イクメン県庁、日本を変える? 男性育休91.5%の山梨県庁の新常識

山梨県庁で男性の育休取得者が爆増中だ。
2023(令和5)年8月以降、男性職員の育休取得率は91.5%。
厚生労働省が民間企業を対象に行った同年度の全国調査が30.1%だったのと比べると、その差は歴然だ。
県は今年度、男性育休取得率100%を目指すのだという。
一体何が起きているのか。

■この記事でわかること
✔ 山梨県庁が男性職員の育休取得率100%を目指している
✔ 県庁の各部署が業務のスリム化・効率化を進めて職員が育休を取りやすい職場環境を整備している
✔ 育休を取る側も送り出す側にも配慮し、県の人事課は育休を取得しやすくなる制度を打ち出した

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「育休革命」が始まった

 2023年6月に「人口減少危機突破宣言」を打ち出した長崎幸太郎知事は、足元の県庁でもドラスティックな人事制度改革を表明した。同年7月、県職員に向けて長崎知事は「男性職員は3カ月の育休を取ることを『原則』とする」「対象となる男性職員の育休取得100%」との目標を示し、「育休革命」を呼びかけた。「男性の育児進出は、人口減少対策の鍵を握る」。知事の意気込みが、怒涛の取得率アップにつながっていった…。

育休取得者の視点:まずは産後1カ月を乗り切る

 山梨県庁会計課の原誠さんは、2024年2月から約1カ月間の育児休業を取得した。山梨県は3カ月間の育休取得を推奨しているが、まずは妻の体力消耗がもっとも激しい産後1カ月に休みを取得。残りの期間も、今年度中に取得するつもりだ。

 県庁には、配偶者の入院から出産の後2週間を経過するまでの間に3日以内の休暇を取得できる「配偶者出産休暇」がある。1人目が生まれたとき、原さんは配偶者出産休暇を取得した。義母の手伝いがあったものの、初めての子どもだったことや子ども自身の気質もあり、産後1カ月は「とにかく大変そうだった」と話す。そのため2人目のときは、もう少し長く休みたいと原さんは考えていた。

 その矢先に長崎知事が「育休革命」を打ち出した。さらに、人事課から男性職員の育休取得100%と、出産後は有給休暇や、時短勤務、テレワークを組み合わせて、最低3カ月間、在宅で育児に関わるという方向性が示された。

原誠さん

 1人目の経験から、産後1カ月は一人でも多くの人手があった方がいいと思っていた原さん。また、出産予定の時期が業務の比較的落ち着いている時期と重なっていたため、休暇を取りやすい状況が整っていた。

育休取得者の視点:「育児は内面のケアが必要」だった

 育休を取ってみて、原さんは「子どもが複数いる家庭こそ、男性育休が必要」と実感したという。「2人目は1人目よりラク」と思う人もいるかもしれないが、そうとは限らない。子どもの成長は早いが、食事や着替え、トイレなど身の回りのことを一人でできるようになるまでには、辛抱強く待つ必要がある。間をおかずに出産すれば、大人一人で、同時に乳幼児2人の世話を引き受けることになるからだ。原さんは育休期間中、主に上の子の育児を担当したという。保育園にいく準備や送迎、帰宅後の遊び相手をする。合間には、買い物や食事づくり、掃除や洗濯といった家事もこなした。

 在宅で育児に関わることは、子どもの成長を間近で見られる喜びがある反面、大人との会話が減りフラストレーションも覚えた。もちろん、子どもはかわいい。けれど、知らず知らずのうちに、子どもにきつくあたってしまうこともあり、妻からは「言い方に気をつけて」と指摘されたことも。言葉で意思疎通を図れる大人と、子どもとではコミュニケーションスタイルが違うことも痛感した。

「経験してみて、育児をする人には内面のケアが必要なことに気づきました。身を持って経験したことで、妻に『ありがとう』や『ごめんね』を言う機会も増えたと思います」

上司の視点:「調整が管理職の仕事」

 産後は男性が家にいた方がよいことはわかる。しかし送り出す職場の側にしてみると「人が足りないのに休みを取得されては困る」という声があるかもしれない。原さんの上司はどう考えていたのだろう。

 原さんが当時所属していた県民生活総務課で総括課長補佐を務めていた石合晃さんは、業務のマネジメントのほか、職員一人ひとりのキャリア形成やワークライフバランスを統括する立場だ。原さんに育休取得の予定を相談されたときの心境を次のように話す。

「原さんは比較的早く伝えてくれました。安定期に入ってすぐだったのではないでしょうか。休暇に入るまでに環境を整える時間は十分あるわけですから、原さんには90日間しっかり休暇をとって欲しいと思いました」

 さらに石合さんは続ける。

「休暇の取得は、人員が揃っているからやることではないと思います。どのような状況であろうと、職員が休暇を取得できる状態を作ることはできます。むしろ、調整が管理職の仕事です」。

石合晃さん

 石合さんは「職員の育休取得は、業務の棚卸しをするいいタイミング」だと話す。前例を踏襲し、その上に新しい施策を積み重ねるやり方では、業務は増える一方だ。そこで山梨県庁の各部署は、定期的に業務削減の方向性を1枚の紙にまとめ、業務のスリム化・効率化を図っている。

上司の視点:「遠慮しなくていいよ」で安心させよう

 育休は取りたいと思うものの、キャリア形成への影響が心配な人もいるだろう。人事異動と昇任の時期を控えていた原さんも例外ではなかった。石合さんは原さんの「育休を取得するために異動希望を出さない方がいいのか」「異動したら育休の残り期間は取得できるのか」といった疑問をとりまとめて、人事課に問い合わせた。休暇取得に伴う収入ダウンについても、働き方別にまとめられたシミュレーションを使って試算することができた。

「男性職員が休みを取るには、まず安心してもらうことが必要だと思っています。遠慮しなくていいよ、と伝えたいですね」。

 このように石合さんが考えるのは、自身の経験が原点にあった。

 石合さんに子どもが生まれたのは今から20年以上も前のこと。当時は、男性はおろか、女性でさえ育休取得は「職場に迷惑をかける」という認識があった時代だ。

 共働きだったため日々の保育園への送迎はもちろんのこと、子どもが熱を出したとき、夫妻ともに残業しなければならなくなったときは、大変だった。

 子育て家庭にとって、こうした大変さは「よくある」ことであり、めずらしいものではない。職場でもみんなで「そうだよね」と言い合っていたわけだが、「両親が近くにいたから、なんとかできていた」と石合さん。

「よくある」ことだからと、長期的に対策をしてこなかった。そのツケが、今の少子化につながっているのではないか。そう石合さんは考えている。

育休取得者の視点:自分の状況を伝えよう

 今年度中に残りの育休を取得予定の原さんは、周囲の理解と協力の重要性を強調する。そのために大切なのが、自分の状況を包み隠さず伝えることだと言う。

「私たちは『育休革命』第1世代です。仕事はご飯を食べるためのものですが、仕事のために生きているわけではないので、ライフが先にあるのは当然だと思っています。男性育休を次世代につなぐのに、変な遠慮は必要ありません。上司も同僚も『どうすれば3カ月休みを取れるのか』という視点で動いてくれましたから、私も将来は『育休どうですか?』と言える管理職になりたいですね」。

人事課の視点:不公平感のない制度を設計しよう

 原さんも、送り出し側の石合さんも、育休制度の運用に難しさを感じたことはなかった。知事が「育休革命」という大胆な目標を掲げたことで、育休を取りたいと思っていた男性職員が声を挙げやすくなった。その後すぐに、人事課が育休を取得する人とそうでない人の双方に配慮された制度を提示したため、休暇に入る人を送り出し側がバックアップしやすい体制が整った。人事課は今後も施策が定着するように、きめ細やかなケアをしていくという。

(県庁における育休取得促進のための制度)

 そうした旗振り役を担う人事課働きやすい職場づくり支援室の横森英明さんも子育て世代の一人。2015年に6カ月の育休を取得した。当時は、いま以上に男性育休は一般的ではなかったが、横森さんは「妻が休みを取るなら、自分も取らないと不公平」と思ったと話す。

 1人目が1歳になったタイミングで職場復帰した妻と入れ替わりで、横森さんが育休に入った。完全に仕事から離れることに不安はなかったのだろうか。

「純粋に休んでみたかったんです。家族が増えて、生活リズムも変わる時期に家族一緒にいられるのはよいことだと思いました。育児を妻まかせにするのではなく、自分もやることに意義があると思います。うちの子も赤ちゃんの頃に半年一緒にいたせいか、今も懐いてくれていますし、何よりも家族仲が良くなりました。自分も育休を半年取っていますので、制度を推進する側として『男性育休、いいですよ』と言えるのが強みだと思っています」。

横森英明さん

コミュニティへの信頼感を育みたい

 人口減少は非常にセンシティブな話題でもある。生みたくても授かれない人、経済的に子どもを持つのは難しいと考える人もいれば、そもそも欲しいと思ったことがない人もいる。

 現代の日本で、若い世代が子どもを生み育てたいと思えるために必要なのは、「この人たちと生きていきたい」と思える仲間が近くにいることではないだろうか。組織や地域といったコミュニティへの信頼感と、「子どもを生み育てることは楽しい」と語れる人の存在。そうすれば、気持ちも前向きになっていくのかもしれない。

 山梨県庁では、男性育休の経験者が確実に増えていく。それが、山梨県ひいては日本にとっても必ずプラスに働くはずだ。

文・筒井永英、写真・今村拓馬

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