している父親世代と違い、同世代の経営者はみなそうだと思います」
日本酒の生産者は同時に文化の継承者でもある、変わらないために変わる必要がある、と北原さん。そのためには新規性と独自性が必要で、デジタルマーケティングはもう必需品。売上増に即効性があることは他県の事例からもわかっていたから、2022年度の県予算でスピード感をもってデジタルマーケティング戦略をスタートできたという。
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飲まれるシーンを想像して酒をつくる
どんな場面で選ばれる日本酒をめざすか。北原さんのイメージは、はっきりしている。
「金曜日だから、ちょっといい寿司を食べに行こう。そんな時に選ばれるお酒です」
9月30日にはソムリエの田崎真也さんを招いて、日本酒の魅力を語ってもらう講演会を開く。ワインの世界で圧倒的知名度を持つ田崎さんを招くことは、酒造組合の三役で決めたそうだ。「酒どころでない」からこそのチャレンジ精神が、こんなところからもにじんでいる。
山梨銘醸が「七賢スパークリング」を輸出しているのに対し、笹一酒造は山廃生酛づくりの「旦(だん)」で海外に打って出ている。9年前、卸売業者を通さず特約店だけに売る新しい銘柄として売り出したのだが、4年ほど前から台湾や中国からも注文がくるようになった。
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異国の食卓でも体験できる日本のストーリー
社長の天野怜さんによると、コロナ禍で国内の注文が減った時期も海外での売上は順調に伸びた。その理由は、「円安が大きいのではないでしょうか」としつつ、「資本主義が行き着くところまで行き着いて、世界中どこでも買えるものが同じになりました。そのこともあって、日本の伝統文化が注目されています。日本酒にもそういう面があると思います」と分析する。
笹一酒造のある笹子地域は、富士山の地下水脈が流れている。山からの恵が水となり、それをダイナミックに結実させたものが日本酒。そのストーリーは海外の人の心を動かす決め手になる、と天野さんは言う。
確かに、歌舞伎や相撲など日本の伝統文化やストーリーは数々ある。買って帰ることができる日本酒は、異国の食卓でも日本のストーリーを体験できる。
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日本酒と水の科学的関係を調査する費用を県が予算化
山梨の日本酒は、やはり「水」に行き着く。
だから、県は2023年度、「『美酒美県やまなし』テロワール確立事業費」を計上した。テロワールとは「土地」を意味するフランス語からきた言葉で、「産地特性」などと訳される。約1500万円の予算で、山梨の水と日本酒の関係をより科学的に証明するという。
前提にあるのが、山梨の日本酒が2021年に受けた「地理的表示GI」の指定だ。ごく簡単にいうなら、「水が良いから、良い日本酒ができる」という認定だ。
「我々にはオリジナルの酒米もなければ、酵母もない。だけど、豊かな水があります。水に向き合う酒造りを徹底していく。そこからイメージアップしていけば、輸出は伸びていくはずです、お土産のように」と北原さんは話している。
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文・矢部万紀子、写真・小山幸佑