「しょっぱい県」返上へ!行政と企業・団体が変える、山梨の食卓

ブドウや桃の出荷数、ワイナリー数、ミネラルウォーターの出荷額……。
数々の分野で日本一を誇る山梨県に2025年、新たな〝1位〟が加わった。
「1日あたりの食塩摂取量」だ。
この不名誉な称号を返上するために立ち上げたのが、「やまなし減塩宣言プロジェクト」だ。

■この記事でわかること
✔ 2025年に山梨県内の男性の平均塩分摂取量がほかの都道府県を抑えて、ワースト1になった
✔ 美味しくて、体によい「減塩しょうゆ」が開発された
✔ 県が進める「減塩宣言プロジェクト」への参加申請は400件を超えている

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山梨の塩分問題

「ついにここまできたか……」

 管理栄養士の資格を持つ健康増進課の山下ますみさんは眉をひそめた。2025年、県内の男性の平均塩分摂取量がほかの都道府県を抑えて、ワースト1になったのだ。

「実は、山梨県民の塩分摂取量の多さは管理栄養士の世界では有名で、ずっと言われてきたことなんです」(山下さん)

 厚生労働省によると、1日あたりの塩分摂取量の目標値について男性は7.5g未満、女性は6.5g未満とされている。

 だが実態は、日本人の平均塩分摂取量は男性10.5g、女性8.9と男女ともに約3g オーバーしている。さらに山梨は男性11.7g(全国ワースト1位)、女性は9.7g(全国ワースト5位)という数値を出してしまった

*出典:厚生労働省「令和6年度国民健康・栄養調査」(2025年12月公表)

 塩分の摂取過多は高血圧や脳血管疾患、腎臓病といった健康問題に直結する。そのため、山梨県はこれまでも塩分を抑えたメニュー開発の支援や保健指導など、減塩対策を続けてきた。

 しかし、摂取量の数値は大きく変わらなかった。

「そもそも、塩分摂取量が多すぎるという事実を知らない県民の方がほとんどだと思います」と話すのは、健康増進課課長補佐の竹田美穂さんだ。

 なぜ山梨県は塩分摂取量が高いのか。実のところ、明確な答えはまだ出ていない。2022年の「県民栄養調査」の分析では、食卓で調味料を多く使う習慣が一因ではないかとされている。

「だからこそ、まずは県民の皆さんに塩分摂取量の現状を知っていただくことが大切だと考えています」(竹田さん)

 そうして2026年4月、立ち上がったのが「やまなし減塩宣言プロジェクト」だ。

売れない減塩しょうゆ。老舗メーカーの苦悩と決意

 宣言に先立つ、2026年1月。県民の減塩を進めるべく、いち早く動き出していた事業者がいた。創業150年を超える老舗しょうゆメーカー・テンヨ武田だ。

 そのころ、同社が開発を進めていたのが、「減塩しょうゆ」だ。しかし、武田グループ社長の武田信彦さんは苦笑いを浮かべる。

「いやね、『減塩』をうたった商品は売れないんですよ」

 減塩製品は美味しくない——そうした認識が、消費者に根付いてしまっているという。塩分を減らすと、どうしてもしょうゆの味が薄くなる。健康のためと頭ではわかっていても、食卓では手が伸びない。

 実際、これまでもテンヨ武田は減塩しょうゆを発売してきたが、どれも販売実績は期待したほど伸びなかった。

 そうしたなか、県の食環境整備推進事業検討会で山梨県民の食塩摂取量の高さを突きつけられた。しょうゆメーカーとして、「なんとかしなければ」と感じた。

「どうせやるなら、美味しいものをつくろう。それが出発点でした」(武田さん)

意外な素材が生み出す味わい

 美味しくて、体によいしょうゆをつくる。製品開発のバトンを受け取ったのは、テンヨ武田の営業部・久保田一行さんと、企画調査課の渡邉彩子さんだ。久保田さんは、当時をこう振り返る。

「これまでの経験から、しょうゆ本来の味わいを損なってしまうと、お客様に手にとっていただけないと考えていました。〝普通のしょうゆ〟のように違和感なく使えて、気がついたら減塩にもつながっていた……そんな商品が目標でした」

「減塩しょうゆ」の開発に携わった(左から) 渡邉彩子さん、武田信彦社長、久保田一行さん

 しかし、渡邉さんは「塩分を減らして満足感のある味わいに仕上げることは、矛盾するような作業」と話す。塩には、ほかの素材の味を引き立たせるような役割もある。減塩すると料理全体の味がぼやけ、食事の満足度が下がるという。

 そこでテンヨ武田が着目したのが、塩分に代わるほかの「素材」を加えるという発想だった。ダシを足すか、旨みを加えるか、甘みにするか——複数のパターンで試作を重ね、開発チームによる試験と会社をあげての社員試食を経て絞り込んでいった結果、たどり着いたのが「赤糖」だった。

 サトウキビ由来の赤糖は、黒糖のような奥深い味わいと風味がありながらも、すっきりとした甘さが特徴だ。煮物や照り焼き、佃煮などのしょうゆを使う和食とも相性が良く、コクと照りを引き出す。さらに、現代人に不足しがちなミネラル(カリウム、カルシウム、鉄分など)が豊富に含まれている。渡邉さんは「しょうゆに赤糖を使用する例は全国的に見ても珍しい」と語る。

 塩分量は同社の通常品比50%カット。減塩しょうゆの基準を満たす8%台の塩分濃度を実現した。

「赤糖のほんのりとした甘さが加わることで、あとをひく味わいに仕上がりました。言われなければ、減塩しょうゆだと気がつかないくらいです」と久保田さんも自信を見せる。

テンヨ武田の減塩しょうゆ。2026年6月から県内や関東甲信越のスーパーなどで順次販売を開始している

多数の事業者参画を目指すことに

 テンヨ武田が新たな減塩しょうゆを完成させ、マーケティング活動に注力し始めていた2026年4月、「やまなし減塩宣言プロジェクト」を立ち上げた健康増進課は慌ただしい空気に包まれていた。

 このプロジェクトは、「無理なく続けられる減塩」をテーマに、自然に減塩できる食環境づくりを目指している。

 具体的には、プロジェクトに共感してくれる事業者、学術関係者、職能団体、市民団体などを募って「減塩宣言」をしてもらい、各団体が宣言の内容に基づいた取り組みを実施する。減塩しょうゆを開発したテンヨ武田も、プロジェクトの当初から加わった登録事業者の1社だった。

 当初は食に関する事業者を中心とした事業展開を目標としていた。しかし、健康増進課の中で「せっかく取り組むのなら、様々な業種に参加してもらい住民の減塩に対する機運を高めていくことが必要」という声があがり、参画事業者の目標数も大きく変更することとなった。

 健康増進課の山下ますみさんと竹田美穂さんの奔走が始まった。

「減塩まつり」!

 二人は当時を振り返り「事業開始後の2ヶ月間の記憶があまりないくらい忙しかった」「〝減塩まつり〟状態でしたね」と笑う。

 しかし、二人は前向きだった。健康増進課に異動する以前、山梨県内の保健所で勤務していた山下さんは「管理栄養士として、減塩を住民の方に広げていくための取り組みを行ってきましたが思うように結果が出ず、もやもやしていました。今回、減塩宣言プロジェクトを担うことになり、『ついに旗振りをするときがきたんだ』という思いがありました」と語る。

プロジェクトの先頭で旗を振る健康増進課の竹田美穂さん(左)と山下ますみさん

 二人は手分けをし、メールでの案内はもちろん、日中は自らの足で各団体に赴いて説明をして回った。その際に手渡したチラシの配布数だけでも、2000枚を超えたという。帰庁後は、プロジェクト推進に一丸となって取り組んでくれている、県内の保健所とWeb会議で進捗を報告し合い、業務の合間を縫って各所からの問い合わせに対応した。

「一つの区切りとして、『減塩宣言』に加わる事業者を4月末で一度締め切り、5月中に公表する予定でした。ですので、その時点で『知らない』『教えてくれたら、参加したのに』と思う人がいないように、山梨県内の事業者・団体にくまなく案内しました」(竹田さん)

 各所からの反応は、ポジティブなものが多かった。山梨県歯科医師会は「間違いなくいい取り組みだ」「断る理由がない」と、同会に加入しているクリニックに参加を募り、まとめて申請を提出してくれた。山梨県歯科医師会だけで、約360件の申請があったという。現在は、山梨県薬剤師会も申請をとりまとめてくれている。

 また、予想外の団体からの反響もあった。運送業界だ。産業政策課が、運送事業者向け融資の優先要件にプロジェクト参加を組み込んだことをきっかけに、申請が相次いだ。

「(融資という)インセンティブがあるからというだけではなく『高血圧の従業員が多いから気になっていた』という声もありました」(山下さん)

 食品や医療以外からの「私たちもできることをしたい」という問い合わせは、二人に、減塩への関心が特定の業界を超えて広がりつつあることを実感させた。

 こうした問い合わせに対しては、専門職の派遣や公益社団法人山梨県栄養士会が提供している啓発資料を提案した。

「啓発資料として、月替わりポスターもおすすめしています。何種類かあるポスターを月ごとに貼り替えるだけで、無意識のうちに目にとめてもらえる可能性が高まるんです」(山下さん)

 2026年6月末時点で、申請数は442件にのぼる。その後も申請数は順調に増加しており、減塩に対する関心や取り組みへの機運が着実に高まっている。

参画する事業者は増加中

知らないうちに、減塩できる社会へ

 現在、やまなし減塩宣言プロジェクトが照準を当てるのは、2028年度に行われる次の大規模な国民健康・栄養調査での順位の改善だ。高血圧の割合が全国と比べて高い山梨県にとって、健康寿命を延ばすために減塩の推進が急務だ。

 最後に、管理栄養士の資格をもつ山下さんに日常生活で簡単にできる減塩について尋ねてみた。

「食事の際、調味料をかける前にまずは一口食べてみてください。意外と何もかけたり足したりしなくても、十分おいしく食べられることに気づくかもしれません。あとは、刺身や冷奴、焼肉など、タレやしょうゆをつけて食べる食品も、つける量を少し減らすだけで摂取量が変わってきますよ」

食べ方を工夫すれば無理なく減塩

 意識せずとも塩分を摂取しすぎてしまう食環境を変えるには、こうした小さな気づきの積み重ねが欠かせない。

「最近は食品関連事業者が自主的に減塩目標を設定し、製品改良(リフォーミュレーション)を進めることを国も推奨しています。改良された商品を手に取ることで、気づいたら県民全体の塩分摂取量が減っていた、というのが私たちの考える理想の食環境整備の姿だと思っています」(山下さん)

 行政が旗を振り、メーカーが新商品を開発し、医療従事者や企業が患者や従業員への啓発に動く。それぞれの立場で「できること」を持ち寄りながら、山梨の食卓は今、誰も気づかないうちに、少しずつ変わり始めている。

文・土橋水菜子、写真・今村拓馬

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