学校現場の文書を減らしたい! 月100件以上の文書を断捨離した山梨県の「必殺仕分け人」とは

――減らせぬ文書、減らします。

2023年4月に山梨県が始めたある試みが全国的な注目を集めている。
国や県などから押し寄せる文書の山から教育現場を守ろうというのだ。
ねらいは、教員たちの働き方改革。
このプロジェクトでは、とある人物が、
膨大な文書を「目視」で最終的に仕分けている。
リスクを一身に背負う“仕分け人”のストーリー。

県教委職員が「必殺仕分け人」と命名

 午前8時25分、山梨県教育委員会教育長の降籏(ふりはた)友宏さんの仕事は、文書の仕分けから始まる。

「国、県、外部から『学校へ送ってほしい』と依頼される文書は、ひと月あたり200〜300通前後あります。それらに目を通し、本当に学校現場へ送付すべきなのかの判断を行っています」

 だから、県教育委員会の人たちは降籏さんのことをこう呼ぶようになった。「必殺仕分け人」。

 2023年4月11日、山梨県は「県教育委員会から学校現場への文書半減プロジェクト(以下、文書半減プロジェクト)」を始めた。

 ねらいは先生たちの負担軽減だ。山梨県は小学校1・2年生へ向けた「25人学級」の導入など、教育に力を入れてきた。25人学級は、都道府県では全国初の試みだった。子どもたち一人ひとりに寄り添った、きめ細やかな学習環境が整いつつある一方で、学校現場の教員には、授業以外の事務作業などの負担が残ったままだった。

 長崎幸太郎知事も「1年の間に、学校現場の先生が受け取る文書は、量にして1500ページくらいある。もともと、子どもたちの教育を志した先生方の時間を、これ以上奪うわけにはいかない。この状況を解消したい」と語っていた。

 そこで考案された施策の一つが、文書半減プロジェクトだった。

「文部科学省や外部から届く様々な文書を、おもに『送付する』『送付しない』『グループウェアに保管し、内容に応じて共有・活用できるようにする』という3タイプに分類しています」(降籏さん)

「仕分け文書」に目を通す山梨県教育長の降籏友宏さん

リスクを一身に背負ってジャッジ

 仕事の流れはこうだ。

 まず、山梨県教育委員会事務局のそれぞれの担当者が、国や外部からの文書を受け取る。その文書を、教育企画室の岩出修司さんや伊藤宏紀さんを中心とした“仕事人”たちが「送付する」「送付しない」「グループウェアに保管し、内容に応じて共有・活用できるようにする」に分ける。

 ここで“必殺仕分け人”が登場する。降籏さんが文書に目を通し、最終的なジャッジを下す。降籏さんが職員の判断とは異なるジャッジをした文書については、その理由を書いたメモを添えて戻すことで、関係者全員の判断基準を揃えるようにしている。

 児童・生徒の健康や安全に関するものや、学校運営に必要だと判断した文書は、これまで通り学校へ送る。イベントなどの募集・案内は、グループウェアに保管し、必要に応じて確認してもらう。その際、何についての資料なのか、ぱっと見てわかるように件名などの工夫を凝らしている。学校へのアンケートや調査依頼は、教育委員会内で答えられるものについては、学校へは送らずに教育委員会内で回答するように改めた。

 プロジェクトが始まった当初は、教育企画室の職員が仕分けし、判断に悩むものだけを降籏さんがジャッジしていた。しかし、学校現場に送られる文書はなかなか減らなかった。

「私がすべての文書に目を通して最終決定をすれば、仮に学校との間でトラブルが起きたときに、職員の皆さんが『教育長が送付しないと言ったから送らなかった』と言いやすいと思ったんです」

 “元締”がすべてのリスクを背負い、まずは不要な文書を「止める」ことを意識したという。

もともとは「文書を出す側」だった

 リスクを引き受ける降籏さんは、文部科学省の職員だった。県にたくさん文書を出す側だったのだ。

 文部科学省では、文化財保護、競技スポーツ、初等中等教育に関する業務、ICT(情報通信技術)教育や学習指導要領の改訂、道徳教育など、幅広い仕事を担った。

「『いろんな分野に携わりたい』と思っていたので、希望通りの人事と言えば、そうでした」

 なかでも、特に思い入れがあったのが、ICTなどの教育分野だ。文部科学省の生涯学習政策局では、後のGIGAスクール構想(小・中学校の児童生徒用のパソコン端末や、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備する構想)につながる整備計画の下、仕事に奔走した。

「自身で考えたことが、制度となって全国に伝わっていく。それを間近で見ていると『こうやって国が動いていくんだな』と感じることができ、うれしかったです」

 山梨県には、2020年4月に山梨県教育委員会事務局理事として出向した。直前の3月、新型コロナウイルス感染症の影響で、全国一斉休校が実施されたころだった。学校再開後も、学びを止めないために、学校と家庭をつなぐICT環境の整備が急務だった。端末購入のために活用すべき補助金など、さまざまな知見を降籏さんはすぐに教育委員会内で共有した。文部科学省での経験が、役に立っていると感じた瞬間だった。

 2022年からは教育次長を務め、2023年4月に教育長に就任した。同時に、文書半減プロジェクトをスタートさせ、外部からの文書を仕分けるだけでなく、そもそも県が作成する文書自体も減らすようにした。

「例えば、年に6回開催される会議があるとしたら、これまでは6回に分けて案内を送っていたものを、1枚に集約しています」

 文書を仕分ける中で、文部科学省はどう見えるのか。

「私が文部科学省にいたころ、同じ課の違う係から、バラバラとたくさんの文書を県庁に送っていました。それがいまになって自分の身に返ってくるのかな、とヒヤヒヤしていたのですが、国からの文書自体もかなり減りつつはあることがわかりました。国もまだ道半ばとは思いますが、いろいろと工夫をしているのだなと感じています」

学校から寄せられる期待、そして他県も注目

 文書半減プロジェクトの効果はあったのか。

 プロジェクトを開始した4月11日から28日までの14日間を集計したところ、小・中学校は全体の48.8%の文書を送付しなかった。さらに、5~6月は、文書245件中57.1%にあたる140件は送付せず、半分以上の削減を達成した。県立学校(高校など)については、当初は「参考資料としてファイルを共有・活用できるようにする」環境が整っていなかったため、8割近くを送付していた。しかし、環境整備が済んだ5~6月には44.5%を送付せず、およそ半分の削減を実現した。

 文書半減プロジェクトのスタート後、学校現場から「期待しています」と激励の声が届いている。茨城県や宮崎県など、他の都道府県からの問い合わせも相次いだ。全国の教育委員が集まる場でも、他府県の教育委員から「山梨県の文書半減プロジェクト、すごいですね」と声をかけられる機会が多いという。

「ICT推進も、働き方改革も、全員が当事者になって初めて実現します。黒板やチョークのように、学校の先生がパソコンやプロジェクター、書画カメラなどのICT機器を“自分の道具”として使いこなしてほしい。同様に、働き方改革も、全員がその意識を持つことで達成できると思います。文書半減プロジェクトがその橋頭堡、きっかけになればと思います」

 ただ一つだけ照れくさいのは、“必殺仕分け人”と呼ばれることだという。

「そんなふうに言っていただけるのは、とてもうれしいです。でも、先述の通り、ICT推進も、働き方改革も全員の力が必要です。私だけでなく、教育企画室のみなさんはもちろん、学校の先生など、かかわる人全員が“仕事人”ですから」

 降籏さんは「今後もこの取り組みを続け、少しでも文書を減らしていきたい」と語る。だが、あくまでプロジェクトはとっかかりにすぎないと考え、先生たちの働き方改革を実現し教育の質を向上させるという“真の目的”を見据えている。

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文・土橋水菜子、写真・山本倫子

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