全国初の「25人学級」が誕生して1年。学校現場はいま

 2021年4月、山梨県は1クラスの基準を25人とする「25人学級」の導入を実施した。対象は小学校1年生。都道府県では全国で初めての試みであった。そして、翌年の2022年にはその範囲を小学校2年生にも拡大した。

 少人数学級の実現には、増えたクラス分の教員の確保や人件費、学校施設の物理的限界など、さまざまな障壁が立ちはだかる。しかし、教育関係者は「メリットがデメリットをはるかに上回る」という。その理由は何か。甲府市立山城小学校を取材し、25人学級の現場に迫った。

必ず「指名してもらえる」という安心感

 甲府市立山城小学校2年4組の国語の授業。黒板の隣に備えられた大きなモニターには、1枚の絵が映し出されている。

「どうぶつの 形の パンが ある」

 絵の中の男の子「けんた」さんは言う。けんたさんが指差す先には、クマやウサギをかたどったパン、チョコチップがまぶされたメロンパン、サンドイッチなどが所狭しと並べられている。パン屋にいる場面らしい。

「けんたさんに なったつもりで メモを 書きましょう」

 子どもたちに配布された課題プリントにはそう記されている。

――くまのパン、うさぎのパン、めろんパン、しょくパン、クリームパン、ホットドッグ……。

 プリントの枠内には書ききれず、多くの児童が欄外にもメモを書きはじめたころ、2年4組の担任の守木よし美先生が子どもたちに声をかけた。途端に、子どもたちは一斉に手を挙げる。守木先生は次々と子どもたちを指名していく。

「はい!はい!」

 周りの友人が回答し、褒められる様子を見て、25人の児童はさらに手を高く伸ばす。今にも座席から立ち上がりそうな勢いだ。しかし、守木先生が「しー」と合図を送ると、子どもたちは落ち着きを取り戻した。

 山梨県は2021年4月から都道府県では全国初となる小学校1年生への「25人学級」を導入した。翌2022年にはその対象を小学校2年生にまで拡大。守木先生が受け持つ2年4組も、男子11人、女子12人の23人学級だ(特別支援学級との合同授業時は25人)。

「25人学級は人数が少ない分、子どもたちがより多くの発言の機会を得られます。たくさんの体験や経験を積むことは、とても大切なことです」(守木先生)

 30人以上の学級と比較して、なかなか手を挙げられない児童への個別フォローも行いやすいという。教室の座席間は約40cm、後方には1m以上の空きがあり、子どもたちはのびのびと授業を受けていた。

負担が減って生まれた時間をどう使うか

 山梨県では、25人学級導入以前からさまざまな形で少人数学級を取り入れてきた。

 2004年には「かがやき30プラン」を実施。当時、国の学級編制基準の標準が40人であったのに対し、山梨県は小学校1年生の学級は30人を基準とした。翌年にはそれを小学校2年生にまで拡大。2008年の「はぐくみプラン」では、中学校1年生に対し、35人を基準とする学級編制を導入した。さらに、2011年からは35人学級の対象を、小学校3年生から中学3年生まで段階的に広げていった。

 いずれも、一人ひとりにきめ細かな指導を行うことを目的としている。

 2020年2月に公表された「少人数教育推進検討委員会 報告書」では、「はぐくみプラン」に対する学校長へのアンケート結果が報告されていた。「個別指導や学習形態の工夫が行いやすくなり、一人ひとりの学習状況や課題に合わせた指導が充実することで、児童生徒の学習意欲の向上、基礎的・基本的な学力の定着に効果が認められた」といったポジティブな意見が多くあった。

アンケート結果はこちらから

 子どもたちの学習面にプラスの影響があるのはもちろん、少人数学級を実施することで、教師の負担が減ることも期待されている。

 山城小学校では1・2・3学期末のそれぞれの通信表に、成績とともに200文字程度で先生からのコメントを添えている。2年3組の担任で24人の生徒を受け持つ大村成実先生は「24人と30人とでは、かかる時間はずいぶんと変わってくる」と話す。

「学期の中で、その子が1番『キラッ』と光った場面を伝えてあげたい。そのため、授業のときにとったすべてのメモを見返したり、エピソードを思い出したりするので、どうしても時間がかかります」

 コメントは「国語の授業で、主人公の気持ちをよく理解した感想文が書けました」「毎朝の登校時、大きな声で挨拶ができていました」など、学習面と生活面、両方の視点から書くという。

 また、小学校1年生から2年生にかけては、学習とともに生活習慣を学ぶ貴重な期間ともなる。

「特に1年生は、トイレや水道の使い方も一人ひとりに指導します。そのような場面では25人と30人とでは、必要な時間も変わってきますね」(守木先生)

 通信表を書く時間が短くなる、生活指導の時間が短くなる。宿題を見る時間が短くなる――。さまざまな業務時間が短縮されていくなかで、義務教育課の小池孝二さんは、こう話す。

「皆さん、毎日遅くまで本当に頑張っておられます。そして今、ようやくできた時間が子どもたち一人ひとりに還元されています。けれども、負担が軽減された分、先生たちご自身の心と身体を休める時間もとってほしいと思います」

守木教諭(左)と大村教諭(右)

課題を上回るメリット

「子どもの教育面を考えると、メリットのほうが多い」

 守木先生、大村先生は口を揃えて話すが、少人数学級を運営する学校にとっては、課題もある。

 山城小学校は現在、42室ある教室すべてが埋まっている状態だ。25人学級の導入以前は会議室や特別教室なども設けられていたが、これらもすべて普通教室に充てられた。取材当日、児童を対象に心電図検査が行われていたが、空き教室がなく、図書室の一角が使用されていた。

 2021年度、義務教育課で25人学級を推進してきた小尾俊彦さんは、自身も教員で、2004年に甲府市内の小学校で40人のクラスを受け持ったのち、翌年は別の小学校で24人の学級を担任した経験を持つ。その時代を振り返りつつ、小尾さんは少人数学級の得失を語る。

「1クラスでは盛り上がらない球技があったり、合唱でパワーが出なかったりという側面はたしかにありました。けれども、それらの問題は2クラス合同で行うなど工夫すれば回避できますし、むしろ異なるクラス間の交流も生まれます」(小尾さん)

 義務教育課の小池さんもこう語る。

「一人ひとりにきめ細かな対応ができる実感を、先生が感じているという事実は、とても素晴らしいことだと考えています。今後も少人数教育を推進できるよう、県としても全力でサポートしていきたいと思っています」(小池さん)

子どもの可能性を最大限伸ばせる「教育環境」を

 長崎幸太郎知事は「25人学級の拡大」を最重要施策の一つに掲げている。思いをこう話す。

「最近、『親ガチャ』という言葉を耳にします。どのような家庭に生まれるかは運次第だという意味らしいですが、山梨県では、家庭環境に関係なく子どもの可能性を最大限伸ばせる教育を提供したい。そのために公立学校における少人数教育が必要だと信じています。発達障害のある子も含め、少人数学級なら目が行き届くのでその子の個性や可能性を伸ばすこともできます」

 山梨の最大の可能性は何か。知事は「山梨県の教育」と即答した。

 文部科学省が小学6年と中学3年を対象に実施している「全国学力・学習状況調査」では、山梨県の正答率はトップクラスとは言えない(都道府県別の順位付けは統計学上問題があるという指摘もある)。

全国学力・学習状況調査(2021年度)の結果はこちらから

小学校(公立)

中学校(公立)

 その一方で、興味深いデータがある。「子どもの自己肯定感の高さ」「人の役に立ちたいと思う心」は全国でトップクラスなのだ。

詳しいデータはこちらから

小学校(公立)

中学校(公立)

長崎知事は2021年4月、25人学級の教室に足を運んだ(富士河口湖町立船津小学校)

予算増でも「25人学級」は推進

 長崎知事は25人学級を今後も拡大していく考えだ。

「『私はできる』『世の中の役に立とう』という自己肯定感や志にあふれた子どもたちをもっともっと育ていくのが山梨県の教育です。その環境を整備するために25人数学級を導入しました。今後さらに拡大していきたいと思っています」

 少人数学級を進めれば、学級数が増え、教員の数も増える。増員分の人件費は県の独自財源でまかなわなければならない。少人数学級の導入に先立ち、長崎知事は、2020年11月の記者会見で「1学年当たり教員約30人の人件費、最大約3億円が追加的に必要」になることを明らかにしている。

 全国的に教員の採用が難しくなっているなか、少人数学級の導入で増員となるクラス担任を確保するために、さまざまな施策を打たなければならない。県は、県内の公立小学校での勤務を条件に奨学金の返還の一部を補助する事業を始めた。 高校生に向けて、「将来、教員になりませんか?」と促すセミナーも始めた。

 少人数学級を広げることに向けて模索が始まっている。

文:土橋水菜子、写真:今村拓馬(知事の視察を除く)

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