富士山が噴火しても、「命」と「安全」を守る方法とは 避難基本計画②

富士山が噴火するということは理解できても、避難計画…ハザードマップ……
情報過多で何を見ればいいのかわからない!

でも、慌てないで。
「命」と「暮らし」を守るために、私たちができること。

(上の写真は、左から、吉本充宏・山梨県富士山科学研究所研究部長、古屋海砂・県火山防災対策室技師)

避難計画の基礎がハザードマップ

――前回の記事(「富士山は必ず噴火する。でも怖がりすぎないで!」)の話で、自分のいる場所が第3次〜第6次避難対象エリアであれば、すぐに避難する必要はないということでした。

はい、そうです。第3次から第6次避難対象エリア、避難しなくてもいいエリアでは、すぐに危険災害が起こることはありません。まずは「避難対象エリアマップ」で自分の現在地を確認してください。

そのうえで、気象庁や県庁、市町村など公の機関から発表される確かな噴火情報を確認するようにしてください。

避難対象エリアマップ

――その後はどうしたらいいですか?

自分がどの属性になるかを確認します。一般住民なのか、避難行動要支援者(避難をするうえで介助が必要な人が同居者にいるなど)なのか、または家族に避難行動要支援者がいる場合なのかによっても避難行動が違ってきます。

グラフィカル ユーザー インターフェイス, アプリケーション, テーブル

自動的に生成された説明
避難対象エリアマップで自分が「第何次」なのかわかった後は、「属性」をチェック

――自分の現在地によっても、属性が変わってきますね。

そうです。自分が自宅エリアにいれば一般住民になりますし、その他のエリアにいれば「観光客等」の扱いになります。

――ハザードマップでは何がわかるのですか?

ハザードマップは、噴火現象が「どのくらいの時間で」「どこまで届くか」を示したもので避難計画をつくるための基礎になっているものです。自分がいるエリアと属性を把握したうえでハザードマップを見ると、どんな災害に気をつけて行動しなければいけないかがわかります。

旧計画を根本的に見直した新避難計画

――ハザードマップの見方も難しい……

ハザードマップには「ドリルマップ」と「可能性マップ」の2種類があります。ドリルマップは噴火した火口から溶岩が流れるルートをシミュレーションしたものです。どの火口から噴火するかで大きな噴石や火砕流、溶岩流がどう飛んだり流れたりするかが違うので、いまは溶岩流については252パターンを想定しています。ドリルマップを見ると、自分のいる場所まで、どのように溶岩が流れてくるかを詳しく見ることができます。

可能性マップは252枚のドリルマップの溶岩流の同じ時間での到達地点をつないで一枚のマップにまとめたものです。避難対象エリアの最大範囲を示している地図だと考えてください。

ドリルマップの一例。噴火口などによって被害範囲が異なることがわかる

――2023年4月に避難計画が改定されました。

ハザードマップが2021年に新しくなったので、避難計画を根本から見直しました。

市街地の人は歩いて避難

――これまでの避難計画は車で避難することになっていましたね。

古いハザードマップでは、溶岩流が3時間以内に到達するエリアの避難対象人口を1万6274人と推定し、この人数であれば、全員が車で避難できると考えていました。

――新しい避難計画では一転して、市街地にいる人に対しては、「歩いて避難」が推奨されています。

新たなハザードマップでは避難対象人口が11万6093人と大幅に増えたことで、交通渋滞による“逃げ遅れ”が起きる可能性が出てきました。

――確かに、大雪が降った際に高速道路が大渋滞になって2次被害が起きたり、水害の際に車で逃げたものの結局は車を置いて逃げたりするということが、現実に起きています。

はい。そのため、見直し後の新しい避難計画では、第3次〜第6次避難エリアの人たちに対しては、車ではなく、徒歩での避難を推奨しています。

高齢者らが無事避難できるためにも原則は「徒歩」で!

――もし車で避難した場合、どのくらいの時間がかかりますか?

溶岩流が3時間で到達するエリアから住民が一斉に車で避難するシミュレーションをしたところ、交通渋滞に巻き込まれて最長6時間40分かかることが想定されています。

――車に乗ったまま溶岩流にのまれてしまう……

そういう最悪の事態も起きかねません。

――でも、徒歩では逃げ遅れてしまうのではないですか?

約300年前の宝永噴火の際に死者が発生したという記録は確認されていません。江戸時代に車はありませんから、みなさんが徒歩で避難したはずです。こうしたことから、現代でも多くの人の命を守るには徒歩で避難することは十分に有効だと考えています。

――高齢者や体の不自由な人はどうすればいいですか?

もちろん、歩いて避難するのが難しい方は車で避難してください。みなさんが無事に避難するためにも、歩行に問題がない方は、徒歩避難を心がけていただきたいです。

――溶岩流の到達エリアにいるときは、できるだけ遠くに避難したほうがいいのですか?

遠くに逃げる必要はありません。市街地に溶岩流が流れてくるころには、噴火口も特定できているでしょうし、爆発の規模もつかめていると思います。そうすると、あらゆる被害想定をしたドリルマップをもとに、溶岩流が流れるルートを特定できていると思います。

――そうした情報が気象庁や県から発信されるわけですね。

はい。信頼性の高い情報をもとに、行動しやすい状況をつくります。溶岩流の流れる範囲は数百メートルから数キロ先までとそれほど広くないので、溶岩流のルートを避ければ安全です。

カレンダー

中程度の精度で自動的に生成された説明
噴火警戒レベルをチェック!(気象庁HPから抜粋)

コロナ禍の教訓「暮らしを止めるな!」

――市街地であれば、そんなに慌てる必要はない?

地震とは違って、火山は噴火警報から避難するまでに少なくとも1時間ぐらいは余裕があると考えられます。状況を見ながら判断してください。あと大事なことですが、噴火警報が出たからといって噴火するとは限りません。

――え? 噴火しないこともあるんですか?

はい。噴火警報にはレベルがあります(上の図を参照)。火山活動があっても、実際には噴火せずに終わることもあります。噴火するかわからない状態で長期間避難生活を続けるのは難しいし、経済への悪影響もあります。そのため新しい避難計画では、「命を守る避難」と同時に「暮らしを守る避難」というテーマを掲げています。

――「暮らしを守る避難」とは?

私たちはコロナ禍で、社会活動が停滞する経験をしました。火山災害であっても、避難を優先するばかりで経済活動が止まってしまってはいけません。過度に恐れすぎずに、安全を確保したうえで学校や仕事などの日常生活を守ることも大切です。

――切迫した状況でなければ、無理して避難する必要はないということですね。

噴火の被害が少ない地域まで一斉に避難を始めてしまうと、火口に近いエリアや避難行動要支援者が逃げ遅れてしまう可能性があります。危険度が高いエリアから段階的に避難を始めてください。

左から、渡辺一秀・県富士山火山防災監、酒井俊治・県火山防災対策室室長補佐

不安を減らすためにいまからできることとは…

――とはいえ、被害が少ないエリアにも不安な人はいると思います。

避難指示がなくても自主的に避難する「自主的な分散避難」という選択肢もあります。例えば一人暮らしの高齢者は、年金生活者であれば長期間、地域を離れたとしても生計を維持できる場合もあると思います。時間的に余裕のあるうちに、子どもや親類の家など安全な場所に避難しておくことも考えておくといいでしょう。

――災害の備えとして、私たちにできることはありますか?

食料品、飲料水、常備薬など1週間分程度を備蓄しておくことをおすすめします。また、火山灰が降る可能性があるので、ヘルメット、ゴーグル、マスクなども用意しておくと役立ちます。

――わかりました。他にできることはありますか?

自分が歩いてどのくらい時間でどれぐらいの距離を移動できるのか把握しておくことが大切です。車社会なので、徒歩での距離感がわからない人が意外と多いと思います。普段の散歩のときから、「自分は何分でどこまで歩けるのか」を気にしながら歩いてみると災害時に役立ちます。

――普段からの積み重ねが火山防災意識の向上につながるのですね。

そのとおりです。富士山周辺の住民のなかには、「富士山が噴火すると死んでしまう」と思っている人がいます。それはオバケを怖がるように富士山を知らないから怖いだけです。知っていれば怖くありません。

火山は難しいと思われがちなので、みなさんにわかりやすい言葉で説明することを心がけています。まずは富士山のいろんな顔を知って、火山に興味をもってもらうことが大切だと思っています。火山防災を身近な知識として広めるために、避難計画の周知活動に力を入れていくつもりです。

今後は市町村が避難計画を作成

――より具体的な避難計画がほしいです。

県が4月に発表した避難計画は県全体の基本ルールです。今後は、各市町村が独自の避難計画をつくることになっていますので、自分が住む自治体から避難計画が発表されたら、必ず一度目を通してください。

――今後研究が進んで新たな発見があるかもしれません。絶え間なく避難計画を改定していく必要があるんですね。

研究によって新発見がある場合もあるでしょうし、避難訓練をすることで新たな課題を見つけるケースもあります。こうした日々の積み重ねで、計画を手直ししていくことが欠かせません。今後もそうした課題を掘り起こして避難計画を改善していきたいと思っています。

※富士山火山避難基本計画の詳細はこちら

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構成:北島あや、写真:小山幸佑

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