血液検査で女性の健康を守る、プレコン健診がスタート
「生理が重い」「ちょっと貧血気味」
女性特有の悩みや不安を抱えている人は少なくないはず。
いま、自分の身体はどんな状態なのか――。
それを知るきっかけになる、“プレコン健診”が2024年度からスタートした。
あまりなじみのない検査だけに、県の担当者は浸透するのかを危ぶんだ。
ところが、そんな心配を吹き飛ばすように予想を上回る反響があったという。
一体、どんな検査なのか。
■この記事でわかること
✔ プレコンは、病気を未然に防ぐための“予防医療”だ
✔ プレコン健診は無料で、対象者は山梨県在住もしくは在勤の18歳~39歳の女性
✔ プレコン健診は女性だけでなく、家族やパートナーの生活の質を上げるチャンスにもなる
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プレコンは“予防医療”
将来の妊娠に備えて、心身ともに健康であるための“プレコンセプションケア”。
いきなり“妊娠”と言われても戸惑うはず。でも、決して“産めよ増やせよ”という発想に立つわけではない。女性の身体の仕組みや、生活習慣や健康管理について知識を深めて、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)の向上につなげよう、ということなのだ。
その取り組みの柱の一つが“プレコン健診”だ。
今すぐに結婚や子どもを考えていなくても、生理や婦人科系の病気、妊娠や出産について、きちんとした知識を得たいと思っている人は多いのではないだろうか。そのために、まずは自分の身体の状態を知ることが大切だ。
プレコン健診の受診は無料。血液検査で、女性の健康に関わるいくつかの項目を調べることができる。
貧血 | 血糖 | 肝・脂質 | 甲状腺 |
Fe | フェリチン | 梅毒 | 葉酸 |
ビタミンD | 風疹 | AMH | 亜鉛 |
検査項目の選定に携わった、山梨大学医学部産婦人科教授の吉野修さんは「プレコンは、病気を未然に防ぐための“予防医療”です」と話す。
例えば、検査項目の中に「貧血」がある。貧血になる要因の一つには、「経血量が多い」という問題があり、放っておくと子宮内膜症などの病気につながる可能性もある。
吉野さんは、こうした女性特有の問題を「なんとかしたい」と強く思っている。なぜなら、一番身近な人が苦しんでいる姿をずっと見てきたからだ。
「5歳のころから母が生理痛で寝込んでいる姿を見ていました。幼いながら、『なんとかしてあげたい』と思ったことが、産婦人科医を志したきっかけです。母は子宮内膜症を発症していました。そして、私が医学生の時に、母は子宮内膜症から卵巣癌になり、亡くなってしまいました……。もっと早い段階で母の子宮内膜症の治療をしてあげていたら、、、と後悔しています。 そして母と同じ様な病気の方を一人でも減らしたい、その思いです」
女性にとって生理痛は当たり前で、たとえ腹痛や頭痛、吐き気などを伴う“重い生理痛”があっても、仕方ないと諦めている人もいるかもしれない。しかし、低用量ピルの服用などで月経量をコントロールし、改善することができる。しかも子宮内膜症や卵巣癌の発症リスクを減らすことが期待できる。
吉野さんは「生活習慣病の予防にメタボ健診があるように、婦人科系の病気を予防するプレコン健診がある。これをきっかけにして、自分の身体と向き合い、悩みがあれば医師に相談してほしい」と訴える。
プレコン健診を受けるには
「私もプレコン健診を受けてみたい」と思ったら、どうしたらいいのか。
プレコン健診の対象者は、山梨県在住もしくは在勤の18歳~39歳の女性。
検査する前に、プレコン健診受診システム内の「プレコン研修動画」もしくは、県が開催するプレコンセミナーの受講をしなければならない。
プレコンの勉強をするなんて面倒くさい、と思うかもしれない。でも、「健康診断の数値だけ見ても、自分の健康状態がよく分からない」という経験はないだろうか。研修動画やセミナーでは、検査項目について、なぜこれを検査するのか、なぜ必要なのかを説明している。
プレコンは“自分の身体を知ること”だから、ひとつひとつ意味を理解したうえで、検査を受けることが重要になる。
プレコン健診の種類には「職域健診」と「協力医療機関で健診」がある。
「職域健診」は、希望者のみ、職場で実施している健康診断の血液検査にプレコンの検査項目を追加することができる。検査結果に注意点があれば、オンラインで医師と面談することも可能だ。健康診断の“ついで”に、気軽に受けることができる。
「協力医療機関で健診」は、職域健診で対応できない方や専業主婦や自営業者などを対象としている。こちらは県と提携している医療機関に自分で直接予約し、受診する流れだ。医療機関まで足を運ばなければいけないが、血液検査に加え、希望に応じて医師の診察を受けることもできる。
もし、プレコン健診を通して、信頼できる医師と出会えたら、あなたの“かかりつけ医”にしてほしい。生理に関する小さな悩みでも相談できる関係性をつくることが、病気の予防につながるからだ。
「100人来たらいいな、と思ってたけど……」
これまで県は、大学内でプレコンセミナーを開催するなど周知活動を続けてきた。
しかし、山梨県子育て政策課の大船さんは、一歩踏み込んだプレコン健診事業に「どれだけ理解してもらえるか、不安があった」と打ち明ける。
検査項目の中には、卵子の数を推測するAMH検査や性病の有無など、デリケートな内容も含まれている。
企業にプレコン健診の説明をしても、年配の男性社員から「会社で女性社員にだけ受診を勧めるのは言いづらい」と難色を示されたこともあったからだ。
大船さんは「正直、最初は100人くらい申し込んでくれたらいいなと思っていた」と言う。
局内の幹部や事業担当者が関係団体や企業に説明して回り、その後、健診に関係する事業者が企業を回ってプレコンの重要性を説明すると、だんだんと企業の意識が変わっていった。従業員の健康管理などを行う産業保健師が、若手の女性社員に直接メールで呼び掛けるなどして、参加率がぐっと高まった。
2024年9月19日に行われたプレコン健診のキックオフイベントには約140人が参加し、プレコンの知識を深めるセミナーが開催された。後日、イベントに参加した県内企業から「うちもプレコンセミナーを実施したい」と問合せもあった。
「予想以上に反響があり、今年度のプレコン健診への参加は大幅に増える見込みです。今後は予算を増やし、受診枠を広げていく必要があると考えています」(大船さん)
卵子凍結はするべき?
少しずつ浸透しつつある“プレコン”。とはいえ、まだまだ妊娠そのものへ理解は決して高いとは言えないのが実情だ。
大船さんとともに健診事業を担当する天野さんは「自分自身は仕事でプレコンについて学んだけれど、同級生に話したら『35歳を過ぎると妊娠率が大きく下がるなんて知らなかった』と驚かれた」と経験を語る。
女性のキャリア形成やライフプランが多様化するなかで、妊娠を考えるタイミングは人それぞれ。いまはパートナーがいなかったり、キャリアを優先したりと、自分の予想より妊娠時期が遅くなるケースが増えている。
しかし、卵子の数は年齢と共に減少し、妊娠する可能性は徐々に低下していく。
こうした問題の対応策として、若いうちに卵子を冷凍保存する「卵子凍結」という選択肢がある。県は卵子凍結支援事業として、加齢等による妊娠機能の低下を懸念する場合の「未受精卵子の採卵・卵子凍結」と「凍結卵子を使用した生殖補助医療」にかかる費用の一部を補助している。
※卵子凍結支援事業の詳細はこちら
実際に卵子凍結をした人の中には、「早く妊娠しなければいけないというプレッシャーが減って、肩の荷が下りた」「自己肯定感が上がった」などポジティブな意見がある一方で、「必ずしも妊娠できるわけではない」「自然妊娠して、結果的に凍結した卵子を使用しなかった」など、ネガティブな意見もある。また、卵子凍結には多くの時間や費用、身体への負担などが伴う。
賛否両論。どう考えたらいいのだろうか――。ふたたび、産婦人科医の吉野さんに聞いてみた。
「卵子凍結にはさまざまな考え方がありますよね。私はプレコン健診と同じように、不妊症に対する予防医療のひとつだと捉えています。なにより大事なのは“本人がどうしたいか”です」(吉野さん)
吉野さんは「妊娠について多様な考え方がある中で、卵子凍結を希望する人たちがいるならば、その受け皿をつくることも視野に入れた方がいいのではないか」と考えている。
プレコンと卵子凍結は決してセットではない。でも、多様な選択肢の判断材料として、プレコンの知識は役に立つ。
いざ子供が欲しいと思った時に、「こんなはずじゃなかった」と後悔しないためにも、「もし自分だったらどうするか」をよく考えてみてほしい。
家庭の味から見直してみる
プレコン健診を受けて、特に異常がなかったとしても、「検査結果の数値が良かったから大丈夫」で終わらせてはもったいない。
吉野さんは「家庭料理の味はそれぞれ違うため、あまり変える機会がありません。プレコン健診の結果を踏まえて、『塩分が多すぎないか』『鉄分が不足していないか』など、家族やパートナーと一緒に見直すきっかけになります」と話す。
プレコン健診は女性だけでなく、家族やパートナーみんなの生活の質を上げるチャンスにもなるはずだ。
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文・北島あや、写真・今村拓馬