失敗なんて怖くない! 社会課題を“自分ごと化”する探究学習

学校現場で最近急に耳にする言葉、それが「探究学習」ではないだろうか。
親は「探究」の授業を経験したことがないから、どんな授業なのか想像しにくい。
でも、大学受験にも関係してくるらしい。
子どもを学校に通わせている人は、もう無関心ではいられない。

◼️この記事でわかること
✔ 大学入試で探究学習の要素が合否判定と深く関係し始めている
✔ 探究学習の時間は4つのプロセスを経て課題解決をめざしている
✔ 探究学習をすることで生徒が課題を「自分ごと化」して変容していく
✔ 第一人者が山梨にいて他県からの視察が相次いでいる

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過半数が年内入試で大学へ

 2022年度から高校の教育課程が変わり、「総合的な探究の時間」が始まった。2020年度から小学校、2021年度からは中学校で始まっていて、「探究」はもう教育と切っても切り離せないキーワードだ。

 文部科学省によると、2023年4月に入学した大学生の過半数(50.7%)が「年内入試組」だった。年内入試は総合型選抜や学校推薦型選抜のことで、大学側は面接などをして、学力だけでなく学ぼうとする意欲などをみて合否を決める。この合否の分かれ目に大きく関係してくるのが「探究」なのだという。

 山梨県ももちろん探究学習に力を入れていて、昨年10月から12月にかけては「デジタル×山梨県の課題解決」に取り組む「中高生PBL体験授業」が実施された。PBLとはProblem Based LearningあるいはProject Based Learningの略だそうだ。日本語にするなら、「問題」もしくは「課題」をベースに学ぶ、ということか。PBL体験授業には中高生25人が参加し、オリジナルアプリも開発したそうだ。すごい。ということはわかったが、「探究学習」は今ひとつわからない。

 困っていたら、いました、探究学習の第一人者が。山梨県立笛吹高校校長の廣瀬志保さん。『高校生のための「探究」図鑑』『「探究」を探究する』など、高校教員に「探究学習」を伝える編著書もある。早速、教えを乞うことにした。

笛吹高校校長の廣瀬志保さん

バレーボールの試合に勝つための「4つのプロセス」

 自分が「探究学習」に触れたことがない世代だからだろうか、どうもピンとこない。そう打ち明けた。すると廣瀬さんから返って来たのは、「特別なことでなく、たぶん企業などでは日々やっていることだと思います」。探究の4つのプロセスを、生徒にはこんな例えで説明するそうだ。

 バレーボール部で、A高校に勝ちたいと思う。サーブが強いのは誰かなど、まずは「調べる」。次にそのチームのビデオを見て、こういうサーブだからこう守ろうと「分析する」。その上で「試合」に臨む。いよいよ試合、分析を活かして「勝つ」。この過程を探究プロセスにあてはめれば、<課題設定><情報収集><整理・分析><まとめ・表現>となる、と。

「生徒の変容」がやりがいに

 そもそも廣瀬さんが探究学習にかかわったきっかけは、人事異動だった。理科・生物の担当教員として最初に赴任したのは、甲府西高校。結婚して異動を希望、産休を経て赴任したのが塩山高校で、「総合的な学習の時間」が導入された翌年の2001年だった。たまたま前任の先生が総合的な学習の時間の担当で、引き継いだ。取り組むうちに生徒の変容していく様子を見て、やりがいを感じるようになったという。

笛吹高校の強みをみんなで考えて付箋に書き、整理していく

 1人1回指名をすれば、授業が活性化する。当時はそう思っていた。例えば「自分の体重の何倍もの食べ物を食べる動物は何?」なら答えは「モグラ」。だがこれは、知っているかいないかを聞くだけで、生徒は何も考えない。その点、モグラの進化を他の動物と比較しながら学び、その上で「なぜこうなっていったと思う?」と聞く。これなら、答えが一つに定まらない。クローズな問いでなく、オープンエンドの問いをすることで、思考が深まる。「総合的学習で自分自身の授業改善にもなっていったんです」と廣瀬さん。そこから富士河口湖高校、吉田高校と立場を変えながらも探究学習を率先し、現在に至る。

 どんな授業をして、生徒がどう変容したか。廣瀬さんはたくさんの事例をまとめたパワーポイントで説明してくれた。例えば新聞を使った学習で、投稿文に取り組んだ。「書いて」と言っても1時間作文用紙を眺めているだけの生徒もいた。Xチャート、Yチャートなど思考ツールを使って「記事からわかったこと」「初めて知ったこと」と考えていることを見える化し途中段階を書かせていくと、投稿文にまとめられる。新聞に掲載され、自信をつけた生徒もいた。

ダイアグラム

自動的に生成された説明

上からXチャートとYチャート。知ったことや意見などを分けて書くことで考えをまとめていける

女子4人が考えた「ほしめぐり」

 廣瀬さんの“探究学習愛”が詰まったパワポだった。紹介したい事例はたくさんあるが、中から一つ、「ほしめぐりin山梨」という当時塩山高校3年A組の女子4人の取り組みを紹介する。

「山梨の観光とおもてなし」に学級で取り組んだ。山梨の自慢できるところ、将来どんな地域になってほしいか。グループごとのブレインストーミングから始めた。甲州ワインを若い人に飲んでもらおう、自然災害時の観光地からの避難経路を考えようなどそれぞれテーマを決めた。

 A組の女子4人が「ほしめぐりツアー」を提案したのには、理由がある。2月に観光客が落ち込むこと、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」のモチーフになったハレー彗星のスケッチを描いたのが韮崎出身・保阪嘉内であること、何より美しい星空があちこちで見られること……。星に関する名所をめぐり、2ヶ所で星を観察し、ほうとうとワインの夕食を味わうという冬のツアーを考えた。

 各グループが最後に県庁の観光課(当時)にプレゼンすると、観光部長だけでなく教育長も聞きにきた。

センター試験の日に届いた手紙

 この経験をメンバーの一人が朝日新聞の「声」欄に投書した。彼女は中学時代、あまりクラスに馴染めず、学校の外でアンケートを取るという作業も最初はためらいがちだった。彼女の投稿を読み、横浜市の84歳の女性が新聞社経由で手紙をくれた。山梨で星を見るのが人生の最大で最後の夢だから投稿を大切に持っている。そんな内容だった。

 学校に手紙が届いたのは、センター試験の2日目。彼女は「試験の出来が悪かった」と泣いていた。それがお便りを読んで「なんかもう受からなくてもこういう経験ができて私は成長できたので、本当によかった」と廣瀬さんに話した。

 4人の作った星めぐりマップは、やまなし観光振興機構がまとめたパンフレット「冬季観光ガイドブック」の巻頭に掲載された。八王子駅でグループの1人が発見、写真とともに報告してくれた。ちなみに彼女は山梨大学に合格、大学院に進んで星を研究した。探究にかかわることで生徒が変わる。そういう例を廣瀬さんは、何度も見ているという。

教科を横断することで各教科の壁は低くなる

 当然、うまくいくことばかりではない。生徒から「こんな時間いらないじゃん。先生がやれば」と言われたこともある。でも探究は一つずつの過程で「できた」という実感がわくから、生徒に与える影響は大きい。「課題を“自分ごと化”していくことは、自己実現につながります。一概にこの方法がよいというのはなくて、生徒ごとに違う。私たち教員も学んでいかないと」と廣瀬さんは言う。

「総合的な探求の時間」は週1時間の学校が多い。たった1時間だが、内容などは学校独自で定められる唯一の時間だ。医療、防災、国際、地域課題……何に特化してもオッケー。高校にとっては特色を出すチャンスでもある。教員にとっては、自分たちでカリキュラムを決めるのは容易なことではない。だが教科横断で取り組むことで、教科ごとの壁が低くなる。そういう効用も、探究にはある。

探究学習の成果物は、地域の課題解決の一助となっている

「いまの生徒たちは、失敗を怖がります。教員がもっと怖がっているのかもしれません。でも高校時代の失敗なんて、いくらでも挽回できます。小さな失敗をしながら、次のステップに行く。それを探究学習で体験する。ものすごく大事な過程だと思っています」

 廣瀬さんは笛吹高校の校長になったいまも、探究学習を進めようとアイデアを考えている。同校には県外の高校からの視察が相次いでいる。

文・矢部万紀子、写真・小山幸佑

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