ワインだけじゃない、南部茶と料理のマリアージュを楽しむ

富士北麓で生まれ育った兄弟が
県産食材を使ったレストラン・オーベルジュをオープン。
注目は、“南部茶”と料理のペアリングだ。
ノンアル需要の高まりでワインに代わるかもしれない、
新しいお茶の魅力に迫る。

■この記事でわかること
✔ 忍野村に“山梨の地元食材を使ったレストラン”が開業した
✔ 山梨ならではの土壌や気候が生み出した南部茶がレストランで提供されている
✔ シェフの思いは「山梨の文化や思い出を一緒に共有することで、感動の体験につなげたい」ことだ

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富士山を感じるレストラン・オーベルジュ

 河口湖ICを降り、山中湖に向かう国道から細い脇道に入る。すると、林の奥にひっそりと看板のないレストランがある。

 2024年8月、忍野村にレストラン・オーベルジュ「nôtori(のうとり)」がオープンした。

8月にオープンしたレストラン・オーベルジュ「nôtori」

 のうとり(農鳥)とは、富士山の7~8合目あたりに白い鳥のようなかたちに見える残雪のこと。春先から初夏にかけて現れるため、富士北麓地域では農作業シーズンの到来をしらせる風物詩として親しまれる。

「幼いころから農鳥を見ると“春が来た!”とウキウキした気分になります。富士山を身近に感じる店名にしたかったんです」と語るのは、ソムリエの堀内茂一郎さん。

 茂一郎さんは、弟の浩平さんと念願だった“山梨で地元食材を使ったレストラン”を開業した。浩平さんは2021年に日本最大級の料理人コンペティション「RED U-35」でグランプリを獲得した実力派シェフだ。

 レストランは広々としたオープンキッチンで、9席のカウンターのみ。ゆっくりと山梨に滞在してもらいたいと、富士山の麓にある静かなロケーションを選んだ。

 富士山5合目より上の赤や黒っぽい溶岩と土をイメージした壁や、頂上付近の岩場のようにざらついた手触りのカウンターなど、内装にも“富士山”が散りばめられている。提供する料理は、フレンチをベースに、古くから富士山信仰による登山者をもてなす「御師の家」でつくられた鯉料理や夕顔の味噌汁をアレンジするなど、山梨の文化的な要素も取り入れた「富士北麓キュイジーヌ」だ。

「目指すのは、山梨を五感で感じられる“体験型レストラン”です」(茂一郎さん)

山梨テロワールだからこそできる

 メニューはコース料理のみで、一皿一皿に合わせたドリンクをペアリングする。フレンチの定番はワインだが、お酒が苦手な人や、車を運転して帰る人のためにノンアルコールドリンクも充実させたい――。

 そこで目を付けたのが、南部町を中心とした地域で栽培される「南部茶」だ。山梨県産の緑茶は静岡産に比べて知名度が低く、これまであまり目立つ存在ではなかった。

 しかし、茂一郎さんは「山梨の土地でつくられたお茶には、静岡茶とはまったく違う味わいがあります」という。

「南部茶は上品なうま味が特徴で、香りが穏やか。バランスの良さがあるので、どんな料理にも寄り添えるマリアージュに期待が持てました」

 ワインの“テロワール”のように、山梨ならではの土壌や気候が、唯一無二の緑茶を生み出している。

“まるでワイン”のような深み

 カウンターの目の前で、茂一郎さんがお茶を淹れる。

「同じ茶葉で3煎淹れます。味わいの変化を楽しんでください」

 始めは温かい緑茶を出す。1杯30mlの沸騰したお湯を柄杓(ひしゃく)で別の器に移し、70~80℃になるまで冷ます。急須に茶葉を入れ、お湯を注いで1煎目は1分、2煎目は30秒蒸らす。

 1煎目はほぼ透明で、苦みとうま味をダイレクトに感じる。2煎目は色が濃くなり、まろやかになる。ペアリングする料理は、トマトの酸味が効いた冷製スープ「ガスパチョ」だ。

 3煎目は氷の入ったシェーカーで冷やした緑茶をワイングラスに注ぐ。仕上げに日本在来のミント「和薄荷(はっか)」を入れるとワサビのようにスッキリした後味になり、ヒメマスなどの生魚を使った料理に合うという。

ソムリエの堀内茂一郎さん

「いまは、南部茶の美味しさを最大限に引き出すために試行錯誤しています。ハーブを加えたり、発酵させたりすることで、ソーヴィニヨン・ブランのような深みのある味にすることもできる。様々な可能性を秘めたお茶なので、探究する面白さがあります」(茂一郎さん)

※ソーヴィニヨン・ブラン:世界中で広く栽培される白ブドウ品種から生まれる白ワインで、柑橘系果実の爽やかな香りが特徴。

うま味とまろやかさを兼ね備えた南部茶

 店で使われているのは、南部茶の中でも最高級の手摘み茶葉を使い、抜群の味わいと深みを感じられるプレミアムリーフティーだ。

地産地消で伝える生産者の思い

 シェフの浩平さんのこだわりは地産地消だ。都内のレストランで県産食材を使った“山梨ガストロノミー”に取り組んだ経験もあるが、「もっとお客様の心に残るものにしたい……という気持ちがありました」と振り返る。

 いま、レストランで使う食材はすべて生産地から直接仕入れている。

「生産者さんたちと話すことで、その食材がつくられた背景などもお客様に伝えることができます。料理が美味しいことはもちろんですが、山梨の食材に親しみを持ってもらえたら嬉しいです」(浩平さん)

シェフの堀内浩平さん。店の庭で摘む野草も食材になる

 一方で、県の生産者を後押ししたいという思いもある。そのひとつが、富士北麓でつくられる小麦粉だ。

 地域コミュニティ「麦の会」では、2022年から富士吉田市向原の遊休地を活用し、地域のお年寄りたちが小麦を栽培している。

「麦の会」を発足した婦人会メンバーの加藤とく江さんは、「今年で3年目になり、真っ白できめの細かい小麦粉ができるようになりました。これまでは直売所などで販売していましたが、まさかレストランで使ってもらえるなんて!」と喜びを語る。

 浩平さんは店で、この小麦粉をフランス発祥の伝統的なパンである”ブリオッシュ”に使っている。

 加藤さんは近々、レストランを訪れる予定だ。自分たちがつくったものがどんなかたちで提供されているのかを実際に目にする。それが生産者のモチベーションにつながっている。

「南部茶の魅力を知ってほしい」

 コースの最後には、ほうじ茶が出される。カウンターで茶葉をじっくり焙煎させると香ばしさが漂う。

 ほうじ茶に使うのは、煎茶を製造する際に取り除かれる茎の部分を集めた「茎茶(くきちゃ)」だ。一般的に煎茶より安く流通されるものだが、”焙煎”という付加価値をつけることで茎茶の魅力をアピールする。

「富士北麓は寒いので、よく地元の人たちが集まってほうじ茶を飲んでいた思い出があります。ただ食べるだけではなく、山梨の文化や思い出を一緒に共有することで、感動の体験につなげたいんです」(浩平さん)

 ”もっと多くの人に、南部茶を飲んでもらいたい”

 その思いは、「南部茶の産地を訪れてから一層強くなった」と茂一郎さんは言う。

「最近はペットボトルのお茶しか飲んだことがない子どもたちが増えていると聞いて、ショックを受けました。このままでは生産量が減って、南部茶がなくなってしまうかもしれないという危機感がある。だからこそ、レストランで丁寧に淹れたお茶の味わいを知っていただき、家でも南部茶を飲むきっかけになればと思っています」

メニューは茂一郎さんお手製だった

 南部茶の魅力を故郷の富士北麓から発信する。兄弟の探求と挑戦は始まったばかりだ。

文・北島あや、写真・今村拓馬

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