これはまだ見ぬ将来世代からの警告だ! 人口減少対策めぐり長崎知事にインタビュー

人口減少。重大な問題だとはわかっている。でも、政府や全国の自治体が出す対策を見ると、「なんかズレているんだよなあ」と違和感をぬぐえない。だから、自分事として考えるのをやめてしまう。

そんな現代の重大案件である人口減少。ご多分に漏れず、山梨県も対策に力を入れているという。またしてもピント外れの政策が出てくるのだろうか……。

そもそも人口減少問題がクローズアップされたのは、民間の有識者でつくる人口戦略会議が4月、全国の自治体の4割(744自治体)が2050年までに「消滅」する可能性があるという報告書をまとめたのがきっかけだった。20歳〜39歳の女性の人口減少率をもとに弾き出したもので、山梨県内も11市町村が「いずれ消滅」に分類された。

人口戦略会議は10年前にも同様の発表をした。以降、各自治体はあれこれ対策を打った。

多くの自治体が掲げる人口減少対策は「保育園の費用がゼロなので、我が街に引っ越してきて!」と子育てコストがかからないことを訴えるタイプ。人口流出を抑えつつ、我が街への流入人口を増やそうとする「人の奪い合い型」だった。

この自治体の動きに対し、人口戦略会議の報告書は「自治体間で若年人口の奪い合いとなっては、日本全体で人口減を食い止める効果は乏しい」と結論づけた。

山梨県の長崎幸太郎知事に、人口減少危機を克服するための「対策パッケージ」の真意を尋ねた。

――山梨県も2023年6月に「人口減少危機突破宣言」をしました。「人の奪い合い」に参加するんですか?

違います。私は、もっとプリミティブ(根源的)なところから対策を発想したいと思っています。私のような昭和世代は“努力は報われる社会”が当たり前でした。ここが出発点です。

――親を選べないという意味で使う「親ガチャ」は2021年の流行語大賞にもノミネートされ、いまでは若者にすっかり定着しています。

生まれながらに何かをあきらめないといけない社会って、地獄です。貧富の差、男女の格差などは、自分の力だけではどうにもならない。めざす道を断念せざるを得ない社会では困る。

――どのように社会の在りようを変えるのですか。

人生にはもっと多彩な選択肢がある、その幅広い選択肢からそれぞれが自由に選べる、そんな社会にしていきたいというのが基本的な発想です。だから、私は、ふるさとの強靭化※1と、甲斐をもじった“開の国”※2を県の施策の2本柱にしています。

※1=災害や感染症など緊急事態に備え、地域インフラの整備・管理やライフラインのデジタル化、官民連携の強化などを進める施策

※2=県内外に開かれた県政。外国人労働者から選ばれる山梨県にすることや、生まれた環境や性別、国籍、障がいの有無に関係なくあらゆる可能性に挑戦できる社会づくり

先日、ある人と話をしていて、ぞっとすることを聞きました。

――どんな話ですか。

子どもを出産する世代というと、多くは30代です。みんな平成生まれですが、その世代はそもそも夢も希望も知らないと言われたんです。夢や希望を持つことが怖いというのではなく、その存在を知らない、と。これは衝撃的な話でした。その後、別の教育関係者との会議でも同様の話があったので、リアルな思いなんだと思います。

――ミレニアル世代(1980年ごろから1990年半ばごろに生まれた世代。30代はミレニアル世代と称される)は私生活を重視して現実的なことが特徴とも言われています。

その世代からすれば、ジャパニーズ・ドリームなんてない。というか観念すらない。もう生きるのが精一杯だと。この文脈は、人口減少問題につながっているのだと思います。だから出発点は、夢や希望を抱ける社会、努力すれば報われる社会をつくるということなんだと思うわけです。

――山梨県は「人の奪い合い」や「産めよ増やせよ」の施策を打ち出すのではないのですね? 

平成生まれ世代は、失われた30年(景気の低迷期)の間に物心ついて生きてきた世代です。社会が上り調子になる状態を知りません。先日、「結婚率が高いのは、20年前は年収300万〜400万円の層だったが、今は500万円以上だ」という記事を読みました。

20年前の30代は50年前に生まれた。ちょうど私の世代です。そういう人たちは、社会が上り調子のときに生きているから、「今は年収300万〜400万円だけど、 いずれ上がっていくだろうから結婚して子ども授かろう」というふうに考えられた。

――でも、今の30代はそう思えない。

だから、人口減少問題は、将来世代や、まだ見ぬ将来世代からの警告なんです。今のうちに、生まれながらにして何かをあきらめずに済む社会にしてくれ、できるだけ多くの選択肢から人生を選べるような社会にしてくれ、しっかりがんばった努力は報われる社会にしてくれ、と。

そういう社会をつくれなければ、まだ見ぬ将来の世代から「もう生まれてこないぞ!」と言われてしまう。そう認識しています。

――知事が打ち出している「県内資産の高付加価値化」は、この“出発点”につながっていく話ですね。

若い人たちが働ける場所があって、将来の見通しが立つような収入をしっかり得られるようにしていかないといけない。人口減少の社会では、薄利多売だと立ち行かないんです。いつまで薄利多売のビジネスをやっているんだ?ってことです。

――政府は、国内35の国立公園に高級ホテルを誘致することを表明しました。観光地のホテル事業者やお土産屋の店長が「高級ホテルには太刀打ちできないから、商売をやめるしかない」とテレビの取材に答える映像が流れています。

そう思う経営者がいるのは残念です。国立公園に限らず、その名所の力を無駄遣いしているとしか言いようがない観光地があるのは事実です。安い賃金しか稼げないとなれば働く人はいない。事業者は、高付加価値のある仕事をしてたくさん稼いで、それを働く人にきちんと分配するべきです。そうすることで、多くの若い世代の人たちが夢や希望を持てるようになる。多くの人が年収500万円層になれる。そして、子どもを授かってもいいと考えるようになるわけです。

――人口減少を根本から改善させるには、結局のところ、出生率を上げる環境をつくることしかないはずですから。

そうです。家族と幸せな生活をしたい、これは当たり前。それをどう実現させられるか。旧来のやり方にこだわって、工夫もないまま同じことを続けていていいのか、ということです。

――既得権益を持っている人は目先の利益が気になって拒絶しがちです。

オールドレガシー(従来の考えを持った人たち)からの抵抗は当然ありますが、山梨県はだいぶ変わってきていますよ。

――そうですか!?

端的にわかるのは、山中湖畔県有地の賃貸借問題です。かつてこの問題はタブーでした。問題を提起した当時の朝日新聞の記者は地域社会から白い目で見られていました。でも、この4年間、聖域なしの議論をしてきて、県有地から適正な賃料を取るのは当たり前だということが、県民全体のコンセンサス(合意)になってきました。

これは一例です。こうしたタブーなき議論をしたことで、県庁内もメンタリティーが変わってきました。これまでは「前例がありません」と言う職員が多かったですが、今は、そんなこと言う職員はいません。

――県庁が変わると、県内風土を変える可能性が十分あると思います。

若手職員の成長に寄り添うことで実行力を上げていきたい。職員の肩書を「課長」などの従来スタイルにこだわらず、若手職員が責任者として認識されるような職名にすることを検討しています。上下関係が分厚い従来型の組織ではなく、フラットな組織(管理者層が薄くて意思疎通が活発となり各メンバーの裁量権が広い職場)にして、若くてもクリエイティブな仕事ができるように県庁を変えていきたい。

――民間企業では、プロジェクトごとにディレクターがいるなど普通になってきています。

プロジェクトの先頭に立って革新的な仕事を進めたい人には、そうしたポジションを与える。一方で、日常のルーティーン仕事を回すのも県政では重要な部分なので、そういう仕事では効率化しながら進めていく。県庁内でいろんな働き方があっていい。

――ミレニアル世代はワーク・ライフ・バランスを重視します。県庁内では男性の育児休暇の取得率が上がっていますね。

県庁を挙げて推進しているところです。育休は3ヶ月取ってほしい。1ヶ月だと「大変だ!」だけで終わってしまいますが、3ヶ月だと子どもへの愛着が深くなる。そうすることで、男性職員が子育てをする意識が芽生えるようです。つまり意識改革なんです。取得率100%にします。この前、担当職員が90%超えましたと言うので、残りの数%はどうなっているのか分析してほしいと言いました。

――人口減少対策として、女性にとって働きがいのある職場の創出が欠かせません。結果として、他の都市部へ女性が流出するのを防ぐことができます。

男性が子育てに参加し、真のジェンダー平等は実現しないといけない。そのための働き方改革を進めていきます。でも本質は、さっき言ったような将来展望、夢をいかに持ってもらえる社会をつくれるか、ということ、その“出発点”から発想します。

――知事が打ち出す政策は一見バラバラに見えますが、底流でつながっていると感じます。

メディカル・デバイス・コリドーという施策を進めています。山梨県には優秀な機械電子工業がたくさんあって、いまほとんどの会社が半導体関連の製品をつくっています。この機械電子工業の会社に、医療関連機器の製造もする後押しをする施策です。

――半導体市場は、好況と不況が3〜4年周期で繰り返す「シリコンサイクル」で知られています。

そうなんです。優秀な企業でも、一番不況の時点に合わせて正社員を雇い、好況時は非正規社員で人数調整をしているケースがとても多いんです。

――働く側からすれば、不安定で将来の見通しが立てにくい。

医療費は2040年までずっと伸び続ける見込みです。県内の機械電子工業の会社が半導体関連だけでなく医療機器関連の製品をつくれば、業績は安定し、将来の見通しも立てやすくなります。

――働き手も正社員になれて、将来の見通しが立てられる。

その通りです。将来の生活が見えてきて、収入が上がっていく見通しが立てば、パートナーと話をして「子どもを授かろうか」ということになっていくかもしれない。実際、静岡の医療城下町では、日本全体の地価が下がっていたときも、若い人たちが家を建てて、結婚して子どもを授かって育てていきました。山梨県でも成功事例が出始めています。

――知事は公共事業についても、単年度計画ではなく、6カ年計画の投資計画を発表しています。

発想は一緒です。働く人たちに先行きの見通しをいかに提供するかが大事だと思っています。

人口減少は一朝一夕に解決する問題ではない。出生率が回復しても人口が安定するのは数十年先になる。人口戦略会議が提言する「2100年に人口8000万人国家」を実現するためには、地方行政や社会保障のあり方など、すべての人が当事者意識を持てる政策が必要になる。まだ見ぬ将来世代からの警告をどう受け止めるか。今を生きる私たちの覚悟が問われている。

聞き手・松橋幸一、写真・山本倫子

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