若者たちは考えた 「リニアと富士トラムで山梨どうするよ?」

やまなしin depthでも何度か取り上げた「リニア」と「富士トラム」。
しかし、若者たちはどんなふうに利用したいと思っているのか――。
考えても分からないなら、若い人たちに聞いてみよう。
県は「リニアと富士トラムがつくる将来の山梨の姿」をテーマに、アイデアコンテストを開催した。
すると、「今すぐにやれるアイデアがいっぱいだ」と知事も驚く “山梨の可能性”が見えてきた。

■この記事でわかること
✔ 「山梨の未来は待っていて与えられるものではなく、一人一人がつくり上げていく」。そのコンセプトが貫かれたコンテストだった
✔ コンテストには3チームが出場。富士トラムで山梨県の課題を解決するアイデアを競った
✔ 優勝したのは、トラムの「非日常性」を際立たせた提案だった

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“運命の恋”に出会える富士トラム

 山梨学院大学 経営学部4年生の日原志暢さんは悩んでいた。

「リニアや富士トラムでどんなことができたらいいと思う?」

 日原さんは所属ゼミの古屋亮教授から「学生や若者を対象に、リニアと富士トラムの活用アイデアを考えるコンテストがあるから出てみないか」と誘われ、「自分も山梨の未来を考えてみたい」と参加を決めた。

ゼミのメンバーとコンテストの準備をする日原志暢さん(右)

 チームのメンバーには、同じゼミで興味を持った4年生の乾裕真さん、3年生の石原花奈さん、樋川竜飛さん、保坂梨乃さん、望月聡香さんが集まった。

 コンテスト当日は長崎知事に直接プレゼンする。リニアと富士トラムをどう活用するのか、そのテーマ決めが難航していたのだ。

 ゼミでは研究の一環として、行政や地元企業から依頼される課題に対して解決方法を提案することもある。しかし、日原さんは「今回は課題や問題を自分たちで探して、テーマを設定しないといけませんでした。ゼロからつくるのは思っていた以上に難しかったです」と振り返る。

テーマ設定で知恵を出し合うゼミのメンバーのみなさん

 みんなで意見を出し合い、「海外の観光客に英語で説明するツアー」や「高校生がコンシェルジュになって案内するツアー」などの案が出た。どれもいい感じだった。けれど、コンテストで優勝するにはいまいちインパクトに欠ける気がした……。

 まずは若者視点から見た「これからの山梨をどうしたいか」にフォーカスを当てて考えてみることにした。山梨県の課題について話し合ううちに、晩婚化や人口減少という問題が浮かび上がってきた。

 その時、4年生の乾さんがふと思いついた。

「富士トラムで婚活ツアーなんてどうだろう」

 すると、3年生の望月さんからも「県も婚活イベントを企画していますよね」と声があがった。さっそくインターネットで検索してみると、婚活イベントの多くが予約で埋まっていた。これは需要がありそうだと全員が思った。

 さらに、結婚後にはさまざまな支援策が用意されている一方で、出会いをつくるためのサポートは手薄に感じた。ゼミの先輩からも「社会人になると出会いの機会が少ない」という話を聞いた。

 富士トラムで県内の観光スポットをめぐるツアー型の婚活イベントを企画すれば、人口減少の課題にアプローチすると同時に、山梨の魅力発信にもつなげることができるのではないか――。

「長崎知事に、若い層も人口減少の問題を解決したいと思っていることを伝えたかったんです」(日原さん)

山梨の課題は「人口減少」。だんだんとテーマが絞られていった

車内が非日常空間になる

 3年生たちは、このコンテストに関わるまで富士トラムの存在についてよく知らなかったという。石原さんは「最初に“トラム”と聞いた時は電車のようなイメージなのかなと思っていました……」と話す。

 富士トラムはゴムタイヤで走る乗り物で、磁気マーカーなどを読み取って走行するため、電車のように鉄のレールを敷く必要がない。一般道路も走れるため、交通手段が少ない観光地へも簡単にアクセスできるようになる。

「レールがないから行動範囲が広くなりますよね。2次交通の移動手段として使いやすいなと感じました」(石原さん)

石原花奈さん(右)と望月聡香さん

 リニアなら東京(品川)から25分で山梨に到着することができる。県外から婚活ツアーに参加してもらうことも重要だ。

「県外から参加した人たちに山梨の魅力を知ってもらい、『山梨に住んでみたい』と思ってもらいたい」(望月さん)

 また、富士トラムの車内はボックス席であればいい。席が向かい合っていれば、ゆったりと会話を楽しむことができる。

「婚活ツアーでは、途中で座席をシャッフルしたり、ミニゲームをしたり、バスや電車とは違う特別感を味わってほしいと考えました」(樋川さん)

樋川竜飛さん(左)

 走行中のバスでは、席の移動ができない。しかし、トラムでならそれが可能になり、「出会い」のチャンスを広げることができる。そして、富士トラムを“婚活ツアーの会場”という非日常な空間にすることで、山梨の魅力の発見につなげたい――。

 メンバーたちは婚活ツアーの具体的なスケジュール作成やプレゼンの練習など、コンテストに向けて準備を進めた。

富士トラムに託す、それぞれの思い

 8月9日、やまなし地域づくり交流センター(甲府市)でコンテストが開催された。参加したのは山梨学院大学、都留文科大学、学生と社会人の団体「トップファンやまなし」の3チームだ。

 審査員はリニアと富士トラムに関わる県の担当職員3名と、YouTube配信の視聴者たち。長崎知事は得票数が並んだ場合にのみ最終判断する。

長崎知事は各チームの発表にじっくりと耳を傾けていた

 緊張の中、各チームのプレゼンが始まった――。

 山梨学院大学チームのプレゼン資料は桃色の背景にハートのデザイン。タイトルは『山梨で出会い 未来を描く 恋の旅トラム』だ。

 まずは県の少子高齢化や晩婚化を示すグラフを用いて、人口減少の課題を説明。“若い世代が安心して暮らせる山梨”を目指す第一歩として、地域が「出会いの場」を提供することが必要だと訴えた。

プレゼンを行う保坂梨乃さん(左)

 提案したのは、富士トラムを1日貸し切って峡南地域の観光地を巡る婚活ツアーだ。あえて観光客の少ない地域でイベントを開くことで、地域の新たな魅力を発信し、閑散期の集客にもつなげる。

 ツアーでは富士川町で途中下車して「ほうとう作り体験」をしたり、フリータイムでは峡南地域に近い南アルプス市の特産品が買える施設に行ったり……。参加者同士の距離を縮めることはもちろん、地域経済の活性化もアピールした。

 都留文科大学チームは環境教育を専門に学ぶゼミのメンバー11人が参加。「富士トラムから始まる富士山の新しいかたち」と題して、富士トラムを活用した4つの富士山観光コースを提案した。

 学生たちは富士山吉田口登山道の馬返しから五合目までの現地調査を行っている。富士山科学研究所に勤めた経験のある講師や、富士山世界遺産センターの学芸員などが登山に同行し、富士講の遺跡や富士山の自然環境について説明を受けた。

 プレゼンでは、フィールドワークの様子を動画や写真で紹介しながら各コースを説明。富士講の歴史を感じる登山ルートや五合目で味わえるグルメなど、麓から五合目までの楽しみ方を紹介することで、五合目から頂上に集中する観光客を分散してオーバーツーリズムを解消する。

都留文科大学チームの発表

 一方で、古い登山道は案内板が木に隠れて見えなかったり、建物が倒壊しているなど、観光ルートとして課題がある。学生は「五合目以下のツアーを催行することで、登山道の整備や遺跡の保存が進むのではないか」と話し、「AR技術を使い、富士講の遺跡があった場所にスマホをかざすと過去の映像が見えるなどの工夫ができたら面白い」と新たなアイデアも加えた。

 トップファンやまなしチームは、学生と若手社会人で構成される100人規模のNPO法人だ。普段から地域社会への貢献と若者たちの自己実現を目指す活動をしている。コンテストにはトップファンの大学生4人が参加した。

 プレゼンは「高校生・大学生の富士トラムツアー」と題し、若者が地域と関わるツアーを提案。大学2年の杉田美海さんは「県内には魅力的なスポットがたくさんあるのに、車を持たない学生はなかなか訪れることが難しい。富士トラムで、若者に“山梨の良さ”を再発見してもらうツアーを企画しました」と話します。

 富士トラムの車内に“地域での思い出”や“山梨の好きなところ”を募集した「#ヤマナシボイス」を展示するなど、富士トラムの公共性を生かしたアイデアも盛り込んだ。

発表に臨む杉田美海さん(左)とトップファンやまなしチームのみなさん

 「私は高校生の時に地域活動をして、社会とのつながりを得たことが人生のターニングポイントになりました。学生や若者が地元の良さを知る機会をつくることで、もっと山梨に愛着を持ってもらいたい。富士トラムはモビリティであると同時に人を育てる“教育コンテンツ”にもなると思います」(杉田さん)

 審査結果は……

 結果は山梨学院大学が2票、都留文科大学が1票、YouTube視聴者票が最も多かったトップファンやまなしが1票で、山梨学院大学が僅差で優勝した。

 山梨学院大学チームに1票を投じた審査員たちは「決め手」をこう語る。

「富士トラムの非日常と上質感を強調してくれて、ボックス席の提案もあった。五合目に通すうえで、『閑散期の集客』はわれわれの課題なので、刺さりましたね」(山梨・富士山未来課長の栗田研二さん)

「富士トラムと地域課題の解決とをうまく結びつけていた。今回は婚活という切り口でしたが、他の地域課題にも応用できそうな提案でした。『汎用性がある』ことが素晴らしかった」(リニア・次世代交通推進課長の有須田遥華さん)

 長崎知事は「素晴らしいアイデアをいただいて感謝しています。実現できそうなものはすぐにでも取り入れたい」と話し、「山梨の未来は待っていて与えられるものではなく、みなさん一人一人がつくり上げていくものです。県としても最大限のバックアップをしていきますので、今後もみなさんと議論を重ねて、一緒に考えていきたい」とコンテストを締めくくった。

講評で各チームのアイデアを称える長崎知事

自分たちで未来をつくる

 コンテストを終えて、プレゼンを担当した3年生の保坂さんは「緊張したけど、周りの人たちの目を見ながら話せた。私たちの思いを伝えることができてよかった」とほっとした表情を見せた。

 婚活ツアーのアイデアを思い付いたキーパーソンの乾さんは「知事や県職員のみなさんに刺さるテーマを考えた時に、ちょっと尖った、若い世代からしか出ないようなアイデアを出すことが自分たちの強みだと思って“婚活”に決めたんです」と振り返る。

「自分たちもプレゼン準備をするなかで新しい山梨の魅力に気づくことができました。若者が主体となって考えることで、『山梨に住んでいてよかったな』と思う機会を広げていきたい」(乾さん)

コンテストに優勝して長崎知事と記念撮影する山梨学院大学チーム。後列左端が古屋亮教授、その右が乾裕真さん

 リニアや富士トラムは、遠い未来の話ではない。それぞれが思い描く「こうなったらいいな」を実現するために、この記事を読んでいるあなたもぜひアイデアを考えてみてほしい。

文・北島あや、写真・今村拓馬

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